表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第六十八章 オーストディーテ王国防衛戦
428/488

7.内通者

 ――異世界生活二年と一ヶ月二十五日目。

 アリーシャたちがリンディーテの街に援軍として赴いた頃。

 俺とアレスとコテツはドナウ川を下る様に移動して、パッサウの街に近づいていた。

 ここはゲルマニア帝国でも、南東部の国境付近。

 オーストディーテ王国の他に、スイスティア公国の国境も近い。

 そして、ジークフリートと再戦した場所でもある。

 やたらと俺に対して好戦的であったジークフリートは、ブリュンヒルデさんのストーカーであったのだ。

 俺たちと行動を共にする様になったブリュンヒルデさんが怯える様子に、再度戦うことになったが。

 先に戦いを挑んだビアンカがジークフリートを圧倒し、俺が戦う前から結果がみえていた戦いだった。

 そんな事を思い出していると、後ろの方から見覚えのある姿が近づき、アーラが勝手に向きを変える。

 俺は仕方なく一度川沿いに着陸することにした。

 「ビアンカ、何となく付いて来る気がしたが、アリーシャたちには伝えているのか?」

 「黙って来たっすよ」

 「はあーっ!? 勝手に居なくなったら、みんなが心配するだろう」

 俺がビアンカを叱ると、ビアンカは顔を顰めて頬を膨らませる。

 「だって、退屈だったっす……もう、じっとしているのに飽きたっすよ! カザマだけずるいっす!」

 俺は以前旧モミジ丸でこの辺りを移動中に、ビアンカや船員たちの長い船旅に対するストレスを問題として取り上げ、対策を考えた。

 適度にストレスを発散させることが良いと思ったが、まさにビアンカは船旅が続いてストレスが溜まっているようだ。

 「分かった、ビアンカ。俺からリヴァイに連絡しておく。だから、勝手な行動は控えて、俺の指示に従ってくれよ」

 「分かったっす!」

 俺は渋々ビアンカの同伴を許したが、ビアンカは余程嬉しかったのかハニカンで見せた。

 「ねえ、君、相変わらず偉そうな態度をとっているけど、どうしてビアンカが君の指図を聞く必要があるんだい?」

 「アレス、俺は偉そうにしてないです。今回の作戦の指揮は、俺が一任されているんです。俺が指示を出すのに問題はない筈です。大体、ビアンカとアウラが好き勝手に暴れたら、俺が尻拭いをするはめになって大変なんですよ」

 「ねえ、君、何も泣きそうな顔をすることはないよね」

 俺はザルツディーテの街に近づいたせいか、以前のことを思い出したのだ。

 ジークフリートとの初めての戦いの最中、突然アウラが乱入して暴風の魔法を放ち。

 俺とジークフリートが吹き飛ばされて、俺はウラヌスさまの神殿に穴を開け、とんでもない目に遭った。

 「カザマ、アタシは言う事を聞くっす。だから元気を出すっすよ」

 誰のせいでこんな思いをしているのかと突っ込みたかったが、これ以上は面倒なので黙って頷き。

 俺たちはアーラとルーナで周囲の偵察を続けた――


 ――パッサウの街。

 オーストディーテ王国との国境近くまで進み、俺たちは街の周辺に大船団が停泊しているのを見つけた。

 数万のフランク王国軍の兵士たちが、テントを張り駐屯しているようである。

 俺はどこかにフランク王国軍の本隊が身を潜め、頃合いを見計らってオーストディーテ王国に奇襲を仕掛けると予想していた。

 だが、この展開は予想外である。

 フランク王国軍は、ゲルマニア帝国に侵攻しているのだ。

 こうも堂々と駐屯していては、流石にゲルマニア帝国から反撃を受ける筈。

 何も起きてないところをみると、ゲルマニア帝国の中にフランク王国と内通している者がおり、手引をしたばかりか匿うだけの地位と財力を持った者がいるのだろう。

 今回の不可解なフランク王国軍の侵攻の裏がみえてきた気がした。

 俺が現状の把握をし、今後の対策を考えようとしていると。

 「カザマ、何をしているっすか? 敵が沢山いるっすよ! どっちが沢山倒すか競争するっす!」

 アーラの横にルーナが並び、ビアンカがフランク王国軍を指さし大声を上げた。

 幸い上空なのでフランク王国軍に聞こえないだろうが、頭を抱えたくなる。

 「ビアンカ、さっき俺が言ったことを忘れたのか! 俺の言う事を聞いてくれる約束だったよな! 悪いけど、調査をするから戦いはなしだ! フランク王国軍はゲルマニア帝国の誰かと内通している可能性がある。これからパッサウの街に潜入して、情報を集める」

 「ねえ、君、得意の姑息な手段を用いるつもりかい? 僕はビアンカの様に、敵に向かって勇敢に戦う方が好きなのだけど……もしかして、君は怖いのかい?」

 俺が戦略レベルで試行錯誤しているのに、脳筋の軍神さまには分かってもらえないようだ。

 しかも、俺を臆病者の様に謗るのも、毎度の事ながら腹立たしい。

 「アレス、ここで中途半端に倒すより、敵をまとめて袋叩きにする方が効果的です」

 「ねえ、君、また調子のよい事を言って、誤魔化そうとしてないかい?」

 「アレス、俺は嘘をついてないです。確かに今も攻めるには好機だと思います。不意を衝くことが出来ますからね。でも、もっとも相手の意表を衝くのは、相手が勝利を意識した時だと思います。勝利を確信している者が戦況をひっくり返されると、動揺は半端ないですよ」

 アレスは俺の説明を聞いて、愛らしい相貌を顰めて何も言わなくなった。


 ――異世界生活二年と一ヶ月二十七日目。

 パッサウの街に潜入した俺たちは、フランク王国軍にばれない様に動向を監視していた。

 当然、これまでの事は念話でリヴァイに伝えている。

 そして、今、まさに連絡をしなければならない事態となった。

 (リヴァイ、俺です。フランク王国軍が動き出しました。恐らく全軍五万人程だと思いますが、続々と船に乗り込んでいます)

 (おい、お前、今何時だと思っているんだ。アリーシャは眠っているぞ。俺に起こせと言っているのか? 大体お前は、ビアンカがそちらに居るのに、すぐに連絡もしないで自分勝手過ぎるぞ)

 現在の時間は四時前だろう。

 八月中旬となり、少しずつ夜明けが遅くなっており、まだ辺りは暗い。

 フランク王国軍は夜明け前から出撃を開始しているが。

 国境付近の街とはいえ、攻撃目標であろうリンディーテの街に到着する頃には、とっくに夜が明けているであろう。

 奇襲を仕掛けるのであれば、これだけの軍勢ではなくて、俺ならば多くても五千程度の兵力で速さを重視する。

 ゲルマニア帝国の内通者は、まだ誰かは分からない。

 だが、これまでの様子を見る限り、フランク王国軍の指揮官は戦術を知らないようだ。

 こうなるとマメに情報を入手し、万全の備えと最大の火力を持つ俺の仲間たちの敵ではないだろう。

 (すみません。アリーシャに伝えるのは、目が覚めてからでもいいと思います。そちらは十分敵の攻撃に備えていますよね?)

 (おい、お前、当たり前だ。分かり切ったことをわざわざ伝えてくるな。それより、敵の内通者は、お前が始末しろよ。分かったな!)

 (はい、分かりました)

 俺は何故かリヴァイに怒鳴られ、念話だというのに気を付けの姿勢をして答えた。

 念話が終わり、敵の出撃の様子を見ているが、一向に内通者らしい者の姿が見えない。

 先程リヴァイに叱られたこともあり、イラついていると。

 フランク王国軍の指揮官らしい者が、姿を見せて兵士たちに声を上げる。

 「我が軍は、これよりリンディーテの街を奇襲する! 敵は我々がザルツディーテの街を狙っていると思い、油断しているだろう! 全軍、思い思いに攻撃を仕掛け、存分に武勲を挙げろ!」

 『おおおおおおおおおおおおおおおお――!』

 指揮官の士気を上げる行為は大切だが、全軍が声を張り上げては奇襲の意味がない。

 敵軍の稚拙さに呆れてしまい、左右に首を振っていると。

 「カザマ、敵が逃げてしまっすよ。攻撃するなら、今しかないっす」

 またもビアンカが、興奮して飛び出そうとする。

 「待て、ビアンカ。前にも言ったけど、俺たちは攻撃をするために潜入したんじゃないんだ。敵軍を効果的に排除するために、偵察をして作戦を立てるのが大事なんだ。今、ビアンカが攻撃を仕掛けたら、敵軍がちりぢりになって逃げ惑うだろう。そうすると、逃げた兵士たちが野盗になったりして、周りの人たちが困るんだ。だから、今は何もしないで欲しい」

 首を傾げるビアンカに、アレスが愛らしい相貌を顰める。

 「ねえ、君、ビアンカに適当な事を言って、誤魔化そうとしているだけじゃないのかい?」

 「アレス、自分が戦いを見たい気持ちは分かりますが、言い掛かりをつけるのは止めて下さい」

 俺たちが相変わらずの内輪もめをしていると、これまで姿を見せなかった豪奢な鎧に身を包んだ騎士が現れた。

 「それでは貴公が最高の武勲を挙げた後、約束通り頼むぞ」

 「はい、分かっています。ジークフリート殿……」

 フランク王国軍の指揮官が騎士に頭を下げる光景を見つめていた俺は、茫然とする。

 敵軍の内通者が誰であるか分からずにいたが、まさかジークフリートであったとは思いもしなかった。

 ジークフリートはもともと北欧の騎士であったが、ゲルマニア帝国に亡命した様な立場である。

 しかも俺に二度も敗れて失脚したものだと思い込んでいた。

 「ねえ、君、急に呆けてどうかしたのかい? 知り合いを見つけて、そんなに嬉しかったのかい?」

 「アレス、嬉しい訳ないでしょう。アイツは、ブリュンヒルデさんのストーカーですよ。しかも、またも俺たちの前に立ちはだかるとは、馬鹿なのでしょうか……!? いえ、ストーカーでしたね」

 「ねえ、君、芸人なのは知っているけど、独りでボケて突っ込むのは止めてくれないかい。今は、そういう冗談を言う時ではないよね」

 俺は、アレスが先にふった話題だろうと文句を言いたくなったが、グッと拳を握り我慢した――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ