4.仲間
――朝食。
予想はしていたが、気まずい雰囲気だった。
みんな、いつもより明らかに口数が少ない。
俺は食事を終えた後、すぐにアリーシャの部屋へ向かった。
「旅行前に、モーゼスさんから預かっていたお金だ……。俺はしばらく別行動しようと思っているから……」
俺はアリーシャに頭を下げて、お金が入った袋を渡そうとしている。
アリーシャは目を細めてひと言呟くと、溜息を吐き、寄せていた眉を緩めた。
「私に預かってくれと……。はーっ……カザマは肝心な時、意外とヘタレですね。こういう時は時間を掛けてですね……ま、まあ、そういうのもカザマなのでしょう……。私が、しばらく預かっておきます。あまり長引かせないで下さいね」
「ああ、分かったよ。いつも本当に悪いな。それから、一応何があるか分からないから、ビアンカに注意する様に頼んでおくよ。それじゃあ、俺はマーメイドの捜索に行くから……」
俺はアリーシャから、またも年下とは思えない口ぶりのお説教を受けた。
モーゼスさんから預かった資金を預けるだけのつもりだったが。
可愛くて頼りになる妹である。
だが、本当は、姉弟子であることは言うまでもない。
それから、ビアンカの部屋に行き、アリーシャに資金を預けた事を伝え、注意する様にお願いした。
同室のアウラは何か言いたそうにしていたが、用件を伝えると足早に外に向かう。
――街中。
俺は、まず冒険者ギルドに行くことにした。
そこで役所みたいな建物を探して中に入る。
ここでも、ヘーベルタニアの街と同じ様に冒険者用のコーナーがあった。
「マーメイドですか? 以前からそういう話があり、夜中は海の近く……特に、岬の方に行かないのが、この街の風習です……最近、経緯は分かりませんが、マーメイドを見たという噂が広まり、昼間も岬には近づかない様になりました」
職員の説明に、俺は眉を寄せ詳しく訊ねる。
「噂の出所は分かりませんか? ところで、どうして岬なんですか?」
「ああ、何でも島のどこかに住処があるらしいです……岬が一番近いというのが、昔からの言い伝えです。ちなみに、噂の出所は分かりません。こちらが知りたいくらいですよ」
睨んだ通り、岬が怪しいようだ。
だが、それ以外に有力な情報はなく、昨日酒場でも聞いたが分からなかった。
街の中を観光で周るゴンドラに乗る。
人と会う機会の多いゴンドラーノのお兄さんに訊ねても分からなかった。
途中で偶然、カトレアさんたちが乗るゴンドラとすれ違う。
「おーい! カザマ!」
ビアンカが俺に向かって激しく手を振っている。
アウラも隣で手を振ろうとしているのか、落ち着きなくしているのが窺える。
俺もビアンカとアウラに手を振った。
しかし、向こうのゴンドラでは、ビアンカがカトレアさんに叱られたみたいだ。
そのせいか、ビアンカが拗ねているように見える……。
(みんな楽しそうだな。ゴンドラでの街の観光も、初めて見る景色も楽しい。でも、独りは淋しいな……)
だが、孤独でいるのは探索のためだと首を振り、心に強く言い聞かせ。
(夜になれば、またお姉さんに会えるのが楽しみだな……)
楽しいことを思い浮かべ探索を続けた。
――岬。
気まずい雰囲気の夕食を手短に済ませ、岬でお姉さんを待つ。
どこから現れたのか分からなかったが、今度は気配を感じた。
「今日も来てくれたんですね」
「ええ、私が来たのが良く分かったわね……」
「そ、その、お姉さんが、キラキラと輝いて見えるからでしょうか……」
「あら? お世辞かしら。うふふふふ……」
お姉さんは小さく笑みを溢し、喜んでいるように見える。
「では、気分も乗ってきたところで歌いましょう……」
お姉さんは昨日と同じ様に歌い始める。
俺は、今日も集中して聴いたが……。
(うーん……分からん! 綺麗な声以外、どういう風に表現しよう? やっぱり、ここは素直に感じたままを……)
今日も上手い表現が思い浮かばなかった。
下手な言い方は、余計な誤解を招きそうだったので、昨日と同じ様な言葉を掛けた。
俺の言葉が足りないのか、お姉さんは訝しさを抱いたようだ。
「お、可笑しいわね? あ、あなたは、どうして……」
「いえ、俺は、音楽を勉強する機会がなくて、良く分からないだけですから……」
「あ、明日も来てくれるかしら!」
「い、良いですよ……でもお姉さんは、どうして俺のために、そんなに頑張ってくれるのですか?」
お姉さんが何故自分のために、暗くて怖い場所に出向いてくれるのかと疑念を抱く。
怪訝な表情を浮かべる俺に、お姉さんは慌てて答える。
「えっ!? ……いえ、私も真剣に聴いてくれると嬉しいからだけど、変かしら……」
「いえ、嬉しいです! 明日もまた来ますね!」
俺は何の疑いもせず、昨日と同じ様に再会の約束をして酒場に向かった。
――酒場。
昨日と同じ様にマーメイドの話を聞いて回ったが情報が得られない。
「カザマ、お前……昨日、貴族さまにムチで叩かれてから元気がないぞ!」
「えっ!? どうして貴族さまだと……」
「それは見ていれば……」
おじさんは厨房から時折、俺の様子を見てくれていたようだ。
「俺が悪いから仕方ないですよ……それより聞きたいのですが、この国はパスタが有名だと思っていたのですが……俺の記憶違いでしょうか?」
「ああ、何言ってるんだ……お前、もしかして遠くの国から来たのか?」
「そうです。一ヶ月くらい前に、ヘーベルタニアの教会に呼ばれて、冒険者になりました……その時は僅かでしたが、教会でパスタを食べたのですが、それっきり……」
俺は折角の機会なので、本場の料理人に以前から抱いていた疑問を訊ねた。
「……そういうことか。貴族さまと一緒だからかもしれないな。貴族さまが食べない訳ではないが……どちらかと言えば、庶民が色々と楽しんで食べる料理だからな。昨日教えたカルパッチョを使った有名な料理もあるぞ! 良かったら、昼に厨房の賄いを食わせてやろうか?」
首を傾げていた厨房のおじさんは腕を組んだまま話し出したが、笑みを浮かべた。
俺は思ってもいなかった申し出に頬が緩む。
「えっ!? いいんですか! ぜひお願いします!」
俺は翌日から昼に一度宿に戻り、賄いを無料で食べさせてもらうことになった。
――ベネチアーノ滞在十日目(異世界生活一ヶ月と十日目)
俺が昼食を宿で食べるようになって一週間が過ぎた。
最近定着した日課をこなすため朝食後に出掛けようとすると、
「カザマ、出掛ける前に、少し話しがあるのですが……」
アリーシャが話し掛けて来たので用件を聞こうとしたが、アリーシャは視線を逸らす。
「……何だ? 俺の部屋に来るか?」
しばらくして、アリーシャが俺の部屋に来た。
いつも通りベッドの脇に並んで座り、アリーシャが話し出すのを待つと、
「……カザマは、このままで良いと思っているのですか?」
アリーシャは、俺に悲しそうな表情を浮かべた。
俺はアリーシャの気持ちが分からずに困惑する。
「えっ!? ど、どういうことだよ?」
「カトレアさんが……あれから、ずっと元気ないですよ……最近、食事もあまり食べてない事に気づきませんでしたか?」
アリーシャの話を聞いて困惑したが、頭を垂れ力なく返事をする。
「……えっ!? いや、その、気づかなかった……俺は凄く嫌われたと思って、出来るだけ近づかない様にしていたから……」
アリーシャは表情を険しくさせて立ち上がると、俺の頬を思い切りビンタした。
「い、痛いじゃないか!」
いきなりビンタされた俺は声を上げるが、アリーシャは険しくさせた表情を赤く染めて、怒鳴りつける。
「痛いですか! カトレアさんの心の痛みは、こんなものじゃないと思いますよ! この前言いましたよね! もう少ししっかりして下さいよ! カザマは好きな人に避けられて、同じ宿で生活して耐えられますか?」
アリーシャを見つめたまま一瞬硬直したが、すっと我に返る。
「……はっ!? スマナイ……今日からは、一緒に行動するよ」
「分かってもらえたなら良いのです。それから、叩いてしまいごめんなさい……」
アリーシャは俺の過ちを正すと、段々冷静になってきたのか、興奮したのが恥かしかったのか、腰を下ろすと再び頬を赤く染め俯いてしまう。
「色々とありがとうな……」
俺は感謝の気持ちに胸が高鳴り、アリーシャの頭を撫でる。
「……セクハラですよ……」
アリーシャはひと言だけ呟いたが、そのままじっとしていた。
――夕食。
朝食後から、久々に皆と合流する。
俺は、皆からどういう風に過ごしていたか訊ねられた。
その中で一番みんなから興味を持たれたのが――賄いだ。
厨房のおじさんに頼んで、みんなの分の賄いを出してもらったが、かなり好評である。
カトレアさんも普段食べたことない料理を食べて、元気が戻ったのか頬を緩めた。
「それにしてもカザマは、誰とでも仲良くなるわね……」
最近ほとんど接点がなかったエドナが、こんな感じでやけに絡んでくる。
「……そうですね。下宿し始めた頃に、私も感じましたね」
「おい、二人とも、俺は誰にでも懐く犬じゃないんだぞ!」
アリーシャまで話しに便乗して、俺は苦笑しつつ文句を言った。
俺の言葉を聞いたみんなの視線が、ビアンカに集まる。
ビアンカの耳と尻尾が敏感に反応した。
「アタシは犬じゃなくて、誇り高いウェアウルフっすよ!」
ビアンカは立ち上がり、俺に向かって怒鳴る。
だが、恥らって見えるビアンカの姿が、余計みんなの笑いを誘ったようだ。
ビアンカは座って黙々と食べ始めたが、顔を赤くして何も言わない。
俺はみんなが落ち着いたところで、アリーシャに尋ねる。
「なあ、アリーシャ……厨房のおじさんにも聞いたんだが、この国はパスタを良く食べるんだよな……何で下宿していた頃、料理でパスタが出なかったんだ? おじさんが貴族さまは、庶民程食べないことを言っていたが……」
話を聞いていたアリーシャは顔を赤くして震え出す。
「あわわわわわわわわ……何を突然……わ、私はこの国の人間ではありません。パンが主食だったので……深く考えていませんでしたが、カザマはパスタを食べたかったのですか?」
アリーシャは狼狽していた状態から、すぐに立ち直り眉を寄せて俺を睨みつけた。
アリーシャの視線に、今度は俺が狼狽する。
「い、いや、そういう訳ではないが、何となく疑問に思って……深い意味はないから、気にしないでくれ」
「何だか、二人とも恋人か、新婚さんみたいだね……」
俺とアリーシャの会話を聞いたエドナが茶化したみたいだが、
「エ、エドナ……憶測で、そういう重大なことを言ってはダメよ!」
久々に声を出したカトレアさんに思い切り叱られた。
(それ程、重大でもないだろうが……)
縮こまるエドナを余所に、久々にみんなと笑い、夕食は賑やかに過ぎた――。




