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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第七十四章 青春の女神
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4.青春の女神

 ――礼拝堂。

 教会の中に入った俺たちは真っ直ぐ礼拝堂に向かい、その扉を開いた。

 礼拝堂の奥には、微笑を湛えるヘーベの姿をした女神像があり。

 いつもの光景に思われたが。

 その前の祭壇には、ヘーベとアウラが佇んでいた。

 礼拝堂の壁際には、レベッカさんが立っており。

 その隣には、いつの間に俺たちを追い越したのか、グラッドが並んでいる。

 だが、俺はグラッドとアウラに対してではなく、ヘーベの姿に驚かされた。

 ふらふらと祭壇の前に進み、足を止めた俺は茫然自失してしまう。

 そんな俺にヘーベは愛らしい笑みを浮かべ、口を開いた。

 「カザマ、私の姿に見惚れて……照れ臭いわ」

 いつもの調子で語り掛けてきたが、その言葉と容姿にギャップがある。

 「へ、ヘーベ……その姿は? い、いや、リヴァイとアレスが……」

 リヴァイはヘーベの消滅を仄めかす様な事を言い、アレスは顕現する力を失ったと言ったのだ。

 俺は、取り敢えず姿を見る事が出来て、安堵したものの。

 その姿が初めて会った頃の姿に戻っており、衝撃を受けた。

 ただ、初めて会った頃のヘーベは感情を失くしたと言い、平坦な表情と口調であった。

 「カザマの言いたいことは分かります。私の従者の考えは思い通しよ」

 困惑する俺にヘーベは胸を張って答えた。

 「あのー、色々とお尋ねしたいのですが……姿や言い回しが初めて会った頃みたいです。ただ、あの頃と違い表情が豊かで、口調に張りを感じます」

 「カザマ、破廉恥ですよ。乙女の胸を見つめて、そんな事を……以前より小さくなったのが不満なのかしら?」

 それに当時のヘーベは平坦な口調であったが、訳の分からない事を言い強引に俺を巻き込んでいった。

 ちなみに今はヘーベの姿に驚いており、胸のサイズがどうこう考える余裕はない。

 いつもならアリーシャやヘーベの隣に立つアウラが何かしら文句を言いそうだが、誰も口を挟んでこなかった。

 アリーシャたちは俺と同様に困惑しているからだろうが。

 いつもなら真っ先に絡んでくる筈のアウラが、何故か静かである。

 だが、今はそれどころではない。

 「ヘーベ、そういうのは後で聞きますので、あれからどうなったのか教えてくれませんか?」

 「そういうのとは、どういう意味ですか? 女神に対しても乙女に対しても無礼ですよ」

 「い、いえ、誤解ですから! それより誤魔化さないで、ベネチアーノで姿を消してからの経緯を教えて下さい。俺は凄く心配したし、みんなも心配しています。アリーシャとジャンヌは覚えていないみたいですが……」

 俺はそんなヘーベのペースを無視して、話を進めた。

 アリーシャとジャンヌが名前を出されて、何か言いたげなのかオドオドして見える。

 しかし、ヘーベの事を思い出せないのか、話に加わるのを憚れているようだ。

 「カザマは相変わらずですね……」

 ヘーベの笑みが強張ったが、遠く見る様な儚げな眼差しに変わる。

 ヘーベの様子が突然変わり、

 「相変わらずとは……。いえ、すみません。続きをお願いします」

 思わず口を挟んでしまったが、無粋に感じたのだ。

 ヘーベは隣に立っているアウラをちらりと見ると、視線を戻して話し出す。


 「――嘗ての私はこの世界に顕現する程の力がなく、青春の女神として人々の生活を見守っていました。どれだけの年月を、そうして過ごしたのでしょう……」

 俺は嘗て女神さまの会談で、ヘスティアさまがヘーベにこの国を託すような話をしたのを思い出した。

 国を託されるくらいの女神である。

 まさか、こんなしおらしい事を言うとは、当時の俺は思いもしなかった。

 冒頭でかなり驚かされてしまったが、ヘーベの話は続く。

 「私には女神としての使命の他に、願いがあったのです。それが何か分かりますか?」

 いつもなら何かを言うと叱られる場面だが、今回はそういう空気でないと分かる。

 「はい、以前自分が好きになった相手と結婚したいと聞きました」

 ヘーベは俺の言葉を聞き、微笑を湛えて頷く。

 「カザマの言う通りです。……ただ、他にも願いがあったのです。私もハラハラドキドキする様な冒険をしてみたいと……」

 「えっ!?」

 思わず声を漏らしてしまったが、先程よりも更に驚いたのだ。

 いかにも青春の女神らしい願いかもしれない。

 だが、俺は気づいてしまう。毎回俺たちを送り出すヘーベの心境を。

 毎度の様に決め台詞を口にして、呆れた事が多々あった。

 しかし、こんな気持ちを抱きながら、俺たちを見送っていたのだ。

 とても寂しく、歯痒い思いをしていたに違いない。

 ヘーベの思いに気づいた俺は、両目が潤むのを堪えた。

 「カザマ、私が真剣に話しているのに、落ち着きがありませんよ。それでも私の従者ですか」

 上を見て身体を震わせている俺をヘーベが叱りつけたが、嬉しそうな笑みを浮かべている。

 「ヘーベ、さっきから従者と連呼してますが、一応婚約者ですよね」

 ただ言われるがままではなく、敢えて口答えしたが文句を言った訳ではない。

 それが分かってか、ヘーベは一度眉を寄せてはにかんだ。

 「カザマ、そのことは後で話します。――さて、人々のために祈り、私の切ない願いのために祈っていましたが、ある日奇跡が起きました。天界から声が届いたのです」

 「はあーっ!?」

 またも驚いてしまったが、流石にこのタイミングでまずいと気づき、俯いた。

 (どういう意味だろう? 女神さまが祈るというのも気になったが、天界から声が届いたって……まるで神さまに願って、願いが聞き届けられた様な言い回しだ)

 俺が疑うのは当然だろう。

 「カザマ、あなたの考えは筒抜けですよ。そもそもカザマは、薄々気づいているのですよね? この世界の神々は……天界から降り立った天使なのです」

 少しだけ間をおいて、発せられた言葉に驚愕する。

 「はあ――!?」

 驚きのあまり立ち上がってしまったが、誰も俺を咎めない。

 隣で膝を着いていたアリーシャも、俺の服を引っ張ろうとしたが固まっている。

 普段は眠っているビアンカも目を丸め、ジャンヌは口を半開きにして。

 神さまに近い存在のブリュンヒルデさんでさえ、両手で口を押えている。

 ただ流石に知っていたのか、アレスとコテツとリヴァイは微動だにしない。


 しばらくヘーベは混乱する俺たちを無言で見つめていたが。

 「天界の上位の天使たちは、天界から下界に降りることはありません。中位以下の天使が役割を与えられ、下界に降ります。そんな私たちを堕天使と呼ぶ不届きモノが少なからずいます。しかし、堕天使とは違いますよ」

 とんでもないことを熱く語るヘーベに、段々不安になってきた。

 (こんな事を俺たちに話して大丈夫なのか?)

 それでもヘーベの熱い眼差しが、俺に返事を求める。

 「あ、頭が混乱して……アレスや俺が出会った神さまたちは……天使なのですか?」

 「正確には元天使です。今は地上の神として、使命を果たしています」

 「ヘーベ、では度々耳にしたのですが、アレスの様な身分の高い神々は元中位の天使。ヘーベの様な神々は下位の天使で間違いないですか?」

 畏れ多いとは思ったものの、ここまできては問わずにいられなかった。

 「そういうことになりますね。――話が逸れてしまったので、続きを話します。私の願いが届き、上位の天使が私の前に降臨したのです。そして私に……『あなたに力を授けましょう。その代わり、私たちの頼みを聞いて下さい。あなたの願いも叶う筈ですよ』……と仰ったのです」

 ヘーベの話を聞き、先程までは困惑していたが、少しずつ分かってきた。

 時折抱いた違和感や不思議に思っていたこと。

 魔神パズスと戦った際に聞いた言葉。

 それに罰当たりなので考えない様にしていたが、この世界の神さまは想像していたよりも絶対的に感じなかった。

 俺が神を倒すというあり得ない事を成したことなどが、その証拠。

 「ヘーベ、具体的にはどの様な力を授かったのですか? それにヘーベが受けた頼みとは、どの様な事でしょう?」

 「私が授かった力は、顕現するための強大な神力。青春の女神としての力の底上げと言った方が良いかしら? 神の力の源は、これまで耳にして分かっていると思うけど、人々の信仰心が作用します。ただ、信仰心を上げるには、神としての力を示さなければなりません。人々の願いを叶えるだけの力がなければ、誰も信仰してくれる筈はないのだから」

 俺はもっともだと思い、頷くと。

 「神さまとしての力を底上げしてもらったのは、分かりました。でも、そんなに簡単に力をあげられるのですか? 上位の天使と言いましたが、そもそも上位の天使にそこまでの力があるのですか?」

 「カザマ、あなたを召喚して初めに依頼をした事を覚えていますか? 私が掛けているペンダントが、その源です。今はかなり力を消費して、ほとんど力は残っていませんが……」

 ヘーベが寂しそうな笑みを浮かべ、胸の辺りにあるペンダントを擦った。

 俺が召喚された際、初めに受けた依頼を思い出す――

 ペンダントに嵌っている六つの宝石を探し集めることだった。

 集めた宝石をペンダントに嵌める度、ヘーベが大人の姿に変わったのが印象的だ。

 また、嘘か本当か感情が顕にもなった。

 そんなペンダントも、ビアンカの故郷であるロマリア王国の貴族であるヴァンパイアに狙われたこともあった。

 結局、俺の機転でヴァンパイアを倒したのだが。

 俺は嘗ての出来事を思い出し、瞳を閉じて頷いた。


 「――カザマ、病気のせいで辛いのは分かります。それでも大事な話をしているので、もう少し我慢して聞いて下さい」

 「……は、はい、すみません……」

 折角良い感じになっていたのに、一気に台無しな感じになったが我慢する。

 「……コホン。私が受けた依頼というのは、私のために戦ってくれる勇者を召喚し、冒険させるということ。他の世界を覗き見る力も授けられました」

 「はあ――!?」

 またも声を上げてしまったが、仕方がないだろう。

 ヘーベが何故、異世界に居る俺を召喚したばかりか。

 俺の事を知っていたのか、以前から疑問に思っていた。

 それにもっとも驚いたのが、勇者を召喚させようとしていたことだ。

 俺はヘーベに召喚させられた際、選ばれし勇者的な思いに昂った。

 だが、実際は問答無用でニンジャにさせられたのだ。

 俺は、微妙な気持ちを抑えて身体を震わせた――。

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