2.錯綜する情報
――酒場。
俺たちは久しぶりに街の酒場へやってきた。
今回は珍しくリヴァイが一緒に付いてきたが、アリーシャが女の子同士で話したいと言ったからである。
ヘーベやブリュンヒルデさんもいるのに、女の子同士というのはどうかと思ったが。
勿論、そんな突っ込みを入れる訳もない。
今はただ、昨日から不機嫌オーラ丸出しのリヴァイが、アレスに絡まないか気になって仕方がない。
だが、俺の不安は杞憂であった。
久しぶりに会ったグラッドのテンションが高くて、それどころではなくなったのだ。
「久しぶりだな! 教会でも会ったが、とても話せる雰囲気じゃなかったからな。それにしても、アリーシャは怒るとあんなに怖いのか? お前は、よくハーレム状態の生活を続けられたな?」
「ああ、久しぶりだな……確かにアリーシャは怒ると怖いが、今回はいつも以上に怒っていたからな。流石のリヴァイもアリーシャに圧倒されて、大人しくしてくれた。オリンポスで暴れられたら、収拾がつかなくなるところだったんだぞ」
「おい、お前、これ以上余計な事を抜かすと、分かっているだろうな……。大体、お前と違って、俺は空気を読める存在なんだ。わざわざ面倒事にアリーシャを巻き込ませる訳がないだろう」
リヴァイが拳をちらつかせ、俺は普段アウラが俺にされている様に、両手で頭を庇う様に身構えた。
「あははははははははははははは……確かに、リヴァイの言う通りだ。わざわざ面倒な目に遭うのはごめんだからな。だが、どうしても引けない事態に遭遇したら……」
「おい、グラッド、半端者のくせに分かっているじゃないか……」
リヴァイの半端者という言葉に、グラッドは一瞬顔を顰めたが。
ドラゴン同士の以心伝心なのか、口端を吊り上げ無言で笑みを交わす。
「なあ、グラッド、ふたりが同族で気心が知れているのは分かる。でも『半端者』とは、どういう意味なんだ?」
俺の何気ない問いに、グラッドだけでなくリヴァイまで俺を睨みつける。
「カザマ、お前も俺に、秘密にしていることがあるよな。余計な事を口にするは止めてもらえるか」
「おい、お前、他人の話に口を挟むな。お前は何かにつけて首を突っ込みたがるが、子供か? 偉そうに……大人しくしてろ!」
俺は、またもリヴァイに俺がアウラを叱る様なことを言われて、イラっとするが我慢する。
「ところでカザマ、話が逸れたが……結局、お前の婚約者の発表はどうなったんだ? お前がはっきりしてくれないと、俺も困るんだが……」
グラッドが口篭りらしくない姿に、俺は小さく笑みを浮かべる。
「おい、お前、最近お前といる時間が少なくなったが、随分態度が偉そうだな。ヘラヘラと情けない顔で腹立たしい」
「うむ、まったくだ。先程叱られたばかりであろう。貴様はまた、リヴァイの言う通り調子に乗っているのだろう。いつも同じことで叱られてばかりで、子供か?」
リヴァイは子供なので、先程はグラッドに俺の知らない何かで牽制したようだが、今度はドラゴン同士で庇ったのだろうか。
コテツはいつも何かと口煩いが、この機会を利用してリヴァイに乗っかったのだろうか。
俺は苛立ちを抑えて、リヴァイとコテツを宥め、
「ふたりとも、落ち着いて下さい。久しぶりにグラッドと話せたのが嬉しくて、思わず頬が緩んだだけですよ。――グラッド、婚約者の発表の件だったな。一応、アリーシャと婚約を済ませているぞ。ただ、以前から他のみんなをどうするか悩んでいて、コテツとアレスには伝えたが……第二夫人をビアンカとアウラ、ブリュンヒルデさんとジャンヌ。それからヘーベとエリカの六にんを選んだ。オリンポスで発表するつもりだったが、ヘーラさまの横槍があって有耶無耶にされたが、これは決定事項だ」
グラッドに堂々と告げた。
グラッドの頬が緩み、途端に雰囲気が明るく変わる。
「そうか! それは良かった……!? 俺は構わないというか、祝福する。だが、第二夫人が六にんというのは、どういう意味だ? そんなことが可能なのか? 普通は順位があるよな。常識の問題もあるが、喧嘩になったらどうするつもりだ?」
グラッドは愛しのカトレアさんの名前がなくて安堵したのだろう。
しかし、俺の前代未聞のというべき選択に、理解が出来ないようだ。
「グラッド、自分の中の小さな枠で物事を決めるのは良くないぞ。そもそも重婚も誰かが初めに行って、真似られる様になったのだろう。それなら、第二夫人が沢山いても可笑しくないし、俺がきっかけで当たり前の世の中になるかもしれないだろう」
グラッドは俺の提案に小首を傾げ、何やら考え込む。
きっとグラッドも俺を真似たいのだろうが、カトレアさんが怖くて現実的でないのだろう。
俺は、そんなグラッドに目を細めて頷き、大人の対応を見せる。
「おい、お前、何度も同じことを言わせるなよ……。それよりも女神ヘーラは何を企んでいたんだ」
俺の格好良い姿が、子供の容姿のリヴァイには気に食わなかったらしい。
またも俺に拳をちらつかせて威嚇するが、子供相手に向きになっても仕方がないと話を進める。
「それなんですが……俺にもよく分かりません。リヴァイはその場に居なくて分からなかったみたいですが……『クロノス神』や『魔神パズス』と戦った時、俺の身体が変化して、とんでもない力を発揮したと……俺は記憶が曖昧ではっきり覚えていませんが、みんなが教えてくれました。その事と関係があるのかもしれません」
「おい、お前、その場に居なかった俺が悪いみたいな言い方は止めろ! 喧嘩を売っているのか……いつでも買ってやるぞ。だが、大体の理由は分かった。お前は知らないなら、余計な事は考えず、神々の悪巧みに騙されない様に気を付けることだな」
リヴァイは余程自分を尊大に見せたいのか、先程から些細な言葉にも反応して拳をちらつかせ、アレスにもひと睨みして牽制した。
アレスはそんなリヴァイの態度にも動ぜず、首を竦めて両掌を上げる。
「おうおう、カザマ、何だか知らないが、また俺が街を守っている間に力をつけたんじゃないのか? 久しぶりにお前の冒険者クリスタルを見せてくれよ」
リヴァイの我がままな態度で話を逸らせたと思ったが、俺の未知の力が気になったのか、グラッドがいつも通り俺と張り合おうとする。
俺は最近自分でも確認していなかったが、久しぶりに左手首のクリスタルに意識を集中させた――
『至高のニンジャ』で『レベルⅩ』……称号は『勇者』『賢者』『影の英雄』『北欧随一の商人』『使徒』
ステータス……体力『SS+』、力『SS』、素早さ『SSS』、耐久力『SSS』、賢さ『SSS』、器用さ『SSS』、運『SS』、魔法『SS+』
スキル……『各種アシ改』と『オート防御』と『ディカムポジション』と『スパティウムセクト』と『女神キラー』と『文明開化』と『陰陽師』
資産『百億八千万ゴールド』、前歴『無銭飲食』
レベルが最高ランクへと上がり、称号は変わらないがステータスは軒並み上がっている。
既にカンストしている耐久力と魔法以外のすべてが上昇し、賢さと器用さまでもカンストしていた。
きっと海のシルクロードを開通させ、要所に補給基地を建設させ、東アジアの国とも国交を結んだ功績が反映されたのだろう。
戦いの神さまである阿修羅と真っ向勝負を挑み、勝利を収めた功績も大きいかもしれない。
唯一下がったのは資産だが、これは船員たちの士気を高めるため、景気よくお金を使ったためだ。
俺は今回の遠征の成果に満足し、頷いた。
「おい、カザマ……これはどういうことだ?」
グラッドが身体を小刻みに震わせながら、俺の肩を掴んだ。
「グラッド、落ち着け! 俺は何度も死にそうな目に遭ったからで、お前の方が強いに決まっているだろう」
「喧しい! そんなことは分かっているが……レベルが俺と同じなだけでなく、ほとんどのステータスで俺を上回っているだろう。半分がカンスト……お前、本当に人間なのか?」
グラッドはレベルで俺に追いつかれ、ステータスでは俺に追い抜かれ、余程悔しかったのだろう。
「グラッド、だから落ち着けよ! 本当に俺は何度も死に掛けたんだ。周りの三にんに聞いてみればいいだろう。グラッドは俺と違い、カトレアさんと良い感じになっていたんじゃないのか?」
俺は人の気も知らず、文句ばかり言うグラッドにイラっとした。
「おい、カザマ、馬鹿にしているのか! お前がはっきりしないから、俺はカトレア嬢に手も触れてないんだ。それなのにどうせお前は、お約束の展開が盛り沢山だったんだろう!」
グラッドが両目を潤ませて、俺の胸倉を掴むが、俺は静かに首を左右に振った。
「グラッド、俺の言い方が悪かった。気分を損ねたのなら、謝る。だけど、最近はグラッドが考えている様な良い思いは、ほとんどないんだ。何かちょっとでもいい感じになると、すぐに誰かが因縁をつけて、帳消しにする様な酷い仕打ちを受けるんだ。はっきり言って、採算が合わない。――大体、今、グラッドが俺にしている様に、胸倉を掴まれる行為も何度されたことか……その度に殴られたり、ビンタされたりと日常的に体罰を受けていたんだ」
俺はこれまでの悲しい出来事を思い出し、涙が溢れる。
久しぶりに数少ない友人のグラッドと言い合い、感情が昂ったようだ。
今飲んでいるのは、これまでと変わりないソーダ水。
気分が良くなるだけで、決してアルコールは入っていない。
「……悪い、お前も色々と苦労しているんだな。久しぶりに会って忘れていたが、初めて会った頃のお前は、こんなに厳つい顔じゃなかったな。両頬にモミジマークをつけているから、俺はてっきり自分の旗印を頬につけて粋がっているかと思った」
「分かってくれたのは嬉しいが……グラッド、俺に対する印象が色々とすり替わってないか?」
俺はイラっとしつつも、グラッドの思い違いに既視感を覚えた。
ヘーラさまや他の神々も、俺に対して過大に認識していた気がするのだ。
俺が訝しげにグラッドを見つめていると、グラッドが小さく笑みを浮かべる。
「そんな事はないと思うが……それより俺も、そろそろレベル上げの旅立つ時が来たようだ」
「はっ!? 何だよ、いきなり……俺にレベルで追いつかれ、気に食わない気持ちは分かる。でも、グラッドは街の警備があるだろう。俺は明日にでも、ブリタニア王国がフランク王国へ侵攻するのを阻止するため、旅立つ予定なんだ」
「はあーっ!? お前、何言ってるんだ?」
今度はグラッドが顔を顰め、笑みが消える。
「はっ!?」
俺とグラッドは訳が分からず、互いに首を傾げていると、
「ねえ、君たち、男同士で見つめ合って何をしているんだい? 君たちは、ずっと思いを寄せる相手がいる振りをしていただけで、本当は……」
アレスが嬉しそうに俺とグラッドの顔を覗き込む。
「アレス、そういう冗談は止めてくれ! それで、カザマの言っている事は本当なのか?」
俺はいつも通りのアレスの悪戯に我慢したが、耐性のないグラッドが食って掛かる。
「うん、本当だよ。だけど、彼はすべてを知らないみたいだね。でも僕は、嘘はついてないよ」
アレスの言い方が胡散臭いが、情報が錯そうしているのではないかと疑う。




