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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第一章 間違った異世界召還
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7.修行への旅立ち

 ――教会の自室。

 あれから部屋に戻った俺は、朝食をとることなく呆然としている。

 流石に今の俺は食欲もなく、ヘーベに会うのが気まずかった。

 だが、玄関の方から楽しそうな声が聞こえてくる。

 俺は部屋の扉を開け、玄関に移動した。

 玄関には軽装の防具をつけたレベッカさんが立っており、ヘーベと話しをしている。

 そして教会の前の道に荷馬車が停めてあった。

 俺は過ぎたことを敢えて触れないように、

 「どうも、レベッカさん……どこかへ出かけるのですか?」

 これからのことを尋ねる。

 「これから、カザマをオルコット村まで送って行くのだけど、聞いてないの?」

 レベッカさんはギルドの外だからなのか。

 今朝のこともあり少し慣れたのか、昨日より随分気さくな話し方になっている。

 「あれっ? レベッカさんがオルコット村に連れて行ってくれるのですか?」

 俺はてっきりヘーベが連れって行ってくれるか。

 それとも、まだ見ぬ転移魔法とかで、移動するのと思っていた。

 「レベッカさんを待たせるのも悪いから、そろそろ出発してもらうわよ」

 「えっ? ヘーベは一緒に行かないのですか?」

 「私は教会のお仕事があるから、レベッカさんに送ってもらう様にお願いしていたの。本当は、昨日の夜に話すつもりだったけど……」

 「すみません……」

 出発前に俺のテンションはダダサガリになった。

 「さあ、元気を出して! まずは修行だけど、これからあなたの冒険がはじまるわ!」

 ヘーベは励ましてくれているのだろうが、励ましている本人に覇気がないのも微妙な感じがする。

 それにこの世界に来てから、俺にとっては街の中ですら冒険の連続だった。

 期待していたものとは違ったが……。

 「ところで、修行はどのくらい期間が掛かるのでしょう?」

 「二、三ヶ月くらい? 修行次第で長くも短くもなるでしょうが、まずは教会の中で話した『喜』の感情が秘められた宝石が村の外れにあるわ。それを取り戻すまでね……大丈夫よ。黄色の宝石だけど、私の加護があるあなたには分かる筈だから」

 (!? 確か、教会に入ってすぐにヘーベが話してくれた……ヘーベのペンダントに付いていた六つの宝石というやつだったか? ネタではなかったのか……)

 俺は腕を組んで頷き、本当の話だったのかと感慨に耽る。

 「ネタではありません! あの場面で冗談を言う人なんていないわ! それに初めの契約を忘れたの!」

 ヘーベは俺が喋ってもないのに即座に突っ込んできた。

 俺はヘーベの覇気のない口調で真実味を感じなかったが、ヘーベの無機質な仕草は素ではないと理解して、やっとヘーベの話を信じる気になった。

 そういえば、確か召還されるの前に契約したと思い出す。

 この世界に来て、色々なことがあり過ぎて状況についていけてないのかもしれない。

 

 もう一度整理してみよう……

 ヘーベのペンダントの銀色に輝く円形の装飾部分。

 中央には光り輝く宝石が埋められている。

 中央の宝石の周りに六つの窪みがある。

 六つの窪みには六つの宝石が嵌っていた。

 嵌っていた6つの宝石は奪われた。

 六つの宝石には、ヘーベの六つの感情が秘められている。

 六つの感情とは…『喜』、『怒』、『哀』、『楽』、『愛』、『憎』。

 幸いにして『欲』だけは奪われずに済んだ。

 お陰で取り戻そうとする『意欲』はあるみたいだ。


 ヘーベは隙を突かれたとかで、相手が分からないと言っていた。

 隙を突かれたとはいえ、女神さまの宝石を奪い取るなんて、相当にレベルが高いか。

 特殊なスキルを持った相手ではないだろうか。

 俺は、今回のイベントの目的と、敵となるだろう相手のことを想像した。

 だが、仮に相当レベルが高く強い相手だとしても、今回の目的は討伐ではなく宝石の奪還である。

 修行ではその辺りのことも考えておかなければならない。

 最初に『喜』の感情が秘められた黄色の宝石を取り戻すということは、宝石の場所は複数存在するのだろうか。

 盗まれた宝石が一箇所にあるとは限らないので『喜』の宝石の奪還を始めに、これから色々な所に行くかもしれない。

 冒険の目的がはっきりして、ヘーベによってダダサガリになった気分が昂る。

 それから、ヘーベの話しで「お陰で取り戻そうとする『意欲』はあるみたいよ」は、ネタではないだろうかと再び思い出す。

 「うっ、ふふふふっ……」

 「あなた今、私に対して笑ったわね! 前向きになってくれたと思って安心していたのに!」

 ヘーベは表情には出ていないが、もしかして怒ったのだろうか。

 (でも、面白かったのだから仕方ないじゃないか……!? いや、俺はそうではなかった筈だ! 意識していなかったとはいえ、ヘーベを馬鹿にした様な仕草をとってしまった事を反省しなければ……)

 俺はこの世界に来てからヘーベのペースに巻き込まれている気がする。

 (これまで通り目立たない様に、クールに振舞わなければいけない!)

 俺は自分に強く言い聞かせた。

 「レベッカさんお願いしますね」

 「ヘーベさん、お任せ下さい」

 先程まで少し離れて馬車の横で待っていたレベッカさんだが、今は馬車の御車台にいる。

 俺も今は、レベッカさんの隣に座りヘーベを見つめていた。

 「それでは、色々あったけどいよいよ出発ね。無事に『喜』の宝石を取り戻し、成長した姿を見るのを楽しみにしているわ」

 ヘーベは両手を腰に添え胸を張っている。

 「それではヘーベ、行ってきます!」

 俺はヘーベに別れの挨拶をした。

 手綱を握るレベッカさんの腕にも力が入り、馬車が動き出す。

 そして、じっとこちらを見つめていたヘーベが声を上げた。

 『我が従者、カザママサヨシに青春を!』

 俺は声を出さずに、

 (青春って何? もう少し格好良いセリフを……!? じゅ、従者じゃないだろう! それに、従者が女神を置いてどうするよ!)

 と突っ込みを入れたが。

 初めてヘーベが、俺のことを名前で呼んでくれたと気づく。

 

 ――荷馬車が教会を離れると。

 いつの間にかヘーベの後ろに黒い髪をした男が立ち、話し掛ける。

 「行きましたね……あの男、夜目は利くようですし、人通りの少ない街中で気配を消し、盗賊たちの目から逃れていましたよ。頭もキレルようですし……」

 「ええ、楽しみにしていますよ」

 ヘーベは振り返らずに、後ろの男に答えた。

 

 ――オルコット村までの道中。

 ヘーベルタニアの街を覆う壁を抜けると、しばらく穀倉地帯が続いた。

 アルヌス山脈から街に流れる川が、穀倉地帯の支えになっているのかと想像する。

 オルコット村までは川沿いを馬車で進み。二時間くらい掛かるらしい。

 穀倉地帯を過ぎると、少しずつ上り坂が多くなり、木々が濃くなってきた。

 意外と街道は整備されており、道中何事もなく経過している。

 特に何もすることがなく過ぎ、もうすぐ昼くらいだろうか。

 俺は、昨日の酒場から何も食べてなく空腹でいた。

 だが、昨日のことで気まずくて、レベッカさんに話し辛くなっている。

 そんな俺を察してか、

 「良かったらパンと水があるけど、どう?」

 レベッカさんは笑顔で、パンと水の入った革で出来た水筒の様なものを差し出した。

 「実はお腹が空いていたんです。…いただきます」

 俺はレベッカさんから食料を受け取り、すぐにパンにかじりつく。

 パンを食べながら、レベッカさんは優しくて理想的なお姉さんだと胸が高鳴った。

 あのスケベでお調子者のグラッドが、レベッカさんのお兄さんだと思うと、

 (お気の毒に!)

 と声には出せない。

 そんなことを考えていたが、レベッカさんは全然違う話題をしてきた。

 「カザマ、街に来て僅かな間にヘーベさんと、すっかり仲良くなったみたいね」

 「えっ!? そういえば、そうですね……」

 俺は、レベッカさんに言われ初めて気づいた。

 今までは幼馴染のエリカが少しでも女子と話をしていると、何処からともなく現れ割り込み邪魔をしてきたのだ。

 だから、同じくらいの年頃の女の子とこんなに話をしたのは、エリカ以外で初めてだった。

 エリカの場合は一方的な感じもするが、良く考えるとレベッカさんもそうである。

 「え、えーっと……ヘーベは、見た目は凄いですが……しばらく一緒にいると色々とツッコミ所が満載というか、知らず知らずに……」

 俺はヘーベが何度か『契約』という言葉を口にしていたのを思い出し、そのせいではないかと思ったが、そのことは触れないようにした。

 「ヘーベさんはあの美しい外見だけでなくて、あの青く透き通った瞳……。ヘーベさんを前にした人はみんな、あの吸い込まれるような瞳の輝きに神々しさを感じるわ。でも、カザマは違うみたいね……」

 (違うんです! 俺も最初はキラキラした感じに騙されましたよ! レベッカさん、あなたは騙されてますよ! ヘーベの見た目は凄いですが、あの珍妙な言動は色々と普通じゃないですから! 寧ろレベッカさんの方が好感度高いですから!)

 俺は心の中のこの叫びを押し殺す。

 その後、俺は異性と接する経験値不足から、何を話したら良いか分からずに困惑してしまい、会話が続かなくなった――。

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