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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第七十五章 ユベントゥスの息吹
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2.母親…

 ――異世界生活二年四ヶ月と一日目。

 ベネチアーノの街には、モミジ丸の出航前のように。

 或いはそれ以上に人々が集まっている。

 今日はアリーシャの就任式が行われるからだ。

 俺はアリーシャと話す事を許されていないが、離れた所から就任式を見守る許可を得ている。

 許可というくらいだから、見守るというより人目のない所から観戦する程度であろう。

 俺はアリーシャとモーガン先生の弟弟子の関係であり。

 婚約者という以外でも親密な関係にある。

 以前はモーガン先生の家で一緒に暮らしていたし、関係者でありながら俺に対する仕打ちは酷い。

 当然この機会に文句を言うつもりである。

 誰も俺に会いに来ないし、俺の不満は爆発寸前であった。


 ――カザマ大聖堂二階バルコニー。

 大聖堂の前には沢山のヒトたちがごった返し、式典が始まるのを待っている。

 当然大勢の兵士が警備を行い、厳重な警戒態勢が敷かれていた。

 いつもなら俺の仲間たちも警備に参加するが、来賓として招待されている。

 そのため、ボスアレスの街でアリーシャが所信表明を行った時よりも兵士の数が多く、警備が厳重だ。

 あの時も画期的な演説に命を狙われたが、今回はそれ以上に突拍子のない式典なだけに、警備を行っている兵士たちは緊張した面持ちである。

 俺はアレスと共にバルコニーの隅っこで、民衆たちから見えない場所に案内され。

 アリーシャが現れるのを民衆たちと同様に、待ちわびていた。

 正式に招待を受けた来賓には、ビアンカとブリュンヒルデさんとジャンヌの姿が見え。

 モーガン先生やカトレアさんもビアンカたちの近くに居た。

 他国ではビアンカの隣にロマリア王国の国王であるラウルさん。

 アテネリシア王国の国王代理であるクレア。

 クレアは代行というより、この式典が終わればなし崩し的に王位に就くであろう。

 オーストディーテ王国からは、王位が不在なので宰相。

 スィスティア公国からも領主の姿があった。

 同盟国の主要な顔ぶれがならんでおり、中央にはユベントゥス王国の国王であるグラハムさんが居る。

 今は、主役であるアリーシャの登場を待つばかり。

 少しずつ周りの緊張感が高まり、じきにアリーシャが姿を見せるだろう。

 俺は、そんな様子をアレスと共にじっと見つめていた。

 「ねえ、君、さっきからそわそわして、落ち着きがないよ。トイレなら早めに済ませるように、いつも言ってるよね」

 「アレス、俺もいつも言ってますが、トイレではありません。それより、周辺諸国の主要な人たちが集まっていますが、どうして俺たちはこんな隅っこに追いやられているのですか?」

 アレスがいつもの様に意地悪を言ってきたが、我慢出来ずに愚痴を溢した。

 「ねえ、君、君は再三国王から貴族にと声を掛けられたのに、断り続けたよね。それなのに、どうして庶民の君が周辺諸国の王族たちが集まる場に、同席出来ると思ったんだい? 幾ら病気でも、図々しいと思うよ」

 アレスの言う事はもっともであるが、俺はニンジャという職業柄仕方なくそうしてきたのだ。

 それなのにアレスが知っていて意地悪な事を言ったので、

 「う、煩い! 俺だって好きで、こんな立場になった訳じゃない! 大体、みんなも俺の事情を知っているくせに、冷たいとは思いませんか?」

 腹が立って怒鳴りつけてしまう。

 「カザマ、そんなに大声を出しては、みんなに迷惑だわ」

 俺がアレスに文句を言ったのを後ろから遮ったのは、アウラであった。

 当然俺のターゲットはアレスからアウラに変わる。

 「お、お前は……今まで何をしていたんだ! どうして俺を監禁したんだ! 誰も会いに来てくれないし、どれだけ俺が悲しい思いをしたか……」

 アウラまで怒鳴りつけたので、流石に周囲の目が俺に向く。

 衛兵たちが俺の元に駆け付けるが、アウラが制した。

 「カザマ、落ち着いて頂戴。私もカザマに会いに行こうと思ったわ……」

 アウラが優しく語り掛け、俺を抱きしめる。

 (アウラのヤツ、どういうつもりだ……お、胸が柔らかくて、いい匂いが……)

 アウラのぬくもりに緊張が解け、頬が緩んでしまう。

 「マー君、鼻の下を伸ばして、どういうつもりかしら?」

 だが、いきなりアウラの口調が変わった。

 「えっ!? アウラ、急にどうしたんだ? 大体、自分から……」

 戸惑う俺は、目と鼻の先にあるアウラの顔を見つめるが、

 「カザマ、違うの。私だけど私じゃなくて……カザマに会いに行こうとしても、会えなくて……」

 またも口調が変わり、アウラがいつもの調子で話し出す。

 (アウラのヤツ、一体どうしたんだ? とうとうメルヘンを拗らせて、可笑しくなったのか?)

 訳の分からない俺は言葉が出ず、困惑するが。

 「マー君、心の声が駄々洩れよ。大体、マー君はアリーシャと婚約していたのに、アウラにヘラヘラして破廉恥だわ……!? もしかして、私にかしら?」

 俺の心の声を読んだのか、アウラに突っ込まれるが。

 アウラはひとりで二役を演じているのか。

 幾らメルヘンで変わっているとはいえ、その変貌ぶりについていけない。

 戸惑う俺を見かねたのか、アレスが口を開く。

 「ねえ、君、いい加減気づくだろうと思っていたけど……わざとかい? 君はアウラに嵌っている指輪に気づいているんだよね? そもそもアウラは大天使の依り代なんだよ。もうそろそろ君の演技にも飽きてきたよ」

 アレスが溜息を吐くが、演技をしているのはアウラの筈。

 それなのに俺が責められて釈然としないが、薄々気づいていた。

 しかし、どうしても認める事が出来ず、気づかない振りをしていたのかもしれない。

 俺は母親に会った事がない。

 物心つく前から母親の姿はおろか、痕跡すらなかった。

 父親に聞いてもはぐらかされ、最近やっと形見の指輪を渡されたのだ。

 「そんな事、アレスに言われなくても分かっています。ただ、今までずっと会えずにいたんですよ。それなのに、寄りによっても召喚された異世界で……」

 「マー君、そんなに悲しそうな顔をしないの! アウラが心配しているわ。破廉恥なのは青春の女神の従者になって、色々と成長しただけでなく、変な事を覚えたのかしら?」

 アウラではないアウラが眉を寄せて首を傾げている。

 俺を叱りつけた上、俺を馬鹿にする様な口振りは、俺が召喚した仲間たちと同じに聞こえてしまう。

 苛立つ気持ちを抑えるように、

 「はあ……」

 溜息にも似た深呼吸を一度して、目の前に居るアウラ。

 いや、もうひとりのアウラと言った方が良いだろうか。

 その正体が、一度も会った事がなかった母親だと認めた。

 「い、いやー、初めまして……母さん……。アウラの姿をしてるから照れ臭いけど、本当はもう少し年上で大人な姿だよね」

 照れ臭いのは本当だが、アウラの名前を出したのは建前である。

 本当は単に一度も会った事がない身内で、どう接したら良いか分からなかっただけ。

 ニンジャであろうとも、人の心まで変える事が出来ないのだ。

 そんな思春期の俺の心が分からないのか、アウラの表情が険しく変わる。

 「マー君、お母さんの事を気づいてくれて嬉しいわ。……でも、マー君はお父さんに教わらなかったのかしら? 常識を……」

 身体をプルプル震わせて、俯いていたアウラが顔を上げると。

 俺の胸倉を掴んで宙に浮かせた。

 「ヒィイイイイ――!? 落ち着いて! 折角の綺麗な顔が……」

 懸命に訴えるが、アウラは歯を食い縛り、左手でビンタを浴びせた。

 強烈な一撃に頭がくらくらして、意識を失くしそうになる。

 「マー君、この前は左だったから、今度は右のほっぺにしたわ。あまりお母さんを怒らせないことね。それに、そのセリフは何度も聞いているわ。大体、マー君は本当の私の顔を見た事がないわよね。言いたいことは、他にもあるけど……後は、今度にするわ」

 「えっ!? 何で、母さん……」

 俺は意識を失くしそうになりながらも、懸命に堪えたが。

 アウラが手を離し、そのまま床に崩れ落ちた――。

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