7.修行への旅立ち
――教会の自室。
あれから部屋に戻った俺は、朝食をとることなく呆然としている。
流石に今の俺は食欲もなく、ヘーベに会うのが気まずかった。
だが、玄関の方から楽しそうな声が聞こえてくる。
俺は部屋の扉を開け、玄関に移動した。
玄関には軽装の防具をつけたレベッカさんが立っており、ヘーベと話しをしている。
そして教会の前の道に荷馬車が停めてあった。
俺は過ぎたことを敢えて触れないように、
「どうも、レベッカさん……どこかへ出かけるのですか?」
これからのことを尋ねる。
「これから、カザマをオルコット村まで送って行くのだけど、聞いてないの?」
レベッカさんはギルドの外だからなのか。
今朝のこともあり少し慣れたのか、昨日より随分気さくな話し方になっている。
「あれっ? レベッカさんがオルコット村に連れて行ってくれるのですか?」
俺はてっきりヘーベが連れって行ってくれるか。
それとも、まだ見ぬ転移魔法とかで、移動するのと思っていた。
「レベッカさんを待たせるのも悪いから、そろそろ出発してもらうわよ」
「えっ? ヘーベは一緒に行かないのですか?」
「私は教会のお仕事があるから、レベッカさんに送ってもらう様にお願いしていたの。本当は、昨日の夜に話すつもりだったけど……」
「すみません……」
出発前に俺のテンションはダダサガリになった。
「さあ、元気を出して! まずは修行だけど、これからあなたの冒険がはじまるわ!」
ヘーベは励ましてくれているのだろうが、励ましている本人に覇気がないのも微妙な感じがする。
それにこの世界に来てから、俺にとっては街の中ですら冒険の連続だった。
期待していたものとは違ったが……。
「ところで、修行はどのくらい期間が掛かるのでしょう?」
「二、三ヶ月くらい? 修行次第で長くも短くもなるでしょうが、まずは教会の中で話した『喜』の感情が秘められた宝石が村の外れにあるわ。それを取り戻すまでね……大丈夫よ。黄色の宝石だけど、私の加護があるあなたには分かる筈だから」
(!? 確か、教会に入ってすぐにヘーベが話してくれた……ヘーベのペンダントに付いていた六つの宝石というやつだったか? ネタではなかったのか……)
俺は腕を組んで頷き、本当の話だったのかと感慨に耽る。
「ネタではありません! あの場面で冗談を言う人なんていないわ! それに初めの契約を忘れたの!」
ヘーベは俺が喋ってもないのに即座に突っ込んできた。
俺はヘーベの覇気のない口調で真実味を感じなかったが、ヘーベの無機質な仕草は素ではないと理解して、やっとヘーベの話を信じる気になった。
そういえば、確か召還されるの前に契約したと思い出す。
この世界に来て、色々なことがあり過ぎて状況についていけてないのかもしれない。
もう一度整理してみよう……
ヘーベのペンダントの銀色に輝く円形の装飾部分。
中央には光り輝く宝石が埋められている。
中央の宝石の周りに六つの窪みがある。
六つの窪みには六つの宝石が嵌っていた。
嵌っていた6つの宝石は奪われた。
六つの宝石には、ヘーベの六つの感情が秘められている。
六つの感情とは…『喜』、『怒』、『哀』、『楽』、『愛』、『憎』。
幸いにして『欲』だけは奪われずに済んだ。
お陰で取り戻そうとする『意欲』はあるみたいだ。
ヘーベは隙を突かれたとかで、相手が分からないと言っていた。
隙を突かれたとはいえ、女神さまの宝石を奪い取るなんて、相当にレベルが高いか。
特殊なスキルを持った相手ではないだろうか。
俺は、今回のイベントの目的と、敵となるだろう相手のことを想像した。
だが、仮に相当レベルが高く強い相手だとしても、今回の目的は討伐ではなく宝石の奪還である。
修行ではその辺りのことも考えておかなければならない。
最初に『喜』の感情が秘められた黄色の宝石を取り戻すということは、宝石の場所は複数存在するのだろうか。
盗まれた宝石が一箇所にあるとは限らないので『喜』の宝石の奪還を始めに、これから色々な所に行くかもしれない。
冒険の目的がはっきりして、ヘーベによってダダサガリになった気分が昂る。
それから、ヘーベの話しで「お陰で取り戻そうとする『意欲』はあるみたいよ」は、ネタではないだろうかと再び思い出す。
「うっ、ふふふふっ……」
「あなた今、私に対して笑ったわね! 前向きになってくれたと思って安心していたのに!」
ヘーベは表情には出ていないが、もしかして怒ったのだろうか。
(でも、面白かったのだから仕方ないじゃないか……!? いや、俺はそうではなかった筈だ! 意識していなかったとはいえ、ヘーベを馬鹿にした様な仕草をとってしまった事を反省しなければ……)
俺はこの世界に来てからヘーベのペースに巻き込まれている気がする。
(これまで通り目立たない様に、クールに振舞わなければいけない!)
俺は自分に強く言い聞かせた。
「レベッカさんお願いしますね」
「ヘーベさん、お任せ下さい」
先程まで少し離れて馬車の横で待っていたレベッカさんだが、今は馬車の御車台にいる。
俺も今は、レベッカさんの隣に座りヘーベを見つめていた。
「それでは、色々あったけどいよいよ出発ね。無事に『喜』の宝石を取り戻し、成長した姿を見るのを楽しみにしているわ」
ヘーベは両手を腰に添え胸を張っている。
「それではヘーベ、行ってきます!」
俺はヘーベに別れの挨拶をした。
手綱を握るレベッカさんの腕にも力が入り、馬車が動き出す。
そして、じっとこちらを見つめていたヘーベが声を上げた。
『我が従者、カザママサヨシに青春を!』
俺は声を出さずに、
(青春って何? もう少し格好良いセリフを……!? じゅ、従者じゃないだろう! それに、従者が女神を置いてどうするよ!)
と突っ込みを入れたが。
初めてヘーベが、俺のことを名前で呼んでくれたと気づく。
――荷馬車が教会を離れると。
いつの間にかヘーベの後ろに黒い髪をした男が立ち、話し掛ける。
「行きましたね……あの男、夜目は利くようですし、人通りの少ない街中で気配を消し、盗賊たちの目から逃れていましたよ。頭もキレルようですし……」
「ええ、楽しみにしていますよ」
ヘーベは振り返らずに、後ろの男に答えた。
――オルコット村までの道中。
ヘーベルタニアの街を覆う壁を抜けると、しばらく穀倉地帯が続いた。
アルヌス山脈から街に流れる川が、穀倉地帯の支えになっているのかと想像する。
オルコット村までは川沿いを馬車で進み。二時間くらい掛かるらしい。
穀倉地帯を過ぎると、少しずつ上り坂が多くなり、木々が濃くなってきた。
意外と街道は整備されており、道中何事もなく経過している。
特に何もすることがなく過ぎ、もうすぐ昼くらいだろうか。
俺は、昨日の酒場から何も食べてなく空腹でいた。
だが、昨日のことで気まずくて、レベッカさんに話し辛くなっている。
そんな俺を察してか、
「良かったらパンと水があるけど、どう?」
レベッカさんは笑顔で、パンと水の入った革で出来た水筒の様なものを差し出した。
「実はお腹が空いていたんです。…いただきます」
俺はレベッカさんから食料を受け取り、すぐにパンにかじりつく。
パンを食べながら、レベッカさんは優しくて理想的なお姉さんだと胸が高鳴った。
あのスケベでお調子者のグラッドが、レベッカさんのお兄さんだと思うと、
(お気の毒に!)
と声には出せない。
そんなことを考えていたが、レベッカさんは全然違う話題をしてきた。
「カザマ、街に来て僅かな間にヘーベさんと、すっかり仲良くなったみたいね」
「えっ!? そういえば、そうですね……」
俺は、レベッカさんに言われ初めて気づいた。
今までは幼馴染のエリカが少しでも女子と話をしていると、何処からともなく現れ割り込み邪魔をしてきたのだ。
だから、同じくらいの年頃の女の子とこんなに話をしたのは、エリカ以外で初めてだった。
エリカの場合は一方的な感じもするが、良く考えるとレベッカさんもそうである。
「え、えーっと……ヘーベは、見た目は凄いですが……しばらく一緒にいると色々とツッコミ所が満載というか、知らず知らずに……」
俺はヘーベが何度か『契約』という言葉を口にしていたのを思い出し、そのせいではないかと思ったが、そのことは触れないようにした。
「ヘーベさんはあの美しい外見だけでなくて、あの青く透き通った瞳……。ヘーベさんを前にした人はみんな、あの吸い込まれるような瞳の輝きに神々しさを感じるわ。でも、カザマは違うみたいね……」
(違うんです! 俺も最初はキラキラした感じに騙されましたよ! レベッカさん、あなたは騙されてますよ! ヘーベの見た目は凄いですが、あの珍妙な言動は色々と普通じゃないですから! 寧ろレベッカさんの方が好感度高いですから!)
俺は心の中のこの叫びを押し殺す。
その後、俺は異性と接する経験値不足から、何を話したら良いか分からずに困惑してしまい、会話が続かなくなった――。