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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第七十三章 タルタロス
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4.特攻

 靄の中に消えるベネチアーノの姿に、茫然としていた俺は。

 「……!? アリーシャ!」

 アーラの手綱を引きながら、叫んだ。

 「ねえ、君、ヘーベとリヴァイも居るんだけど……」

 アレスの突っ込みも耳に入らない。

 「アレス、これから靄の中に飛び込みます。俺に何かあったら頼みます」

 俺はアレスにアーラの手綱を預けて、

 「ねえ、君、飛び込むって、ここから飛び降りるのかい?」

 戸惑うアレスを余所に、アーラから飛び降りた。

 そして手足を伸ばし、姿勢を保ちながら叫ぶ。

 「ウインド!」

 俺を中心に風の渦が生じ、続けて叫ぶ。

 「ファイアー!」

 俺の周りから炎が生じ、風の渦に巻かれて炎の渦となる。

 これは俺の得意魔法の『破廉恥魔法』と『燃える男』の混合魔法。

 通常の燃える男よりも風に煽られ、猛烈な勢いとなった。

 俺は靄に迫りながら、火炎魔法を頼ったのだ。

 炎の渦の障壁に覆われた俺は、先程まで感じていた風圧を感じない。

 はやる気持ちを抑え、靄の中に突入する。


 靄の中に入った俺は早々に、自分の身に起きた現象に追い込まれてしまう。

 靄に入った直後、炎の渦の障壁が消え失せてしまったのだ。

 あまりに呆気ない。

 炎には浄化する力があると思っていたが、この程度の炎では何の役にも立たず。

 己の非力さを痛感させられる。

 「ねえ、君、暗いよ。早く明かりをつけてくれないかい。それに君は、何がしたかったんだい?」

 「はああああああああああああ――!? アレス、アーラに乗っていたのに、どうして……」

 「ねえ、君、前にも言ったけど、いい加減そのリアクションには飽きたよ。それに、僕の存在は君の熱い信仰心が源になっているんだ。君から離れたら、消滅するかもしれなよね」

 突然アレスの声が聞こえて驚いたが、宝石になってブレスレットに潜んでいるようだ。

 ちなみに俺はアレスを信仰している訳ではない。

 ただ、この世界で初めて軍神アレスの名前を聞いた時、現実世界でも名高い名前に昂っただけなのだ。

 それを今でも勘違いされたままでいる。

 アレスのリアクションの方が、いい加減にして欲しいと思うが。

 「アレス、付いてきてしまったのなら仕方ないですが、暗闇の中に吸い込まれているようです。この感覚に既視感を覚えているのですが……」

 「ねえ、君、僕にそんな事を言われても分からないけど、君の指輪が光っているよ。それを灯りに出来ないかな」

 真っ暗な闇の中を落下する状況に、普通の人間なら恐怖する。

 それがどこまで続くか分からない深い闇であれば、発狂しているだろう。

 俺が恐怖に震えつつも会話が出来るのは、アレスが居る事で気が紛れているから。

 という理由もあるが、何度も同じような体験をしているからだ。

 しかし、俺は気が動転していて、まだそれに気づかずにいた。

 「指輪ですか?」

 俺はアレスと話しているので、ブレスレットが嵌っている左手の指を見たが。

 婚約指輪は何も変化がない。

 右手の方に視線を移すと、母親の形見の金の指輪が眩しく輝いており。

 その輝きは、まるで暗闇を打ち消す様な陽の光を思わせる。

 クロノス神や魔神パズスと戦った時、俺の頭に光の輪が生じ。

 背中に翼まで生えて、空を飛んでいたとみんなから聞いた。

 特にメルヘンなアウラが興奮しながら説明する様は、馬鹿にされているような気がしたが、俺には記憶がない。

 (母さん、一度も会った事がないけど、俺を護ってくれていたのか……。もしかして、今回も俺の窮地に力を貸してくれるのか?)

 俺はどの様にして自分を護ってくれていたのか自覚がないまま、指輪を見つめる。

 「ねえ、君、婚約者が大変な時に母親の形見だったかい? 婚約者の指輪でなく、母親の形見の指輪を見つめるなんて、不謹慎だと思わないのかい? 君はもしかして、マザコンというやつなのかい?」

 顔を知らず、一度も会った事がない母親を思う行為を遮られたばかりか。

 アレスが余計な事まで口にしたのに、反応する。

 「アレス! 俺はマザコンではありません! 一度も会った事がないのに、マザコンな訳ないでしょう! 大体、俺を馬鹿にしようと、あれこれと属性をつけるのは止めて下さい!」

 「ねえ、君、大きな声を張り上げて、煩いよ。それよりその指輪を使うと、何か力を行使出来るのかい?」

 「アレスが馬鹿にする様な事を言うからですよ……。指輪ですが、ほとんど記憶がなくて分かりません。でも、この力を借りれば、みんなが教えてくれた様な力を行使出来るかもしれません」

 ほとんど記憶がないので、曖昧な事しか言えないが。

 これまでの事を思い出し、念話の要領で指輪に意識を集中させる。

 (母さん、俺は意識を失くして分からないけど、以前俺を助けてくれた力を貸して欲しい……)

 俺の願いに反応するかのように、指輪の輝きが増していき。

 俺を中心に眩い光が広がる。

 光が暗闇を消し去っていくようだ。

 「あーっ!? 凄い……」

 その光景に驚き、感嘆する。

 永遠に続くかと思われた暗闇に落下する恐怖もなくなった。

 今は宙を浮くかの様に青い空を舞い。

 靄に包まれていた島が前方に見える。

 突然の出来事に何が起きたのか。

 目の前の光景を見ていたにもかかわらず、実感が湧かない。

 今まで起きていたことも忘れて、間近に迫った島を眺めていたが。

 我に返る。

 「アレス、あそこから、まだ黒い煙の様なモノが出ています」

 俺は島の海岸付近に、小さな亀裂の様なモノを見つけ。

 そこから、俺たちを脅かした靄が生じているのに気づいたのだ。

 昂る俺に対し、アレスの反応は冷たい。

 「ねえ、君、さっきまで恐怖で震えていたのに、嘘みたいに元気になったね。君の情緒不安定さは相変わらずだよ」

 「アレス、こんな時まで意地悪を言わないで下さい。大体アレスは、ひとりであんな暗闇に落とされた事がないから分からないですよ。俺はウーラヌスさまに、何度も……!?」

 アレスに文句を言い掛けて、靄の中に突っ込み、暗闇の中を落ちる際に生じた既視感の正体に気づいた。

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