1.マーメイド
――岬。
夕食を終えて、いつもと同じくらいの時間に岬に着いた。
俺が着いてしばらくすると、いつも通りお姉さんが現れる。
「今日もいつも通りですね」
こんな感じで話しを切り出せる程に親しくなっていた。
「ええ、そうね。今日こそは……」
「そんなに気合を入れなくても、いつも通りでいいですよ」
俺のために真剣になってくれるお姉さんに苦笑を浮かべる。
そんな俺の顔を見ながら、お姉さんはいつも通り歌い始めた。
(相変わらず綺麗な声だ……。良く分からないけど……)
いつもと同じ様に思いつつ耽っていると。
不意にビアンカとアウラが現れた。
俺はビアンカも聴きたくなって、アウラを誘って来たのだと思ったが。
ビアンカは近づくにつれて耳が小刻みに動き、表情が険しくなる。
アウラは落ち着かない様にしていたが、両腕を広げて深呼吸した。
そしてお姉さんに合わせてか、負けまいとしたかは分からないが、歌い出す。
アウラは、お姉さんの歌に負けないくらいの高音だった。
だが、それは猛烈な振動を発声し、周りを振るわせる。
騒音という言葉が生易しい程であった……。
『黙示録のラッパ吹き』というのを以前読んだことを思い出す。
ビアンカは既に気絶している。
俺は慌ててニンジャ服のフードを被り、耳を押さえて何とか耐えることが出来たが、地面に膝を着いた。
お姉さんは身体を震わせていたが、強引に歌を止めようとする。
「ウルサ――イ!! ちょっと! あなた、何なの……」
いつも優しく微笑んでいたお姉さんが、初めて怒った。
そして、物凄い勢いでアウラを怒鳴り突けたのだ。
アウラは何故自分の歌が止められたのか分からないようで、
「えっ!? 私もあなたに合わせて歌ったのだけど……」
何度も瞬きをしながら周囲を見渡している。
俺はやっと収まった暴音にふらつきつつも、アウラに訊ねた。
「アウラ、その……お前の歌って、集落で結構評判って言ってたよな?」
アウラは左掌を頬に添え、小首を傾げている。
「ええ、私が歌い終わった後、みんな天にも昇る気分だったと言って、目を覚ましたわよ」
俺はアウラの話を想像して、口を開けたり閉じたりしつつ声を出す。
「……それって、みんな……お前の歌を聞いて、気絶していたんじゃ……」
アウラは俺の話を気に留めず、笑みを浮かべている。
「何を言ってるの? みんな気持ち良くなって、眠ってしまうみたいよ」
(アウラは余程集落で大切に扱われているのだろうか? それとも恐れているのだろうか?)
俺は真実を伝えるべきか悩んだが、止めた方が良さそうだと思った。
兎に角、歌は止めてもらう方向で話を進めようとするが。
「あなた、何を言ってるの! みんな、あなたの酷い騒音……!? いえ、あれは『暴音』だわ! 暴音を聞いて気絶しただけでしょう? 私が歌うのを邪魔しないでくれるかしら!」
俺が穏便にアウラを止めようとしていたのに、お姉さんがアウラを怒鳴り突けた。
お姉さんが言っていることは正しい。
しかし、アウラは顔を真っ赤にして身体を震わせている。
「あ、あなた、もしかして、私を侮辱しているのかしら……」
アウラは初めて、本当の事を言われたのだろうか。
事実を伝えられても受け入れられず、逆切れしているようだ。
俺はふたりの間に割って入り、全身から汗を噴き出しそうな重圧に耐える。
「ア、アウラ、落ち着けよ! お姉さんも俺が説得しますから、穏便に……」
アウラは柳眉を吊り上げ俺の前に立つと、お姉さんを睨みつけた。
「ちょっとカザマは、黙ってて! 私は普段こんなことは言わないけど、マーメイド何かに馬鹿にされて、我慢ならないわ!」
お姉さんも本当の事を言ったのに逆切れされて、柳眉を吊り上げている。
「な、何ですって! ちょっと育ちが良いだけのくせに……本当の事を言った私に対して……」
アウラは本気で怒り、お姉さんも逆切れされて、後に引けないみたいだ。
(どうしよう……アウラが本気で怒ったら、キラーアントの時以上の惨劇に……!? 今、マーメイドって言ったよな……)
俺は混乱に紛れて重要な言葉を聞き流してしまい、戸惑いから驚愕に顔が歪む。
「ち、ちょっと、待て! アウラ! お前、今、マーメイドとか言わなかったか?」
俺は、今回の旅行の目的である一番大切なことを訊ねた。
それなのにアウラは、煩わしいそうに俺をちらりと睨む。
「何よ、カザマ、今忙しいのに……そこのマーメイドを懲らしめてやらないと、気が済まないわ!」
「…………」
俺はアウラの言葉を聞いて呆然としていたが、お姉さんにゆっくり近づいた。
「急にどうしたの? あまり近づかれると恥かしいわ……」
お姉さんは口端を吊り上げ、演技だと言わんばかりに恥じらいを見せる。
俺は口元を引き攣らせて、ゆっくり訊ねた。
「……お、お姉さん、マーメイドだったのですか?」
「あら、やっと気づいたの? 私はてっきり気づいているのだと思ったわ。それにしても、あなたは変だわ! 私の歌声に全く効果がないなんて、一体何者なのかしら……」
お姉さんは正体がバレて、開き直ったみたいだ――。
俺はお姉さんの返事を聞いて、またも呆然とした。
「俺は、あなたを探していたのですよ。昨日まで色々と辛いことがあって……お姉さんと話したり、歌を聴かせてもらって、凄く癒されました」
俺は複雑な思いを残しつつも気持ちを伝える。
「それは、どう致しまして……!? そうじゃなくて、どうして私の歌を聴いて……全く、もう! この人間とエルフはイライラするわ!」
お姉さんは表情だけでなく、言葉使いまで攻撃的に変わった。
それでも俺は、話し相手になり歌ってくれたお姉さんを説得しようとする。
「あ、あのー……俺は、お姉さんがマーメイドでも気にしないですよ! それなのに、さっきから何を興奮しているんですか?」
俺は説得しつつも、今までのことが頭に浮かび釈然としない。
そこへ、アウラが口を挟む。
「カザマ、このマーメイドはあなたに歌を聴かせて虜にするつもりだったのよ! 私より力は弱いけど、一応水の精霊の加護を受けているから……」
俺は硬直しかけたが、小さく口を開き呟く。
「本当ですか……」
「ああ、イチイチこのエルフは癇に障ることを……ええ、本当よ! でも、さっきから言ってる様に、あなたには全く効果がなかったわ!」
俺は先程と比べると大分冷静になっている。
お姉さんの言っている事のすべてが、本当であるか分からなかったが、自分のすべき事は理解出来た。
「お姉さん、最近ピンク色の宝石を拾いませんでしたか? もし持っていたら、盗まれたものなので、返して欲しいのですが……」
話を聞いたお姉さんは、先程までの険しい表情から、更に怖い顔へと変貌する。
「あ、あなたも、私の仲間の形見を狙っていた訳ね……」
お姉さんが何を言っているのか分からないと、俺は首を傾げる。
「あのー、何か勘違いしていませんか? 急に怖い顔をして……折角の美人が台無しですよ」
再三の説得にも応じずに、お姉さんは怖い表情から声を荒げた。
「う、うるさい! 仲良くしてあげたのに……よくも裏切ったわね!」
お姉さんは本気で怒り、攻撃しようとしている。
(今、仲良くって言ったし、裏切ったとも言った。やっぱり何か勘違いしてないか……)
どの様に説明しようか戸惑っていると、マーメイドの本領を発揮するかの様に、海水を操り出す。
岬は、先程までの穏やかさが嘘の様に、波が高くなってきた。
その様子を見ていたアウラが、再度俺の前に立つと両手を挙げて魔法を発動させようとするが、俺は諦めない。
「ち、ちょっと、ふたりとも落ち着いてくれ! お姉さんも止めて下さい! あなたではアウラに勝てないし、俺にも勝てませんよ! それに俺は、あなたをどうこうするつもりはありません!」
これで何度目だろうか、俺の必死の説得に対して、
「そう言って、あなたたち人間は、また私たちを騙すつもりね! そこのエルフに勝てないまでも……あなただけは道連れにさせてもらうわ!」
お姉さんは口端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「分かりました。口で言っても分かってもらえない様ですね。アウラ……」
俺はアウラの肩に手を載せて魔法を解除させると、アウラの前に立つ。
(言葉での説得は諦め、力づくになると……誰かに任せたくないよな)
お姉さんに向かって素手で身構え、宝石を奪い取る隙を覗った。
「キャーっ!? 何?」
突然お姉さんが悲鳴を上げたと思ったら、先程まで気絶していたビアンカが、お姉さんの尾びれがある下半身に噛み付いている。
「もう良いぞ、ビアンカ。後は、俺に任せてくれ……」
俺は、この隙を逃さずにお姉さんの背後を取った。
そして、後ろから羽交い絞めにして関節技を極める。
ビアンカは俺の言葉を聞くと、素早くアウラの前に移動した。
「お姉さん、もう逃げられませんし、何時でも気絶させられます! もうこんな事は止めて、俺の話を聞いてくれませんか?」
「な、何するの!? 放して! 私を捕まえて、仲間の様に飼い殺しにするつもりね! でも、無駄よ! 私たちが涙を流しても、あなたたちが考えている様な宝石にはならないわ!」
お姉さんの言っていることが良く分からないが、互いに会話が噛み合っていないことに気づく。
「あのー、さっきから違うと言ってるじゃないですか。それに、宝石が作れないなら、何で拾ったものを仲間の形見と言うのですか?」
俺は感情で訴えても無駄であると思い、理屈で訴えた。
「イチイチ余計なことを……せめて、あなただけでも……」
お姉さんは話を聞いて動揺すると、俺ごと海に飛び込んだ。
「「カザマ!」」
アウラとビアンカの俺を呼ぶ声が一瞬だけ聞こえた。
しかし、為す術もなく、あっという間に海の中に引き摺り込まれてしまう――。




