3.ヘーベルタニアの街
――異世界生活二年三ヶ月と二十一日目。
予定通り三日後にスエズ運河要塞を出航した第一艦隊と第三艦隊は、一週間で母港であるベネチアーノに帰港した。
出航の時とは違い第三艦隊の旗艦であるベネチアーノの姿がなく。
見物人たちの様子がどことなく騒然として見えたが。
ブリッジに居る俺は艦長に指示を出す。
「艦長、以後の指揮を任せる。重巡洋艦ベネチアーノの件や第三艦隊の今後の事は、国の方から指示があるだろう」
「アイサー。以後の指揮を引き継ぎます」
艦長の返事に頷き、急いで艦橋を離れようとしたが。
「ねえ、君、相変わらず尊大な態度でいるけど、みんなに労いの言葉とかはないのかい?」
アレスが俺に絡んできたが、一理ある。
「アレス、俺だってみんなを労いたい気持ちはあります。でも、俺は王さまからの依頼で司令官になった訳です。言わば俺も命令で働いていた訳だから、命令で行動する船員たちに労いの言葉をかけるのを憚れたのです」
だが、俺はアレスに問い質され、癪に障ったのだ。
自分でも屁理屈だと分かっている。
普段なら渋々謝るか、面倒なので仕方なく謝るが、今はそれどころではない。
ヘーベの事が気になるし、アウラを叱りつけなくてはならないのだ。
それに悪くもないのに、いつもアレスに謝罪させられてばかり。
多忙でイラついているのに、周りを気遣う余裕はない。
「カザマ、感じ悪いわよ。アレスさまに謝りなさい」
「ジャンヌ、俺は間違ったことは言ってないし、急いでいるんだ。今はジャンヌのツンデレにも構っている暇はない」
「な、な……」
俺の言葉にジャンヌが、またも顔を真っ赤にして身体を震わせるが、ツンデレらしい仕草である。
「なあ、カザマ。つい最近言ったばかりだよな。俺の前で女の子を泣かしたら、承知しないぞ」
グラッドが凄んでくるが、まだタルタロスを倒した件を根に持っているのだろうか。
そもそも俺は間違った事を言ってないし、ジャンヌを泣かせていない。
「グラッド、悪いが話は後にして欲しい。教会か酒場で頼む」
「お、おい!」
グラッドが手を伸ばし、何か言い掛けたが。
「悪いが、みんな、俺は先に教会に向かう。用があれば、後から教会に来て欲しい」
手短に話を済ませ、ブリッジから飛び出した――
――ヘーベルタニアの街。
久しぶりに戻って来たが、何だか実感が湧かない。
リヴァイとアレスに言われた言葉が頭から離れず、マダガスカル島からずっと気に掛けていたからだ。
教会に向かって速足で急ぐ俺に、後ろから声が響く。
「おーい! 待つっす!」
ビアンカが走りながら俺に手を振り、その姿にちょっとだけ心が和む。
だが、その後ろから迫って来るリヴァイの姿に、俺の微笑は引き攣った。
アリーシャをお姫様抱っこして、歩きながらこちらに向かっている。
マダガスカル島でもアリーシャをお姫様抱っこして、内心面白くなかった。
婚約者である俺の目の前で、他の男がそんな行為をすれば当然だ。
だだ、リヴァイの場合は、見た目が幼児なので我慢出来たし。
幼児の姿をしたちびっ子が、自分より身体の大きい女性をお姫様抱っこしている光景を異様に感じたからだ。
それに海の上なら兎も角、街中を走っているビアンカと同じ速さで歩く幼児の姿は不自然である。
色々と突っ込みたいところだらけで、ヤキモチを焼くどころではなかった。
そもそも白馬の王子的な役回りを望んでも、ペガサスを所有しているのはブリュンヒルデさんだけで、俺は厳ついグリフォンしか所有していない。
そんな俺の男心を知らないのか、アリーシャも俺に向かって手を振っている。
ぶっきら棒で自尊心の高いリヴァイが、そんな行動をとっているのもアリーシャに頼まれたからであろう。
俺に向かって手を振るビアンカとアリーシャに、小さく手を振り返すと。
更にその後ろから、ブリュンヒルデさんとジャンヌの姿が見えた。
「はあ……結局、みんな付いて来た訳か……」
俺が足を止め、呟くと。
「ねえ、君、みんなが疲れている中、君を追いかけてくれたのに、溜息を吐くなんてどうかと思うよ」
アレスが俺に説教するが、微笑を湛えていることから嫌味だと分かる。
「アレス、俺は溜息を吐いた訳ではありません。みんなも俺と同じだと思ったら、気が抜けただけです」
「ねえ、君、また誤魔化そうとしているみたいだけど、みんなが君と同じとはどういう意味だい? 君はアウラの事が心配なだけだよね」
アレスの言葉にイラっとして、返答に困っているとみんなが俺に追いついた。
「カザマ、急に立ち止まってプルプル震えて、トイレっすか?」
「や、喧しい! 何度も言った筈だけど、トイレじゃない! ……ちょっと、アレスの言葉にイラっとして、言葉に詰まっただけだ」
思わずビアンカを怒鳴りつけてしまったが、すぐに俺は苛立ちを抑えた。
「ちょっとカザマ、ビアンカが折角一番に追いかけてくれたのに、その態度は何? 大体、アレスさまに対して無礼だわ」
戸惑った表情を見せるビアンカに悪いと思いつつ。
またも俺に絡んでくるジャンヌに、いい加減我慢出来なくなった。
「お、お前は何度も、何度も……!?」
俺がジャンヌの頭に拳骨を振り下ろそうとした瞬間。
俺の顔面をカウンター気味に、リヴァイの右ストレートが捉えた。
あっという間に俺の身体は数十メートル程、吹き飛ばされるが幸い意識はしっかりしている。
「イッテー……リヴァイ、いきなり酷いじゃないですか」
「おい、お前、とうとう不意を衝かれて俺に殴られても気絶しなくなったな。もうお前は人間じゃない生物だ」
リヴァイが悪びれもせず、訳の分からない事を言った。
(俺が人間じゃないとは……馬鹿にしてるのか?)
俺はどういう意味か分からず、他に思いつかなかった。
みんなの俺に対する仕打ちで余裕がなく、他に考える事が出来なかったのだ。
「カザマ、怪我がないのなら、早く教会に向かいますよ。カザマはどうして急いでいたのか忘れたのですか? それから、今のはカザマが悪いですよ。ビアンカに酷い事を言ったからです」
地面から起き上がろうとする俺に、アリーシャが手を差し伸べる。
アリーシャの言いたいことは分かるが、そもそも俺は教会に行こうと急いでいたのだ。
それをみんなに遮られただけで、俺は悪くない筈。
いつも通り悪くもないのに、悪者扱いされて不愉快だが。
これ以上無駄な時間は使いたくないと、黙ってアリーシャの手を取った――。




