エピローグ
ふと気づくとカーテンの端から光が漏れており、ゲーム画面を前に寝落ちしてしまったことに気づく。
以前は記憶を失っていたため、こういう場合は大体夢を見て、夢の中の出来事を思い出せないのだと思い込んだが。
慌てて父親の部屋に向かい、自室を飛び出した――。
まだ早朝なので、部屋にいるだろうと父親の部屋の前に立つ。
そして、扉を叩いた。
「と、父さん、話があるんだけど……」
「入りなさい」
恐る恐る声を掛けた俺に対して、父親の返事は即答だった。
俺は扉を開けて、父親の部屋に入る。
書斎の様な作りの部屋に足を踏み入れると、デスクを前にパソコンと向き合っている父の姿があった。
そして、やけに返事が速いと思ったら、父親は俺と同じ様にゲームをしていたのだ。
「父さん、今日も仕事だよね? 徹夜でゲームしてて大丈夫なの?」
「正義、父さんは子供じゃないぞ。もうそんなにタフじゃないから、三時間きっちり眠って、ついさっきゲームの続きを始めたところだ」
俺の父親は以前と全く同じことを言い、白を切るつもりなのだろうか。
「……ああ、そうなんだ……!? いや、そうじゃなくて、話があるんだけど」
「どうした? 珍しいな、正義が話……!? エリカちゃんのことか?」
「違うよ! そうじゃなくて、ちょっとゲームを中断して、俺の方を見て欲しいんだけど……」
俺の父親である正純は温厚な性格で頭脳明晰なだけでなく、極めて高い身体能力を持ち、ここ数代の当主の中で最強である。
しかし何かに熱中すると、周りが見えなくなるという欠点は相変わらずだ。
「エリカのこともだけど……王さまとエリカから話を聞いたんだ。それに母さんとも会った……」
「どうしたんだ、正義……また悪い夢を見て、現実との区別がつかなくなったのか?」
「違う! 父さんがシナリオを考えて、父さんの友達のファフニールさんの力で、俺を異世界へ飛ばしたんだよね? もう分かっているんだ」
俺の真剣な眼差しを、父親はじっと受けていたが。
「ふっ……どうだった? 父さんたちが正義のために創ったゲームは? 正義は英雄や勇者に憧れていただろう? 美少女たちからモテモテになるのは、エリカちゃんという許嫁がいるから不要だと思ったが、母さんが勝手に手をまわしたらしい」
父親は悪びれもせず、誇らしげに語り出したが。
「ふ、ふざけるな! それならそうだと初めから教えてよ! 何のヒントもなく、不親切にも程があるでしょう! 大体、急にモテ期が来たと思って、どれだけ俺が戸惑ったか……」
俺はグッと拳を握り、怒りを抑えた。
「どうしたんだ、正義? 急に大声を上げて、近所迷惑だぞ。大体、ヒントは色々とあった筈だが……。モテ期と言ったが、まさか浮気をした訳ではないよな?」
アウラ並みに勘違いをして、笑みを浮かべていた父親の表情が険しくなる。
「い、いや、浮気というか……日本じゃないから、婚約者が何人かいたけど、結婚した訳じゃなくて……」
流石に極まりが悪くて、言葉を濁した。
「正義! 父さんは母さんの事情でなかなか会う事が出来ない。でも、他の女性に現を抜かした事はない! そんな優柔不断だから、エリカちゃんに負けたんだぞ!」
珍しく父親に叱られ、気落ちするが。
「!? ちょっと待って! 父さん、何も知らない口振りだったけど、どうして俺がエリカに負けたと知っているんだよ?」
「おっ!? 正義……なかなかやるではないか。父さんが口を滑らせるとは……あちらの世界で、成長したようだな」
やっとまともに答えてくれた父親に聞きたいことがたくさんあり、逆に俺の方が戸惑ってしまう。
「父さん、色々言いたい事があったけど……あっちの世界で、忍者は大変だったよ」
この気持ちが一番であった。
苦笑を浮かべる俺に、何故か父親の表情が緩み頷く。
「正義、世の中、ままならないよな……父さんも母さんとなかなか会えないし、良い事ばかりじゃない。でも、辛い事ばかりじゃなかっただろう? 父さんは、母さんやファーフ君……正義はグラハムと呼んでいたな。素晴らしい仲間たちと出会い、青春を謳歌したものだ。正義の日々もそうではなかったか?」
今まで母親の事は何かとスルーされてきたが、こういう事を言われるとは思いもしなかった。
それでも父親の話を聞き、昂ったのは言うまでもない。
「それは勿論、ハラハラドキドキしたり、毎日が楽しかったよ」
「そうか、それは良かった。父さんは仕事があるから、話はこのくらいで……」
父親が再びデスクの前に戻り、パソコンに向かう。
そして俺は父親の部屋を出ようとしたが、ふと目に入った。
父親のパソコンの画面に聞き覚えのあるタイトルが表示されていたのだ。
そのタイトルの名前は……『ユベントゥスの息吹』
俺は、父親がずっとパソコンの画面から俺の生活を覗き見ていた事を知る。
再びメラメラと怒りに震えるが、ふと思い出す。
ヘーベの身体を借りて、俺とやり取りをしていた母親のこと。
俺はあろうことか、母親とは知らずにヘーベと良い感じになったのだ。
これだけ母親への熱い気持ちを打ち明け、父親が怒らなかった筈がない。
(もしかしたら俺が色々と酷い目に遭っていたのは……)
俺の憤りは静まり、静かに父親の部屋を後にした――。
――朝食後。
父親は既に家を出ており、何事もなくいつもの朝が過ぎていたが。
突然、俺の部屋が開けられた。
「マー君、学校に行くわよ!」
「エリカ、勝手に部屋を開けるな! 声を掛けるか、せめてノックをしろ! 色々とまずいだろう?」
「マー君、何がまずいのよ?」
俺が問い質したつもりだが、逆にエリカに問われて困惑する。
「そ、それは、色々だ……」
「可笑しな、マー君ね……いつまでも寝惚けてないで、早く学校に行くわよ!」
エリカは、覚えていないのだろうか。
異世界での出来事を何も言わず、最近は俺に近づいてこなかったが。
何事もなかったかの様に、話を進めていく。
(いつものエリカらしいと言えば、それまでだが……)
俺は問答無用で俺の世話を焼くエリカに急かされ、久々にエリカと一緒に学校へと向かった。
昨日まで過ごしていた異世界が夢の様に感じる。
夢の様な日々が、現実の日常に置換されていくようだ。
それでも俺は、あの世界での日々や出会いを忘れない。
『完』




