5.成長する女神さま
――教会。
教会の扉を開けて中に入ると、何となく礼拝堂に足が向く。
祭壇の前では、ヘーベが胸を張り威風堂々と立っている。
何となくここに居るだろうと思ったが、以前より身体が成長していること以外は同じに見えて、懐かしさを覚えた。
「ああー、良く帰って来ましたね。我が従者カザマよ! アナタの活躍は聞いていますよ……さあ、取り戻した『愛』の宝石を、私の胸のペンダントに嵌めて下さい」
(久々に会ったけど、やっぱりこの人の綺麗さは別格だ……女神さまだけど……それより、何が従者だよ……!? 前も同じ様に思ったような……)
俺は色々と過去の事が脳裏を過ぎり、更に懐かしさを深める。
それから、ヘーベに言われた様に、ペンダントに宝石を嵌めようと近づいた。
ヘーベの手前で屈み、膝を床に着けて、手を伸ばす。
(以前はもっと起伏が小さくて、手が当たりそうでドキドキしたんだよな。今でもドキドキしてるけど……)
俺はゆっくりと『愛』の宝石をペンダントの窪みに嵌めた。
途端にヘーベが眩しく輝き、目を閉じる――。
ゆっくり目を開けると、更に成長したヘーベが立っていた。
身長が多少伸びて、体型も起伏が目立ち、大人の色香を醸し出すかの様になっている。
俺と同じか、少し年上くらいに感じた。
それから、以前よりも輝きを増した美しさに驚愕させられる。
「あのー……ちょっと、気になったのですが……まだ、成長されるのですか……」
俺は頬を掻きながら、視線を僅かに外して訊ねた。
「さあ、どうでしょうね……」
急に成長して、大人の美貌を湛えるヘーベに戸惑ってしまう。
だが、ヘーベは大人の余裕であるかの様に、微笑を湛える。
成長した姿のヘーベに緊張していたが、話題を変える様にユカタの話をした。
「……そうだ! 旅のお土産があります。ヘーベは知ってると思いますが、ボルーノの街でユカタを買ってきました。後からレベッカさんも、ここに来て着方を教えますが……ヘーベは、どうしますか?」
ヘーベは小さく笑みを浮かべたまま、静かに話しを聞いていたが、
「レベッカさんと一緒にお願いします……でも、その前に旅の話を聞かせて下さい」
笑みが消えると、視線を下げる。
俺は顔を引き攣らせ、動きを止めたが。
片膝だけでなく、ゆっくり両膝を床に着けた。
そして、再度指摘を受ける前に綺麗に正座をし、頭を下げてドゲザする。
「……ボルーノの街の宿で賊を捕まえました。宿の露天風呂の近くでしたので……最初は覗きかと思いましたが違ったようです。褐色の肌に黒ずくめの衣装と曲刀が印象的で、カトレアさんが尋問して東の砂漠からの刺客ではないかと疑っていました。しかし、実際に交戦をして、曲刀を使い慣れてない感じがしました。俺はこの国と、東の砂漠の間の国からの刺客ではないかと推測しました。ただ、狙われたのが、俺たちだという事までしか分かりませんでした」
額を床に着けて一呼吸置いてから、必死に言葉を綴り平穏無事を願う。
しかし、ヘーベは眉ひとつ動かさずに俺の話を聞くと、
「そうですか、それは災難でしたね。ギルドの方で詳しく調査してくれるでしょう……」
簡単に答えると、初めて会った頃の様な無垢な表情で俺を見つめる。
俺は女神さまの視線に耐えつつ、経緯が複雑な上に話し難かったが言葉を紡ぎ。
「ベネチアーノの街でマーメイドを探索していましたが、色々とトラブルがあったんです……。初日の夜に出会ったヒトが、まさかマーメイドだったと知らなかったんです……。ちょっと、行き違いはありましたが、拾った宝石を返してもらいましたよ! そ、それで……今まで人間を襲ったりとか、悪い事をしてないヒトなんです! どうか、アナスタシアさんを、ヘーベの教会の関係者という事にして頂けないでしょうか!」
曖昧な説明になったが、強引に話しを進めた。
そして、最後は更に額を床に押し付けてお願いする。
ヘーベは小さく笑みを溢したと思ったら、口端を吊り上げた。
「確か、『それもいい加減、見飽きてきましたね』……だったかしら」
「ヒィイイイイイイ――! な、何で、それを……!? もしかして、やっぱりご存知だったのですか……」
俺は震えながらゆっくり顔を上げて、ヘーベを見ると顔を引き攣らせている。
俺はこんなヘーベの表情を見るのは初めてで、恐れ戦く。
「い、嫌ですね。私を見て、そんなに恐れるとは……困ってしまうわ」
ヘーベは引き攣った頬から、強引に笑みを浮かべようとしている。
「……だ、だって! 俺は、ヘーベのそんな表情を初めて見たから……」
俺は恐れ戦きながらも必死に訴え。
ヘーベは青い瞳を丸めた。
「えっ!? 私、そんなに表情に出ていたの? 私も大分感情が戻っているから……」
ヘーベは俺の起死回生の叫びに、頬を赤く染めて口篭る。
(あれっ!? もしかしてヘーベのヤツ、感情的になっているのを突っ込まれて、照れてるのか? 見た目が成長しているだけでなく、感情も繊細になっているのか……)
俺は、ヘーベの行動から感情の変化を想像していたが、不意に肝心なことを思い出す。
「!? あのー……俺の事はいいんです! アナスタシアさんを教会の関係者という事にしてもらえませんか? もう、ベネチアーノのギルドで話してしまったので……」
ヘーベに相談する前に、勝手に処理してしまったのだ。
「はーっ……全く勝手なんだから……分かりました。こちらで何とかするわ……」
ヘーベは溜息を吐くと、途中で何かを言い掛けたが返事をしてくれた。
「ほ、本当ですか! ありがとうございます! ……はっ!? 今、途中まで、何か言い掛けましたよね?」
ヘーベは小首を傾げると、大人の余裕の様に小さく笑みを浮かべる。
「何のことかしら? それより他に言うべきことがあるのでは……」
俺は正座の姿勢から、再び顔を引き攣らせて、顔から汗を噴き出す。
「はっ!? え、えーと……色々とご存知なのですよね……」
俺が話を誤魔化そうとしていると、ヘーベは柳眉を吊り上げ、
「それは後からで、良いです! あなたが契約したドラゴンです!」
これまで聞いたことがないような大声を上げる。
「ヒィイイイイイイイイ――! リ、リヴァイは、悪いヤツではないんです! ただ、オヤジさんが有名というだけで……それに、リヴァイが、他のドラゴンの縄張りだから……今はベネチアーノより、東側しか呼ばない様にと言ってました」
ヘーベは拍子抜けしたのか、口を尖らせると首を傾げた。
「ふーん……そうなの? ドラゴンなのに、色々と気遣いが出来るのね……分かったわ。それなら、問題なさそうね……それも、こちらで何とかするわ」
そして、またも小さく笑みを浮かべ、大人の余裕を見せつける。
俺はオドオドしたまま歓喜の言葉を上げて、再び額を床に着けた。
「あ、ありがとうございます! ヘーベはやっぱり女神さまなんですね!」
ヘーベは敬われ照れたのだろうか、
「まあー……感謝されるのには慣れているけど、カザマからこんな風にお礼の言葉を口にされると、何だか照れるわ……」
またも、頬を赤くし口を濁した。
(あれっ!? まただ……久しぶりに会ったからだろうか? ヘーベが妙に、初々しいと言うか……まるで乙女が恥らっているみたいだ)
俺はヘーベを見つめながら、思わず口元が緩んだ。
「何だか、嫌な感じだわ……」
ヘーベは、頬を膨らませ剥れてしまう。
(やっぱり、前と違うよな? 今回の『愛』の宝石と関係があるのだろうか……)
俺は、ヘーベの態度に違和感を抱きつつ首を傾げる。
しばらくして、ヘーベが表情を引き締めた。
「……では、そろそろ報告は、この辺で……」
俺は報告と懺悔を切り上げ、立ち上がろうとする。
だが、ヘーベの柳眉は吊り上がり、険しい表情に変わった。
「まだ、話しは終わっていませんよ」
そして、口調までも変わる。
俺は苦し紛れに小さく笑みを浮かべるが、首筋から汗を流した。
「……もしかして、怒ってますか? 今回も色々とありましたが、ほとんど事故だと思うのですが……」
ヘーベは審判を告げる女神さまの様な表情に変わっている。
先程と同じ様に、人形のような平坦な表情だ。
「……そうですか? では、初めに……ウェアウルフの娘の身体に触れて、セクハラをしましたね。次に……賊を捕縛したと言いましたが、偶然見つけたのではなく、カザマが覗きをしようとしていたので、見つけることが出来たのでしたね。三つ目は……年下の女の子を巧みな話術で拐かして混浴……。流石に、これには腹が立ったわ! 四つ目は……無垢なエルフの娘の頭を、私と同じ様に引っ叩いたわね! 五つ目は……日焼け止めは、相手の了解があったから良いとして……魔法を使って、貴族の娘の水着を剥ぎ取ったわね! ああ、段々我慢出来なくなったわ! 六つ目は……」
「イヤ――っ!! も、もう止めて下さい!! ごめんなさい! ごめんなさい……」
俺は次々とヘーベの口から俺が関わった事故を暴露され、耐えられなくなり。
ヘーベが話しを続ける途中で発狂して、謝り続けた――。
「ほ、本当は、私もビンタのひとつも……私の従者として恥かしいわ……ま、まあ、今回は、このまましばらく反省してもらいましょうか……」
ヘーベはそう言うと礼拝堂を後にして、俺だけ取り残される――。
俺は礼拝堂の中でドゲザのままでいたが、考える余裕が出来る程に回復していた。
(怒りの感情はない筈なのに……それにしても、理不尽だな……)
「こんばんわー!」
俺が考え事をしていると、玄関の方から元気な声が聞こえてきた。
レベッカさんが来たようだ。
「……カザマは、今、反省中ですよ……」
玄関の方で、ヘーベの声が聞える。
(俺の目と耳が優れているのを忘れているのか、知っていて……分かる様に話しているのか……)
かなり落ち着きを取り戻し、声に出さずに呟いていると……礼拝堂の扉が開いた。
「カザマ、懺悔が済んだら、ユカタの着方を教えて下さい……」
ヘーベが先程の事を気にしてか頬を染め、目を合わさずに話し掛ける。
その様子を見て、急に元気が出て頬が緩む。
「では、レベッカさんも一緒に、部屋を変えましょうか?」
礼拝堂で着付けを教えるのに躊躇われ、取り敢えず自分の部屋へ招く。
「男用は簡単なので、お兄さんには酒場で教えますよ。女性の場合は、まず左側が上に来る様に重ねて……」
俺は、ヘーベとレベッカさんに着付けを教えた。
二人とも着付けを教えるだけなので、ラフな服の上からユカタを着せたが、とても似合っている。
特にヘーベのユカタ姿は、洋服では感じることがない色香を漂わせた。
俺はヘーベの姿に茫然として立ち竦んでいたが……。
「……ふ、二人とも良く似合ってますよ……お、俺の国では、今ではあまり着なくなりましたが、夏祭りとか……女性が着る機会が多いです。この国でも、ボルーノの街で少しずつ流行り出したと聞きました」
言葉を詰まらせながらもユカタの説明をした。
「カザマ、ありがとう! 丁度、今が着る季節なのね。何かの機会に着ることにするわ。それから、兄さんにも伝えておくわね」
「私も感謝するわ……今度、カザマが何か頑張ったら、ご褒美に着てみようかしら」
二人ともとても喜んでくれたが、ヘーベの仕草が先程から気になって仕方がない。
「いえ、喜んでくれたらなら、俺も嬉しいです」
俺は、イチイチ気にしても仕方ないと割り切ることにした。
「実は、私からカザマにプレゼントがあるわ!」
「えっ!? お、俺に……」
ヘーベの唐突な言葉に驚き、旅行の前に言っていた誕生日プレゼントのことだろうと思ったが、混浴ではなかったのかと首を傾げる――。




