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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第七十七章 ユベントゥスの息吹
482/488

2.約束の地

 しばらく飛行を続け、山岳部から盆地を超え、海が見えてきた。

 これまで大陸を越えたり、海の上を飛行していたので、島国である日本は狭く感じる。

 目的地は九州と本州の間付近にある島。

 陽が大分傾き、俺たちは夕陽を背にして目的地である……『巌流島』に迫る。

 午前中早い時間帯に出発して、この時間帯での到着は極めて早い。

 途中で東の果ての靄に遮られ、イフリートの世界にも飛び込んだ。

 それらの出来事を踏まえて考えると、明らかに早過ぎる。

 俺は目的地を見つめながら、訝しさを覚えた。

 だが、俺の意識はすぐに別な方へと向く。

 既に視界に捉えているが、ただならぬ光景に再び緊張が走ったのだ。

 いつの間に俺たちを追い越したのか、第一艦隊の姿が見え。

 向かい合う様に、見知らぬ艦隊が布陣していた。

 俺たちから見て手前に第一艦隊、離れた方に見知らぬ艦隊。

 互いに牽制する様に砲門を向けており、状況が分からない。

 相手側の艦隊をよく見ると、モミジ丸よりやや小さめの巡洋艦が二隻。

 駆逐艦が九隻、そしてモミジ丸より遥かに大きな戦艦が一隻。

 計十二隻の艦隊編成は、第一艦隊よりも上をいく。

 司令官である俺が不在の中、艦長が肝を冷やしているに違いない。

 しかし、俺の関心は相手の戦艦の方に向いた。

 見覚えのある形状から、すぐに何か思い当たる。

 「母さん! 大和型の戦艦が見えます! 分かりますか!」

 「カザマ、急に大声を上げて、どうしたのかしら?」

 俺の腰に手をまわしているアウラが返事をした。

 「アウラ、母さんは居ないのか?」

 「今は声がしないわ。それに私は、私だわ」

 アウラが俺の首元に顔を近づけて意味深な事を言ったが、今はそれどころではない。

 「散々騒ぎを起こして、肝心な時に現れてくれないのか……」

 「カザマ、どういう意味かしら? 何だか、私では不服だと言いたげに聞こえるわ」

 「いや、アウラがどうとか、そういう意味じゃないんだ。あそこに見える一番大きな船があるだろう。あれは、俺の国ではすごく有名なんだけど、母さんしか分かってくれないと思って……」

 俺は単に感動の共有をしたいだけだが、アウラが剥れている様なので仕方なく答えた。

 「ねえ、君、またいつもの発作が起きたのかい? それならアウラよりも、母親の方が良いだろうね。それより、ビアンカが何か叫んでいるみたいだよ」

 アレスの突っ込みにイラっとしたが、先程からビアンカのストレスが溜まっていたのを思い出す。

 耳を澄ますと風に乗り、ルーナの上から声が聞こえる。

 「大きいっす! 大きいっすよ! あれと戦ってみたいっす!」

 「ほうー、確かにカザマの船よりも、更に大きい……!? ビアンカ、まだ戦いは始まっていないぞ」

 興奮するビアンカをインドラさまが宥めているようだ。

 ペガサスの方に視線を向けると、ブリュンヒルデさんとジャンヌが相手の艦隊を見つめ、茫然として見える。

 俺はみんなの様子を一通り見まわしてから、指示を出す。

 (コテツ、コテツはインドラさまと変わって、ビアンカを乗せて移動して下さい。ブリュンヒルデさんとジャンヌは、俺に続く様に伝えて下さい)

 (うむ、私に面倒ごとを押し付けるつもりか?)

 コテツが不満そうな返事をしたが聞き流す。

 (インドラさま、第一艦隊が気掛かりです。インドラさまは、ルーナでモミジ丸に乗艦して下さい)

 (ほうー、私だけ蚊帳の外にするつもりか?)

 インドラさままで不平を漏らすが、いちいちみんなの意見を聞いている余裕はない。

 「アレス、俺たちは敵の艦隊を上空から偵察して、モミジ丸に帰還します」

 「ねえ、君、何を悠長な事を言っているんだい?」

 俺の指揮に不満があるのか、アレスが文句を言い、益々苛立つ。

 「アレス、訳の分からない事を言わないで下さい。文句があるなら、後から聞きますから」

 「ねえ、君、そうじゃなくて、島に見覚えのある姿が見えるのだけど……君なら気づいているよね」

 アレスが嬉しそうな笑みを浮かべ、俺の顔を見上げる。

 確かに俺は気づいていた。

 しかし、今は未知の艦隊や第一艦隊が気になり、構っている余裕がなかったのだ。

 「アレス、エリカの事なら、まだ約束の日まで猶予があります。また後から挨拶すれば大丈夫ですよ」

 「ねえ、君、病気のせいで可笑しくなっているのかい? 今日が約束の日だよね?」

 「へっ!?」

 アレスの思いもしない言葉に、俺は硬直した。

 「……ア、アレス、こういう冗談はあまり言わない方がいいですよ。心臓に悪いですからね」

 何か勘違いしているのかもしれないが、アレスはいつも俺に意地悪ばかり言ってくれる。

 今回も質の悪い嫌がらせだと思い、心を落ち着かせた。

 「ねえ、君、君がそういうのなら、僕は構わないけど……」

 アレスの笑みが愛らしい相貌に似合わず、ふてぶてしく見える。

 その様に見えるのは、俺がアレスに動揺させられているからだろう。

 (コテツ、ビアンカを乗せたまま、第一艦隊の前で待機して下さい)

 (うむ、それは構わない。だが、アレスが何か言っていたみたいだが、良いのか?)

 コテツまで心臓に悪い事を言ってきたが、意地悪を言われるのは慣れている。

 俺はコテツに拳を突き出し、親指を立てた。

 俺なりに精一杯強がって見せたが、コテツだけでなくビアンカも顔を顰めている。

 ふたりとも俺より視力が良いので見えている筈。

 きっと、俺の格好良い仕草を羨ましく思っているのだろう。

 ブリュンヒルデさんには手信号で合図を送り、アーラの後ろに続く様に伝えた。

 そして、アーラとペガサスは、敵艦隊上空を旋回する。

 「アレス、あちらの艦隊も第一艦隊と同レベルの船が布陣しているのでしょうか? 見た目には、同等との技術力を感じます。何せ、あちらにはエリカが居ますからね」

 「ねえ、君、そんな事を僕に問われても知らないよ。大体、君はさっきエリカの存在を無視したよね。エリカは相当怒っていると思うよ」

 アレスが白々しい事を言ったが、敵の船の外観はこちらと似ている。

 張りぼてでなければ当然同じ技術レベルであり、わざわざ外観だけを真似て中身のない装備を見せるのは、無理があるからだ。

 それにエリカが勝手に約束の日時より早く来て、待っているだけである。

 エリカの事を良く知る俺は、エリカの我がままに付き合うつもりはない。

 「アレス、取り敢えず情報収集は終わりました。あちらの艦隊は戦闘態勢を見せていますが、いきなり戦闘を仕掛けてくるつもりはないみたいです。エリカが丘にいますからね。俺たちも一度モミジ丸に帰還しましょう」

 「ねえ、君、何を格好つけているんだい。君の話は無駄に長過ぎるよ」

 アレスが俺の話にケチを付けてきたが、自分の意見が取り入れられずに拗ねているのだろう。

 俺はそんなアレスに大人の余裕で小さく笑みを見せ、ブリュンヒルデさんに帰還の合図を送った――


 ――モミジ丸、艦橋ブリッジ

 午前中に別れて、それ程時間は経っていないが、色々な事があって久しぶりに感じる。

 「艦長、随分早く追いついたな。どういう航路を使えば、そんなに早く辿り着いたのか、気になる。でも、今は俺が居ない間の報告を頼む」

 「アイサー、我々は半日で補給と修理を終え、空から移動するカザマたちに早く落ち着こうと出航を早めました」

 「なるほど、それはみんなに迷惑をかけたな」

 俺は艦長と船員たちを労う様に、優しく笑みを浮かべ頷いて見せた。

 「アイサー、迷惑ですか? 本当にそう思っていますか?」

 「か、艦長、急にどうしたんだ?」

 艦長がグッと拳を握り、怒りを堪える様に俺を睨みつけ、訳が分からない。

 「カザマ、あなたは港に入る前にブリッジの計器を故障させました。我々は急ぎ、目的海域に辿り着きました。しかしカザマではなく、ブリタニアの艦隊が布陣していたのです。幸いなことに、あちらが攻撃の意思はないと平文の暗号を送ってきましたが……」

 「艦長、何を怒っているんだ。あちらに攻撃の意思がないのなら、問題はないよな?」

 俺は艦長を落ち着かせようと言葉を掛けたが、

 「アンタ、いい加減にしろよ! 司令官という立場を忘れたのか! 今日が約束の日なのに、今まで音信不通で何をしていたのですか? あちらは女王が自ら丘に上がって、正午からずっと待っているんですよ! あまりにカザマが来るのが遅いので、先程あちらの艦隊から砲門を向けられたのです!」

 艦長が激怒して、俺を怒鳴りつけた。

 「う、嘘だろう……」

 俺は茫然として、艦長からアレスの方に顔を向けた。

 アレスは首を竦め、両掌をあげて見せた――。

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