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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第七十一章 敗軍の将
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4.王の器

 アレスに絡まれて、話が進まずにいたが、

 「ふむ、もうよい、カザマは早々に話の続きをするように」

 グラハムさんが俺たちの話を遮ってくれて、俺は頬を緩ませる。

 流石は俺の一番の理解者である。

 しかし、本当は俺が召喚したコテツやリヴァイにも理解してもらいたいのだが。

 と思いつつも、余計な事を考えるのを止める。

 「はい、それでは話の続きをします。――俺が諸葛孔明らと親しくなったのをご存知かと思います。あちらの国では……『敗軍の将、兵を語らず』という言葉があり、敗れた将は言い訳をせず。自らの責任を取るため、こうして罪人の様な出で立ちで主君の前に現れたと伝えられています」

 俺は膝を着いたまま、胸を張って説明したが。

 俺の隣ではアリーシャが俺を見つめたまま硬直して動かず。

 アレスは引き攣った微笑を湛えている。

 だが、グラハムさんは違った。

 「ふむ、素晴らしい。流石はカザマだ。我が国の貴族たちは自らの失敗や罪を逃れるため、あれこれと嘘を付き私の怒りに触れた。しかし、カザマは潔い」

 「王さま、分かってくれますか!」

 俺が感動したのは言うまでもない。

 「ふむ、だがカザマよ。『敗軍の将、兵を語らず』というのは分かったが……『勝敗は平家の常』という言葉を知らないのか? どの様に優れた将でも、敗れることはあるのだ」

 俺とグラハムさんが熱い眼差しを向け合い、頷いてると。

 「ねえ、君たち、いい加減、茶番は止めてくれないかい。さっきから何を言っているのか、さっぱり分からないよ。アリーシャも困って、固まったままだよ」

 「アレス、私は……!? 駄目ですよ、話を遮っては……」

 アレスが突っ込み、アリーシャを巻き込もうとするが。

 流石にアリーシャは節度があり、空気を読んだのだろう。

 「ふむ、アレスよ、アリーシャ殿の言う通りだ。貴様は何度も同じことを言わせるな。分からないなら、余計な事を言わずに黙っていろ。大体、カザマは自分の責任だと言っているが、今回はカザマに非はないのだ」

 「グラハム王、それはどういう意味なのでしょう?」

 「ふむ、アリーシャ殿、今回私がカザマに命じたのは……『フランク王国とオーストディーテ王国に侵攻するゲルマニア帝国軍を阻止しろ』という内容であったのだ」

 アリーシャの問いにグラハムさんが答えた。

 だが、先程から機嫌を悪くしていたアレスが、愛らしい相貌を顰め。

 「ねえ、グラハム王、さっきから彼の事を庇い過ぎだと思うよ」

 「アレス、俺の悪口なら後から好きな様に言っても構いません。でも、今はちょっと我慢しましょう」

 俺は、グラハムさんにまで絡み出したアレスを止めようと、突っ立っているアレスの肩を押さえるが相変わらずびくともしない。

 「ふむ、アレスは何か誤解しているぞ」

 意外にも冷静なグラハムさんの言葉に拍子抜けして、アレスの肩から手を離す。

 「ねえ、グラハム王、僕が何を誤解しているというんだい?」

 アレスが愛らしい双眸を細めてグラハムを見つめるが、今日のアレスはやけに微笑を崩してばかりいる。

 俺はそんなアレスの様子を見て、絶大な力を持つ存在に対して向きになっていると思った。

 「ふむ、今回はゲルマニア帝国軍の陽動に振り回されていたが、敵の策に嵌り振り回されていては、敵の思う壺だとは思わなかったのか?」

 アレスがグラハムさんを見つめたまま、何も答えない。

 (脳筋のアレスには、ちょっと難しいかもしれないな)

 俺は幼い姿をしたアレスが粋がっている姿に頬を緩め、

 「王さま、代わりに俺が答えます。――今回のゲルマニア帝国軍の陽動には、王さまの懸念の通り振り回されてしまいました。それでも、敵の情報が少ないため、俺の対応は間違っていなかったと思います。結果は公国を攻め落とされましたが、これ以上兵力の分散をさせる事は難しかったでしょう」

 アレスの代わりに答えたが、アレスが俺の方に顔を向ける。

 「ねえ、君、さっきまで自分のせいで負けたと反省していたのに、急に自分は悪くないと言い出すのは卑怯だと思うよ」

 アレスの言う事はもっともであり、返す言葉が出ない。

 「ふむ、アレスは分かっていないようだな。敗軍の将とは、言い訳をしないものなのだ。カザマは、それを分かっているから何も言わなかったのだ。ただ、今は私の言葉に答えるため、説明をしたに過ぎない」

 「ねえ、君、本当は公国が攻め落とされた言い訳をしているだけなんだよね。懺悔をしたばかりなのに、君は本当に懲りないね」

 本当にしつこいアレスに対して、いい加減グラハムさんがキレないかと不安になるが。

 「ふむ、アレスよ、何度も同じことを言わせるな。分かっていないのは、アレスの方だ。もし、仮にカザマが公国を守るため、北へ移動していたら、どうなっていたと思う?」

 「うん、それは公国を守り、ゲルマニア帝国軍を破っていただろうね。彼が戦うかは別として、ブリュンヒルデとジャンヌがいたからね」

 アレスが得意気に答えるが、グラハムさんは首を左右に振った。

 「ふむ、アレスが将であれば、ゲルマニア帝国軍は別の部隊をフランク王国に侵攻させ、幾つかの街を陥落させていただろう」

 俺はグラハムさんの考えが分かっていたので黙って頷くが。

 俺の隣で大人しくしていたアリーシャが口を開く。

 「グラハム王、それは考え過ぎではないのですか? カザマたちがストラスブールの街を離れて対岸を偵察したところ、敵軍はおろか敵兵がひとりもいなかったと聞きました」

 「うん、アリーシャの言う通りだよ」

 「ふむ、アリーシャ殿も本当にそう思うのか? ゲルマニア帝国軍は、あれだけ派手に陽動を仕掛けしたのだ。そして、公国を攻め落とした時の兵力は五千程度であった。他に兵を忍ばせていなければ、数万の軍勢の勘定が合わないではないか。それに、ヘルメスが絡んでいたのだから、相手を出し抜く策を考え人間に告げたのではないか」

 グラハムさんの説明は的を得ていた。

 普段は俺の話が長いとか難しいと言い、駄々を捏ねるアレスも唸っている。

 「なるほど、グラハム王の考えは良く分かりました。ところでゲルマニア帝国が、フランク王国ではなく、公国を攻めた目的は何だったのでしょう?」

 返す言葉のないアレスに対して切り替えの早いアリーシャに、俺とグラハムさんは頬を緩めて頷く。

 「ふむ、流石はアリーシャ殿だ。思慮の浅いどこぞの神とは違うようだ」

 (ヒィイイイイ――!? グラハムさん、確かにその通りですが、あまりアレスを挑発しないで下さい!)

 俺は思わずグラハムさんを止めようと、出掛かった言葉を飲み込んだ。

 そして、アレスが早まった言動を取らない様に注意する。

 アレスは俺の心の声に反応して身体を震わせているが、耐えている様に見え。

 いつも俺が味わっている苦悩を、アレスが味わっている。

 「ふむ、カザマよ、何か言い掛けた様だが……何もなければ、話を進めるぞ」

 「は、はい……特になにも……どうか、話を続けて下さい」

 俺はグラハムさんに突っ込まれ、ヒヤッとするが無難に黙っていることにした。

 「ふむ、アリーシャ殿に答えねばな……幾つか理由があり、可能性が考えられる。まずは、大西洋への進出だ。但し、この地ではブリタニア王国に近過ぎる問題がある。それを踏まえて、本当はフランク王国に侵攻して、南側に港を持ちたいところだったと思われる。だが、それには些か無理があるのだ。フランク王国の国土をかなり占領しなくては、本国から占領地までが細くなってしまい、すぐに奪還される可能性があるからだ」

 「グラハム王、それでは侵攻しても、たいした戦果がないのでは……!? ブリタニア王国と争うという考えを棄て、仮に同盟を結んだとしたらどうでしょう? フランク王国を攻めるのには、両国にとって都合が良いと思います」

 俺とグラハムさんは、思わずアリーシャの言葉に聞き入ったが、考えていなかった訳ではない。

 俺たちの他に気づく者がいないだろうと思っていたのだ。

 グラハムさんに聞いた訳ではないが、俺の考えを理解しているグラハムさんも同じであろう。

 「ふむ、流石はアリーシャ殿だ。私もそれを警戒している。フランク王国を守る理由は、我が国にはない。だが、この二国がフランク王国の領土を奪うと、これまで均衡を保っていた力関係が崩れる可能性がある」

 「はい、グラハム王、私も同様に考えます」

 グラハムさんとアリーシャの話が続き、俺は兎も角いつものアレスなら臍を曲げて文句言う頃合である。

 だが、先程から何度もグラハムさんに言い負かされ、何も言えずにいるようだ。

 もしかしたらグラハムさんは、この展開を読んで過剰にアレスを問い詰めたのかもしれない。

 「ふむ、ではアリーシャ殿、貴公ならどの様に対処するのが良いと思う?」

 アリーシャは眉を寄せて首を傾げるが、ここ数年でこういう仕草もセクシーに見えるようになった。

 以前は可愛らしい感じであったが、今では俺より大人っぽく見える。

 「はい、私なら北欧の同盟を強化して、北から圧力をかけます」

 「ふむ、私も同じ意見だ。……やはり、貴公に王位を継承してもらいたいが……」

 俺はアリーシャが褒められて頬が緩んだが、それも一瞬だった。

 まさか、このタイミングで王位継承の話題が出るとは思いもしない。

 「大変光栄に思いますが、申し訳ありません」

 「ふむ、貴公は大貴族の血縁にあるのであろう。王位を継承するのに問題はない筈。理由を聞かせて欲しい」

 俺は堂々したアリーシャとは違い狼狽してしまうが、グラハムさんは落ち着いた口調で話を続けた。

 「はい、私は以前カザマに教わりました。国の統治を王や貴族が行うのではなく、民衆が行う政治を……まだ、私の領地で初めた段階ですが、いつか他の国でも広がると確信しています」

 「ふむ、それは大それたことだな……民衆が政治を行うには、民衆に学問を……!? 私が行っている政策を利用したという訳か?」

 「いえ、利用というのは言葉が過ぎますが、国の政策を活かした壮大な夢です」

 アリーシャの威風堂々とした発言に、俺は感極まり昂った。

 グラハムさんも国王として立派であると思う。

 だが、アリーシャはその上をいくのではないか。

 そういう期待を抱いてしまった。

 こんな凄い女の子が、自分の婚約者だということに現実味が湧かず。

 他人の様に見つめてしまう――。

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