5.久々のホームで…
「ねえ、君、勝手に盛り上がって話を止めないでくれないかい。大体、袋のネズミって……どういう意味だい?」
俺とグラハムさんが折角いい感じの雰囲気に浸っていたのに、アレスがいつも通り文句を言い出した。
グラハムさんの表情が険しくなり、再びグラハムさんの周りから漆黒の靄が漂い始める。
「ふむ、アレス、貴様は私とカザマの話に水を差してばかりだな。その上、貴様はカザマとは違い、私に利益をもたらさない。私……いや、我らは神などというあやふやで何の力も持たない存在など恐れてはいない、その辺りを理解すべきだ。貴様はカザマと親しい間柄のため、特別に便宜を図っている」
「うううううううう……」
グラハムさんのこれまでにない厳しい言葉にアレスは唸り声を上げる。
俺はこれまで散々酷い目に遭わされてきたので、本来ならいい気味だと笑うところだ。
だが、見た目が幼児のアレスの困った顔を、黙って見てられない。
「王さま、恐れながら、後から俺がアレスに注意しておきますので、今回は寛大な配慮をお願いします」
アレスの頭を押さえて、頭を下げた。
しかし、力のステータスが以前より格段に上がっている筈なのに、アレスの頭は以前と同じ様にピクリとも動かない。
「ふむ、カザマ、何をしているのだ? アレスの頭を擦って励ましているつもりか? まあ、良いだろう。それより秘密裏に潜入させる別動隊の編成は大丈夫なのか? それにフランク王国の民衆を動かすと言ったが、具体的な策はあるのか?」
「うん、それ、それだよ。僕が言いたかったのは!」
「アレス、いい加減に大人しくして下さい。俺がさっき謝ったばかりなのに……!? どうして前より力が上がった筈なのに、アレスの頭が動かないんだ?」
俺は勝手に発言ばかりするアレスの頭を再度押さえて、一緒に頭を下げるつもりだったが、またしても頭を下げたのは俺だけだった。
「ふむ、先程から貴様が行っているのは、貴様が南アジアで知り合ったインドラが喜んだという、貴様たちの芸であろう。それはもう分かったから、話を進めろ」
グラハムさんは大人の余裕を思わせる小さな笑みを浮かべると、俺の謝罪を鼻で笑う。
俺の左側でアレスが顔を背け、身体を震わせている姿を見てイラっとする。
「え、えー、相変わらずアレスが反省してないみたいですが、話を進めますね。――別動隊は、俺が独りで赴く予定です。俺にはニンジャとしてのスキル……『五車』や『山彦の術』などありますし、下手に素人を同伴させるとかえって足手纏いになります」
俺はちらりとアレスを見て牽制すると、立ち上がり胸を張った。
俺の隣では驚いたアレスが俺の袖を引っ張っているが、俺は止まらない。
「ふむ、流石はカザマだ。貴様にすべて任させる。今回も艦隊の指揮を一任し、グラッドと連携して攻撃する件も任せる」
「はい、お任せ下さい」
俺は立ったままであったが、日本人らしく綺麗に腰を曲げて頭を下げた――
ペンドラゴン王宮を離れた俺たちは、久々にオルコット村に向かっている。
「ねえ、君、さっきは随分僕に対して不遜な態度を取ってくれたね」
アレスが後ろにいる俺を見上げ、頬を膨らませている。
その姿は正直かなり可愛いが、こういうアレスの仕草は珍しい。
「アレス、流石に王さまの前で言い過ぎでしたよ。王さまはこの世界で数少ない俺の理解者です。怒るに決まってますよ。コテツを見習って下さい。終始、じっと大人しくして空気が読めるだけでなく、賢さが滲み出る態度でした」
「ねえ、君、僕だって君の理解者のつもりだよ。でも、君の話があまりに長いし、訳の分からない事ばかりだから」
「うむ、アレスの言う通りだ。あの王は余程我慢強い性格なのだろう。私は面倒なので、聞き流していただけに過ぎない」
「コテツ、折角褒めたのに……酷いですよ。それにグラハムさんは、ドラゴンだけにリヴァイと同じで気が短い方だと思います」
俺は、相変わらず仲良く俺に意地悪を言うふたりを宥め、アーラの速度を上げていく。
「ねえ、君、さっき国王に君のスキルがどうだと豪語していたよね。どういうスキルなんだい?」
「ああ、もしかして五車と山彦の術のことですか?」
「うん、それだよ」
「五車とは……簡単に言うと相手の感情を利用して、相手をこちらの思惑通りに誘導する術です。山彦の術は……嘘をつくことですね」
以前にも説明した気がするが、親切に教えてあげた。
「「……ぷふ……あははははははははははははは……」」
だが、俺の意に反して、ふたりが盛大に笑い出した。
「ねえ、君、わざとかい」
「うむ、貴様は商人が一番向いていると思っていた。だが、インドラが言っていた芸人というのも悪くない」
「喧しい! 折角、親切に教えてあげたのに、酷いですよ」
俺はあまりに腹が立ち、それから村に着くまで話すのを止めた――
――オルコット村。
俺はアーラを厩舎に誘導させたが、ルーナの他にアリーシャのグリフォンとブリュンヒルデさんのペガサスが羽を休めている。
片田舎の厩舎に、希少なグリフォンとペガサスが居る光景は異様であるが、カトレア校長の青空教室に通う子供たちも慣れたようだ。
久々にモーガン先生の家に入ったが、丁度お昼時になっていた。
大貴族で複数の街の領主であるアリーシャが、以前と変わらず昼食の準備をするのも異様な光景だろうが、俺たちにとっては当たり前だ。
「ただいま、今、帰ったぞ」
「お帰りなさい、カザマ」
「「お帰り」」
「お帰りっす」
俺は久々に耳にする日常の言葉に、玄関の扉を締めずに茫然と立ち尽くす。
アリーシャは足を止めたが、再び食事の準備のため足を動かす。
次に返事をしてくれたアウラとブリュンヒルデさんは被ったのが不満なのか、睨み合っているが相変わらず姉妹のようである。
最後に返事をしてくれたビアンカが、
「あっ!? そういえばカザマだけ、ひさしぶりに家に帰ってきたっすよ」
転移魔法で移動の出来ない俺が久々に戻ったことを口にした。
「ビアンカ、本当に久しぶりだな。みんなとはいつも会っているから、気づかれないと思ったが、こうして言葉にされると照れ臭いものだな……」
俺は、アリーシャの手伝いをしようと家の中に入ったが、感慨深い思いに頷いた。
「あーっ!? ビアンカ、ずるいわよ! 私も気づいていたのよ! ブリュンヒルデが私の真似ばかりするから」
「なんですって! アウラがいつも私に張り合ってくるのよ! アウラの方こそ狡いわ!」
俺はどちらかと言えば、ブリュンヒルデさんの方がアウラに張り合っている気がしたが、敢えて突っ込まず微笑ましい光景に頬を緩める。
しかし、仏頂面をして、何も答えなかったジャンヌが口を開く。
「当たり前の様な感じで家に入ってきただけでなく、急にニヤニヤして気持ちが悪いわ。カザマは気づいてないかもしれないけど、ここにはカザマよりも私の方が長く住んでいるんですけど」
「なっ!?」
俺は、「なんだと!」と言おうとした言葉を飲み込み、拳にグッと力を入れて我慢した。
ジャンヌの言葉は腹立たしいが、確かに俺はみんなの様に簡単に戻ることが出来ず。
最後にこの家に来たのは、新年早々でもうじき八ヶ月になる。
「おい、お前、ジャンヌの言う通りだ。いつも調子に乗って騒々しいぞ。他所の家に来てまで騒ぐな」
ジャンヌと同じく仏頂面だが、いつも通り格好をつけて腕を組み、置物の様になっていたのでリヴァイの存在を忘れていた。
そのリヴァイが、またも俺を威嚇する様に拳をちらつかせている。
「リヴァイ、それにジャンヌも駄目ですよ。カザマは久しぶりに帰ってきたのが嬉しいだけなのです。少しくらい羽目を外しても大目に見てあげなくては」
アリーシャがふたりを注意するが、これではまるで俺が子供の様な気がする。
「あーっ!? アリーシャ、私が言おうとしたのよ!」
アウラがまたも声を上げるが、アウラの方が子供の様なのはいつも通りだが。
「ああああああああああああああああ――! もう、分かったから、俺が調子に乗り過ぎた!」
俺はブリュンヒルデさんが口を開く前に、俺が悪い訳でもないのに繰り返される展開を断ち切った。
「ねえ、君、突然大声を上げて……もしかして、いつもの病気のせいかな?」
「うむ、まったく貴様という男は、どこにいても落ち着きがない」
アレスとコテツが狙っていたかの様に突っ込むが、面倒なので聞き流して、俺はアリーシャの手伝いを行った――
――昼食後。
みんなが席に着いて落ち着いたところで、俺は王宮で協議したことをみんなに伝えることにした。
「みんなに聞いて欲しいことがあるんだ。オリンポスでゼウスさまから依頼を受けた件を覚えているだろう。そのことで俺は王宮に行き、王さまと協議したのだが……どうも、俺たちはアポロンさまに利用されているようなんだ。勿論、直接依頼したのはゼウスさまなんだが」
「カザマ、それはどういう意味ですか? それに王宮に行くとは聞いていましたが、そんな話をするために謁見したのですか?」
俺の話の途中でアリーシャが思いがけない事を言い出し、俺は首を傾げる。
「えっ!? アリーシャが何を言っているのか分からないぞ。ゼウスさまの依頼を果たすには、俺個人ではどうにもならないだろう。海を隔てた国からの侵攻を考えると、海戦を想定するよな。そうなると、こちらも艦隊を派遣する必要があるだろう。以前のモミジ丸は俺が所有していた船だが、今のモミジ丸は国が保有する船だ。しかも一国を相手にすることを考えると、どうしても艦隊を派遣する必要がある。そのくらいアリーシャなら分かるだろう?」
俺は当然の事を問い掛けたつもりだが。
アリーシャは相貌を赤く染めて、立ち上がった。
「カザマ、私はグラハム王に、カザマが私と婚約したことを報告に行ったと思っていました。オリンポスでは神々の前で煮え切らない態度で……そのまま放置するつもりですか? 私はてっきり、力のあるグラハム王に後ろ盾となってもらうことで、神々の思惑を阻止するものだと……」
アリーシャは本気で怒っているのだろう。
途中で口篭り、両目を潤ませている。
俺は王宮までの上空で、アレスが意味あり気に問い掛けたことを思い出す。
(アレスが何か言い掛けたが、迂闊だった……でも、どうして教えてくれなかったんだろう? ヘーベのために、鎌を掛けたということか……)
「ご、ごめん! これからの作戦を説明したら、レベッカさんに会って、明日の朝一に謁見出来る様にお願いするよ」
「あ、明日ですか……」
頭を下げて謝る俺に、アリーシャの視線が突き刺さる。
「おい、お前、いい加減にしないと本気で殴るぞ! 今すぐに行ってこい!」
「はい! すみません!」
俺はリヴァイに怒鳴られて、慌てて席を離れ。
再びアーラに跨り、先程通ったばかりの空を戻っていく。
ちなみに作戦の方は、コテツに説明してもらう様に念話で頼んだのであった――。




