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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第十二章 アルヌス山脈
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1.オーガの集落

 俺とコテツは、迷いの森を抜けてオーガの縄張りに入った。

 迷いの森は入る時、方角が分からなくなり遠回りをさせられる。

 しかし、出る時はスムーズに進め、抜けるのにそれ程時間が掛からなかった。

 オーガの縄張りに入ってから、度々オーガにあったが素通りさせてくれる。

 俺のことを知られているというより、コテツの姿を見て逃げて行く様に見えた。

 ちなみに、コテツはエルフの集落の中では身体を小さくしていたが、外に出てからは元の大きさに戻っている。

 しばらくして、俺たちはオーガの集落に着いた。

 オーガの集落は、外壁の代わりに岩を積んでいて要塞の様に見える。

 俺は、外壁の出入り口で立っている男たちに、ブルーノに会いに来たことを伝えると、すんなり通してくれた。

 それから、集落の中が分からないこともあり、族長の家まで案内してもらう。

 案内役の男は話すことは出来たが、ほとんど話をしなかった。

 

 ――オーガの集落。

 オーガの集落では、岩を積んで作った家が並んでいる。

 これまで木造の家屋ばかり見ていたので街を思い出す。

 集落の外では男のオーガしか見ていなくて想像も付かなかったが、集落の中では女のオーガも普通に生活していた。

 集落の外と中で仕事の分別がされているのだろうと思ったが、オーガに関する情報がほとんどなくて、初めて見ることばかりで目が釘付けになる。

 やがて、集落の中で一番大きいだろう建物に案内された。

 大きな扉を開けて案内されたが、身体の大きなオーガの家だけあって、扉だけでなくて通路も広くて天井も高いのが印象的だ。

 広い一室に案内されると、ひと際大きなオーガが座っていた椅子から立ち上がった。

 「カザマ、良く来てくれた。意外に来るのが早くて驚いたぞ」

 昨日会ったばかりで訪ねてくると思っていなかったのか、言葉通り驚いた様子。

 牙を剥き出しにしているが、笑顔を見せて友好的に感じた。

 オーガの表情の変化は人間程分かり易くはないが、ゴブリンやオークなどの亜人種と話していたお陰か理解出来る。

 「ああ、村の方でも騒ぎになっているので、早めに来た方がお互いのためだと思ってな……。ところで怪我はないか?」

 ブルーノは俺の問い掛けに笑みを浮かべたが、すぐに余所余所しい態度に変わる。

 「何、たいしたことはない。ところで、あの時の獣が見えないが……」

 「うむ、それは私のことか?」

 コテツが自分の事を問われて声を上げると、ブルーノは両目を見開き悲鳴を上げる。

 「ヒィイイイイイイイイ――! はっ!? な、何ですか? その姿は……」

 ブルーノは昨日吹き飛ばされ、失神までさせられ、コテツの姿が見えずに気になっていたのだろう。

 まさか目の前で小さな姿になっているとは、思ってもいなかったのか、驚いて椅子から滑り落ちた。

 コテツは畏れられるのに慣れているのか、ブルーノの怯え様を気にも留めない。

 「うむ、目立ち過ぎるので、集落の中では姿を変えることにした」

 「それは、お気遣いありがとうございます」

 コテツに対しては、言葉遣いが丁寧だった。

 戦いを好む種族の様なので、強い者に敬意を持つということなのだろうか……。


 俺は挨拶を切り上げ、本題を話し出す。

 「昨日、ブルーノが話していた東の国の者らしい奴らだが、さっきエルフの集落の外で遭遇して三十人程拘束した。まだ話を聞いてないが、そろそろ村に移動した頃だろう」

 「と、捕らえたのか? も、もう? 昨日話したばかりだぞ……」

 ブルーノは、俺たちの電光石火の対応に顔を引き攣らせたが、俺は顔を横に振る。

 「いや、逆だよ。すぐに事情を話してくれたので対応が出来た。奴らはお前たちを利用して、エルフの集落を探っていたのかもしれない。あまりにタイミングが良過ぎるからな……」

 ブルーノは騙された証拠となる集団が捕まった聞き、安堵した様に見える。

 しかし、厳つい顔を顰めて不安を口にした。

 「これで、エルフの集落に近づいたことを……水に流してくれれば良いが……」

 「別に悪気があった訳ではないし、村の方で何とかしてくれるんじゃないか?」

 俺は元凶を捕縛したことで楽観していたが、ブルーノの反応は違うようだ。

 「いや、俺たちは他の種族から、あまり良く思われてないだろうから……」

 ブルーノは俯いて不安気な様子。

 ブルーノの厳つい顔がしょぼくれているのを訝しく見つめた。

 「何で、他の種族から良く思われてないんだ? 俺は遠い国から来たから、簡単に事情を聞いたが詳しくは知らないんだ」

 「やはりな……その見慣れない服装が気になっていたんだ。もしかしたら、別の東の国の使者かとも思ったが……」

 ブルーノは嘆息すると、ゆっくりと俺を見て語り、今度は俺の顔が歪んだ。

 「ち、違うぞ! 俺はお前たちが、東の砂漠と呼んでいる所よりも……更に、ずっと東から来たんだ。最近、街の教会を管理している方に呼ばれて、冒険者になったんだ」

 ボルーノの街などを騒がせた賊の一味と一緒にされては堪らない。

 慌てて否定して、教会の名前を出して自分の立場を説明した。

 ブルーノは、俺の必死の言葉をじっと聞いていたが、呟く様に話し出す。

 「そうか……そんな遠くから来たのか……。分からないのも無理がないし、俺たちに対して、恐怖感や悪感情が見えないのを不思議に思っていたが、納得した」

 「分かってくれたか! それで何が問題なんだ?」

 俺は頬を緩ませるが、ブルーノの顔は強張っている。

 「エルフの集落もだが……俺たちの集落の北からはアルヌス山脈の山々に入る。山の奥には、この山脈から南側を縄張りにしている……ドラゴンが住んでいるんだ」

 ブルーノは時折口篭り、言い辛そうにしながらも教えてくれた。

 「ド、ドラゴン? そんなのがいるなんて……初めて聞いたぞ!」

 俺は驚愕したが、ブルーノは険しい表情をしつつ説明を続ける。

 「俺たちは森で狩りをしたり、木の実などを食料にしている。それでも、たまに収穫量が少ない時があって、山に入ることもある。そこで、奥に入り過ぎたりすると襲われるんだ……だから、少しでも安全な南のゴブリンの縄張りの方に足が向いてしまう……」

 オーガたちもドラゴンに襲われ、否応なしに南側のゴブリンの縄張りに入ったのだろう。

 身体が大きくて見た目が鬼。

 そんなオーガの姿に、ゴブリンたちは恐怖したに違いない。

 お互いに生きていくために、必死だったのだろうと想像する。

 「もう少し食料の保存や貯蔵が出来たら、この問題は何とかならないか? それから、この辺りの特産品とか、あれば村や街で売ることも出来るが……」

 俺はお節介かもしれない提案をしたが、それに対してブルーノは食いつく。

 「そんなことが可能なのか? ……というか、かなり助かる! 見ての通り俺たちは身体が大きいから、他の種族より食料問題は重要なんだ! それから、特産品というのが……何か分からんが、村や街と取引が可能なのか?」

 他部族から怖がられていることが、コンプレックスとなっていたのかもしれない。

 ブルーノは他部族と交流が持てるということに希望を抱いたようだ。

 俺はすぐに、それに気付かなかった訳ではないが、まずは部族間で底上げを提案する。

 「保存や貯蔵の仕方は、少し前にゴブリンとオークの集落で教えたばかりだから……後は特産品だが、塩が取れるとか変わったものはないのか?」

 「塩なら山に入れば取れるが……ドラゴンが……」

 ブルーノは食糧事情が思わぬところで改善しそうで、喜びを顕にしたが、塩の話題を始めると途端に俯いてしまう。

 俺は、塩は仮に出した品目で特産品から除外して、集落の底上げから提案を始める。

 「うーん……取り敢えず、俺が早速保存や貯蔵に仕方について教えよう。準備があるから一度村に帰るが……ドラゴンについては、今は何とも言えない……」

 「いや、それだけでも十分だ! カザマが来てくれて本当に良かった! お前は、俺たちの救世主だ!」

 ブルーノは立ち上がると破顔し、大きな身体を屈めて俺に握手してきた。

 それだけ嬉しかったというのが伝わってくる。

 俺は照れ臭くて、頬を掻いた……。

 (救世主は言い過ぎだと思うが……)

 再び握手を交わして、オーガの集落を後にする――。

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