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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第七章 水の街ベネチアーノ(前編)
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1.水の街に到着して

 やがて、ベネチアーノの街が見えて来た。

 ベネチアーノの街は想像していた通り、海で囲まれているように見える。

 街の壁はヘーベルタニアに似ていたが、大きさは密集した街並みであるヘーベルタニアより大きく感じられた。

 街の門に到着すると、ボルーノの街と同様にカトレアさんから預かったオルコット家の家紋ですぐに通れて、宿も同じ様に貴族御用達の場所を教えてもらう。

 だが、この街では水路が多くて、馬車は途中までしか進めないらしい。

 俺はジャスティスとカレッジを厩舎に預けると荷物を持ち、途中で待っていたみんなを案内する様に宿へ向かった――。

 

 しばらくして、俺たちは水路の前で足を止める。

 「ここからは、ゴンドラで向かいますよ。お兄さん、宿まで頼みます!」

 俺は門番の人からゴンドラ乗り場で、宿の専用ゴンドラを聞いていた。

 チップを渡すとゴンドラーノのお兄さんは、俺と共にみんなをゴンドラへ誘導する。

 ちなみに、ここで支払ったチップだけでなく宿代などの経費は、出発前に執事のモーゼスさんから驚く程の大金を預かっていた。

 ニンジャ職の俺は、スリや強盗の被害に遭わないと信頼されているのだろう。

 ゴンドラに揺られて、期待に胸を昂らせていたが……ゴンドラーノのお兄さんは歌わなかった。

 てっきり何か歌うと思っていたが、似ているだけで同じ街ではないらしい。

 時代背景も違うし、当然なのだろうが……。

 俺たちはゴンドラから見える景色を堪能する。

 初めて見る景色に俺も含めみんな興奮していたが、カトレアさんとアリーシャは違った。

 「なあ、カトレアさんもだけど、アリーシャはこの街に来た事があるのか?」

 「えっ!? どうして、そんな事を聞くのですか? それに、カトレアさんではなくて、私に……」

 何気ない問い掛けに、何故かアリーシャは動揺して口篭ってしまう。

 俺は余計なことを言ったのかと慌ててアリーシャを庇う。

 「い、いや、別に深い意味はないんだ。ただ、貴族のカトレアさんは、旅行で来た事があるかもしれないと思っただけだ。アリーシャは、この辺りが地元なのかと……!? スマナイ! 聞かない約束だったな……」

 しかし、返って余計な事を聞いてしまい口篭ってしまう。

 「カザマ、私も初めてこの街に来たわ。ただ、立場があるので分かって頂戴……」

 話題に出されて話をされなかったためか、言葉通り貴族の立場で喜び騒ぐことが出来ない苛立ちなのか、カトレアさんは頬を薄っすら染めて、普段見せない様な拗ねた表情を見せた。

 結局、アリーシャから返事がないまま、ゴンドラは目的地へ到着する。

 宿の手前でゴンドラから降りると、玄関の前では宿の人が出迎えてくれた。

 そのままフロントでチェックインしたが、部屋割りは昨日と同じである。

 アリーシャと同室がエドナだと分かると、夜に会いに行くことにした。


 ――街の散策。

 宿に着くと昨日と同じで夕食まで時間があり、暇になった。

 みんなは疲れたのかお茶を飲みながら休憩している。

 それでも俺と同じでビアンカだけは退屈だろうと声を掛けた。

 「なあ、ビアンカ。良かったら一緒に街の中を見に行かないか?」

 ビアンカの尻尾は揺れているが、表情からは力を感じない。

 「いいっすけど、あまり人が多い所は……」

 「大丈夫だ。出来るだけ人が多くない所へ行くぞ」

 「分かったっす」

 ビアンカはパッと笑みを浮かべ、そのまま海辺の方へ行こうとする。

 「あっ!? アウラも一緒に行くか?」

 俺とビアンカが外に向かおうとすると、アウラが落ち着きなく見ていたので声を掛けた。

 「し、仕方ないわね。人が多くない所へ行くみたいだし……」

 旅が始まってからアウラとあまり話しをしていなかったが、色々と遠慮していたのであろうか。

 言葉とは裏腹に、表情はとても活き活きして見える――。


 俺たちは宿から海に向かって歩いたが、水路がたくさんあるので分かり難い。

 それでもビアンカは道の端を歩いたり、アウラは周り見ながら笑顔が絶えない。

 そんな二人を見ながら、このふたりにはしっかり確認しようと思った。

 「なあ、ふたりとも、俺がこの街に来た理由は知ってるよな?」

 「はあっ!? 何言ってるんすか? カザマがアタシと遊びに行きたいとお願いしたからっすよ……」

 「わ、私はカザマがプレゼントしてくれると言ったし、それから自分が盾になって私を守ってくれるとも言ったわ……」

 二人とも頬をほんのり赤く染めながらお互いの顔を見ると、何か可笑しかったかの様に微笑んだ。

 だが、ビアンカは俺に泳げないのではと、挑発を受けたからである。

 アウラはほぼ合っているが、プレゼントは旅用のローブのことでカトレアさんからもらっている。

 ふたりの言葉を聞いて口元を引き攣らせながら口を開く。

 「……い、一応、マーメイドの調査と、マーメイドが俺の知り合いの盗まれた宝石を持っていると聞いたからだ」

 「分かったっす! マーメイドの狩りをすればいいっすね!」

 「私は探すのは手伝えても、乱暴なことはしたくないわ」

 ふたりとも俺の依頼のことを全く覚えていないのか、聞いていなかったか分からないが的外れな返事をした。

 「はっ!? ち、ちょっと落ち着けよ! まだ悪いことをしてると分かった訳ではないんだ。まずは見つけないと……それから、マーメイドは人の中でも男を魅了するスキルがあるらしい。特に歌はヤバイそうだ。アウラは何か対策があるか?」

 俺の問いにアウラは目を丸めたが、すぐに胸を張り腰に手を添えた。

 「えっ!? 歌なら私も得意よ! 私の歌は集落でも凄く評価されているの。私の歌でマーメイドを呼べるかもしれないわ!」

 「おっ!? 本当か? それは助かるが……そんなに凄いのか?」

 「うん! 任せて!」

 アウラは先程までの内気な姿を感じさせない程、自信溢れる様子だ。

 俺はそんなアウラの様子を見て、我慢出来なくなる。

 「はははははははは……初めてアウラが、俺の前に姿を現してくれた時を思い出すな」

 「あっ!? そういえばキラーアント駆除の時、そんな感じだったすね」

 ビアンカはマーメイドの狩りでないと聞き退屈そうにしていたが、あの時のことを思い出したのか話しに加わった。

 アウラは色々とやらかした事を思い出したのか、顔だけでなくて耳まで赤くなり頬を膨らませた。

 「な、何か、カザマは、私のことを馬鹿にしてないかしら……」

 「別に馬鹿にしてないぞ。ただ、俺とビアンカは、あの時の事を思い出しただけだ」

 俺たちは以前の事を話しながら、ポイントを探して歩く。


 ――岬。

 周りの島からも一番近い場所で、比較的波も穏やかだ。

 一応街の中らしいが、外れの方にあるためか人もいない。

 (景色もいいし、釣りをするなら良いポイントだと思うが、もしかしてマーメイドの噂でもあるのか……)

 明日からは釣りや素潜りで海の幸を獲りつつ、情報収集をするつもりだったが、当てが外れてしまう。

 幸先の悪い出だしを吹き飛ばすかの様に、ビアンカに声を掛ける。

 「ビアンカ、明日からここで釣りと素潜りで海の幸を獲るぞ! 魚とか食べきれなくても、前に作ったみたいに干物にしよう。旨いぞー!」

 「やるっす! ……でも、アタシは、泳ぎはあまり得意でないっす……」

 勢い良く返事をしたが、すぐにビアンカの尻尾は垂れ下がる。

 「えっ!? あれって本当だったのか? 俺は適当に言ったつもりだったが……」

 「ま、全く泳げない訳ではないっす! ただ、尻尾が気になって……」

 身体能力だけでなく、運動のセンスも抜群なビアンカが、泳ぎが苦手だとは意外だった。

 当初の予定では、いざという時の格闘戦で、俺だけでなくビアンカがいると心強いと思っていたが……。

 (いや、やっぱり強くても、女の子を頼ってはマズイだろう)

 ビアンカを頼り過ぎていたことを反省し、今後は気をつけなければと自分に言い聞かせる様に何度か頷いた。

 「ビアンカは危ないから、マーメイドが出たら水から離れてくれよ!」

 「カザマ、どうしていきなり仕切ってるの? さっきからニヤニヤしたり、急に独りで頷いたりして……気持ち悪いわ」

 アウラは、俺が色々と心配したり考えている気苦労を気に留めず、罵った。

 「や、やかま……!? い、いや、何でもない! 二人には帰りに、店で水着を買ってあげよう! ビアンカの水着は宿に帰ったら、尻尾用の穴をつけてあげるからな」

 「本当っすか! アウラ、カザマは約束通りプレゼントしてくれるみたいっすよ!」

 「そ、そうね……今、初めに『やかましい』と……怒鳴ろうとしてなかった?」

 「き、気のせいじゃないか? それより早く水着を買わないと、夕食の時間になるぞ」

 ビアンカが凄く喜んでくれて、アウラは俺の言い掛けた言葉に文句をつけてきたが、誤魔化す事が出来て、安堵する。

 帰りに俺のセンスを参考に二人の水着を購入したが、宿に残った皆の分は明日でも良いだろう。


 ――夕食。

 俺たちは、今日もカトレアさん以外賑やかに食事をしている。

 俺はみんなの様子を見ながら考えていた。

 明日からはグループ分けをすべきではないかと。

 食事が終わって落ち着くと、カトレアさんに相談した。

 「カトレアさん、明日からギルドの依頼であるマーメイドの調査を行います。それで、昨日の様な賊が現れることも想定して、グループ分けを提案したいのですが」

 カトレアさんは柳眉を寄せる。

 「警戒する様にとは言ったことだけど、具体的にどの様に分けるのかしら?」

 「はい、俺以外に格闘に優れたビアンカは、俺とは別のグループに……それからアウラは、海で協力してもらいたいので、俺のグループにお願いします」

 俺がカトレアさんに返事をしていると、ビアンカが目尻を吊り上げる。

 「ち、ちょっと、待つっす! アタシも海に行くっすよ! カザマは一緒に遊ぶと約束したじゃないっすか!」

 俺の意見が気に入らないとばかりに、ビアンカが凄い剣幕で怒り出した。

 「そ、そうね……目的に合わせてグループ分けをするのは合理的だと思うけど……それで人の行動を縛るのは、理に適っているとは言えないわ」

 普段接している姿を見た事がないから当然かもしれないが、カトレアさんがビアンカを擁護するとは思ってもいなくて困惑する。

 「……それでは、どうしましょう? 俺とビアンカがいないと……街中で賊に襲われたら、街中で魔法は使えないですよね?」

 カトレアさんは幾分表情を和らげて小さく笑みを溢す。

 「それなら、大丈夫だわ。みんなで海に行けば良いだけだから……それから、カザマ。魔法は何も、威力だけじゃないわよ」

 「まあ、みんなが良ければ、俺もそっちの方が嬉しいです」

 結局、みんなで海に行くことになり俺も納得した。


 ――就寝前。

 そろそろ、みんなも自分たちの部屋で落ち着いた頃かと、アリーシャの部屋を訪れた。

 「アリーシャ、俺だ。今、ちょっと良いか?」

 扉を叩き、アリーシャに声を掛ける。

 「カ、カザマ? も、もしかして夜這い?」

 だが、扉を開けたのはエドナだった。

 しかも、見た目が小学生なのに、とんでもない事を口走る。

 「ち、違う! ちょっと用事があったから来ただけだ!」

 「そ、そんなにムキにならなくても……今は、ビアンカに話しがあるといっていないけど……」

 「そ、そうか、悪かったな。……でも、夜這いじゃないし、カトレアさんだけには言わないでくれよ……」

 エドナに念を押すと、ビアンカたちの部屋に向かった。

 

 俺はさっきと同じ様に扉を叩いて声を掛けた。

 「ビアンカ、俺だ。今、ここにアリーシャはいないか?」

 「な、なんっすか? アタシに話があるんじゃなくて、アリーシャっすか?」

 扉を開けてビアンカが顔を出したが、明らかに表情が険しい。

 「い、いや、ちょっと用事があって……!? 何でそんなに不機嫌なんだ?」

 「さっき、アタシを仲間外れにしようとしたっす!」

 俺は先程のエドナに続き、ビアンカの言葉にも驚き慌てる。

 「えっ!? な、何を言ってるんだ? 俺がそんなことする訳ないだろう! 俺はただ、ビアンカが俺よりも強くて、みんなを守ってくれると思っただけだ。遊びの時間なら、前みたいに、夜明け前とかに作るぞ!」

 ビアンカの瞳が大きくなり、微かに尻尾が揺れる。

 「本当っすか! 嘘じゃないっすよね?」

 「ああ、嘘じゃないぞ。早速、明日の夜明け前から、海辺に釣りにでも行くか?」

 ビアンカは俺の提案を聞き機嫌が直ったのか、尻尾が左右に揺れる。

 アリーシャとアウラは、俺とビアンカの話を黙って聞いていたが、

 「……ビアンカ、話は済みましたか? それで、私に用とは?」

 落ち着いた感じを見て、アリーシャが話し掛けてきた。

 「い、いや、昨日は大丈夫だったかなと思って……本当は凄く心配だったが、みんなに変な誤解をされると、アリーシャに迷惑を掛けると思って……」

 「「あーっ!?」」

 アウラとビアンカは、同時に驚きの声を上げた。

 「やっぱり、ビアンカが思った通りカザマだったのね? でも、どうしてカザマが居たの? それから、途中でアリーシャを置いていなくなったのは、何故?」

 アウラは、ビアンカが口を挟めない程興奮して、俺を質問攻めにしてきた。

 「アウラ、落ち着いて……きっと私が逆上せて倒れていたのを見つけて、介抱してくれたのでしょう……カザマはたまに挙動不審な行動をすることがあるし、遠く離れた国の人だから、私たちとは違った風習があるのかもしれません。夜にみんなで温泉に入った時に、服が置いてあったじゃないですか。普通は服を忘れませんよ……」

 アリーシャは必死で俺を庇っているのだろうが、悪口を言ってる様にしか聞えない。

 「……た、確かにそうね。カザマは夕食前に散歩に行った時も、気持ちの悪い仕草をしていたし、たまにそんなことがあるわ。それに服を置いて裸で移動するのも、私には考えられないわ」

 (こ、こいつはいい加減怒っていいだろうか。初めて会った時の印象もヘーベに似てると思ったが、素で失礼な態度を何度も何度も……)

 「お、お前はヘーベか! 何度も何度も……幾ら美人でも、いい加減限度があるぞ!」

 俺はとうとう我慢出来なくなり、初めてアウラの頭を引っ叩いた。

 「い、痛―い!」

 アウラは頭を押さえて蹲ったが、痛がる仕草までヘーベに似ている。

 アリーシャとビアンカは驚愕して動きを止めていたが。

 「……な、何やってるんすか! 女の子を叩くなんて、どうかしてるっすよ!」

 「カ、カザマ、あなたは、何をしたか分かってますか? 突然ヘーベがどうとか……以前話していた教会の方ですか? 何か錯乱してるみたいですが……」

 驚きから立ち直ると、俺を見ながら怒りを顕にさせた。

 「叩いのは、俺が悪かったから謝る。だけど、あれだけ酷い事を言われたら、誰だって怒るだろう! 全部、俺が悪い訳じゃない……」

 少し冷静になり俯いて詫びたが、すべて自分に非があるとは思えない。

 「そ、その、私も少し興奮して、言い方が悪かったと思うわ。でも、叩かれたのは初めてだったから……今度何か、私のお願いを聞いてくれたら、許しても良いわ……」

 アウラは俯き上目遣いで、モジモジしながら口にする。

 「わ、分かってくれればいいんだ。それから、俺も悪かった。今度、何かして欲しい事があったら、何でも言ってくれ……別にこんな事がなくても、アウラから頼まれたら、何でもしてあげるつもりだけど……」

 俺は頬を掻きながら話したが、最後の方は恥かしくなり、アウラから目を逸らしてしまう。

 こんなアクシデントもあり、誰も昨晩の俺とアリーシャの出来事を追及することはなかった――。

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