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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第七十四章 青春の女神
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6.継承

 茫然自失する俺に、ヘーベが再び口を開く。

 「カザマ、そろそろいいかしら? 力が消えかけているの……」

 微笑を湛えているが、その笑みはどこか儚げに見えた。

 「えっ!? い、いや、その……」

 色々な感情が込み上げ、言葉が出てこない。

 「アリーシャ殿、よろしいでしょうか?」

 突然名前を呼ばれたアリーシャも戸惑いを隠せず。

 「は、はい!」

 辛うじて返事をしたものの、その声は裏返りそうな程大きかった。

 「アリーシャ殿……いえ、アリーシャ。私はあなたに、これを託そうと思う」

 ヘーベは、首に掛かっていたネックレスをゆっくり外すと。

 アリーシャに差し出す様に手を伸ばして、はにかんだ。

 幼くなった女神の笑みは愛らしくもあり、幻想的に見え。

 ヘーベの背景に、初めてデートした花畑が浮かぶ。

 勿論そんなものはないが、そんな印象を受けたのだ。

 笑みを浮かべる視線の先は、俺の隣で膝をついているアリーシャ。

 真っ直ぐに見つめられるアリーシャは戸惑っているのか、恐縮しているのか。

 固まったかの様に動かない。

 俺は右側に居るアリーシャの背中を優しく擦った。

 「アリーシャ、いつまでも呆けていられないぞ。ヘーベに答えてあげないと」

 いつもならリヴァイにヤキモチを焼かれる場面だが、今回は何も起きない。

 賢さはイマイチだが、空気は読めるリヴァイが察したのだろう。

 だが、今の俺にそんなことを気にしている余裕はない。

 俺もアリーシャと同じで複雑な心境なのだ。

 (!? 待てよ……俺はヘーベの事を知っているが、アリーシャはヘーベの事を忘れているんだよな?)

 動けずにいるアリーシャを見て首を傾げると、左側にいるアレスが俺の服を引っ張った。

 「ねえ、君、今は……『継承』の最中だよ。この厳粛な場面でひとりだけ落ち着きがないよ。病気だから仕方がないのかもしれないけど、あまりに不遜だよ。それに君が考えている事は、僕たちには筒抜けだよ。アリーシャは思い出せずにいるけど、懸命に思い出そうとしているし、何となくは分かっているようだよ」

 ここまで珍しく大人しくしていたアレスだったが、俺を叱っているのか。

 それとも馬鹿にしているのか、相変わらず分かり難い。

 相変わらずの態度を取られ、少し気持ちが落ち着いた気がする。

 しかし、それは困惑から苛立ちに変わっただけ。

 流石にこの場面でアレスに言い返す事が出来ず、グッと拳を握り耐えていると。

 その手を優しく握られた。

 「へっ!?」

 俺は驚き、手を握っている相手の方を向くと。

 アリーシャが俺を見つめて頷き、顔をヘーベの方に向けた。

 「はい、ヘーベさま……ヘーベさん、謹んで受けさせてもらいます」

 俺が思うに、こういう場面では形式的に何度か断り、三度目くらいで受ける。

 そういう対応が定番の気がするが、アリーシャは悩んだ末、一度で受けた。

 またアリーシャの返事もヘーベに合わせて言い直し、ふたりの強い絆を窺わせた。

 アリーシャが立ち上がり、祭壇の方へ足を進める。

 俺はアリーシャの姿を目で追うが、みんなもアリーシャの姿を見つめている。

 ビアンカやジャンヌは、ペンダントを渡すだけの行為をどの様に思っているだろう。

 何も知らない者であれば、ただ大切なモノを渡すだけに思うかもしれない。

 だが、どうしてここまで厳粛な雰囲気になるのか。

 その様に思うだろう。

 それでもふたりは、俺と同じくらい緊張した面持ちで見つめている。

 ヘーベのペンダントは、六つの感情を封印した神力を増幅させる神具。

 俺は先程ヘーベの話を聞き、出会った頃の記憶を更新させ、その様に認識した。

 まさに、アレスが口にした……『継承』

 その表現が一番しっくりくる。


 アリーシャが祭壇の前に佇むヘーベの前で、改めて膝を着いた。

 ヘーベの姿は儚げな笑みと同じ様に、薄っすらと透けて見える。

 もうそんなに猶予はないのだろう。

 「アリーシャ、私の代わりに人々を導いて下さい」

 ヘーベの言葉を聞き、頭を下げていたアリーシャの顔が上がる。

 いつもなら誰かが俺を貶める言葉を口にして、なかなか話が進まないくせに。

 何故か今回は話がスムーズに進み、継承が今にも終わりそうだ。

 継承が済めば、きっとヘーベは消えてしまうのだろう。

 そう思った俺は、戸惑いを隠せずに震えている。

 ヘーベに召喚されてから色々な事があった――

 全く覇気のない表情でとんでもない事を口走る女神。

 その容姿は見た事がないくらい美しかったが、中学生くらいにしか見えず。

 当時のアリーシャも同じくらいの容姿であった。

 ひとりっ子の俺には実在しないが、妹の様に感じていた。

 ヘーベは俺が回収した宝石をペンダントに嵌めると。

 身体が成長し、感情がひとつずつ芽生えていった。

 アリーシャは成長期で、数年で大人の体形に成長し、愛らしい相貌も美しくなった。

 ふたりはあっという間に、美しい様相へと変貌したのだ。

 その経緯は、異なっていたが……。

 モーガン先生の家で修行していた頃が懐かしい。

 アリーシャから読み書きを教わり、ビアンカには狩りを教わった。

 恥ずかしがり屋のアウラは、なかなか姿を見せてくれなくて、離れた所から俺を笑い者にしてくれた。

 初めて大人の女性と知り合い、セクシーなカトレアさんには何度も興奮させられた。

 その際、不慮の事故を起こしてしまい、痴漢扱いを受け折檻されたのも懐かしい。

 神さまと戦う大それた冒険もしたが、初めの頃の思い出が一番に感じる。

 きっと俺にとって平凡ではあるけど、一番望んでいた生活だったからだろう。

 年頃の青少年なら、誰もが俺の様に美少女たちとの生活に憧れる。

 俺が思い出に耽っている僅かな間、継承はいよいよクライマックスへと進む。


 ヘーベの言葉の重みを受けてか、返事に間を置きアリーシャが答える。

 「はい、女神の代わりという畏れ多い事は出来ません。それでも、私は私の信じる道を進み、期待に沿えるよう努めます」

 アリーシャは、以前から他の国々から王になる様にと乞われ、再三断ってきた。

 アリーシャは王位に興味はなく、現在の神殿の在り方に疑問を抱き。

 王族や貴族だけでなく、民衆が誰でも足を運べる様な教会の設営に尽力していたのだ。

 その答えには、これからも同じような方向性を辿るという意思を窺わせた。

 「アリーシャ、あなたの熱い思いを、人々に……」

 ヘーベは再びはにかみ、アリーシャの首にネックレスを掛けようとした。

 「ち、ちょっと、待って欲しい!」

 この厳粛な場面で、俺は思わず立ち上がってしまった。

 みんなの視線が俺に集まり、ヘーベの手も止まる。

 「カザマ、大事な儀式の最中ですが、何か不服があるのですか?」

 「ヘーベ、不服はありません。ただ、これでヘーベは消えてしまうのですか?」

 俺の昂りにヘーベは双眸を細めるが、返事はない。

 俺の右側から服を引っ張り、アレスが口を開く。

 「ねえ、君、別れが辛いのは分かるよ。でも、君はヘーベを第一夫人にしなかったよね。未練がましいというか、女々しいよ」

 「おい、お前、アリーシャの晴れ舞台を遮って、また殴られたいのか。それにアレスの言う通りだ。お前、女々しいぞ」

 アレスだけでなく、リヴァイからも非難されイラっとするが。

 「女々しいと言われても、ヘーベがいなくなるのは寂しいし、悲しいです」

 「カザマ、ありがとう。その気持ちだけで十分です。カザマと出会えて良かった。青春の女神となり、初めて自分が青春を謳歌しました。後はアリーシャに受け継ぎ、私は神殿に帰ります」

 俺の言葉を聞き、ヘーベの双眸が潤んだ。

 きっと顕現する力を失くした後、オリンポスの神殿に戻るのだろう。

 俺は身体の力が抜け、涙を流しながら引き攣った笑みを返した。

 ヘーベは俺にはにかんで見せると、再びヘーベは手を動かし、アリーシャの首にペンダントを巻いた。

 「アリーシャ、人々に青春の加護を……託します」

 「はい、慎んでお受けします」

 ヘーベはアリーシャの返事を聞くと、最後にもう一度はにかみ、姿を消した――。

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