5.ザルツディーテ防衛戦
――ザルツディーテの街。
街の外壁には、オーストディーテ王国軍の兵士が並び、近づく敵兵を小銃や弓矢で撃退している。
進攻するフランク王国軍は二千人程。
ここまで辿り着く前に損害が大きかったのか、大きな街を攻めるには兵の数が少ない。
だが、当初は二万人程の兵で、街を攻め落とす筈だったのだ。
これだけ消耗させられ、何故撤退せずに攻撃を続けているのか。
守りを固めるザルツディーテ守備軍は訝しく思いながらも、その内フランク王国軍が撤退するだろうと籠城戦を続けていた。
――異世界生活二年と一ヶ月十日目。
二週間前にさかのぼり、俺たち第一艦隊がジブラルタル海峡を抜け、ポルドン王国の領海を北上していた頃。
五千程の街の守備兵に対して、四倍近い兵力でフランク王国軍が攻めてきた。
圧倒的に不利な状況の中、グラッドがやって来たのだ。
「なあ、この街で指揮を取っている者に会いたい。俺はユベントゥス王国から援軍として派遣された者で、グラッドという」
グラッドは指揮官が居そうな建物の前で、警備にあたっていた兵士に胸を張った。
「はあーっ!? 援軍だ? どこにもユベントゥス王国軍は居ないではないか? 何の悪戯だ? 今はそんなのに構っている状況ではない」
警備兵から門前払いを受け、得意気な笑みを浮かべていたグラッドの表情が引き攣る。
「なあ、ここにユベントゥス王国の国王の書簡がある。俺を指揮官に会わせないと、後々咎められることになると思うが」
普段は権力を振りかざす事を嫌うグラッドだが、余程腹が立っていたのだろう。
「わ、分かった……確かにユベントゥス王国の国王からの書簡のようだ。私が案内しよう」
警備兵の掌返しの様な態度に、グラッドは益々腹を立てたが、これから自分が活躍をすることを考えると些末なことだと、警備兵の後に続いた。
――指揮官室。
グラッドは相変わらずいつもの馴れ馴れしい態度で、貴族である指揮官にグラハムさんから受け取った書簡を渡し、ふてぶてしく腕組みをしている。
「はあーっ!? グラハム王は、何を考えているのだ? 援軍を派遣すると聞いていたが、たったのひとりだと……」
「おい、アンタ! さっきも警備兵からふざけた態度をとられたが、大陸最強の冒険者である俺を馬鹿にしているのか! 俺ひとりで、万の戦力に匹敵するから、俺だけで充分なんだ! 籠城戦を強いられ、疲弊している街に万の軍勢を援軍で派遣すれば、どうなると思う?」
「何だね、君は……幾ら、グラハム王からの特使とはいえ、先程から礼に反する態度ではないか」
貴族である指揮官は、自分が下に思われているのが不服なのか、グラッドを睨みつける。
「おい、アンタ! 俺はそんな事を聞いてないんだが……大体、俺はユベントゥス王国で貴族だぞ。アンタと違って……『カヴァリエーレ』という騎士に任命されている。戦いのスペシャリストだ。俺の言っている意味が分からない様だから、教えてやる」
「はあーっ!? な、何だと……下級貴族が偉そうに……」
「おい、俺の話を聞けと言っただろう! 万の援軍が現れたら、そちらの兵士は一時の安らぎを得るだろう。だが、万の兵を養う食料はあるのか? それにいきなり他国の軍が現れて、助けられて偉そうな態度を取られたら、街の治安は悪化しないか? そもそもこの国は、以前こちらに侵攻を企てていたよな」
「そ、それは確かにそうだが……!? それなら貴様ではなく、何故極東の男を派遣してくれないんだ? 彼ならば、この窮地を救ってくれる筈だが……」
グラッドに言い負かされそうになった指揮官は、グラッドの前で口にしてならない事を口走り。
グラッドの相貌がみるみる険しくなる。
「おい、アンタ! 俺が、カザマに劣ると言いたいのか? いい度胸をしてるな……来い! 直接、俺の力を見せてやる! 俺がカザマより上で、大陸最強の冒険者だと証明してやる!」
「ヒィイイイイ――!? 何を……私は、この街を預かる貴族で、兵を束ねる指揮官だぞ……」
グラッドは指揮官の首根っこを摑まえると、そのまま引きずり戦場の方へと向かった。
――街の外壁。
外には全軍ではないが、フランク王国軍の兵士が外壁を越えようとしたり、門を開けようと猛攻撃を仕掛けている。
それに対してオーストディーテ王国軍の守備兵は、外壁の上から敵兵の進攻を阻止しようと弓や小銃などの飛び道具を使い、辛うじてフランク王国軍の侵入を防いでいた。
そこへ、グラッドと街の守備兵の指揮官が現れ、周囲の兵士は騒然となる。
流石に離れた場所で戦っている兵士は、そんな余裕はなく必死であるが。
「おい、アンタ! 今から、俺が単身でフランク王国軍を蹴散らすから、よく見てろ! アンタらも、大陸最強の冒険者であるグラッドさまの活躍を見てろ!」
グラッドは指揮官を解放すると、高い外壁を飛び降り、フランク王国軍の中に消えた。
「はあ、はあ、はあ……全く、何てヤツを送り込んだのだ。グラハム王め……アイツもこれで居なくなったので、書簡は意味をなさなかったな……!?」
グラッドから解放された指揮官が安堵していると、
『わああああああああああああああああ――!?』
外壁の真下に居たフランク王国軍の兵士、百人程が一瞬で吹き飛ばされた。
「な、何が起きた?」
指揮官は何が起きたか分からないが、
「指揮官殿、これはこちらから反撃する絶好の機会では?」
周りに居た身分の高そうな兵士が進言する。
だが、外壁の下で得意気な表情で見上げるグラッドが声を上げる。
「おい、アンタら! 今ので、俺の力は分かっただろう! 間違っても、こちらから門を開けて反撃しようと思うなよ! お前たちは既に疲弊している上、態勢を立て直す必要があるだろう! こちらに近づく兵にだけ集中して、後は俺に任せておけ!」
グラッドの言葉はあまりに偉そうに聞こえるが、言っていることは誰が聞いても正しい。
こうしてグラッドが単独で、フランク王国軍を押し返し、ザルツディーテの街壁に敵兵が近づけなくなった。
更にグラッドはフランク王国軍に本陣の方に向かい、歩みを進める。
敵兵がわんさかとグラッドを囲む様に、攻撃を仕掛けるが、ことごとく薙ぎ払われる。
しかもグラッドは、背中の剣を抜いておらず、素手の攻撃のみで敵兵を蹴散らしていた。
ちなみにグラッドの剣は、決して名のある名剣ではないため、グラッドが本気で攻撃すれば、あっという間に使い物にならなくなる。
そのため、グラッドは自分の力を示すために、名剣をもたず。
普通の剣を単に背負うだけでいるのだ。
「ば、化け物! お、お前は、噂に聞く……『極東の男』ではないのか!」
グラッドの力に恐れをなす敵兵が、思わず口にした言葉で周囲の敵兵が動きを止めた。
グラッドは身体を震わせ、握り拳を作り、
「お、お前らもか……俺を、あんな奴と一緒にするな! 俺はアイツよりも上、大陸最強の冒険者である……『グラッド』さまだ! 大体、アイツは厳つい顔をしているんだ! 俺の様なイケメンと間違えるな!」
激怒したグラッドは、この後数千の敵兵を蹴散らした。
たった一日で、しかもひとりの敵に街の外壁から追い払われたフランク王国軍は。
その後の戦いで、少しずつ後退する様な消極的な動きをやむなくされる。
そして、街を攻める数千程の部隊と分断されてしまった――。




