6.結界の外
迷いの森を進む前に気を引き締めていたが、後ろから聞き慣れた声が響く。
「おーい! アタシも行くっすよー!」
何となく付いて来るような気がしていたが。
「折角だから、もう少しゆっくりしても良かったんだぞ」
「何言ってるすか? アタシは大人しく、じっとしているのが苦手なんすよ……」
ビアンカは照れ隠しの様に頭を掻きながら顔を逸らした。
「確かにそうだな。ビアンカが大人しくしている姿は……はははは……」
「何がそんなに可笑しいんすか!」
ビアンカは文句を言いながら俺の背中を叩いてきたが、決して痛くはない。
「いや、アウラの家の中では……借りてきた猫の様に、大人しかったのを思い出して……」
「うるさいっす!」
ビアンカは、更に俺の背中を叩いてきた。
今、俺が振り返ってビアンカの顔を見たら、きっと顔を赤くしているだろう。
「うむ、そろそろふたりとも……」
コテツが気まずい雰囲気に堪えかねたのか、言葉を濁しながら催促した。
俺たちは改めて気を引き締め、迷いの森に入ろうとしたが。
「おーい! 待ってー!」
俺は後ろから響いてくる声に躓きそうになり、コテツも渋い表情に見える。
「コテツ、デジャブじゃないですよね?」
「うむ、私も一瞬感じたが、当人が隣にいるからな……」
「何っすか? アタシじゃないっす! アウラが後ろから走って来てるっすよ!」
ビアンカは、俺とコテツにからかわれたと思ったのか、頬を膨らませ拗ねてしまう。
俺たちがそのまま足を止めていると、アウラが追い付いて来た。
「私も一緒に行くわ! 結界の外でふたりが戦っている時、見ているだけで何も出来なくて、本当に辛かったの……」
アウラは、集落の中で浮かれていた様子が嘘の様に、厳しい表情をしている。
「あの時の事は気にしなくても良いぞ。実際にオーガを止めたのはビアンカとコテツで、俺も大したことはしてないし……それにアウラは、俺に回復魔法を掛けてくれただろう」
アウラは柳眉を寄せて熱く語る。
「でも、私は見ていたわ! 『俺は毎日、お前と修行をしていたんだぞ!』……とか……『そもそも攻撃の時、冷静になれと言ったのはビアンカだろう!』……それから『そんな鈍らじゃなくて、いつもの切れのある攻撃をしてこい!』……格好良かったわ! アルベルトなんか、あれから何度もカザマのセリフを真似するから、お父さんも困っていたわ」
俺は両手で顔を覆い、その場に蹲った。
きっと俺の顔は、誰が見ても赤くなっているだろうと分かる程、熱く感じている。
しばらく間を置いてから、ビアンカとコテツは声を揃える様に笑い出した。
「「……あは、あはははははははははははは――!」」
ビアンカは笑い過ぎてお腹が痛いのか、お腹を押さえて笑っている。
コテツは顔を背けて笑っているが、それ程可笑しいのだろうか……。
俺は蹲って恥かしがっていたが、急に怒りが込み上げて立ち上がると、ビアンカとコテツを怒鳴りつけた。
「何も、そこまで笑うことないだろう!」
アウラは、両手を胸の前に合わせて虚空を見上げるようにすると、熱烈に語り出した。
「そうよ! 私も格好良かったと思うし……アルベルトにとって、カザマは英雄よ! お父さんは初め、カザマが集落に入ることに反対だったのよ……でも、全力ではなかったとはいえ、私の風魔法と同等の魔法を発動させ……リヴァイ様とも契約しているという理由で、渋々許可してくれたの。――この前の戦いでコテツ様とも契約して、ビアンカのために必死になっている姿を見て、考えが変わったらしいの」
まるで大好きな物語を語る乙女の様である……。
俺は益々恥かしくなった。
ビアンカとコテツは、顔を見合わせている。
「うむ、カザマの恥かしいでなくて……勇ましい話は終わりにして、先に進みたいのだが……」
「そうっすね。もういっぱい笑ったっすよ。アウラの集落では、アタシは蚊帳の外だったからストレス発散になったっす……」
(コテツのヤツ、今恥かしい話って言ったよな。ビアンカも何だか、まだ笑っている様に見える……)
俺は腹の虫が治まらず、イライラしてビアンカの頭を引っ叩いた。
「痛いっす……」
ビアンカは両手で頭を押さえて蹲る。
コテツとアウラは、あおい瞳を見開き、アウラは両手で口を押させていたが。
「カザマ、何してるの! 女の子に暴力を振るうなんて……しかもビアンカ相手に……」
「うむ、貴様は、本当に学習という言葉を知らないヤツだ。賢いと思っていたが、常識的なことに関しては壊滅的だぞ……」
俺は、非常識に他人を笑い続けているビアンカを叱っただけである。
それなのに、何故ここまで言われなければならないのだろう。
どうにも納得出来なかったが、拳に力を込めてじっと耐える。
そんなやり取りがあって、迷いの森に入る時間が遅くなってしまった。
俺たちがやっと落ち着いて迷いの森に入ろうとしていると、不審な気配を感じる。
俺が察知したのだから、コテツとビアンカは当然気付いていた。
――不審者たち。
俺たちは木陰に身を隠し、不審者たちの様子を窺っている。
不審者たちは、俺たちに気付いていないのか……全く気配を消そうとはしない。
無防備過ぎる気がするが、迷いの森を抜けようと集中力を欠いているように見える。
それでも武装して、それなりに腕があるのは気配で分かる。
数は分かっているだけで三十人くらい……。
俺はアウラの耳元で囁く。
「アウラ……こんな所に、これだけの数で入り込んでいる。まさかエルフの集落の客人たちという訳ではないよな?」
アウラの耳がピクッと反応して赤らめるが、真剣な声で返事をする。
「ええ、勿論よ……でも、ここまで進入されるなんて……」
俺はアウラに頷き、更に言葉を繋ぐ。
「それは捕まえてみれば分かるだろう。だが、多分オーガの族長ブルーノを騙した東の国の一味だろう」
「許さないっす! あいつらのせいで……」
アウラは幾分頬を染めているが、柳眉を寄せていた。
ビアンカは尻尾が膨らみ、興奮しているのが伝わってくる。
ここで俺は提案した。
「悪いが俺に任せてくれないか? 勿論、俺が討ち漏らして、集落に入ろうとしているヤツがいたら任せるが……」
「うむ、何か考えがあるのか?」
コテツは尤もなことを言ってきたが、俺の考えは単純だった。
「考えという程の事でもないです。ただ、俺以外だと攻撃が強過ぎて全員死んでしまいそうで……そうなると、後から尋問する時に困ります。最悪でも不審者のリーダーは話せる状態で拘束したいです……」
緊張しているみんなの雰囲気を悪くしない様にと気を使い、頬を掻きながら説明した。
「うむ、分かった。それで、カザマが、もし討ち漏らした時は?」
コテツが了承したのを聞いて、具体的な指示を出す。
「ビアンカにお願いしたい。出来れば殺さないで欲しい……それから、アウラは俺たちが倒した奴らを動けない様に、魔法で何とかして欲しい。コテツにはアウラを守って欲しいのですが……」
俺がみんなに指示を出すと、ビアンカは含みのある笑みを浮かべた。
「殺さないで、動けなくすればいいっすよね……」
「分かったわ。動けない様にすれば良いのね?」
「うむ、私はアウラを護衛すれば良いのだな?」
「では、いくぞ!」
アウラとコテツが同意し、俺は小さく気合いの入った声を上げた。
――不審者との戦闘。
奇襲であれば背後からがセオリーであろう。
だが、今回はエルフの結界の前で、仕留める必要があった。
そのため、不審者の先頭にいる者から攻撃を仕掛ける。
勿論結界の中には、承認された者しか入れないが、万一のことを考えてだ。
俺は先日の戦闘でビアンカが見せた最速の動きをイメージして、不審者の先頭目掛けて突進する。
ビアンカの最速は、俺が先日見たものより更に速いが……。
それでも俺のスピードの前に、先頭の不審者は俺の気配を感じることなく、真横から殴られ地面に倒れた。
俺は動きを止めることなく、結界に近い者から順に攻撃を仕掛ける。
今回も殺すことが目的ではないので武器を使わずに、気を失わせるように攻撃した。
当然、重傷者も出るだろうが、後から回復魔法を掛けたりと方法はある。
最悪でも即死者が出ない様に気をつけた。
不審者たちは混乱して声を上げる。
「何だ!? どこから攻撃を受けている? 何時の間に敵に包囲されたんだ!」
ところどころで同じ様な事を叫ぶ声が響いた。
昼間とはいえ、暗い森の中で不意打ちを受けたのである。
しかも、相手の姿を確認出来ないのだから、動揺も半端なかったのだろう……。
(それでも感謝して欲しいな。俺以外の攻撃であれば、この程度の怪我では済まないだろうから……)
俺は敵である相手に同情する余裕を感じつつ、少しずつ立っている不審者の数を減らしていく――。
「ピ、ピ、ピ――!」
不審者を十分間も経たない内に、半数近く無力化すると笛が鳴った。
(何かの合図だろうか? 笛を鳴らしたのがリーダーだろうが……!? あそこか!)
俺は笛が鳴った場所からリーダーの場所を特定すると、突進して距離を詰める。
しかし、俺は途中で向きを変えると足を止めて、身を隠した。
残りの不審者がリーダーだろう者を中心に、円を描く様に外を向き、身構えている。
(一瞬で守りの体制を作るとは、やはり素人の集団ではない……恐らく、単独の相手が突っ込んで行くと、そこから円を崩して包囲するのだろう……。流石にリーダーは、単独の攻撃であると把握したのであろう。それでも……)
俺は相手の陣に向かって再び突進する。
だが、普通に突っ込んだ訳ではない。
先程までよりも遅い動きで、敢えて敵の陣に目掛けて突進した。
「よし、掛かったぞ! 包囲しろ! 残りは計画通りに進め!」
中心にいた不審者のリーダーらしいヤツが指示を出す。
俺の予想は半分当たって、半分は外れたようである。
しかし、敵陣の手前で一旦足を止めたかの様に見せた俺は、不審者たちに包囲される前に加速した。
常人では見えないスピードで動く中で、敢えて緩急を付けたのだ。
しかも、直進方向だけでなく、前後左右と二次元的に奥行きを持たせた。
「何だ!? いきなり目の前で消えたぞ! 一体、何人いるんだ!」
俺を包囲しようとしていた不審者たちは、悲鳴にも似た叫び声を上げる。
何人かは先へ進もうとしていたが、思わぬ出来事に足が竦んだのか動きが止まった。
リーダーだろうヤツが再び指示を出す。
「一旦、陣を戻せ!」
だが、既に遅い、恐怖に竦んだ相手が密集しているのだ。
リーダーだろうヤツが指示を出した時には、俺は周りの相手をすべて倒していた。
「投降しろ! お前たちでは何人いても、俺の相手にならないことは分かっただろう」
俺は独りでリーダー以外の相手を倒したが、息を乱すことなく冷たく言い放つ。
リーダーらしい男は顔を顰める。
「な、何だ……お前は? 一体、何者だ? 何故、我々の邪魔をするんだ!」
既に仲間を失い混乱しているのだろうか。
俺に対して疑問の言葉を並べて叫んでいたが。
「お前こそ、何者だ? これだけ大勢で何の目的でここにいる。ピクニックか……」
俺は小さく笑みを溢して、相手の出方を待った。
顔を顰め慄いていた様子の男は、歯を食い縛る様に顔を歪める。
「ば、馬鹿にするなーっ!」
残ったリーダーだろう男は剣を抜いた。
これまでの相手は普通の片手剣やダガーを使っていたが、この男は他の者たちはとは異なった形状の剣である。
(こいつの武器は曲刀。服装や肌の色は違うようだが、ボルーノで捕獲した賊と関係があるのだろうか……)
叫び声を上げてくる男を相手に、俺は自分の刀を抜くこともなく待ち構える。
曲刀が振り下ろされたが、それを避けると顔面を殴打して気絶させた。
全員を倒したことは確認するまでもなく分かったので、すぐに倒した相手を常備している縄で拘束し始めた……。
俺が不審者を拘束している間に、ビアンカとアウラとコテツがやって来る。
「アタシの出番がなかったす……でも、カザマは知らないうちに強くなったすね」
「私も驚いたわ! カザマが戦っている姿はビアンカしか見ていなかったから、いつもボコボコにされて……」
「うむ、私の流儀では最速、最高の力で素早く敵を屠るのが得策だが……なかなか面白い見世物であった」
それぞれが思い思いに感想を口にした。
俺は不審者を拘束しながら、顔を真っ赤にして文句を言う。
「ビアンカの言葉は嬉しかった。だけど、アウラは褒めているのか、馬鹿にしているのか分からんぞ! いつもそんなことばかり言ってるから、俺に叱られるんだ! それから、コテツも褒めてくれるのは嬉しいですが、別に見世物という訳ではないですよ。今回は前回の戦闘でフェイントを使うことに有用性を感じたので、たくさんの相手と戦うために考えた俺の戦術です」
俺はみんなに返事ながら、侵入者を坦々と拘束していく。
(それにしても、アウラは俺が気にしてることを……俺は決して弱くないと今回の戦闘でも分かった。だけど、俺の仲間たちの中で、俺が一番弱い……)
他人には聞かせられない独り言を心の中で呟いていると、アウラが目を丸め見つめている。
「それにしても、カザマは縛るのが本当に上手ね! 普段も、そういうことをやっているのかしら? それとも、そういうことが好きなのかしら?」
アウラの言葉を聞いて、更に苛立つ。
「アウラ、忙しいんだ! 今はお前に構っている暇はないが、縄が足りないから何か拘束できるものが欲しい。それから、あまり訳の分からないことばかり言ってると本当に引っ叩くぞ!」
アウラの毒舌は、素で話しているので余計に質が悪い。
「それなら、眠っている人たちを転移魔法で、モーガン先生の家まで運ぶことも出来るけど……」
アウラは俺の怒りを気にもせず、さらりと口にする。
拘束する手を止めて、思わずアウラを見つめた。
「はっ!? そういえば……アウラは、色々と便利な魔法が使えたよな……頼めるか? 目を覚ますと面倒なので、ビアンカは付き添ってやって欲しい」
ビアンカは帰宅の指示にごねると思ったが、良い意味で期待を裏切る。
「わかったっす! カザマは、これからどうするつもりっすか?」
「えっ!? 俺は予定通り、オーガの集落に行かないと……事後処理があるし……」
拍子抜けして返事に戸惑うが、俺の話を聞いてコテツが口添えした。
「うむ、私が付き添ってやるので心配はいらぬ」
それぞれが自分たちの役割を確認すると、すぐに移動を始める――。
俺とコテツは迷いの森からオーガの集落へ移動した。
場所はコテツが分かると言ったので先導してもらっている。
俺はさっきの戦闘で、イメージ通りに戦った。
だが、想像以上に自分の動きが良かったことに違和感を覚える。
決して、相手が弱かった訳でもない。
そこで移動しながら、久々に冒険者のクリスタルで自分のデータを覗いて見た。
俺の冒険者レベル――
『上級ニンジャ』で『レベルⅤ』に上がっている。
ステータスは……体力『B』、力『C』、素早さ『S』、耐久力『S』、賢さ『S』、器用さ『A』、運『B』、魔法『S』となり……器用さと運以外は上昇。
スキルは……『各種アシ改』と、このスキルの意味は分かり難いが変化した。
(ほとんど上がっているじゃないか! 自分よりレベルが上のエリカとの戦いや、格上のビアンカの攻撃を凌いだ影響だろうか……)
俺は走りながら首を傾げて考えていると、コテツが語り掛ける。
「うむ、貴様のレベルは、これから更に上がる。その程度で考える事もないだろう……」
「えっ!? 俺はレベルⅤですよ! 更に上がるって……レベルⅥまでしかないんですよね?」
俺は驚き詳しく教えてもらおうとするが、コテツの反応は冷めていた。
「うむ、あれこれ詮索しなくても、その内分かることだ」
コテツが何を言ってる分からない。
俺はしばらく首を傾げていたが、分からないことを考えても仕方ないと思い、先のことを考えることにした――。




