7.アルヌス山脈の神殿
――異世界生活二年六ヶ月と五日目。
気が付くと神殿の床に、横になっていた。
巌流島に居た筈だが、どうして神殿に居るのか状況が分からない。
周りを見渡すと、みんなが俺を囲む様に見下ろしていた。
「!? 何で、俺はこんな所に居るんだ? エリカと巌流島で戦っていた筈だろう?」
「マー君、落ち着いて頂戴。……マー君は、私に負けたのよ……」
いつも偉そうな態度を取るエリカが、悲し気な笑みを浮かべている。
そんなエリカを見て、俺は決闘に敗れたのだと理解した。
「負けたのか……クソッ!」
コブシを床に叩きつけたが、エリカに哀れまれたからではない。
エリカとの約束がどうこうというのも頭になかった。
ただ、負けた事が悔しくて、憤りを抑え切れなかったのだ。
「うむ、貴様は一丁前に悔しがっている様だが、何故エリカに負けたのか気づいているか?」
コテツが俺を問い質すが、このタイミングで厳し過ぎる発言だ。
「コテツ殿、幾ら何でも、少し言葉が過ぎると思います」
ブリュンヒルデさんが庇ってくれたが、何故か虚しく感じる。
いつもであれば、アウラが真っ先に口にしそうな言葉であるが、今は気に掛けている余裕がない。
「ブリュンヒルデさん、私たちの国に伝わる言葉で……『敗軍の将は兵を語らず』とい言葉があって」
「!? エリカ、その言葉なら以前カザマから聞いたわ!」
ブリュンヒルデさんがエリカを睨みつけ、空気を察した俺は立ち上がった。
「ブリュンヒルデさん、もう大丈夫です。俺は気にしていません。ところで、ここはどこですか? それに陽が暮れかけていたのに、明るくなっていますね?」
戸惑うブリュンヒルデさんより先に口を開いたのは、アウラである。
「カザマ、カザマは一晩眠っていたのよ。今は私の回復魔法で傷が癒えているわ。それで、ここなんだけど……」
口篭るアウラの代わりに、見覚えのある男神が姿を見せた。
「貴様という男は、何度も懲りないようだな。呆れて言葉が出ない」
ウーラヌスさまの姿が見えて違和感を覚えたが、
「俺の事が嫌いなのは知っています。でも、呆れて言葉が出ないと言われた割に、俺に文句を言いましたね」
何度も返品された憤りを抑えられなかった。
「うむ、貴様という男は、相変わらず減らず口ばかり……」
「コテツ、貴様もこの男に大分苦労させられたようだな?」
神さま同士で俺の悪口で盛り上がり、益々苛立つが。
ウーラヌスさまが突如姿を変えた。
「へっ!? な、何で……」
この変貌に俺の仲間たちも驚愕し、口を開けて固まってしまう。
アウラとエリカは、まるで分っていたかの様に平然としていたが。
「マー君、私はこの方に召喚されて、色々と頼まれていたのよ」
「カザマ、私もつい最近まで気づかなかったけど、お母さまに聞かされた時は凄く驚いたの」
ふたりの言葉に、ブリタニア艦隊で感じた裏切り者について察する。
だが、まさか身近な三にんが、グルだったとは思いもしなかった。
「グラハムさん、いつから何ですか?」
「ふむ、カザマの息子よ、言わねば分からないか? これだけの事を成したのだ。私と言えども、かなり前から準備に時間を費やした。それでも完全に世界を構築する事は出来なかった」
主犯が誰であるか、その言葉で確信する。
オリンポスの神々を超えた存在であるドラゴン。
母親が大天使だと知り、てっきり天界にもっと高位の存在が居るのだと思っていた。
しかし、現実は違っていた。
正確には、ここは異世界なのだが。
それでも世界を丸ごと創造したかの様な発言には、驚きを隠しきれない。
「グラハム王、いやファフニールさん。全部ファフニールさんが仕組んだ事なのですか? それだと少し納得出来ない事があるのですが……」
「ふむ、ここでは今まで通りグラハムでよい。……武勇や恋路において、カザマの息子とは思えない醜態を見せていたな。だが、流石に状況を把握し、推察する能力は高いようだ。貴様が気づいている様に、貴様の母親と貴様の父親も私に加担している。他のドラゴンも同様だ」
「はあー!? ふ、ふ……」
信頼していたグラハムさんに諮られた上、侮辱を受けたが苛立つ気持ちを抑えた。
ちなみに他のドラゴンもということは、バハムートだけでなく。
何かと縄張りを気に掛けていたリヴァイも同じなのだろう。
「ふむ、ふざけるな……と言いたかったのか? 最後まで口にしなかったが、忍耐力だけは父親譲りのようだ」
「さっきから俺と父さんを比較してばかり! 一体、どういうつもりなんですか!」
とうとう我慢出来なくなった俺は声を荒げた。
「ふむ、腑抜けが吠えたか。貴様の父親が貴様のためを思い、シナリオを考えたのだ」
「えっ!? 父さんが……どうして、そんなことを……」
グラハムさんを制する様に、アウラが口を開く。
「マー君、目上の方に対して失礼よ。そもそもマー君は、忍者を受け継ぐのを宿命だと言わんばかりに心を閉ざしていたわよね。それを見かねたお父さんが、マー君のために青春を謳歌する事を思いついたの。だから、私が手をまわして手助けをしたのよ」
母親の話を聞き、これまでの違和感が解消される。
ヘーベが俺を召喚し、感情がどうこうと違和感があった。
だが、それは感情を押し殺していた俺のためのシナリオ。
この世界に来て、俺の周りに美少女が集まり、尋常でないモテ期にも違和感があった。
おそらくそれは勝手にエリカが俺の許嫁になり、猛反対をしていた母親が仕組んだシナリオ。
数々の冒険は父親が好きそうなファンタジー。
父親がつくったシナリオを、父親と親しいグラハムさんが創造したのだろう。
「ち、畜生! これじゃあ、まるでマッチポンプじゃないか!」
「カザマ、落ち着くっすよ!」
「そうよ、カザマ、ちょっと話が大き過ぎて分からない事が多いけど、大体いつもカザマは同じ様な目に遭っているわ」
悔しがる俺をビアンカとジャンヌが宥めてくれたが、ジャンヌのツンデレにはイラっとする。
しかし、今はそういうツンデレ行為に構っている余裕はない。
「ふむ、それでカザマよ、皆との別れは済んだか?」
「待って下さい! 別れって、何ですか?」
「ふむ、貴様はまだ理解していないのか? 貴様はエリカに敗れたではないか。ニンジャでいる事に不平不満を漏らしていたが、何をするにも中途半端。貴様がエリカに敗れた理由だ。これでは何度エリカと戦っても同じ結果になるであろう。それに、周りを見渡して、気づかないのか?」
グラハムさんの指摘はもっともだと思ったが、自分で分かっている分だけ余計に腹が立つこともある。
俺は奥歯噛み締め、憤りを抑えたが。
「!? アレス? アレスが居ない……」
こういう場面で必ずと言っても良いくらい、俺を貶め嬉しそうな笑みを浮かべるアレス。
その存在が居ない事に、初めて気づいた。
「うむ、貴様という男は、あれだけ常日頃一緒に居て、気づかなかったとは……」
コテツが呆れるのも無理がない。
俺は、ここにきてグラハムさんとコテツが俺を責める訳を理解した。
英雄や勇者に憧れ、ニンジャである自分を否定しようとしてきた。
だが、結局ニンジャに拘り、この世界での俺の生き方は中途半端であった。
ニンジャという縛りで己を律するあまり、自分の可能性を狭めてしまったのだ。
確かに何度機会を与えられても、結果は変わらないだろう。
「畜生!」
行き場の憤りを声に出すしかなかった。
「マー君、そろそろいいかしら? みんなも色々とありがとう……」
「うむ、私もそろそろ消えるとしよう。――貴様は何度も挫折したが、それでも懲りずに歩みを止めなかっただろう。それを肝に銘じておけ」
コテツの言葉が身に染みる。
いつも厳しいことばかり言われてきたが、俺を思ってのことだ。
「コテツ、アレスとリヴァイには言えませんでしたが、俺の召喚に応じ、今まで支えてくれてありがとうございます」
俺はコテツに日本人らしく、腰を曲げて綺麗にお辞儀をした。
そして頭を上げると、コテツは姿を消していた。
「ふむ、いよいよ貴様たちの番だ。もう一度だけ問うが、別れは済んだか?」
グラハムさんの言葉を聞き、俺はみんなの方に顔を向けた。
「ビアンカ、みんなの中でお前と一番長く一緒にいた気がする。毎日凄く楽しかった。モーガン先生とアリーシャにもよろしく伝えて欲しい」
「カザマ、分かったっす! アタシも楽しかったっすよ!」
「アウラ、お前はいつも俺を振り回してくれたが、良い思い出になった。カトレアさんにもよろしく伝えて欲しい」
「カザマ、分かったわ。やっぱり私が一番なのね」
アウラは最後まで勘違いしているようだが、最早何も言わない。
「ブリュンヒルデさん、北欧で随一のワルキューレでありながら、これまで色々支えてくれてありがとうございます」
「カザマ、感謝は不要だわ。ロキさまの命だったけど、今では私の意思だもの」
「ジャンヌ、いつもツンデレばかりだったが、少しは萌え要素があったと思う。でも、程々にしないと、これから出会う男に見限られてしまうぞ」
「う、煩い! いつもいつも……」
ジャンヌが照れているが、俺たちの中で一番若いため素直になれないのだろう。
俺は、一通り挨拶を済ませてグラハムさんに頷き、合図を送った。
「ふむ、その前に貴様は気づいたのか? ここが私の洞窟と繋がっていること。そして、この山脈がどうしてアルヌス山脈という名前だったのか。ウーラヌスという名前について……」
「あっ!? 名前に関連性があるのではないか、そのくらいは気づいていましたが……他にも何かあるんですか?」
「ふむ、やはり貴様は、まだまだのようだ。ウーラヌスというのは、ウーラノスを封じて名乗った名前だ。そしてウーラヌスとは……『裏主』と、裏の主という意味があったのだ」
ここまでシリアスな展開が続いていたが、俺とエリカは拍子抜けする。
そして次の瞬間、俺とエリカの床までも抜けた。
床が突如消え失せ、底が見えない真っ暗な闇の中に落ちていく。
真っ暗な闇の中をどこまでもどこまでも落ちていく恐怖は、想像を絶する。
何度も体験したが、これだけは慣れることはないだろう。
何もない暗闇は、僅かな時間を過ごすだけでも発狂しそうなのに、底が見えない闇の中を落ちていく感覚は、例えるなら魂を削られる様な恐怖であろうか。
「「ああああああああああああああああああああ――!!」」
俺とエリカは、底のない闇の中で声を響かす様に悲鳴を上げた――。




