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コウくんと、わたしの物語。  作者: 日暮 絵留
4/7

『黒猫のような君と、僕の物語』外伝4

        麻友5

 どうしよう。どうすればいいの?

 一度上がった抗議の声は留まることを知らず、司会者に対しての『帰れコール』にまで発展してしまっている。

 もはや暴動寸前のような状態だった…。

 当の司会者は改めて質問し直すこともなく、会場を静めるようなことを言うでもなく、ただただ、顔を引きつらせているだけだった。

 わたしも同じようなものだけど…。

 わたしは自分が置かれている今の状況よりも、観客たちを敵に回してしまった司会者さんのことよりも、この会場のどこかにいるであろうコウくんのことが心配だった。

 この騒ぎの中で、コウくんはきっと、事の発端が去年の自分の行動にあるのだと思って責任を感じているに違いない…。


 わたしは、いい。

 でも、なるべくなら、コウくんには辛い気持ちを味わってほしくない…。


 そういう気持ちから溢れ出した涙で視界が滲み始めた、その時だった。―――それまで騒然としていた館内が一瞬で静まり返ったのは。

 観客たちはみんな、壇上こちらの方に目を向けている。…けれど、わたしと目が合う人は誰一人としていなかった…。

 全員が壇の別のところ―――わたしから見て右の方―――を見ていたから。

 その視線の先にあるものを確認するために顔を向けると、舞台袖からこちらに向かって歩いて来る、一人の男子生徒の姿があった。

「コウ…くん…」

 まさかの人物の登場に、わたしも含め、その場にいたほぼすべての人たちが状況を掴めていないようだった。

 近くで見ているわたしには分かるけど、彼の足は震えていた。―――ううん。足だけじゃない。体中が(おそらく)緊張のあまり、ガクガクと震えているのが分かった。

 コウくんはわたしに軽くアイコンタクトを寄越してから、司会者役の先輩のもとへ近付き、小声で何かを言ったようだった。

 先輩はどこかほっとしたような素振りを見せた。…ような気がする。

 そして正面―――観客の方―――を向いたコウくんが深々と一礼する。

「まず、皆様に深くお詫びを申し上げます」

 ピンマイクを付けているコウくんは、緊張していることが丸わかりの震える声で、そう切り出した。

 わたしには何がなんだかわからなかった。



        浩一6

 僕のこと、そして去年の『ミスコン』での出来事を知らない人のために簡単な自己紹介と事情を説明した上で、僕は改めて謝罪の意を示した。

「今回、司会者のオスカー…じゃなくて、北山先輩に、昨年と同じ質問を麻友さんにしないようお願いしたのは、僕です。…皆様の期待を裏切り、不快な思いをさせてしまったことを改めてお詫びさせて頂きます」

 そう言った後にもう一度頭を下げると、会場内が、にわかにざわつき始める。

「でも! これには訳があります」

 顔を上げた僕は、スピーカーから聞こえる自分の声が場内のざわつきにかき消されないよう、さっきよりも少しだけ声を張って言葉を続けた。

「僕は一年前のこと―――注目を浴びることに耐えかねて逃げ出してしまったこと―――を、ずっと悔やんでいました」

 自然と熱を帯びていく僕の声に反比例するように、場内には少しずつ静けさが戻っていった。

「あれから『ヘタレ』というあだ名で呼ばれるようになったことは、どうだっていい。僕が周りの人間にどう思われているかなんて知ったことじゃない。だけど…」

 僕は、すぐ横で不安そうに涙を浮かべている麻友さんに向き直った。

「麻友さん(このひと)に、恥をかかせてしまったこと、そして、自分の正直な気持ちをぶつけてあげられなかったことが悔しくて悔しくて堪らなかった…」

 だから―――

「今年こそは。彼女に僕の気持ちを。…そう、思っていました」

 でも、

「昨年と同じように、司会の人に促される形では、駄目だと…思いました」

 僕は、

「自分自身の意志で。自分から。自発的に、言ってあげたかった。―――いや、“言いたかった”んです」

 今や、会場にいる全員が一言も発せずに、僕に注目している。

 でも、もう、臆したり、緊張したりは、していなかった。

「僕は『ミスコン』の実行委員会や生徒会に直談判に行きました。…もし彼女が今年も壇上に上がることになったとしても、あの質問はしないでほしい―――と。そしてその時は、僕が自ら、彼女に気持ちを伝えるチャンスを与えてほしい―――と」

 もちろん、そんな自分勝手な要求が簡単に通る訳はなかった。

『それくらいのわがままを言う権利はあるんじゃないか? 常に好奇の目に晒されてる上に、学祭の一大イベントである『ミスコン』で、かなりハードルの高いことを要求されている神崎君には』

 実行委員の中で唯一、最初から協力的な姿勢を示してくれたオスカー先輩のお陰で、なんとか実行委員会と生徒会を説得することができたのである。

 こうして、学校側を巻き込んでの、僕のサプライズ計画は動き出した。

 想定していた以上のブーイングが起きた時には、正直、冷や汗なんてものではなかったけど、司会者がある程度『嫌われ役』となることは予想がついていた。

 オスカー先輩が「まっ、言い出しっぺ、俺だしな」と、引き受けてくれなければ、この話は白紙になっていたかもしれない。

 本当のイケメンというのは、見た目だけではないのだなと思った。



        麻友6

 コウくんの口から、わたしが知る由もなかった事実が語られていく。

“この大学で一番美しい”という輝かしい栄冠を得たばかりのわたしの顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

 コンテスト用にいつも以上に気を遣ったお化粧も、もはやわたしを着飾るどころか、より酷い有様を演出していることだろう。

 わたしは、もう、十分だった。

「好き」なんて、言われなくても、いい。

 言われなくたって、ちゃんと伝わってる。

 あの、雨の病室で、君が言ってくれたこと―――あれだけで十分。

 あの日から、君の気持ちは、いつもわたしを満たしてる。

 だから、もう、いい。

 いいんだよ。コウくん。

 それ以上は言わなくても。

 言ってくれなくても。

 わたしは、十分、幸せだから。


 それ以上言われたら、

 わたし、嬉しくて、嬉しくて、

 嬉し過ぎて、泣いちゃう…。


 もう十分泣いてるけど、もっと、もっと、泣いちゃうよぅ…



        浩一7

 僕の愛しい人の顔は、既に、色々なものでぐちゃぐちゃになっていた。

 それは、涙や、崩れた化粧などの物理的な意味合いだけではなく、様々な感情が入り混じってのものだった。

 もはや元の美貌の原形すらも留めていない彼女の泣き顔が、愛おしくて堪らなかった。

 僕はその場にひざまずくと、ズボンのポケットに忍ばせておいた小箱を取り出し、中身を開いた。

 途中、手が震えて取り落としそうになったけど、なんとか落とさずに済んだ。

 僕の手の中にあるものを見た麻友さんの目が一瞬だけ大きく見開かれる。

 そして口元に両手を当てて嗚咽する麻友さんに対して、

 僕は、




 僕は―――




 言葉が、

 何も、

 紡ぎ出せない…


 ここに来て、僕の頭は真っ白になってしまった…。

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