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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第七十三章 タルタロス
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6.青春の女神の失踪

 マダガスカル島に平穏が戻った。

 この島を調査するのがグラハムさんからの依頼であった。

 だが、俺たちは嘗てない程の苦戦を強いられながらも、敵を倒したのだ。

 敵と言っても自然現象に近い存在であり、消滅する際に断末魔のひとつもなかった。

 事態を収束させたにもかかわらず、いまひとつ実感が湧かない。

 俺は茫然と海を眺めていた。


 しばらくして、そんな俺にアレスが微笑を湛え、

 「ねえ、君、やっと大切なモノがなくなったことに気づいたのかい?」

 唐突なアレスの言葉に、俺は顔を顰めた。

 「アレス、何を言っているのか分かりませんよ。大切なモノというのは、俺の母親の形見の指輪の事ですか? さっきは俺の事をマザコンと言って馬鹿にしましたよね」

 「ねえ、君、君は意外と根に持つタイプなのかい? どちらかといえば、あれこれ目移りして、すぐに忘れるタイプの人だと思っていたよ」

 どうやら母親の形見の指輪の事を言っている訳ではないようだ。

 だが、何の事を言っているか分からないが、馬鹿にされているみたいでイラっとした。

 それでも気を静め、話がややこしくなりそうで額に手を当て考える。

 「カザマ、先程から茫然としていましたが……私たちが知らない間の戦いで、大分疲れているのではないですか?」

 アリーシャが心配そうに俺の顔を見つめ、俺は掌を突き出す。

 「アリーシャ、心配してくれてありがとう。でも、俺なら大丈夫だ。別に戦闘らしい戦闘をした訳でもないから……。ただ、意地悪な事を言ってくれる方々がいて、少し疲れたかな」

 アレスとリヴァイをちらりと見て、アリーシャに大人の余裕を窺わせる様な小さな笑みを浮かべて見せた。

 「おい、お前、あまり調子に乗っていると、またこれを」

 「ねえ、リヴァイ、ここは僕に任せてくれないかな」

 リヴァイが俺に拳骨を突き出したのを、アレスが遮った。

 俺は咄嗟に身構えていたが、思わぬアレスの言葉に困惑する。

 リヴァイが愛らしい相貌を顰めて、アレスを睨むが。

 「おい、お前、今回はアレスに譲ることにした。だが、あまりに調子に乗るなよ」

 リヴァイの言葉に俺は悪くもないのに気を付けの姿勢をしてしまった。

 「うん、リヴァイ、分かっているよ」

 アレスはリヴァイの強い眼差しを物ともせず、いつもの微笑を湛えている。

 気を付けの姿勢をしている俺が馬鹿みたいだ。

 「ねえ、君、さっきから同じことを言っているけど、全然気づいていないみたいだね。アリーシャの事ばかりで、ベネチアーノの船員たちの心配はしていないのかい? それに大切なモノを忘れているよ」

 「あっ!?」

 アレスの言葉に声を漏らすが、続く言葉が出てこない。

 靄に突っ込む時、ベネチアーノに向かって行ったのだ。

 当然ベネチアーノは気掛かりであった。

 だが、島を覆っていた靄が消えた後、島の海岸に空間の裂け目を見つけ。

 更にそこから靄が生じているのを目の当たりにして、俺は知らず知らずに優先順位をつけてしまった。

 アリーシャの事も姿を見なければ、気に掛けなかっただろう。

 今回の依頼を考えれば必然だが、他人からみれば冷たく感じるかもしれない。

 しかし、このクールな考え方がニンジャとしての在り方なのだ。

 「アレス、俺は決してベネチアーノや船員たちを蔑ろにしていた訳ではありません。自分の使命を考えれば、優先させることがありますよね」

 言い訳にしか聞こえないかもしれないが、俺の言葉は正論である。

 「ねえ、君、確かにベネチアーノの事を気に掛けるのは大事なことだよ。……でも、僕が言っているのは、そんな事ではないんだ。君は誰に召喚されたか、忘れたのかい?」

 「…………」

 今度は声も出なかった。

 決して忘れてはならない筈だが、何故か記憶が曖昧になっている。

 リヴァイが救出したかもしれない。

 一瞬、その様に頭を過るが、記憶が定かでない。

 俺をこの世界に召喚させた……『青春の女神』の存在を。

 俺は曖昧になっている存在について考える。

 もし仮にリヴァイが救出して、ヘーベを安全な所に避難させていたのなら。

 当然、ヘーベと一緒にアリーシャも避難させているだろう。

 ニンジャとして、男としてもあるまじき失態。

 俺が自分に対する憤りと羞恥で身体を震わせていると。

 「カザマ、凄い汗ですよ。やはり相当疲れているようですね。――リヴァイ、アレスもあまりカザマを責めては駄目ですよ。ベネチアーノの船員を気に留める事が出来なかったのは、カザマが無理をしていたからです。グラッドが、毎回カザマが無理をしていると言ってましたよね」

 アリーシャが俺を庇ってくれたが、何か調子が狂う。

 「アリーシャ、ありがとう……でも、今回ばかりは俺が悪い。アレスの言う通りだ。俺はヘーベの事を失念していたんだ……」

 「カザマ、さっきより汗が凄いですよ。それに声が震えています。もしかして……」

 「ねえ、アリーシャ、彼はトイレを我慢している訳ではないからね」

 (喧しいわ! 今は大事な話をしている最中でしょう! 自分から振っておいて……)

 俺は立場上声に出す事が出来ず、拳を握って我慢した。

 「カザマ、やはりさっきから可笑しいですよ。トイレでないのは分かりましたが……カザマを召喚したのは、アレスですよね? どうして今更、そんな話をするのですか?」

 「はあーっ!? アリーシャ……今、何て言った?」

 驚愕する俺に対して、アリーシャは目を丸めて小首を傾げている。

 「おい、お前、アリーシャに大声を出して、随分偉そうな態度だな」

 「えっ!? そんなつもりでは……!? リヴァイは、ヘーベの事を覚えていますよね?」

 アリーシャ大好きなリヴァイが凄んでくるが、今はそれどころではない。

 「カザマ、ヘーベとは何の事ですか?」

 「アリーシャ、本当にヘーベの事を覚えていないのか?」

 「し、知らないです……それより、痛いから放して下さい」

 俺は興奮のあまりアリーシャの両肩を掴んで、揺すってしまった。

 慌ててアリーシャから離れるが、リヴァイが物凄い形相で睨んでいる。

 「おい、お前、何度同じことを言わせれば分かるんだ」

 「ヒィイイイイ――!? ちょっと待って下さい! 今はそれより大事なことがありますよね。アリーシャがヘーベの事を覚えていないんですよ!」

 俺の叫びにリヴァイの右拳が止まった。

 「おい、お前、もともとたいした力を持たない女神だったんだ。あんなのに飲み込まれれば、消滅しても仕方がないだろう」

 リヴァイが顔色ひとつ変えずに、とんでもないことを言い放った。

 俺の興奮の対象は、アリーシャからリヴァイに代わる。

 「ちょっとアンタ、何酷い事をさらりと言ってるんだ! それ程親しい間柄ではなかったかもしれないけど、これまで一緒に苦楽を共にした仲間だろう!」

 幼児の両肩を掴み揺する姿を傍から見れば、俺が虐待している様に見えるだろう。

 だが、力関係は見た目とは違う。

 リヴァイが先程よりも更に険しい形相に変わり、最早愛らしい幼児の面影はなく。

 顔が薄っすらと巨大なドラゴンに変わりつつある。

 「おい、お前、調子に乗るのも大概にしろ!」

 「ヒィイイイイ――!? スミマセン!」

 リヴァイの変貌した姿と声に、興奮が吹っ飛び恐怖で竦む。

 「リヴァイ、先程から何の話題をしているか分かりませんが、カザマを許してあげて下さい。カザマは私たちが知らない間の戦いで、大分疲れているようです。グラッドも言っていたじゃないですか。カザマは、いつも無理をしているのですよ」

 アリーシャが間に入ってリヴァイを宥めるが、釈然としない。

 それに、幾ら庇ってくれているとはいえ、そろそろグラッドの言った言葉を持ち出すのを止めて欲しい。

 「ねえ、君、いい加減に落ち着きなよ。普通の人間のアリーシャに庇ってもらってばかりで恥ずかしいとは思わないのかい? 大体、神々の恩恵を受けた君とは違い、普通の人間のアリーシャに分かる筈がないんだ」

 珍しく大人しくしていたアレスが割って入り、何か説明してくれたみたいだが。

 相変わらず俺を馬鹿にしている様にしか聞こえない。

 大体俺が恐れるくらいなのに、アリーシャはどうしてリヴァイの変貌した顔を見て平然としていられるのだろう。

 それにさっきから俺を庇ってくれるのは嬉しいが、同じようなことばかり言っている。

 (きっとベネチアーノのブリッジで靄に包まれて、怖い思いをしたり、色々と大変な思いをして、アリーシャも疲れているのだろう)

 俺はアリーシャを疑う様な考えを止め、気持ちを落ち着かせた。

 「アレス、もう分かりましたから、意地悪を言わないで教えて下さい。アリーシャも気になっているみたいですよ」

 俺は話を進めるために、アリーシャの名前を出してリヴァイを牽制した。

 「おい、お前、偉そうに……空気を読めば分かるだろう。女神ヘーベは、タルタロスに飲み込まれて消えたんだ」

 リヴァイは、俺から目を背け仏頂面している。

 リヴァイなりに気を遣ったのだろうか。

 しかし、俺はあまりに衝撃的な言葉を耳にして、茫然とする。

 「ねえ、リヴァイ、消えたという表現は少し違うよ。他の船員たちは、確かに消えてしまったけど、ヘーベは一応女神だからね。力の大半を失って顕現出来なくなっただけだよ。今は自分の神殿か、教会に居ると思うよ」

 ゆっくりとアレスの方に顔を向けた俺の頬が緩む。

 「な、なんだ……ふたりとも、あまり脅かさないで下さい」

 「カザマ、どうしたのですか? 私の知らない女神さまの名前を聞いて、急に力が抜けた様な顔をしたり、泣きながら笑ったり、疲労で病気が悪化したのですか?」

 アリーシャが酷い事を言っているが、今は耳に入らない。

 先程から一杯汗を掻き、涙で顔もぐちゃぐちゃになっているだろう。

 俺は、そんな自分の姿を気に留めず。

 アレスの話に安堵すると、海に向かって手を振った。

 一度は島から遠ざかる様に、進路を変えた船団が見える。

 旗艦を失った第三艦隊と第一艦隊だ。

 今まで忙しくて、それどころではなかったが。

 コテツに連絡を取り、迎えに来てもらうことにした――。

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