6.逮捕されて
――警察署。
警察署も役所的な施設として、ギルドの隣にあった。
そして、俺は生まれて初めて取り調べを受けている。
無銭飲食に痴漢未遂の現行犯逮捕という、今までの俺ならあり得ない状況だ。
異世界で心躍る冒険者生活の筈が、俺は泣きそうになっていた。
「えーと、名前はカザママサヨシ、十五歳で冒険者だね。住所はヘーベさんの所の教会ね……以前の住所は『日本』? 聞いたことない国だね。詳しい話を聞こうか……」
警察署で取り調べをしていた職員の人は、見たことがない道具を机に置いた。
「冒険者登録で身元は分かったけど、これまで無銭飲食と痴漢をしたことは?」
「……ありません」
俺は俯いたまま答えた。
だが、職員の人は机の上に置いた道具と俺を交互に見ている。
「この街には何のために来ましたか?」
「有望な冒険者として、スカウトを受けまして……」
「イッテーっ!」
俺は左手のブレスレットから電流が流れ思わず声を上げた。
これは、この世界の『嘘発見器』の類かと気づき、全身から汗が噴き出す。
ちなみに、この発明によって後程苦しめられる事になるが、今の俺には知り得ない。
「嘘をついても分かるからね!」
職員の人は先程よりも口調を強くして、俺の顔を見つめる。
「……俺は自分の国で平和に過ごしていたかったけど、いきなりヘーベにこの街に連れられて、冒険者にさせられました」
職員の人は机の上の道具からブレスレット、俺の顔に視線を移す。
「……今度は嘘ではないようだね。それでは、今回は初犯だから、朝までこの建物の中で休んでもらおうか」
「……!? ちょっと待って下さい! 痴漢未遂は違います! 俺は話をしていて、その場にいただけなんです!!」
俺は涙を浮かべながら叫んだ。
職員の人は再び机の上の道具からブレスレット、俺の顔に視線を移す。
今度も何の反応もなかったようだ。
俺の痴漢未遂の罪状はかろうじてなくなった。
取り調べの後、俺は生まれて初めて牢屋に入れられる。
飲酒についても何か問われるかと思ったが、ソーダ水は酔っぱらった気分になるだけの飲み物。
『ソーダ水はアルコール飲料ではない』
酔っぱらったと思っていた俺はこの事実を聞いた時、恥ずかしくなったが。
お酒を飲まなくても飲んだ気分になるので、この国では高価なお酒を飲むのは貴族さまか、金持ちしかいないらしい。
ちなみに、この国のお酒はワインのようだ。
それよりも無銭飲食――てっきり年上冒険者のグラッドが奢ってくれるとばかり思っていたが。
グラッドもお金を持っていなかったらしい。
(何が『俺ぐらいの冒険者なら』だ。無銭飲食と痴漢の常習犯じゃないかよ…)
この街で始めて仲良くなった人は、目の前で気持ち良さそうに眠っている。
きっと、悪い人ではないのだろうけど……。
俺は両膝を両腕で抱える様に丸くなって横になり、膝の間に顔を埋める。
異世界での冒険者生活は、初日で見事に期待を裏切られた。
――異世界生活二日目。
朝になり、俺とグラッドは釈放される。
グラッドは俺よりも罪が重い筈なのに、どうして一緒に釈放されるのか不思議に思う。
俺とグラッドが警察署の出口へと無言で歩いていると、正面出入り口でヘーベとレベッカさんが並んで立っていた。
「兄さん! いい加減にしてよ!! 何度も何度も恥ずかしくて堪らないわ!」
レベッカさんは顔を赤くし、大きな声でグラッドを怒鳴りつける。
見覚えのある様な赤い瞳と黒い髪の安心感は、二人が兄妹だったからかと何となく合点がいった。
グラッドは頭を掻き気まずそうな感じで、一言だけ口にする。
「悪かったよ……」
「ヘーベさん、カザマさん! 兄がご迷惑を掛けてすみませんでした。それでは、後ほど……」
レベッカさんはそう言って頭を下げると、グラッドと一緒に警察署を出た。
「取り敢えず、一度教会に戻りましょう」
これまで無言で俺の顔を見つめていたヘーベが口を開き、俺は黙って頷く。
俺は俯き、ヘーベの後を無言で歩いている。
自分より小さな女の子に連れられ、情けないが仕方ない。
色々と理不尽ではあるが、今回は俺が悪いのだから……。
――教会。
俺とヘーベは教会に戻ってきた。
ヘーベは俺を昨日の部屋ではなく、礼拝堂に通す。
礼拝堂にはヘーベを大人にしたような美しい女神さまの像が、祭壇の奥に建てられ優しい眼差しで見つめている。
ヘーベは祭壇の前に立ち、俺に視線を合わせると目線を何度か下げた。
俺は座るように促されたと思い、椅子に座ろうとする。
「そこではないわ……」
ヘーベは自分の前の床に視線を送った。
俺は西洋風の懺悔をさせられると思い、腰を落としそのまま両膝を着ける。
「正座よ」
ヘーベは厳しい口調で指示を出し、俺はヘーベの前で『ドゲザ』をした。
「すみませんでした!! 調子に乗って、お金がないことを忘れ、店で飲み食いしました。無銭飲食は認めます! でも、痴漢は違います!! してもいませんし、しようともしませんでした!!」
俺は必死に叫びながら、ヘーベに『懺悔』をする。
「酒場に行きたかったのなら、そう言ってくれたら良かったのに……」
ヘーベは許してくれたのか、相変わらず表情は平坦なままだが。
俺に同情的な言葉を掛けてくれて、ちょっとだけ気持ちが楽になる。
「異世界に来て、少しだけ散策するつもりだったんです。初めは酒場に行くつもりはありませんでした。でも酒場から明かりが漏れ、楽しそうな声が聞こえ、入ってしまいました。それから、グラッドが親しげに話し掛けてくれたのが、嬉しくなって……」
「そう……酒場に行って、ソーダ水を飲んだことは分かったわ。では、痴漢についてだけど……『してもいませんし、しようともしませんでした!!』というのは、嘘ではないかしら?」
「嘘ではありません! 今までそんなことをしたこともないし、しようと思ったこともありません!」
ヘーベは無言で首を左右に振る。
「もし、グラッドの言ったことが本当で、お尻を触っても店員が怒らなかったら……それでもあなたは、お尻を触ろうと考えたりしませんでしたか?」
「えっ!? それは、その、しません……よ?」
俺はまさか、そんなことを訊ねられるとは思いもせず、苦しい返事をしてしまった。
(ヘーベは何て恐ろしいことを聞いてくるんだ! 思春期の男が、そんな状況で……考えない訳ないだろう!)
俺は心の中で叫んだが、
「嘘つき……」
ヘーベは呟き、礼拝堂を後にした。
俺は独り、礼拝堂にドゲザしたまま取り残されてしまう――。