4.オーストディーテ王国への援軍
第一艦隊はドーバー海峡を抜け、イギリス海峡を航行している。
行きの航路ではブリタニア艦隊が待ち受けていたが、今では離れた海域に数隻見える程度。
この海域のブリタニア艦隊も撤退し、巡視艇が残っているようだ。
「艦長、私は当初の予定通り、単独でフランク王国に潜入する。後の指揮を任せたい。基本的には行きの航行と同じだ。こちらが攻撃を受け、艦隊が危険に見舞われたら反撃せよ。但し、あくまで防衛が目的だと肝に銘じて欲しい」
「アイサー! 艦隊指揮を引き継ぎます。……ところで、アリーシャ殿や他のみなさんは、どうなされるのですか?」
「艦長、他のみんなはグラッドの援軍として、オーストディーテ王国に向かってもらうつもりだ。但し、ヘーベは帰還してもらうつもりだ」
俺と艦長が今後の方針について語っていると、先程から俺の指揮官席に座っているヘーベが口を挟む。
「カザマ、私は帰りませんよ。私もみなさんと一緒に戦場へ参ります」
「えっ!? 何を言っているんですか? ヘーベは青春の女神で、ヘーベの力といったら、人々を興奮させることくらいですよね? 正直、あまり戦闘の役に立ちませんよ。アレスも似た様な力を出せますし、教会に帰って大人しくして下さい」
俺は、艦長と真面目な話をしていたこともあり、言葉を選ばずに本当の事をそのまま口にしてしまった。
「何ですって! 先程も従者のくせに、不遜な言動を見せましたが……またですか! この口が余計なことを!」
「ヒィイイイイ――!? やめれてくらさい……」
またしてもヘーベに頬を引っ張られてしまったが。
「ヘーベさん、確かにカザマの言い方は無礼でした。ですが、ヘーベさんは国に戻られるべきだと思います。ヘーベさんは戦いに赴くよりも、国に戻られて民衆に恩恵を与えられる方が民衆のためになると思います」
アリーシャがヘーベを諫め、俺は難を逃れた。
それにしても、ヘーベは俺と婚約しようとしていたくせに、未だに従者扱いはないと思うが、面倒なので突っ込むのは止めておく。
「アリーシャ殿の言う通りかもしれませんね……。カザマ、以後口の利き方には気を付けることね」
「はい、すみません……」
俺は本当の事を言ったのに、しかも俺をフォローしてくれたアリーシャも言い方は違えども、同じ事を言ったのだ。
それなのに、この扱いは酷くないかと理不尽に思い、肩を震わせる。
そこへ、空気の読めないアウラが口を開く。
「カザマ、何もする事がないのなら、いつもの場所でくつろいでも良いかしら? いい加減、同じ様な景色を見るのも飽きてきたわ」
「そうよ、アウラの言う通りだわ。特に用がないのなら、いつまでも私たちを拘束しないで頂戴。さっきから訳の分からない話し方で船長に偉そうに指図しているし、それにヘーベさんには不遜な言動で困らせて気分が悪いわ」
アリーシャに続いてジャンヌが文句を言い出すが、気分が悪いのは俺の方だ。
「ふたりとも落ち着いて欲しい。ブリュンヒルデさんは何も言わないだろう。これから重大な使命があることに気づいているからだ」
俺は憤りを抑えて、ブリュンヒルデさんを引き合いに出し、ふたりを説得するが。
「えっ!? そ、そうね……勿論、私はカザマが何を言おうとしているか、分かっているわ。何せ、私がカザマの一番の理解者だもの」
「あーっ!? ずるいわ! 私だってカザマの言いたいことは分かっているわ。独りで潜入するとか偉そうな事を言ったけど、本当は私についてきてもらいたいと思っている筈よ」
ブリュンヒルデさんとアウラが、またも張り合い顔を近づけて睨み合う。
「ふたりとも落ち着いて欲しい。さっき船長にも話したが、みんなにはグラッドの援軍として、オーストディーテ王国のリンディーテの街へ向かってもらいたい」
「えっ!? 前に、私が守った街よね? でも、確かこの街は、王都のディーンに近くて、ザルツディーテの街の方がフランク王国寄りだわ……!? 思い出した、あの街でも私が活躍して、敵将を吹き飛ばしたのよ。みんなにも私の活躍を見せたかったわ」
俺は嘗ての出来事を思い出す――
アウラが突然現れ、コテツの指示を聞かずにいきなり魔法を放ったことを。
アウラの強力な暴風の魔法で、俺とジークフリードは吹き飛ばされてしまった。
ジークフリートは不幸中の幸いか、国内に落下したみたいだが。
俺はスイスティア公国のアルヌス山脈の奥深いところまで吹き飛ばされ。
寄りにも寄って、ウーラヌスさまの神殿に落ちてしまった。
その際、神殿の屋根を壊してしまい、ウーラヌスさまを怒らせた。
そして、ウーラヌスさまを怒らせた俺は、現実世界に返品されたのだ。
俺は何も悪い事をしてないにもかかわらず……。
(!? いけない。思わず過去の嫌な出来事が脳裏を過ってしまった)
「ねえ、君、何か楽しい事でも考えていたのかい? 大事な話をしている最中に、急に呆けてだらしないよ」
アレスが俺の真下から嬉しそう笑みを浮かべ、見上げている。
「近っ!? アレス、別に楽しい事を考えていた訳ではありません。アウラが言った通り因縁がある街なので、気を引き締めたところです」
俺は、アレスに突っ込まれるのは癪だと思い、適当にごまかしたが。
アウラが胸を張り、嬉しそうな笑みを浮かべているのが腹立たしい。
「カザマ、以前の余韻に浸るのは後にして下さい。それより、アウラが指摘した通り、フランク王国に近いのはザルツディーテの街です。グラッドもこの街で援軍として、戦っている筈ですが?」
「アリーシャ、あの街への攻撃は陽動だ。フランク王国は、大国であるゲルマニア帝国に侵攻して、更に隣国まで侵攻しようとしている。幾ら近いからといって、流石に戦線が伸び切ってしまい、無理があるだろう。だから、別動隊、若しくは本隊が大軍を動かすには都合の良い河を使って進攻する筈だ」
俺の説明にアリーシャが頷くが、アレスが愛らしい相貌を顰める。
俺は、またも余計な突っ込みが入るのかとヒヤリとするが、
「なるほど、カザマの言う通りかもしれません。むしろそうでなくては、フランク王国の侵攻は、あまりに無理があります」
ブリュンヒルデさんの言葉に、アレスが遮られて難を逃れる。
「みんな、状況は今の話で分かったと思う。ザルツディーテの街も気になるが、グラッドがいれば問題ないだろう。グラッドは敵軍に踊らされている形になるが、仕方ないからな。みんなには、アウラの転移魔法で至急、リンディーテの街へ移動してもらいたい。この街が破られたら、王都まで僅かだぞ」
俺の指示にみんなが頷き、
「分かったわ、私が魔法でみんなを移動させればいいのね?」
アウラが久々に真面目に答えるが、やる気を出したアウラも正直何をするか分からず怖く感じる。
「ああ、その前にヘーベを教会に連れて帰って欲しい。今回は仲間が多くて頼もしいが、アリーシャが指揮を取り、リヴァイにサポートをお願いしたいと思います」
「分かりました、私も所縁のある国なので異存ありません」
「おい、お前、格好をつけて、俺に命令しているつもりのようだが、お前に言われなくても、勝手にするからな」
リヴァイが幼い姿のためか、相変わらず自分を尊大に見せようとツンデレ的な発言をするが大目にみる。
俺は細かな作戦は指示せず、アリーシャに任せることにした。
そして、俺はアレスとコテツを連れて、フランク王国内陸部へと移動した――。




