4.世界の果て
連続で何時間飛び続けただろうか。
(そろそろアーラとルーナ、ペガサスを休ませなくては……)
同じ様な景色が続き、先が分からない不安から焦りが生じる。
だが、次第にそんな焦りが消えていき、不安が濃くなった。
ちなみに、濃くなったのは不安だけでなく。
周りの景色が暗くなってきて、その景色に既視感を覚えたのだ。
「アレス、景色が段々変わってきました……」
「ねえ、君、僕じゃなくて、インドラに聞いてよ。彼の方が、この辺りに詳しいよね?」
確かにアレスの言う通りで、俺はインドラさまに念話を送る。
(インドラさま、周りの景色が段々暗くなったと言うか……この黒い靄の様な景色に既視感を覚えるのですが……)
(ほうー、極東の男は、この景色に見覚えがあるのだな。ここから先は何もない、世界の終焉だと思っていたが……)
インドラさまが、何やら意味深な事を伝えた。
そもそも何もないと言ったが、俺の故郷がこの先にあると突っ込んだのはインドラさまなのだ。
それなのに、どういうつもりだろうかと問い質したくなるが。
それよりも黒い靄が漂い出した事が気になって堪らない。
(インドラさま、タルタロスという神さまの事をご存知ですか?)
(ほうー、極東の男、貴様が神を語るとは……)
インドラさまは何を言いたいのだろう。
アレスが普段口にするように、俺に不遜だと言いたいのだろうか。
念話では相手の表情が分からないので、話だけではニンジャといえども相手の心を読む事が出来ない。
(インドラさま、俺はそんな大それた事を言っている訳ではありません。以前マダガスカル島で、タルタロスという神さまと遭遇しました。アレスは、果てしなく続く靄の空間を神と呼ぶ事に面白くなさそうでしたが……)
アレスが俺の顔を見上げ、愛らしい双眸を細める。
(ほうー、その様なモノが神とは……)
インドラさまが意味深な呟きをするが、どういう意味だろう。
(インドラさま、今はタルタロスよりも世界の終焉とは、どういう意味ですか?)
(極東の男、そのままの意味だ。それより貴様は、世界の終焉から来たのであろう)
インドラさまは知っていて、何故そんな突っ込みをするのだろうか。
これでは無駄な念話が続くだけである。
(インドラさま、以前タルタロスと遭遇した際、俺の剣の力で焼き尽くしました。今回も試してみます)
(ほうー、極東の男、貴様は神と口にした相手を滅ぼし。あまつさえ、己が神だと思うモノを攻撃するというのか)
最早インドラさまの突っ込みは、俺を非難している様にしか聞こえない。
だが、辺りが益々暗くなり、周囲を漂う靄が濃くなっている現状で。
手をこまねいていては、状況が悪くなる一方だ。
タルタロスは以前消滅させたが、一時的に消し去っただけで滅ぼしたかは分からない。
俺たちを覆うモノがタルタロスか、それに似た何かは分からないが。
攻撃をすることを決意する。
「アレス、これから俱利伽羅剣で状況を打破しようと思います」
「ねえ、君、突然僕にそんな事を言われても……どこに敵が居るんだい?」
アレスの返事に拍子抜けするが、わざとであろうか。
どうせ俺とインドラさまの念話を聞いていた筈なのにと、文句を言いたくなるが。
「アレス、みんなにも知らせますから、後にして下さい」
敢えてスルーしたが、文句を言われる前に念話を送る。
(インドラさま、取り敢えず俺が攻撃を放ちますので、何が起きるか分かりません。警戒を厳にして下さい)
(ほうー、極東の男、貴様は攻撃するというのだな……面白い!)
先程意味深な事を伝えたが、何だか乗り気なようだ。
(コテツ、聞こえますか? 先程から濃くなっている靄を……タルタロス、もしくはそれに似た何かだと判断し、攻撃を仕掛けます。コテツたちも警戒して下さい)
(うむ、突然貴様は何を言っているのだ? 私に問われても、答えようがない)
コテツにもインドラさまとの念話が聞こえていた筈。
それなのに、俺を馬鹿にしているのだろうかと苛立つが、我慢する。
俺は仲間たちへの連絡を終え、俱利伽羅剣に手を掛けた。
「アレス、手綱をお願いします。――アウラ、これから俺はアーラの背中に立つけど、落ちない様に気を付けてくれ」
(インドラさま、コテツ、これから攻撃するので、アーラの後ろに移動して下さい)
攻撃前の布陣を整え、気合を入れる。
「カザマ、攻撃って、どこに敵がいるの?」
アウラが空気を読まない発言をするが、集中するために聞き流し。
アーラの背に立ち、深呼吸を一度行い、俱利伽羅剣を抜く。
『迦楼羅焔!』
渾身の力で空を斬った。
燃え盛る炎が靄を裂き、以前と同じ様に消滅するかに思われたが。
炎は太刀筋をなぞる様に走り、燃えた靄を周囲の靄が覆い。
まるで修復したかの様に見えた――。
抜き身の俱利伽羅剣を持ったまま、茫然とする俺にアウラが尋ねる。
「カザマ、突然大きな声を上げて、剣を振ってどうしたの?」
アーラの背に立ったまま振り返ると、アウラが引き攣った笑みを浮かべている。
俺の事を頭の可笑しなヤツだと思っているのだろうか。
「ねえ、君、アウラの言う通りだよ。幾ら病気でも、時と場所を弁えて欲しいよ」
「アレス、言って良い事と悪い事がありますよね。そもそも、さっき攻撃をすると言いましたよね。俺にだって失敗する事くらいありますよ……」
アレスに突っ込まれて向きになったが、攻撃が不発に終わったのは事実。
あまり強く文句を言う事が出来なかった。




