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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第九章 再びの下宿生活と幼馴染の来訪
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4.パスタ…

 ――異世界生活一ヶ月と二十一日目。

 モーガン先生の家に逃げ込み、一週間が過ぎた。

 ビアンカとの狩りを終え、朝食の中だが、以前よりも食卓が豊かになっている。

 しかし、これは冷凍室や冷蔵室で保存したものを食べている訳ではない。

 ちなみに、地上部分の冷蔵室は、小規模なので三日程で完成している。

 試しに、五日間程保存したものを実際に食べて美味いことが分かり、村の肉屋に出荷する様になった。

 本来、肉の熟成にはもっと長い期間が必要なのだろうが、肉の管理を厳密に行う知識がないので専門の人に任せたである。

 そして、出荷して得た利益で卵やハム、ベーコンなどの加工食品と交換してもらう様になった。

 実際に作ることも可能だが、専門的な知識が不足してだけでなく、面倒だからである。

 それでも冷凍室と冷蔵室にはみんな満足して、カトレアさんはアウラを呼んで屋敷に作らせた程であった。

 その内、村の店にも同じ様なものが出来るだろう……。

 今、俺は朝食のベーコンエッグを食べている最中だ。

 「なあ、アリーシャ。たまには、俺が料理を作ろうか?」

 何気なく言った言葉に、アリーシャは予想以上の反応を見せる。

 「えっ!? それは有難いですが……何か食べたいものでもあるのですか? 最近は卵だけでなく、加工した肉やカザマが作った魚など、色々出しているつもりですけど……」

 アリーシャは、俺が不満を抱いているとでも思ったのだろうか。

 そんなアリーシャの勘違いを打ち消す様に、以前から思っていた小さな願望を伝えた。

 「いや、前にも話したが、たまにはパスタを食べてみたいと思ってな……」

 俺は大したことではないと思ったが、アリーシャの反応は先程よりも大きい。

 「わ、私にだって……パスタくらい作れますよ!」

 アリーシャはパスタと聞くと、向きになった気がした。

 俺は些細なことなので、大人の対応で穏やかに説得を試みる。

 「そんなに向きにならなくてもパスタくらいで……アリーシャの国ではあまり食べないのだろう。たまには、俺が作るよ」

 「そこまで言うのでしたら……」

 「ああ、ワシはいいから……昼食で、アウラもいる時に食べたらどうだ?」

 「はい、先生がそういうのでしたら……みんなのために、何種類か作ってみようかな……」

 俺はやる気を見せたが、アリーシャは何となく狼狽えている様に見えた。

 モーガン先生もあまり食べたくなそうな感じがする。


 ――昼食。

 午前中にアウラだけでなくカトレアさんにも話したら、ふたりとも食べたいと言ったので、五にん分を用意した。

 俺が作ったのは、トマトソースをベースにした日本でいうところのナポリタンとシンプルなペペロンチーノ。

 それからベネチアーノで教わったカルパッチョを使ったパスタの三種類。

 俺は三種類のパスタをみんなのテーブルの上に置いた。

 『いただきます』

 すっかり恒例となったいただきますを、お祈りの後に全員で言うと食べ始めた――。


 しばらくして、カトレアさんは怪訝な表情で俺を見つめた。

 「……カザマ、行儀が悪いわよ。パスタを食べるのに、そんなに音を立てて……」

 俺は久々に食べたパスタを日本にいた時の感覚で、麺を啜る様に食べてしまった。

 「すみません。俺の国の食文化では、麺類は勢い良く啜って食べるのが『粋』だという習慣がありまして……」

 恥かしくて言い訳をしたが、勿論地域性の関係や蕎麦などの場合もあっての事である。

 「粋!? そ、そう……? 変わった風習ね……」

 カトレアさんは、俺が遠い国から来たことを考慮してか、言葉を濁した。

 そんな俺とカトレアさんの会話を聞いていたビアンカとアウラは安堵する。

 良く見ると、二人とも食べ方がぎこちない。

 ふと、アリーシャを思い出し視線を移すと、こちらも苦戦しているようだった……。

 (そういうことか! アリーシャのやつ、麺類を食べるのが苦手で作ろうとしなかったのか。意外だが、実家では、ほとんど食べたことがなかったのだろう……でも、普段しっかりしているのに……)

 俺はアリーシャの食べている様子を大人の笑みを浮かべて見つめていた――。

 

 アリーシャは俺の視線に気づいたのか、 

 「……さっきから人の顔を見ながら、何を笑っているのですか?」

 眉を寄せて、ムッとした表情をしている。

 俺は決して馬鹿にしていた訳でない。

 「いや、何でアリーシャがパスタを作らないのか分かった気がして……悪気はないんだ! いつもしっかりしているのに、可愛いところもあるなと思って……」

 アリーシャは俺の話を聞くと、相貌を歪めた。

 「ば、馬鹿にしているのですか!」

 先程よりも更に表情を険しくして、珍しく怒りの声を上げる。

 食事中の不穏な空気にカトレアさんが口を開いた。

 「カザマ、今のはカザマが悪いわ。誰にだって、苦手なことがあることくらい、分かるわよね?」

 またもカトレアさんに叱れてうな垂れる。

 「アリーシャ、ごめん……本当に悪気はなかったんだ……ただ、普段のお前があまりにしっかりしているから、つい……」

 「分かってくれたなら、良いのです……」

 今回のパスタには、ビアンカの肉と交換で仕入れたベーコン。

 それから、ベネチアーノで教わったカルパッチョなどを使い、色々と工夫して味はそこそこ美味かった。

 しかし、俺の余計な発言で食事の雰囲気が悪くなり、二度と食卓にパスタが並ぶことはなかった。

 俺は悪くない筈なのに……。

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