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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第七章 水の街ベネチアーノ(前編)
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3.孤立

 ――夕方。

 独りで宿に戻ると、外に干していた干物を宿の厨房に預けた。

 (みんなに喜んでもらおうと思ったのに……)

 またもや自覚のないまま不幸な事故を起こしてしまい、どうしたら良いか分からずに途方に暮れる。

 (夕食の前にもう一度謝りに行こう。そうしないと夕食の席の雰囲気が……)

 荷物を部屋に置き、カトレアさんの部屋に謝りに向かうが、足どりは重い。

 扉を叩き、部屋の中にいるだろうカトレアさんに声を掛ける。

 「……カトレアさん、カザマです。少しいいでしょうか……」

 「…………」

 返事がないので留守かと思ったが、もう一度扉を叩き声を掛ける。

 「……悪いけど、今日は会いたくないわ……明日は普通に顔を出して頂戴」

 「……はい。今日は本当にスミマセンでした」

 扉越しにもう一度謝ると、自分の部屋に戻った。

 てっきり凄く怒られると思ったが、拒絶されたみたいである。

 今までは激しく怒りをぶつけられる印象だった。

 しかし、それだけ心を痛めているのだろうと、容易に想像出来る。

 夕食も同席するのはマズイと思い、フロントで自分の分をキャンセルしてもらうと外に出掛けた。


 ――岬。

 辺りは暗くてなっており、月明かりが微かに辺りを照らす。

 いつも雲が掛かった街や村と違い、海辺の星空は眩い。

 そんな岬で独り佇んでいる。

 (何でもいつもいつも……)

 俺は、度々遭遇する理不尽な出来事に我慢出来ずにいた。

 「俺が何かしたかよ! 俺は悪くない! 悪くないぞ――!」

 誰もいない海に向かって叫んだ。

 心に抱え込むのが辛くて溜まらずに発散させる。

 そのまま海を眺めていたが、ふと日本のことを思い出した……。

 (……七月二十三日、夏休みに入って数日過ぎたところか……期末テストは受けられなかったな。戻っても、留年か……)

 何となく日本のことを思い出して、懐かしく感じたからだろうか。

 それとも寂しく感じたからだろうか。

 普段はこんなことをしないが、不意に歌い始めた。

 「蛍の光 窓の雪 ふみよむつき日 かさねつつ……」

 何故、蛍の光を歌っているのか分からない。

 それでも、誰もいない海に向かって歌った――。

 

 一番を歌い終えたところで、突然声を掛けられた。

 「聴いたことない歌ね。あなたが作った歌なのかしら?」

 声を掛けられるまで気配に気づかなくて驚いてしまう。

 「えっ!? い、いえ、俺の国の歌ですが……何時から居ました?」

 「聞いたことがない歌が聞こえてきたから、聴きに来たのだけど……」

 「そうですか……全然気づきませんでした。あなたも散歩ですか?」

 思わぬ所で友好的な感じの人に出会い、会話をしつつ嬉しくなって近づいた。

 「待って! これ以上は……あまり近づかれると、恥かしいから……」

 「あっ!? そ、そうですよね。こんな時間に知らない男に近づかれるのは怖いですよね……それにしても綺麗ですね。俺の知り合いも、何故か綺麗な人が多いですが、あなたも……人間じゃない様な美しさですね」

 俺は反省しつつ、女性の事をヘーベやアウラと比較してしまう。

 ちなみに調子良く話しているのは、話し掛けてくれた人が思いもしない程綺麗な人だったからであろう。

 「そうかしら? ありがとう……あなたは私を見ても、驚いたりしないのね?」

 「いえ、かなり驚きましたよ! 俺の知り合い以外に、こんなに綺麗な人がいるとは、思ってもいませんでした!」

 訝しげに声を掛けるお姉さんだろう人に、俺は誤解を解こうと声を高くした。

 「あなたの知り合いはそんなに綺麗なのかしら? 私に対しては褒め過ぎだわ。でも嬉しいから、私もあなたに歌って差し上げようかしら」

 お姉さんは声を弾ませ、俺も安堵して返事をする。

 「決してお世辞ではないですよ……では、折角なので、お願いしようかな」

 俺がお願いすると、綺麗なお姉さんは歌い始めた――

 (……うーん、オペラかな? とても上手だと思うけど……良く分からん! 俺には歌というより、綺麗な声にしか聴こえないな……)

 時折頷きながら綺麗な声を聴いた。

 

 しばらくして、歌が終わったようだ。

 お姉さんは、俺をじっと見つめている。

 「凄く綺麗な声ですね。俺は素人で良く分かりませんが、声が綺麗で聴き入ってしまいました」

 (俺はお姉さんに、失礼でない感想を言えただろうか……)

 頬を掻きながら感想を言ったが、お姉さんは俺を見つめたままだ。

 「あ、あの、お姉さん……あまり見つめられると照れてしまいます……」

 「えっ!? あ、あなた、何も感じないのかしら……」

 お姉さんは急に首を傾げたり、そわそわして落ち着かなくなった。

 俺はその様子に、自分が音楽に関して素人で、お姉さんが求める様な感想を言えなかったからだと思ってしまう。

 「あっ……違います。俺は音楽が素人で、上手な感想を言えないだけですから……」

 「そ、そうなの? き、今日は、久々に人前で歌ったから、調子が悪かったのかもしれないわ……もし良ければ、明日も同じくらいの時間に来てくれないかしら?」

 お姉さんの声は上擦っていた。

 だが、そんな事も気に留めず歓喜に声を上げる。

 「えっ!? 明日も会ってくれるんですか? しかも歌ってくれるなんて……ぜひ、明日も宜しくお願いします!」

 まさかお姉さんの方から、再会の言葉を掛けてくれるとは想像もしてなくて、思わず自分からもお願いしてしまった。

 「……では、あまり遅くなると危ないですから、気をつけて帰って下さいね」

 お姉さんに挨拶すると岬を離れた。


 ――宿の近くの酒場。

 このまま宿に戻るには、少し早い。

 昨日は色々あり酒場に行けなかったので、宿の近くの酒場に顔を出した。

 ここは貴族さま御用達というより、従者の人や近くの店で働いている人が来ているみたいだ。

 そこで、厨房の人に会ったので話をした。

 「お前が作ってくれた干物は簡単に作れて、カルパッチョとは違った旨さだった!」

 「ありがとうございます! 良ければカルパッチョの作り方を教えて下さい」

 俺の作った干物を称賛してくれた厨房のおじさんに作り方を教わる。

 (漬物なので日持ちはするが……ここで作るには時間が掛かる。帰ったらビアンカの納屋で作ってみよう……)

 想像を膨らませると、厨房のおじさんと料理の話で盛り上がり意気投合した。

 それからいつも通りソーダ水で酔っぱらった様な気分になり、宿に帰る。


 ――ベネチアーノ滞在三日目(異世界生活一ヶ月と三日目)

 昨日ムチで叩かれた背中が痛くて、あまり眠れなかった。

 いつもはアリーシャに治癒魔法を掛けてもらうが頼むことが出来ず、昨晩宿の人に頼んで手当てを受けていたが……。

 痛みで苦しんでいると、今日も扉を叩く音と元気な声が聞こえる。

 「――アタシは関係ないから気にしないっす!」

 天真爛漫なビアンカの性格はありがたい。

 今日もビアンカと夜明け前の街を思い切り走り岬に向かった。

 

 ――岬。

 岬に着くと、今日も釣りをした。

 カルパッチョに挑戦しようと思い、餌を変えてイワシを釣ることにする。

 昨日よりも獲物が小さくなり、予想はしていたがビアンカがイライラし始める。

 「昨日の夜に、厨房の人に作り方を聞いてな……ビアンカの納屋で、カルパッチョを作ろうと思うんだ。冷凍室も作る予定だし楽しみだよな……」

 苛立つビアンカに、納屋の改造計画について話すと、ビアンカの表情が膨れっ面から笑顔に変わる。

 「本当っすか! ……あっ! でも、アタシは辛いものは、苦手っすよ……」

 「大丈夫だ。食べる時に、美味しく食べられる様にする!」

 ふたりで料理のことを想像しながら会話が弾む。

 「楽しみっすね。魚の他に、冷凍室って……前に話してくれたやつっすよね?」

 「ああ、そうだ。楽しみにしてくれよ!」

 独りぼっちに耽った昨日を思うと、嘘のようだ。

 ビアンカも自分の納屋を想像してか、尻尾が左右に揺れている。

 俺は嬉しさのあまり口が緩んだ訳ではないが、

 「実は昨日の夜もここに来たんだが、アウラみたいな感じの人に会ったぞ! 何だか凄くキラキラしてて、歌も綺麗だった……」

 昨日出会ったお姉さんのことをビアンカに教えたが、ビアンカは小首を傾げる。

 「そんなに、アウラに似ていたっすか?」

 「あまり近づけないから、はっきり分からなかったが……あのキラキラしてる感じが似ていたな。でも、アウラよりも年上だな……きっと! 俺はお姉さんと呼んでたし、今日も会う約束をして、歌を聞かせてくれるそうだ」

 興奮してお姉さんのことを話したが、ビアンカはあまり興味がないのか、眉を寄せて見つめた。

 「ふーん……キラキラしてる感じで、歌が好きな人のようっすね。アタシには退屈そうっす……」

 「良かったらと思ったけど、その後で酒場に行くし独りで行くかな……ところで昨日、みんなの様子はどうだった?」

 色々と前振りした後、一番気になる話題を口にした。

 息を呑んで見つめる俺に対して、ビアンカの反応があまりに素っ気無い。

 「特に変わりなかったっすよ……」

 俺は驚き問い詰める様な声を上げる。

 「えっ!? お、俺が居なくて……気まずい雰囲気になったりしなかったか?」

 「さあ? アタシには関係ないっすから……でも、いつもよりみんな話をしなかったような気がしたっす」

 ビアンカは相変わらず平坦な口調であったが……安堵させられた。

 「そ、そうか……やっぱり、俺が居た方が良いよな! それから、ビアンカは揺ぎ無いな」

 「なんすか、それ……?」

 ビアンカは目を丸めて、俺を見つめる。

 「ビアンカは何時も変わりなくて、良いヤツだなと思って……」

 ビアンカは返事をしなかったが、頬が薄っすら染まり尻尾が左右に揺れていた。

 この後も、しばらく釣りをしながら話しをして、宿に帰る――。

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