5.亜人種が治める国
――アレスサンドリア帝国潜入六日目(異世界生活三ヶ月と二日目)
俺たちは街道を走り、ロマリア王国との国境まで辿り着いた。
「コテツ、リヴァイ。俺たちはこれからロマリア王国の領土に入ります。そちらは変わりないですか?」
「うむ、我らは、特に異常ない」
「おい、お前、格好つけるなよ。アリーシャには伝えないからな」
俺はみんなに気を遣い連絡をしたが、リヴァイの返信を聞くとイラっとして顔を歪める。
「カザマ、どうしったすか? これから、アタシと同じ種族の国っすよね? 強い敵がいるかもしれないっす」
ビアンカは俺の顔を見ると怪訝な表情を浮かべ、気を引き締めろと言いたげに目を細めた。
「ちょっと、リヴァイがまた偉そうな事を言ってな。子供で身体も小さいから、大人ぶって自分を大きく見せたいのだろう……。それより、今までの街や村でイヌの獣人は見たが、オオカミの獣人はいるのか? そんなに違うのか?」
俺は念話でのやり取りで、リヴァイのことを自分なりの考察を含めて伝える。
それから、以前から気になっていたことを訊ねた。
「オオカミの方が賢い上に身体能力が高いっす。それから、満月に近づくとアタシと同じ様に力が増して強くなるっす。その代わり凶暴になるっすが……」
ビアンカは話の終わりの方で口篭ると、尻尾の力がなくなり垂れ下る。
それを見て、俺は以前のことを気にしているのだろうと気づく。
「この前のことを気にしてるのか? 最近は興奮して暴れなくなったんだろう……。それより、オオカミとウェアウルフの違いってなんだ?」
「えっ!? そうっすね……良く分からないっす。だけどコテツの兄ちゃんは、この前カザマと戦った時に、風を操ることが出来ると言ってたっす」
「そうか……それじゃあ、コテツに合流した時に聞いた方がいいかもな」
「そうっすね」
俺とビアンカは、ロマリア王国に入った。
――アレスサンドリア帝国潜入八日目(異世界生活三ヶ月と四日目)
俺たちがロマリア王国に入って三日目になった。
今は、山の中深くに入っている。
「コテツ、リヴァイ。そちらはどうですか? こちらはオオカミの群れにしつこく襲われていますが、無事に先を進んでいます」
「うむ、こちらは特に問題ないが」
「おい、お前、格好つけるなよ。本当は俺の助けが欲しいのだろう……だが、駄目だ」
(それなら、余計なことを言うなよ! 最近リヴァイのヤツ、どんどん口が悪くなってるな……。こっちは忙しい中、心配してるのに……)
俺がまたもリヴァイの返事で顔を歪めていると、ビアンカから声が掛かった。
「カザマ、動きが遅くなっているっす。移動しながら、オオカミのリーダーを見つけるっすよ」
ビアンカは狩りに対して情けはないが、無用な殺生をしたくないのか、獣たちを追い払う様に攻撃している。
そして俺に、何度もリーダーを探す様に指示を出した。
「なあ、このオオカミたちの動きって、変じゃないか? ここ数日、勝てないと分かってる筈なのに、しつこく付いて来てるだろう。しかも賢い割りに、連携が散漫というか……本当に、俺たちを倒すつもりがあるのか?」
俺は、オオカミの行動に違和感を覚え、ビアンカに伝える。
ビアンカも同じ様に感じていたのか、
「アタシも気になっていたっす……だけど追撃して、進路を変えると移動時間が長くなるっす。それに、罠かもしれないっす」
訝しげに変事をしたが、すぐに緊張感のある声に変わった。
俺たちはオオカミたちのヒットアンドアウェイの攻撃を受けて、夜も交代で眠る状態で続く。
三十匹以上のオオカミたちも、俺たちに付き合い疲れている様に感じられる。
「なあ、ビアンカは夜でも大丈夫なのか? 俺はみんなに会う前、何日も眠らない仕事をしていたから慣れているが……」
(本当は、部屋に引き篭もって、ゲームをし続けていただけなのだが……)
「アタシは夜でも見えるっす。だけど、モーガン先生と一緒に暮らしていたせいか、こんなに夜更かししたのは初めてっす」
ビアンカは感慨深そうに答えてくれたが、その言葉に俺は口端を吊り上げた。
「ビアンカ、夜更かしって言葉を知ってたのか? お前、たまに難しい言葉を使うよな? ゴブリンの子供たちに読み書きも教えていたし、意外と頭良いのか?」
「殴るっすよ! それから、アウラが遊びに来た時に、アリーシャと三にんで話をするっす……」
ビアンカは一瞬怒った素振りを見せたが、少し間をおいて照れ臭そうに説明する。
俺たちはこうして、疲れを感じつつも楽しく会話をしながら先に進んだ。
――アレスサンドリア帝国潜入九日目(異世界生活三ヶ月と五日目)
俺たちはロマリア王国に入って四日目にして、木造の壁に覆われた街の前に到着した。
街の壁や外から見た風景はオルコット村に似ていたが、街の規模はかなり大きい。
そして、街の周辺に近づくとオオカミたちは離れていった。
「コテツ、リヴァイ。今、大きな街の前に着きました。多分、ここがティラミスの街だと思います。そっちは変わりないですか?」
「うむ、こちらは特に変わりないが……」
「おい、お前、イチイチそんなことで連絡してくるなよ。お前は母親か? それとも寂しいのか?」
(コテツの毎回同じ返事も気になるが、リヴァイは余程俺に構って欲しいのか? 最近は慣れて、怒る気も薄れた……)
俺がコテツとリヴァイの返事に顔を引き攣らせていると、ビアンカが口を開く。
「これからどうするっすか?」
「そうだな……ここは獣人種が治めている国らしいから、ビアンカと一緒なら大丈夫だろう。一緒に仲良く正面から入ろう」
俺はビアンカと手を繋ぎ、街の門へ向かった。
――ティラミスの街。
外から見た通り、山の中にあるせいか街の風景がオルコット村に似ている。
オルコット村も人間種以外が多くいたが、この街は人間種の方がかなり少なく感じた。
「おい、ちょっと待て!」
「えっ!? 何ですか?」
俺たちは街の門で守衛さんに止められてしまう。
「何で人間が、我らの同属の手を引いて歩いているのだ。この国のことを知らないのか? 偉そうに……」
「はっ!? 何を言っているんですか? 俺たちは友達ですよ」
「はあーっ!? 何を言っているんだ。お前は……」
俺は平和的、且つ友好的に話をしているつもりだったが、何故か守衛さんは益々怒っている様に見える。
守衛さんは尚も怒って話を続けようとしたが、ビアンカが睨みながら答えた。
「カザマは弱いから、アタシが守ってあげているっす」
「!? 何だよ! 脅かさないでくれよ。嬢ちゃんの付き添いで、保護してもらっているなら、早く言ってくれよ」
俺は何も返事が出来ずに黙って頷き、ビアンカに手を引かれて街の中へ入る。
街の中を歩いてると、ビアンカが囁く。
「何だか、気持ちがいい街っすね」
「そ、そうだな……ビアンカは、いつもより伸び伸びしてる気がするぞ……」
「そうっす。この街はアタシのことをじろじろ見てこないっす。それに、人がゴミの様にいないっす」
俺は、ビアンカが初めて街の中を伸び伸び歩く姿に微笑ましく思った。
しかし、ビアンカの言葉を聞き、口元を引き攣らせて答える。
「そ、そうだな……今までの村や街では、ビアンカが可愛くて見られていたんだぞ。それに、また言葉の使い方が間違っているぞ。それだと俺がゴミになる……」
ビアンカは首を傾げたが、尻尾を左右に振りながら笑顔で街中を歩く。
今までにない光景であるが、俺も今までになく肩身が狭い思いをしていた。
人間と獣の支配者層が変わると、こうも雰囲気が変わるのか。
村と作りは似ているが、俺は嘗てない程アウェイの気がする……。
(アウラやビアンカが毎回辛そうにしていたのは、こんな感じなのだろうか……。グラハムさんは、こういう関係をなくそうと頑張っているのだろうか……)
俺は、色々と考えながらビアンカに手を引かれ歩いた。
――宿。
俺はフロントで部屋を借りようと声を掛ける。
「個室を二つ借りたい。一応、一晩のつもりだ……」
「おい、何でお前が仕切って話してるんだ。そこのお嬢さんが決めることだろう」
俺は黙って頷いた。
「カザマを苛めてはダメっす! 部屋は二人部屋を一つでいいっす」
ビアンカは宿の受付のヒトを叱り付けて、二人部屋を頼んだ。
「えっ!? ビアンカ……お互い年頃なのに、同じ部屋はまずいだろう!」
「お前は黙ってろ! 部屋は、二人部屋を一つですね……」
ビアンカのことを考えて反対しようとしたが、受付のヒトにまたも叱られてしまう。
それから宿の部屋に入ったが、俺は心に傷を受けうな垂れている。
「カザマ、元気出すっすよ」
「ああ、ありがとう。ビアンカとアウラは、毎回こんな気持ちになっていたのか?」
「こんな気持ちと言われても分からないっす。でも、人目が気になって仕方ない感じっすよ……」
ビアンカは頬を掻きながら尻尾を左右に振っているが、満更でもない気分なのだろう。
「ところで、暗くなったら一緒に酒場に行ってくれないか? 本当は俺だけで行きたいが、俺だと上手く話が出来そうにない。ビアンカが店員と上手く話して、最近国で変わったことがないか聞いてくれないか?」
「分かったっす。酒場は、たまにカザマが話題に出していたから行ってみたかったっす」
――酒場。
俺たちは夕食を済ませてから酒場に入る。
「ビアンカは何を飲む? 俺の奢りだから遠慮はいらないが、酒はまだ早いからミルクでも頼むか?」
「カザマは何を飲むっすか?」
「俺はいつもソーダ水を頼んでいるが……」
「おじさん、ソーダ水を二つっす」
「ビアンカ、お前はミルクにしておいた方が……」
俺はビアンカのことを考えて無難に飲めそうな水を勧めようと思った。
でも折角だからと、ミルクを勧めたのだ。
しかしビアンカは、ソーダ水を二つ注文した。
「ソーダ水を二つね……お前は偉そうに指図するな」
店員さんはビアンカに笑みを浮かべたが、俺には言葉だけでなく視線も冷たい。
(俺も一応客なのだが、しかも俺が金を払うのだぞ……)
俺は店員さんが持って来たソーダ水を一気に飲み干して我慢した。
「なあ、ビアンカ、やっぱり俺だと話すのが難しそうだから、俺の代わりに宿で話したことを聞いてくれないか? あと、ソーダ水のお代わりもよろしく……」
「分かったす」
ビアンカは数口ソーダ水を含むと、頬を薄っすら赤く染めている。
ソーダ水は爽やかな味わいで気持ち良くなるノンアルコール水の筈だが、気分的なものかもしれない。
「おじさん、最近国で変わったことはないっすか? それから、ソーダ水をお代わりっす」
「ああ、お代わりね。変わったことね……最近はないかな? 昔はお姫さまが、北に住む貴族のヴァンパイアに攫われたと大騒ぎになって……戦争になり掛けたことがあったんだ。だけど結局、お姫さまは見つからず戦争にならなかったな……。後は山ばかりの国で、他の国が攻めてくることもないし……王さまが狩りに制限をつけているお陰で、獲物がなくなることもないしな」
ビアンカがいきなり本題を訊ねて慌てたが、同属同士で怪しまれないのか店員は昔のことを話してくれた。
(うーん……昔の大きな話題を持ち出すくらいだから、本当に今は何もないのだろうな……)
「おじさん、お姫さまは幾つくらいで、どのくらい前にいなくなったのですか?」
俺は不意に思い浮かんだ疑問を口にしたが、店員さんは牙を剥き出しにする。
「お前は大人しく飲んでろ! 付き添いのくせに、お代わりまで頼んでおいて……」
俺が叱られて俯くと、ビアンカが眉を寄せ口を開く。
「おじさん、カザマを苛めてはダメっす! それでどうなんすか……」
「ああ、確か赤ん坊の頃で……十年以上も前のことだ。もう十五年くらい経ったかもしれない……」
俺は、他の店員が持って来たビールを飲んで、話し掛けるのを止める。
それから、しばらくしてビアンカは初めに頼んだソーダ水をやっと飲み干すと、顔を真っ赤にして眠ってしまった。
ビアンカが眠ってしまい不安になったが、店員の愛想は良くないが会計は普通に行えた。
(もしかして、俺一人なら愛想は悪いが、普通に過ごせていたのでは……!? ビアンカと一緒の時は、ご主人さまのペット扱いだったのか……)
俺は辛くなったので考えるのを止めると、ビアンカを背負ったまま宿に戻る。
――アレスサンドリア帝国潜入九日目(異世界生活三ヶ月と五日目)
ロマリア王国に入って五日目の朝になった。
昨日までオオカミの群れに襲われ、ほとんど眠っていなかったせいか、普段より遅くに目が覚める。
そして、疲れが残っていたせいか寝惚けたままでいると……。
(!? モフモフするぞ?)
俺は、二度寝をしようと再び目を閉じて寝返りを打つ。
そこで、フアフアして肌触りが良いものに手が触れて、思わず握って感触を確かめた。
「はあーっ……」
突然、ビアンカの小さな喘ぎ声の様なのが聞えた。
そして、モフモフしていたものが、俺の手の中から擦り抜ける。
俺は驚いて目を開けると、ビアンカが隣に寝ていた。
しかも、目と鼻の先にビアンカの顔がある。
慌てて布団から飛び起きようとしたが、今度は掌が柔らかな感触のものに触れ埋没する。
「はああああああーっ……」
ビアンカの小さな喘ぎ声が先程より長く響いた。
「えっ!? ま、まさか、これって……」
俺は何となく分かっていたが、それでも確かめる様に自分の手に触れているものをゆっくりと掴もうとする。
「あっああああああ――っ……!? ヒッアっ!」
ビアンカは先程よりも大きく、明らかに分かる様な喘ぎ声を上げた。
そして、ビアンカらしからぬ乙女の様な小さな声を上げ、俺が手を離すよりも早く目を覚ます。
俺と目と鼻の先にあるビアンカの顔から大きな瞳が開かれ、真っ直ぐに俺と目が合う。
「お、おはよう。昨日は飲み過ぎたみたいだが、大丈夫か……」
俺は考えるよりも先に普通に話し掛けた。
いつも咄嗟に言い訳をしていたせいか慣れてしまったのかもしれない。
ビアンカは俺の声を聞くと、みるみる顔が赤くなる。
「キャアアアアアアアアアアアアアア――っ!?」
ビアンカは女性らしい高い音の悲鳴を上げて、俺の顔面を殴りつけた。
俺は床に転がったが、いつもの力を感じず気絶せずに済んだ……。
(ビアンカのこんな声を初めて聞いたな……)
ビアンカは顔を真っ赤にして尻尾を逆立たせ、大声で俺を問い詰める。
「な、何してるんすか!? アタシが眠っていた隙に乳繰り合っていたっすか?」
「ち、違う!? 落ち着いてくれ! 俺も寝惚けていて、ビアンカが隣にいると思わなかったんだ! それで、その……寝惚けていたとはいえ、色々と触って悪かった……」
俺は故意ではないと説明して、自分が仕出かしたことを謝る。
「カザマは、アタシと乳繰り合いたくて……したんじゃないすか?」
「ち、違う! 昨日、酒場でビアンカがソーダ水を飲んで眠ってしまったから、ベッドに寝かせたんだ。隣のベッドだぞ! 何でビアンカが俺のベッドに眠っているのか、俺の方が聞きたいぞ……それでも疲れていたから、寝惚けてしまったのかもしれない。本当にごめん……」
ビアンカが再び俺を問い詰めてきたので、俺は昨晩の状況を説明して重ねて謝った。
「違うんすか……」
ビアンカは怒らずに頷くと、尻尾がみるみる萎んでいく――。
俺たちは宿を出ると、ビアンカと少し離れて街の門に向かう。
守衛さんは俺たちの姿を見たが、今度はビアンカに声を掛けただけで俺には何も言わない。
俺たちは街を出ると、帝国領のボスアレスに向かった。
ビアンカはあれから何も話してくれず、今朝のことを怒っているのかと気まずい雰囲気が漂う。
この前ビアンカと言い争いになったが、口を利かないことは初めてだった――。




