6.終戦へ
――アレスサンドリア帝国潜入二十二日目(異世界生活三ヶ月と十八日目)
平原の向こうから柔らかな陽射しが広がってくる。
北の方も陽射しに照らされ、おぼろげに感じていた集団の姿がはっきりとしてきた。
俺はやっと後続の集団に追いついたのだ。
そして明るくなって気づいた。
援軍が到着しており、昨日までとは違い活気がある。
俺は援軍に来てくれた騎馬隊の人に訊ね、隊長の人に話し掛けた。
「お前がカザマか? 聞いたぞ! 極東の男と呼ばれて大活躍したそうじゃないか。後は俺たちに任せて、お前も休め」
隊長の人が豪快に笑いながら、俺の身体を叩いて活躍を称える。
俺はそれに対して、相貌を曇らせた。
「あのー……その事なんですが……極東の男は、途中でいなくなったことにしてもらえませんか? 俺は色々と目立ち過ぎて、今後の活動に影響が出そうなんです」
隊長の人は首を傾げている。
「随分慎ましやかな男なのだな……。あれだけ活躍したのに……聞いていた話と全然違うぞ。それに冒険者らしくない。報奨もかなり変わってくると思うが……」
怪訝な表情を浮かべる隊長の人に、俺は小さく頷いて訊ねた。
「いえ、それは構わないのでよろしくお願いします。それより援軍が来るのは、あと数日先だと思っていました。助けてもらって何ですが……どうして、こんなに早く駆けつけることが出来たのですか?」
「ああ、俺たちは国王から命令を受けて、王都から東に移動して船を使って駆けつけたんだ」
俺は援軍が早かった理由を聞くと、急に力が抜ける――。
水と食料をもらい、少しずつ身体の調子が戻ってきた。
どうやら飲まず食わずで過ごしていた上、気が緩んで倒れそうになったらしい。
朦朧としていたが、意識もはっきりしてきた。
しばらく休息した後、俺たちは船で移動するグループと陸路を移動するグループに分かれて移動を再開する。
――アレスサンドリア帝国潜入二十八日目(異世界生活三ヶ月と二十四日目)
援軍と合流してから六日を費やし、ボスアレスの街に帰ってきた。
途中で幾つかの街で休憩を取り、街に残るという人たちを残して移動を続けた。
徒歩で移動したグループは、俺が勧誘した騎士たちと途中の街に残りたいという希望者で構成されていた。
船で移動したグループは子供や高齢者、ボスアレスに移住を希望する人たちで構成されていたが、先に到着していたようだ。
騎士たちの中で、極東の男がいなくなったと途中で話題になった。
だが、ボスアレスの街で早くに知り合った数人の騎士たちは、俺の正体を知っていたがいなくなった事にしてもらっている。
以前ラウルさんに殴られた顔の腫れがなかなか引かなかったが、帰りの道中で腫れが治まったのだ。
途中、戦闘で別行動したりと姿を晦ましていたので、あまり顔を合わせていない人たちは、俺を別人だと思っている。
そして、そのまま簡単に別れの言葉を交わし解散した――。
俺は街の外に向かおうとしたが、商会の偉い人と一緒にみんなが現れる。
「カザマ、久しぶりっす。 あれっ!? 顔が変わっているっす」
「あっ!? カザマの顔って……もっと目の周りが膨れていて、頬も厚みがあって、鼻が低かった気がするわ」
久しぶりに会ってみんな笑顔で迎えてくれたが、ビアンカの言葉にアウラが食いついた。
しばらく会っていない間に、怒りが収まったようだ。
「ビアンカ、そのことで話があるんだが……」
俺はビアンカの手を引き、みんなから少し離れた場所へ移動する。
そして耳元に顔を近づけ、話し掛けようとしたが。
「ヒィヤっ!? な、何するんすか?」
ビアンカは素っ頓狂な声を上げると、いきなり俺にビンタを浴びせた。
俺は数メートル転げ回ると、顔を上げビアンカを怒鳴り突ける。
「イッテーっ!? 何って、俺が言いたいぞ! 内緒話をしようとしただけなのに……!? 確か、耳は敏感だったんだな。ゴメン……」
ビアンカは尻尾を膨らませて俺を睨んでいたが、
「久しぶりに会ったのに、セクハラっすか……」
他のみんなも冷ややかな視線を俺に向けている。
「そ、そうじゃなくて、極東の男の事を内緒にしてくれ。みんな途中で、俺のことが分からなくなったみたいなんだ。だから俺が極東の男だというのは、俺とビアンカだけの秘密だぞ」
耳元で話せないので、小声でビアンカに伝えた。
ビアンカはぷりぷり怒っていたが、ふたりだけの秘密と聞くと、急に尻尾が萎んで左右に揺らし始める。
「分かったっす」
俺はビアンカと一緒に再びみんなの所へ移動した。
「何の話をしていたの?」
「ああ、たいした話じゃないんだが……それより、この前はゴメン! 色々と作戦の事ばかり考えて、アウラに冷たかったというか……決してアウラを無視していたり、嫌いになった訳じゃないからな」
アウラは碧い瞳を輝かせ、真っ直ぐに見つめている。
瞬きもしないで見つめてくる姿は、幻想的な美しさを感じさせた。
これで面倒事さえ起こさなければ申し分ないのだが……。
「分かったわ。でも、今回だけだから……次はすぐに、け、結婚の約束を……」
「ああ、何となく分かったからいいよ。許してくれてありがとう」
アウラは途中から顔を赤くして口篭っていたので、俺はアウラの頭を撫でてお礼を言った。
アリーシャの視線を感じて、俺は慌ててアウラの頭から手を離す。
「アリーシャ、色々と心配掛けて済まなかった。それから俺が留守の間、みんなのことを纏めてくれてありがとう」
俺はアリーシャの顔を見つめ、これまでのお詫びとお礼を言いつつ、色々な事を思い出す。
そして込み上げる思いに、身体を震わせた。
「えっ!? 急にどうしたんですか……」
「俺、初めて人を斬ったんだ……本当はやりたくなかったんだ。でも、街の人たちを守るために仕方なくて……」
アリーシャは水色の瞳を丸めたが、その双眸を細める。
「カザマ、泣かないで……。辛い思いをいっぱいしたかもしれないけど、カザマのお陰で助かった人たちもたくさんいる筈ですよ。自分のしたことに誇りを持て……とまでは言いませんが、自分のことを責めないで下さい」
俺は、またもアリーシャに抱かれて涙を流した。
「ア、アリーシャ……盛り上がっているところで、悪いと思うけど……私が代わるわ。カザマは私がしてあげた方が、喜ぶと思うの」
「そ、それなら、アタシもやるっす」
俺の頭はアリーシャの胸から、アウラに胸に移動して、アウラとビアンカの取り合いになる……。
「苦しい……!? い、痛い、痛――い! 前に言ったけど、そんなに強く押しつけたら息が出来なくて苦しいだけだ! アリーシャの慎ましやかな胸の方が気持ちいいぞ! それから、俺の頭はラグビーボールじゃないんだ。そんなに強く引っ張らないでくれ!」
俺は、アウラとビアンカを久しぶりに叱り付けた。
「元気になってくれたみたいで良かったです……でも、その……つ、慎ましやかな胸で、悪かったですね……」
アリーシャは顔を赤く染め俺を睨みつけると、俺の頬にビンタを浴びせた――。
俺がビンタされた頬を擦っていると、商会の偉い人が話し掛けてきた。
「あのー……さっきから話し掛けるタイミングを掴めずにいまして……」
「いえ、こちらこそ、色々とすみません……」
「この街を救ってくれた英雄、極東の男がどこにもいないのですが……」
商会の偉い人は申し訳なさそうに訊ねる。
「あっ!? 彼ですか? 彼なら途中で会いましたが、アレスさまという方との約束を果たしたから、他の国に行くと言って別れましたよ」
「えっ!? ほ、本当ですか!? アレスさまと言っていたんですか?」
商会の偉い人は余程興奮したのか、俺の胸倉を掴んで揺すった。
「く、苦しいです。離してくれませんか……確かにそう言いましたが、詳しくは教えてくれませんでした……」
「ああーっ! この国の神さまはいなくなったと思っていましたが……私たちを見捨てていなかったのですね! こ、こうしてはいられません。早速、他の仲間たちに報告しなければ……!? では、私は忙しいので失礼します。皆さんも色々とありがとうございました」
商会の偉い人は興奮したまま、慌ててどこかへ走っていく……。
(コテツ、リヴァイ、今回もありがとうございました。これで良かったですよね? 何だか、アレスさまを気の毒に感じて……)
「おい、お前、目の前にいるのだから、声を出して話せ! 神の事は知らないが、お前の事に関しては良かった筈だ。何せお前は、アテネリシア王国では最高の賞金首だぞ」
「うむ、そうだな。確か、一億くらいだったかな……まあ、私にはどうでも良いことだが……」
俺はリヴァイとコテツの話を聞いて、呆然と立ち尽くした――。
その後、ビアンカとアウラに手を引かれて荷馬車に連れられる。
そして御者台に上ると、みんなを乗せて岐路に着いた。
ビアンカは、既に旅の特等席になりつつある俺の隣に座っている。
「また、遊びに来たいっす」
「そうだな。ビアンカはモーガン先生としっかり話して、ロマリア王国に行かないとな……」
俺はビアンカの言葉で、ラウルさんの事を思い出した――。




