5.酒場
――街の中。
当てもなく歩いていたが、街の外れの方にあった教会から街の中央あたりに来ている。
所々に柄の悪そうなヒトが屯っていたが、どこの世界も似た様なものだと思った。
通りにあった露店が閉まっていて人通りが少なくなっている。
人通りが少なくなると店を閉めるのも当然なのだろう。
周囲の店が閉まってしまっていることもあり、街中が昼間と比べるとかなり暗い。
日本の街と比べて、街灯がないのはこんなに暗いものかと感じる。
知らない街ということもあり、独りで歩くと心細くも感じた。
暗くなると人通りが少なくなるのは、ライフスタイルかもしれない。
しかし、治安の問題もあるかもしれないと理解する。
その様に感じてしまう程、街中なのに夜は暗いのだ。
俺は暗いと感じつつも、何故か街の様子が見えていることに疑問を覚えなかった。
日本の街であれば取り合えずコンビニへと考えるところだが。
街の店は、みんな閉まっている。
どこに行こうか考えていると、役所の隣の店が明るく賑やかなことに気づいた。
何の店かと近づいてみると、そこは酒場のようだった。
ゲームの中では、冒険者にとって酒場は必須の場所である。
教会を出てからもの寂しく感じていたこともあり。
お金がないことも自分が未成年であることも忘れ、酒場に入ってしまう。
――酒場。
冒険者が仲間と一緒に飲んたり・食べたり・騒いだり、一日の疲れを癒す場所。
また、和気藹々と過ごすだけでなく時には喧嘩にもなったり、情報交換をしたり、異性の冒険者との恋愛的なイベントが起きたりと、冒険者にとって必須の施設だといえる。
俺は酒場を見つけ思わず中に入ってしまった。
だが、現実世界では未成年のため、一度も中に入ったことはない。
この後どうしたら良いか戸惑っていると、俺より年上の若い男が話し掛けてきた。
手首には、俺と同じ冒険者のリストバンドを着けている。
「よー! 見かけない顔だなと思ったら、昼間ギルドでヘーベちゃんの頭を引っ叩いたヤツじゃないか?」
ヘーベは、この街で良く知られているようである。
女神であることは隠しているみたいだし、中学生くらいにしか見えなくても美少女だ。
もしかしたら、街で結構人気があるのかもしれない。
これまで出来るだけ目立たない様に生きてきた俺は、この世界に来てからも早々に性分は変わらない。
何よりギルドで冒険者登録をしたとはいえ、まだこの世界に来たばかりで勝手が分からない。
あまり目立ちたくはないし、ましてや悪目立ちは絶対にしたくなかった。
昼間、ヘーベの頭を叩いたことが広まっているなら、俺としては不味い状況である。
それでも、話し掛けてくれたことは嬉しく感じた。
俺は話が悪い方向に行かないように、少し事実を曲げ、話の方向を変えようと自己紹介を始める。
「昼間はこの街にきたばかりで疲れていたのと、勝手が分からずに混乱して、ヘーベを間違えて叩いてしまった。後でしっかり謝ったし反省した。ところで俺は、カザママサヨシというのだが、良かったら名前を教えてもらないか?」
「俺は、グラッドだ……カザママサヨシ? この辺りでは聞いたことがない名前だな? 他所の国から来たのか?」
どうやら、上手い具合に話を逸らすことが出来たようだ。
それから日本人の名前は、この世界でも分かりにくい様である。
「俺も呼びやすいように、カザマでいい。それより、この街にきたばかりで……良かったら、この街の事を教えてくれないか?」
俺は情報収集を兼ねながら、無難に話を進める。
「いいぜ! まずはこの街というか、この国自体がそうなんだが、人と亜人種が平等で差別とかはないな。何でも、この国の王さまの政策らしい……。それでも、無いものが持つネタミや嫉妬はある。それは、人間同士でもあることだがな」
「すごいな! 確かにネタミや嫉妬は理屈じゃない。外見までも違うと差別の対象にされる国が多いと感じていたが……この国は違うのか?」
俺はエルフやドワーフとかを思い出し、仲良く出来るかもしれないという期待を膨らませた。
「おうよ! お前、話が分かるな。種族が違っても美少女は美少女だ!」
俺はもっと広い枠の中で話したつもりだったが、グラッドの話しは確かにその通りだと思った。
「おう! この国、この街は最高だ!」
俺はそのままグラッドと意気投合し、この店で一番人気のソーダ水を飲み始める。
アルコールは未成年なので飲んだことはないが、ソーダ水は薄味で炭酸も弱めで飲みやすく感じた――。
初めは周囲の視線が気になった。
だが、俺は今日この街に着いたばかりで、明日オルコット村に向かう事をグラッドに話し始めた辺りから気にならなくなる。
ヘーベとの間を変に誤解されていたのであろうか。
どちらにしても、今は酒場の雰囲気にも慣れ、気持ち良く酔いが回っている。
グラッドは一見調子が良さそうな感じだが、この街で良く知られた冒険者らしい。
赤い瞳は気になったが、黒い髪には安心感を覚える。
そんなグラッドが、急に顔を近づけて小声になった。
「この街の女はイイ女が多いが、それだけじゃないんだぜ……少しぐらいのボディタッチなら、スキンシップで済まされる。俺ぐらいの冒険者ならでは、かもしれないがな」
グラッドはそう言うと、隣を通り過ぎようとしていたお姉さん定員のお尻を、下から突き上げる様に撫でる。
「何するのよ!! 何度も何度も、このロクデナシ冒険者!!」
定員のお姉さんは、物凄い形相でグラッドの頬に、渾身のビンタを浴びせた。
「ヒィイイイイイイー!」
俺は生まれて初めて酔っ払って浮かれていたが、突然のことで気が動転し情けない声を上げてしまう。
「何すんだよ!! 減る訳でもないのに、このくらいのことで殴ることないだろう!」
グラッドは当然のことのように、お姉さんを怒鳴りつけている。
プルプル震え顔を赤くしていたお姉さんは、何度も被害に合っているのだろうか。
お盆をいつも扱っている武器の様に思い切り振り被り、グラッドの頭を殴った。
俺の周りはグラッドとお姉さんの争いで騒然とした雰囲気になったが、少し離れた所では何事もなくしている。
俺は開いた口が塞がらずにいたが、しばらくして警察に連行された――。