表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第七章 水の街ベネチアーノ(前編)
42/488

2.心震えるバカンス

 ――ベネチアーノ滞在二日目(異世界生活一ヶ月と二日目)

 扉を叩く音と元気な声が響き目を覚ます。

 「カザマ! 朝っすよ! 遊びに行くっすよ!」

 辺りはまだ暗いが、明け方前にビアンカに起こされるのは久しぶりだ。

 「お、おう! すぐに準備するから……」

 寝る前に荷物の準備をしたので、手早く着替えると扉を開けた。

 「何だか、久しぶりだよな……」

 「は、早く行くっすよ!」

 俺とビアンカは宿から出ると、薄暗く人通りのない街を思い切り走った。


 ――岬。

 地平線がほんのりと形を浮かせ、海も少しずつ色を変える。

 「……ビアンカ、夜明け前で冷たいから、潜るのは後からにして釣りをしよう」

 「えーっ! 退屈じゃないっすか?」

 「そうでもないと思うぞ。夜明け前の時間なら、結構釣れると思うが……」

 じっとしているのが苦手なビアンカに、用意しておいた釣竿を渡す――。

 しばらくして、予想通りヒットする。

 釣果に満足していたが、ビアンカは落ち着きなそうにそわそわしている。

 「あーっ! 小さいのしか、釣れないじゃないないっすか!」

 「何だ、それでさっきからイライラしてたのか?」

 「そうっすよ! もっと大きいのを釣って、みんなに見せようと思っていたっす! それが、さっきから小さいのばかり……」

 ビアンカは愚痴を溢しながら、益々苛立ち駄々を捏ねる。

 「落ち着けよ。このくらいの大きさは食べると旨いんだぞ。それに、これは後から大物を釣る時の餌にも使うつもりだ」

 ビアンカは俺の顔を凝視して動きを止めた。

 「大物って、どのくらいの大きさっすか?」

 「池や川にはいない程大きいと思う。ビアンカより大きいのもいるぞ」

 この海域のことをほとんど知らなかったが、マグロのつもりで伝える。

 ビアンカは先程の不機嫌な様子が嘘のみたいに、頬を緩めた。

 「……本当っすか! 後から楽しみっすね! それに、これは食べると旨いっすか……」

 「ああ、この魚は色々と料理方法があるが、俺は干物が好きだな……」

 久しく食べてない和食を想像しながらビアンカに話を続ける――。


 「そろそろ宿に戻るか? 結構釣れたし、もうじき朝食の時間だぞ」

 干物用の分はすべて干すだけの状態にした。

 生きている魚の方は、二重の木箱の内側を魔法で凍らせて保存状態を良くしてある。

 これを金属にすれば、クーラーボックスの様になるかもしれないと思い浮かべ。

村に戻ったらエドナの父親に相談しようと期待を膨らませた。


 ――朝食。

 外の様子に訝しさを懐いたのか、アウラが口を開く。

 「カザマ、外に置いてあるのは何かしら?」

 「ああ、あれは俺の国の一般的な食べ物で、アジの開きという干物を作っているところだ。色々な料理方法があるが、干物は干すことで味が熟成して旨くなる。それに、保存が効く様になる。俺の国の伝統的な料理だ」

 「私も食べてみたいわ!」

 「ああ、宿の人にお願いして、夕食に出してくれると言ってくれたから」

 俺とアウラの話にアリーシャも興味があったらしく言葉を挟む。

 「本当ですか! 以前カザマが作ったものは、とても美味しかったので楽しみです」 

 俺たちは賑やかに朝食を楽しんだ。


 ――岬。

 昨日に引き続きやって来たが、相変わらず人がほとんど現れない。

 たまに人が来て話し掛けたが、足早にこの場を離れていく。

 マーメイドの噂が、勝手に盛り上がってるだけではないかと訝しさを覚える。

 「……エドナ、悪いがあっちの方に、これを投げてくれないか。出来るだけ遠くにな」

 大物用の釣り糸や竿を用意出来なかったので、細めの縄に魚をつけてエドナに投げてもらうことにしたが、ヒットしたら綱引きの要領で引き上げるつもりだ。

 安易かもしれないが、これでも何か釣れそうな気がした。

 また、釣れなくても、楽しければ良いとも考えている。


 ――数時間が経過した。

 餌がなくなるばかりで全然釣れないでいると、

 「ああああああああああああ――っ! もう、イライラするっすよ!」

 ビアンカは単調な作業に、我慢の限界を超えたのか叫び出した。

 エドナも何度も遠投をさせられた上、釣果が出ないので不満そうである。

 「も、もしかして退屈か? みんなでワイワイ言って、何かすると楽しくないか?」

 傍で見つめていたカトレアさんが沈黙を破り、怪訝な表情を浮かべ口を開く。

 「……カザマ。あなたはこんな事を、ずっと私たちにさせるつもりかしら?」

 みんなから醸し出される不満の雰囲気に耐えられず、頬を掻いた。

 「いやー……船があれば大物が釣れそうな気がするのですが……」

 「カザマ、船でマーメイドに襲われたどうするのですか?」

 アリーシャが冷ややかな視線を送っている。

 俺は居心地の悪さに肝を冷やす。

 結局、何も釣れずに退屈だということで、みんなの水着を買いに行くことになった。

 ビアンカとアウラの水着姿を見て、カトレアさんは対抗意識を抱いたのか、機嫌が悪く見える。

 俺は内心凄く楽しみだったが、表情に出さない様に気をつけた。

 午後からは岬でなく、砂浜で海水浴をすることになり、マーメイドの昼間の調査は中止となる。

 

 ――海水浴。

 砂浜に到着すると、ビアンカとエドナが、元気良く海に向かって走り出した。

 二人とも午前中の不満や苛立ちを発散させるかのように、水を掛け合い楽しんでいる。

 (二人とも昨日の件以来、すっかり仲良くなった……)

 俺は砂浜にレジャーシートの様な物を敷き、うつ伏せになって眺めていた。

 カトレアさんも俺と同じ様に横になっていたが、思わぬことを口にする。

 「ねえ、カザマ……日焼け止めを塗ってくれないかしら……」

 俺は驚きカトレアさんの方に顔を向けると、

 「えっ!? お、俺が……はっ!?」

 カトレアさんはうつ伏せになったまま、上の水着の紐を外していた。

 (お、お約束の展開だ! この世界に、どうして『日焼け止め』の様な便利グッズがあるかは考えないことにしよう。この展開は素直に嬉しい! しかし何故だろう……凄い緊張感を覚える……)

 カトレアさんの横で、同じ様に横になっているアリーシャとアウラが、俺の顔を睨みつけている。

 俺は、まだ何もしてないのだが……。

 「い、いや、凄く光栄で、出来れば塗って差し上げたいです……ほ、本当ですよ! でも、やっぱり高貴なカトレアさんの肌を触るのは、躊躇われるので……ア、アリーシャ!」

 二人の視線に声を震わせて、無難にアリーシャを頼った。

 冷たい視線を放っていたアリーシャだが、突然声を掛けられて驚いたのか声が上擦る。

 「わ、私ですか? カトレアさんが宜しければ……」

 (チキショウ! 本当は俺がやりたかった! でも、この後の展開を考えると割が合わない気がするんだ……)

 うつ伏せになりながら、頭を抱えて悔しがった。

 そこへ、またも思わぬ声が掛かる。 

 「そ、それじゃあ……カザマは、私の背中を塗ってくれるかしら?」

 アウラは顔だけでなく耳まで赤くしている。

 俺は口を開けて間抜けな顔になっているだろう。

 「へっ!? お、俺……い、いいのか……」

 再度訪れたイベントに驚いたが、少しずつ実感が湧いてきて高揚する。

 「ア、アウラ……アナタは……」

 カトレアさんは、俺がアウラに返事をする前に口を挟み、柳眉を吊り上げた。

 ヒステリックモードではないが、間違いなく怒っていると分かる。

 本当は俺に日焼け止めを塗らせるつもりが、アリーシャになった。

 普段は毅然として品行方正。

 アリーシャの姉弟子としての立場や貴族としての立場が、平静さを保っていたのだろう。

 そんな最中、俺が別の女の子の背中に……となると、その気持ちも分かる。

 「ア、アウラも後から、私が塗るから……ねっ!」

 アリーシャが慌てて話を割り込ませ、その語尾に込めた力強さにも、一番年下なのに気苦労が耐えないと伝わった。

 二度もお預けをされ欲求不満に悶えそうになったが、カオスな展開になるのはゴメンである……。

 (何だか、色々とイライラする……これなら、何も言われない方が良かった……)

 自分の気持ちを落ち着かせようと、何気なく横を見た。

 アリーシャが眉を顰め、困った表情でカトレアさんの背中を塗っている。

 アリーシャから更に視線を落とすと、カトレアさんとアウラの表情が怖い。

 「な、なあ、アウラ……昨日お前の歌で、マーメイドを呼べるかもしれないと言っただろう? 早速、夕食の後に試してもらえないか? 昼間だと、誰か来ると面倒だしな」

 俺は、この雰囲気を変えるために話題を振った。

 「あっ!? そんな話をしたわね。良いわよ。久々に思い切り歌ってみようかしら……」

 「それで、場所はさっきの岬でいいよな?」

 「多分、大丈夫だと思うわ。広々とした場所で思い切り歌えるわね」

 (な、何か趣旨が違う気がするが、本当に呼べるのだろうか……)

 俺の話しにアウラは、先程までのことを忘れたのかの様に声を弾ませる。

 だが、カトレアさんは益々表情を険しくした。

 「私も行くわよ!」

 「えっ!? カトレアさんも来るのですか?」

 カトレアさんが俺を睨む。

 「何か問題でも?」

 「いえ、その貴人が出歩く時間ではないと思って……」

 「うううううう……そ、そうね。今回は辞退しておくわ……」

 (助かった! 助かったぞー! でも、何か嫌な予感がする……)

 俺の説得で諦めてくれた様だが、カトレアさんの苛立ちは昂り、アリーシャが泣きそうな顔になっている。

 (俺が何とかしなくては……)

 「カトレアさん、良かったら少し海に入りませんか?」

 俺の突然の誘いに、カトレアさんの険しい表情はみるみる沈化する。

 「……ちゃんと、エスコートしてくれるのかしら?」

 「も、勿論です。庶民風になってしまいますが……」

 カトレアさんは小さく笑みを溢し、頬がほんのり赤みを帯びている。

 俺はカトレアさんの手を取り、海に向かって歩き出した。

 後ろを振り返ると、アウラが歯軋りしそうな表情で睨んでいる。

 アリーシャに顔を向けると、アリーシャは疲れ果てた様に固まっていた。


 ――俺は、今、カトレアさんと海水浴の定番イベントをしている。

 カトレアさんに慎重に水を掛けた……。

 「……カザマ、遠慮し過ぎではないかしら。幾ら何でも、水滴しか飛んで来ないのは……」

 カトレアさんは頬を膨らませ剥れている。

 俺は困惑し頬を掻いた。

 「えっ!? スミマセン……実は女の子と、こんな風に遊んだことがなくて……」

 「あら? そうだったの。それなら仕方ないわね……」

 カトレアさんは機嫌が良くなったが、俺は後ろめたさを覚えた。

 (本当は幼馴染のエリカと遊んだことがある……!? いや、あれは一緒に遊んだのではなく、遊ばれたのだ! 嘘はついてない筈だ……)

 「今度は、さっきより思い切りいきますよ!」

 俺の掛け声を聞いて、カトレアさんの笑顔が弾けそうな程輝く。

 スポーツの様に遠慮しないで、思い切りした方が喜んでもらえるみたいだ。

 俺は何の迷いもなく、今度は思い切って水を掛けた。

 『ザバアアアアアアアアアアアア――!』

 「はうっ!?」

 カトレアさんは思い切り水を被って驚いたのか、声にならない様な可愛い悲鳴を上げた。

 「カトレアさんも、こんな可愛い悲鳴を上げるのですね」

 「……な、な、何を……良い度胸してるわ。良い度胸してるわ……」

 カトレアさんが何か呟いてると思ったが、ヒステリックモードに変わっている。

 しかも、カトレアさんを良く見ると、ウェーブの掛かった髪が破廉恥魔法を初めて受けた時の様に乱れていた。

 「ち、ちょっ……わ、わざとじゃ……カトレアさんに、喜んでもらおうと思って……」

 俺はまたムチでブタれると思い、咄嗟に両手を顔の前に上げる。

 すると俺を中心に海水が渦を巻く様に飛び散り、近くにいたカトレアさんを直撃した――。

 

 しばらく何が起きたか理解出来ずに呆けていたが。

 自分が無意識に魔法を発動させたと気づく。

 (……はっ!? キャンセル!)  

 カトレアさんが水浸しなのは先程と変わらないが、髪の毛が大変なことになっていた。

 そして現在、それより重大な問題が生じている。

 カトレアさんの豊かな胸を覆っていた水着が、なくなっていたことだ。

 カトレアさんの大きくてたわわな双丘。

 白くて艶やかな肌が晒されている。

 カトレアさんは俯いて、呆然としたまま胸を隠そうとしない。

 「ヒィイイイイイイ――! カ、カトレアさん……お、おっ!? 胸を隠して! 水着がないですよ!」

 ホラー映画の様な凄惨さに、思わず悲鳴を上げてしまったが、何とか催促の声も掛けた。

 ちなみに、下の方は無事である。

 「……分かっているわよ……」

 カトレアさんは呟くと、近くに浮いていた自分の水着をゆっくり拾い。

 しかし、何事もなかったかの様に身に着けた。

 みんなも既に異常事態を察知して周りに来ている。

 俺は息を呑むと、他にすることが思い浮かばず。

 「色々とゴメンなさい!!」

 海の中に顔を浸ける様に正座し、頭を下げて謝った。

 「そういえば、アリーシャが言ってたわよね……いい加減見飽きたって……」

 「ヒ、ヒィイイイイイイイイ――っ! ゴ、ゴメンなさい!」

 怖くて怖くて堪らなくて逃げ出したかったが、必死に謝罪する。

 そして、その後俺は背中をムチで数十回ブタれてしまう。

 今回はニンジャ服を着ていなかったが、気絶することはなかった。

 耐久力が上がったからだろうか。

 だが、背中が焼ける様に熱く、激しい痛みが俺を襲っている。

 それから、またしても独りだけ置き去りにされてしまった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ