3.神々の思惑
俺は、最近何かと不自然な言動の多いアレスに顔を向ける。
「アレス、何か知っているみたいですが、どういうことですか?」
「ねえ、君、僕は嘘を付いてないと言ったのに、相変わらず君は疑り深いね」
アレスは先程リヴァイにしたように首を竦め、両掌を上げておどけた仕草を見せる。
「アレス、俺はアレスを疑ったり、責めている訳ではありません。ブリタニア王国がフランク王国に侵攻するのを阻止する様にと、ゼウスさまから依頼を受けました。でも、それは本当の事なんですか?」
アレスが珍しく表情を曇らせるが、俺は構わず強い視線をアレスに向ける。
「ねえ、君、ブリタニア王国がフランク王国に侵攻しているのは本当だと思うよ。ただ、フランク王国の事情とか、ゼウスは話してなかったし、確認しないで引き受けた君に問題があると思うよ」
俺は確かにそうだと思うが、普通神さまの言葉を疑わないだろうとイラつく……。
「あっ!? まさか、フランク王国は他国と戦っている最中ですか? その間隙を衝いて、ブリタニア王国が侵攻を始めたのですか?」
アレスは気分を損ねたのか何も言わないが、グラッドが答える。
「おい、今度はブリタニア王国が動いたのか? 今、フランク王国はゲルマニア帝国に侵攻している最中だ。だが、その勢いが止まらず、オーストディーテ王国に侵攻しそうな状況なんだぞ。それで同盟国であるオーストディーテ王国の窮地を救うため、最強の冒険者である俺が派遣される訳だ」
グラッドはブリタニア王国の動きを知って驚いた素振りを見せたが、自分の事を誇らしげに語りたかったのか、途中から胸を張った。
俺はグラッドとは逆に、フランク王国の侵攻を知って驚くが、まるで自分が尻拭いをさせられる様で憤った。
「くそっ! アポロンさま……ちょっとイケメンで、ゼウスさまの息子だからって……俺を騙して利用したな。だが、約束したのはゼウスさまとだし……!? それも、もしやアポロンさまの作戦か?」
「ねえ、君、急に厳つい顔を赤くして……トイレなら早めに」
「アレス、何度も言ってますが、トイレじゃないです! それに俺は、アポロンという神さまが嫌いです! ジャンヌを庇わなかった神さまで、もともと悪い印象しかなかったのに、オリンポスではヘーラさまから招待を受けた俺に傲慢な態度を取り、挙句俺を騙して、自国の尻拭いをさせるつもりなんですよ。アレスは、その辺りの事をどう思いますか?」
「ねえ、君、いつもに増して落ち着きがないよ。僕が話している途中だったのに……。それに君の話は相変わらず長いよ。――本来神に対して不遜な言動かもしれないけど、僕もアポロンはあまり好きではないね。考え方の相違というヤツだよ」
アレスが怒っている俺に構うことなく突っ込むが、真っ向勝負な好きな神さまだけあって、卑劣な搦め手を用いるアポロンさまを快く思っていないようだ。
「アレス、俺の悪口は相変わらずですが、アレスもアポロンさまとは性が合わないようですね。――それで、今回の依頼はどうしますか?」
俺はアレスから、他の仲間たちにも意見を求めた。
「おい、お前、お前もたまには雄々しい事を言うじゃないか。すべて倒してしまえ」
「うむ、私もリヴァイに賛成だ。騙されたのは貴様が悪いが、我らの事も利用しようという魂胆であろう。奴らの思い通りに、踊らされるようで腹立たしい」
リヴァイとコテツが真っ先に答えてくれたが、あまりに物騒だ。
俺も確かに腹を立てているが、そこまで露骨に逆らうつもりはない。
「ねえ、君、アポロンは兎も角。ゼウスに対してあからさまな敵対行動は、ヘーラやヘーベだけでなく、君と仲の良い女神たちに迷惑を掛けると思うよ」
いつもはアレスもふたりに乗っかりそうだが、流石にアレスは立場を弁えたようだ。
俺もアレスの意見に賛成だが、具体的にどうするか考える――
依頼内容は、ブリタニア王国がフランク王国へ侵攻するのを防ぐこと。
俺たちは、最低それさえこなせば問題ない筈。
だが、分からないのは、幾ら実の息子が庇護している国とはいえ、フランク王国だけを何故優遇するのか。
ブリタニア王国はフランク王国の動向を探り、虚を衝く形ではあるが。
今回の依頼を考えると、宣戦布告をして正規の手続きを踏んでの侵攻だと思われる。
現在ユベントゥス王国とフランク王国は、決して友好的はいえない関係だ。
以前俺がジャンヌを救出した際、フランク王国軍はユベントゥス王国国境を越え、数が少ないとはいえ進軍してきたばかり。
王さまのグラハムさんが聞いたら、間違いなく激怒するだろう。
俺は考えを整理して、みんなに顔を向ける。
「なあ、グラッド、グラハムさんは今回の件を知っていると思うか?」
「はあーっ!? 何を今更、俺が知らないくらいだから、当然知らない筈だ。知っていたとしても、まだ知って間もない筈だ。――きっと調子に乗って東へ大軍を率いたのだから、西への守りが疎かになり、いい気味だとでも思っているんじゃないのか?」
俺もグラッドに同意して、頷いた。
「みんな、俺なりに考えたんだが……ブリタニア王国の侵攻を防ぐにしても、海を渡って侵攻するブリタニア軍を防ぐのが前提だろう? きっとゼウスさまは、近隣諸国で最高の艦隊を保有するユベントゥス王国に対して依頼したいのだと思う。だが、グラッドが言った様に、国に対して依頼するには、両国の関係は良くないだろう? だから、わざわざ俺に依頼を出して、ユベントゥス王国を動かそうとしている」
「ねえ、君、君の話は相変わらず長いし、分かり難いよ。――でも、君の推測は少し間違えていると思うよ。ゼウスも僕と同じで、そういう煩わしい事を考えないよ。僕が思うに、アポロンがゼウスに頼んで君に依頼をさせたと思うよ」
俺はまたもアレスに茶化されてイラつくが、話の内容を聞き益々腹を立てる。
「アレス、アポロンさまは本当に頭にくる神さまですね。――ところで、どうしてゼウスさまは、アポロンさまばかりひいきして、俺にブリタニア王国の侵攻を防ぐ様に依頼したのでしょう? 実の子供だというのは分かりますが、神々の王としての立場を考えると、ブリタニア王国を阻止しろというのは体裁が悪いと思います」
「ねえ、君、君は知らないのかい? ブリタニア王国は、君の好きなウーラヌスやクロノスと同じ様に、ゼウスと立場的に同等以上の存在で、ゼウスにとって目の上のたんこぶ的な存在と言えるね」
「アレス、いちいち俺に絡むのは止めて下さい。大体、俺は神さまじゃないから、神さまの関係をそんなに詳しく知りませんよ」
「ねえ、君、君の国は色々な神々に関する情報が豊富にあると豪語していたよね。きっと君ならチートな知識で知っていると思ったんだけど……『ガイア』という神を聞いたことはないのかい?」
アレスがまたも意地悪な言い方をして俺を刺激するが、その言葉に驚愕する。
「へっ!? ガ、ガイア……実在するのですか?」
「!? カザマ、どうしたんだ? その神の事を知っているのか? 俺は誰かに祈ったりする必要はないから、自分に関係のない神々の事は知らない。だが、そんなに凄い神なのか?」
「グラッド、なかなかいいことに気づいたな。ガイア神は、俺の国では原初の神さまとして知られ、世界を創造した神さまなんだ」
「はあーっ!? 本当なのか? 何だか、嘘くさいぞ。そんな凄い存在が、ドラゴン以外に存在するのか?」
グラッドが訝しげに俺を見つめてイラっとするが、リヴァイとアレスも不機嫌そうに俺を睨んでいる。
「ま、まあ、世の中、強さだけがすべてではないということだ。リヴァイもアレスもあまり俺を睨まないで下さい。俺の国に知られているだけで、本当かどうかは分からないですよ」
「ねえ、君、僕は君を睨んではいないよ。僕はただ、神のことをこれだけ偉そうに語り、その内天罰が下るだろうと思っただけだよ」
「おい、お前、あまり調子に乗るなよ。どの種族が一番強いか分かっている様なので、今回は見逃してやる」
俺はアレスから不吉なことを言われ、リヴァイからは辛うじて許されたようだ。
それにしてもゼウスさまは、策を練ることは好まないとアレスが言ったが。
俺にガイアさまの国と戦う様に仕向けるとは、俺の事が余程嫌いのか……。
どちらにしても、このままゼウスさまたちの言いなりに動くのは危険だと分かる。
「グラッド、明日の朝一にグラハムさんに謁見したいが、可能だろうか? 出来ればグラッドの遠征も、俺とグラハムさんの話し合いの後に行って欲しい」
ブリタニア王国の侵攻を防ぐにしても、艦隊を派遣する必要があり、国王であるグラハムさんの承認がいる。
その他にも、俺の理解者であるグラハムさんに今回の件を色々と相談し、戦略レベルで作戦の立案が必要だと思った。
俺がこれだけあれこれ考えているのに、グラッドの反応が素っ気ない。
「伝えるだけでいいなら、レベッカに話しておく。だが、何で俺の遠征が、お前の都合で振り回されるんだ。正直、面白くないんだが」
「まあ、落ち着いてくれよ。出発が遅れれば、カトレアさんに会う時間も取れるだろう。久しぶりにみんなが帰ってきて、機嫌も良いだろうから、グラッドにとっても悪くない話だと思うぞ」
「まあ、そういうことなら……」
俺の機転にグラッドの頬が緩み、安堵するが。
「うむ、先程から黙って話を聞いていたが、やはり貴様は商人としての才能が一番高いのではないか?」
「コテツ、さっきから静かだと思ったら、そんな事を考えていたんですか? 俺は何か重要な事を考えていると思って、後から尋ねるつもりだったのに……」
俺は、流石のコテツも遠征でストレスが溜まっているのだろうと我慢した――。




