1.アーサー王
「はあ……マー君、幼馴染でマー君が好きなことは変わってないわ。私はマー君だけは取り戻すつもりでいる。でも、私はアリーシャやヘーベとは、次に会ったら戦うわ。アウラは、しばらく私の前に現れないで欲しいわ」
「さっきから何を訳の分からない事言っているんだ。アレスも何か言って下さいよ」
「ねえ、君、訳の分からないことを言っているのは、君だよ。さっきから僕の後ろで、ガタガタと震えて動揺しまくっているじゃないか。もう分かっているんだよね。今、君の前に居るのが、アーサー王だよ」
俺は気づいていたが、敢えて知らぬ振りをして現実を受け入れずにいた。
だが、アレスの口からはっきり告げられ、急に力が抜ける。
「マー君、やっと現実を受け入れたみたいね。私はブリタニアの王……『アーサー王』と呼ばれているわ。大体、私がイギリス系のハーフだって、マー君は知っていたんでしょう? マー君だって、日本人なのに青い瞳をして……ハーフよね? マー君のお父さんは、ブラウンの瞳だったもの」
「煩い! そんな事は、どうだっていい! 今、アリーシャとヘーベと戦うと言ったよな。どういう意味だ?」
俺は、エリカの口から現実的な事を聞かされ、すぐに頭を切り替えた。
「マー君、やっと正気に戻ったみたいで嬉しいけど、理由なんてひとつしかないわ。ふたりを倒して、マー君を取り戻すだけよ。私がガイアさまと契約したのも、それが理由よ。そのために必要なことを勉強して、やっとここまで来たんだから」
エリカの野望を聞かされ、再び俺は動揺して返す言葉が出ない。
「エリカ……と呼んでいいのかしら? あなた、まだ知らないみたいね?」
「ブリュンヒルデ……さんと呼べばいいのかしら? さっきも言ったけど、今は私とマー君が話しているから、邪魔をしないで欲しいのだけど」
ブリュンヒルデさんが俺の代わりに、エリカに答えるが。
今日のブリュンヒルデさんは、いつものアウラと張り合う様子とは違い、ワルキューレ筆頭の頃の様に頼もしい。
アウラは珍しく大人しいが、エリカと比較的仲が良かったので困惑しているのかもしれない。
兎も角、今の俺は動揺から回復出来ずにいたが、ブリュンヒルデさんは怯まない。
「エリカ、言い難いのだけど……つい最近、カザマは婚約者を公表したわ」
ブリュンヒルデさんがエリカから視線を逸らし、エリカは先程までの好戦的な態度が嘘のように。
「へっ!?」
美しい相貌に似合わない口を半開きの状態で固まる。
「エリカ、あなたの気持ちは分かるわ。でも、カザマはあなたのことも気遣って、あなたとも婚約したのよ」
エリカは止まった時間が動き出したかのように、
「……今、あなたとも……って聞こえたけど、聞き間違いかしら?」
ブリュンヒルデさんのペガサスに近づき、凝視する。
「あらっ!? 意外と耳敏いのね。間違いではないわ。あなたは第二夫人よ……」
「えっ!? 私……第二夫人……」
ブリュンヒルデさんの返事に、エリカが再び茫然とする。
「無理もないわ……私も正直、納得してないもの」
ブリュンヒルデさんはエリカに共感したのか、表情を緩ませうな垂れる。
エリカは我に返ったかの様に、青い瞳を見開く。
「ブリュンヒルデさん、第一夫人は誰なの! アリーシャ、それともヘーベなの? アウラは、それで満足なの?」
「エリカ、落ち着いて頂戴。第一夫人はアリーシャ殿よ。私もつい最近知ったのだけど、カザマとアリーシャ殿は以前から婚約していたらしいの。それで私たちをどうするかで、公表出来ずにいたらしいわ」
「エリカ、ブリュンヒルデの言う通りよ。私たちはみんな、第二夫人よ」
エリカは、ブリュンヒルデさんの話を聞き、身体を震わせ顔をみるみる赤く染めたが、アウラの言葉に驚愕する。
「はあーっ!? 何よ、それ……」
エリカの反応に、これまで誰もこの話題を持ち掛けずにいたのに、急に俺の方に視線が集まった。
俺は、まるでどういう事かと無言で問い質されているような、圧力を受ける。
「そ、そんな急に……どうしたんだよ、みんな……今まで何も言わなかったじゃないか。俺はみんなのことを考えて、最善の選択をしたんだぞ」
「マー君、急に動揺して、どうかしたの? いえ、さっきから何度も動揺した姿を見せていたけど、疚しいことがあったからよね。私は、何となく気づいていたけど……まさか、こんな隠し事があったとは、思いもしなかったわ。――マー君、気が変わったわ! 下に降りなさい! このまま帰りたくなくなったから、久しぶりに相手をしてあげるわ」
エリカに子供の頃から何かと絡まれていた俺は、何を言っても無駄だと悟り。
渋々ながらも、アーラの高度を下げ、カレーの港の片隅に着陸した――。
――カレーの港。
街の中央が賑わっており、港には僅かな人しかいなくなっている。
アーラとワイバーンが少し離れて向き合う様に翼をたたみ、ペガサスはアーラの後ろに降り立った。
エリカが真っ先にワイバーンから降りて、俺に手招きをする。
「アレス、アウラ、悪いけど、エリカは一度言い出すと聞かないから、少しだけ相手をする。少し待っていてくれないか?」
俺がアーラから降りて、エリカの前に足を進めると。
「マー君、何だか凄く余裕がある様に見えるのだけど……もしかして、私より自分の方が強いと思っているのかしら?」
「エリカ、以前はお前の方がレベルとステータスが高い状態にもかかわらず、俺が勝ったのを覚えているか? 今の俺は最高ランクの冒険者となった。グラッドが聞いたら、屁を曲げるだろうが、俺が最強の冒険者だと思う。胸を貸してやるから、思い切りかかってこい。それで、王さまになって高くなった態度を改めてもらう」
「マー君、以前は確かに私が負けたわ。マー君の卑劣な策略に嵌って……でも、今は私の方が、マー君よりずっと強いわ。マー君は色々と勘違いをしているみたいだから、私が少し痛い目に遭わせて、正気に戻してあげる。――アレス、悪いけど邪魔をされたくないから、立会人になってもらえるかしら?」
アレスがこちらに足を進め、嬉しそうに語り出すが、
「うん、僕は構わないよ。彼が珍しく強い相手と戦うみたいだからね。それから、念のため僕は神だから、立ち合いには応じるけど立会人ではなくて、立会神と言ったところかな」
訳の分からない屁理屈を言うのも、機嫌が良いからであろう。
俺は、エリカの自信がどこから来るのか首を傾げたくなるが。
きっと、さっきから色々とキラキラしている装備が原因であろうと思い。
エリカの思い上がりを正そうと気合を入れた。
アウラとアレスだけでなく、ブリュンヒルデさんとジャンヌもペガサスから降りて、アウラと並んで俺とエリカを見つめている。
「――うん、それでは二人ともいいかな? ……それでは、初め!」
アレスが開始の合図を告げ、本来はここで互いに攻撃を始めるところだが。
俺とエリカは、まだ武器を構えていない。
以前は日本刀という武器を使っていた俺とエリカは、居合切りという攻撃があったかもしれない。
だが、俺は俱利伽羅剣を一度手にしたが、相変わらず抜ける様子がなく。
静かに俱利伽羅剣から手を離した。
「マー君、余裕ね。背中の剣は私が居なくなってから手にした業物みたいだけど、使う気がないのかしら? もしかして、私を嘗めているのかしら?」
「エリカ、勝負は始まっているぞ。お前も、まだ腰の剣を抜こうともしてないじゃないか。お前こそ、そのキラキラな鞘に納まっている剣は飾りか? それとも俺を嘗めているのか?」
「マー君、私はただマー君の戦う準備が整うまで待っているのよ。不意打ちで負けたなんて、言い訳をされないようにね」
「ふーん……そうか、それじゃあ、そろそろ……」
俺は俱利伽羅剣を諦め、これまで何度も強敵と戦ってきたクナイを左右の手で腰から抜いた。
俺の様子を見つめていたエリカが、腰からゆっくりと剣を抜き。
中段と上段の間、示現流に近い構えを取る。
エリカの構えから上段からの振り下ろしを想像しながら、俺もクナイを構えるが。
「!? エリカ、お前の手にしている剣は、もしかして……」
「この剣のことかしら? マー君なら気づくと思ったわ。聖剣エクスカリバーよ。私がアーサー王を名乗っているのも、この剣を所有しているからなの。世襲制という訳ではないのだけど……お蔭で、私は女の子なのに、女王を名乗ることが出来ず……王なのよ」
剣の美しさとその名前に驚愕する俺に対し、エリカは苦笑を浮かべる。
こんな呑気な立ち合いも幼馴染であり、互いを良く知るからかもしれないが。
俺は戦う前から、互いの武器の違いに心を乱されてしまった。
「マー君、言いたいことはそれだけかしら? そろそろ時間もないことだし、戦いを始めるわよ。でも、殺しはしないから、安心して頂戴」
「エリカ、ちょっと伝説の聖剣を手にしたからって、あまり調子に乗るなよ。先手はくれてやるから、いい加減かかってこい!」
俺は負け惜しみではないが、悔しい気持ちで声を上げた。
幾らエクスカリバーといえども聖剣であり、俺の俱利伽羅剣は神剣。
剣の力関係では勝っている筈だが、好きな時に抜けないのは歯痒い。
それでもいつも使っているクナイも、ただの鉄製の武器ではない。
エドナの父親が何度も打ち直して、アダマンタイト級の強度を誇る。
「マー君、行くわよ。覚悟は出来ているわね……!?」
エリカが勢いよく踏み込み、真っ直ぐ俺に向かいエクスカリバーを振り下ろす。
殺さないと言っただけあって、スキルを使わずに想像通りの攻撃。
以前より速くなっているが、素早さのステータスがカンストしている俺の方が速さは上回っている。
俺はエリカの攻撃を避けるのではなく、力関係を示すために左右のクナイを中央に重ねる様に攻撃を受けに入った。
しかし、結果は想定外である。
単に振り下ろしただけの攻撃で、俺の左右のクナイが砕かれ。
エクスカリバーの刃は、俺の肩に食い込んで止まった。
「うっ!?」
俺は苦痛に顔を歪め、膝を着いた――。




