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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第六章 水の街へ向かう
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7.混浴

 扉を叩く音と自分を呼ぶ声で目が覚めた。

 「……カザマ、まだ起きてますか?」

 アリーシャが廊下から扉を叩き呼んでいる。

 動揺して息を呑むが、大丈夫だろうと扉を開ける。

 「ど、どうしたんだ? こんな時間に……」

 俺が訝しげな表情をしているのに対して、アリーシャは小さく笑みを溢す。

 「あっ!? 何だか、久しぶりにカザマが、黒以外の服を着ているのを見ました」

 「ああ、部屋の中で休んでるからな……それから黒じゃなくて、一応紺色だぞ」

 アリーシャは、俺がモーガン先生の家で下宿していた頃を思い出したのだろうか。

 俺も懐かしさに頬が緩む。

 「ま、まあ、立ち話も何だから中に入れよ……」

 頬を掻きながら促すと、アリーシャは躊躇なく部屋に入りベッドに腰掛ける。

 (年頃の女の子なんだから、もう少し警戒したりとか恥じらいを見せたりとか……いや、違う。それだけ俺を信頼しているのだろう……)

 俺は首を左右に振り、邪なことを考えた自分を恥じた。

 アリーシャは俺の様子に構うことなく、眼差しを遠くしている。

 「……何だか懐かしいですね。まだそんなに経っていないのですが……」

 「俺もモーガン先生の家で下宿していた頃を思い出していた」

 「奇遇ですね。うふふふふ……」

 アリーシャは頬をほんのり染め、クスクスと笑った。

 少しずつ胸の高鳴りが静まり、アリーシャの手荷物に気づく。

 「もしかして、俺の忘れ物を届けに来てくれたのか?」

 「はい、温泉の服を脱ぐ所に忘れていましたよ」

 「ああ、脱衣所というんだぞ」

 懐かしくもあり得意気に話していたが、アリーシャも俺の話に瞳を輝かせる。

 「えっ!? 『脱衣所』というのですか? カザマは物知りですね」

 「まあな……一応、俺の国の一般的な施設だからな……」

 「そうですか……私もカザマの国に行ってみたいですね。たまにカザマが国の話をすると、知らない事ばかりで……何だかワクワクしますよね」

 「そ、そうだな……いつか、話すことが出来て、帰る機会があれば……」

 「そうですね。そんなことがあるのか分かりませんが、楽しみしていますよ……」

 俺とアリーシャはとても良い雰囲気で、お互いに叶うかどうかも分からない話題に期待を膨らませる。

 そして、アリーシャは綺麗に畳んだニンジャ服を手渡してくれた。

 「……それにしても、残念でしたね」

 「えっ!? 何が残念なんだ?」

 「温泉は混浴というのがあると聞いて……ですね。カザマが中に居るのをフロントで聞いて、みんなで一緒に入ろうという話になりました。それでみんなで入ったのですが……服だけ置いてあり、カザマは居ませんでした」

 俺は首を傾げてアリーシャの顔を見つめていたが、頬を染めて所々口篭るアリーシャの言葉を聞き、みるみる身体が熱くなり身体を震わせた。

 「はっ!? はああああああああああああああああ――!? い、今、何て言った!」

 あまりの興奮に自分が何をしてるのか分からず、アリーシャの肩を掴んで揺すっている。

 「い、痛いです! ツ、ツバが……」

 アリーシャが顔を歪め、俺は、ハッと我に返り、肩を離す。

 「あ、ああ……スマナイ! つい……」

 アリーシャは、突然錯乱したかの様な俺に頬を引き攣らせながらも、丁寧に同じことを話した。

 「みんなで一緒に温泉に入る事になりました。それでカザマが入っているのを確認して、入ろうとしたら誰も居なかったのです」

 「そ、そうか……へー、それは残念だったな……」

 先程よりか幾分冷静になったが、それでも悔しくて身体の震えが止まらない。

 (誕生日なのに……!? この混浴イベントは、ヘーベが教会を出る前に言っていた誕生日プレゼントだったのでは……そうでないと、話が旨過ぎる! 分かってさえいれば、こんなに警戒しなかったのに……)

 一旦は落ち着きかけたが、悔しさに心の叫びを抑えられなくなった。

 「カ、カザマ!? ど、どうしたのですか? いきなり泣き出して……」

 アリーシャは眉を寄せ、俺の顔を心配そうに見上げている。

 俺は自分の頬を触ると、涙が流れているのに気づく。

 「ア、アリーシャ……お、俺もみんなと温泉に入りたかったな……」

 目が潤んでアリーシャがぼやけて見え、呟くように気持ちを伝えた。

 「えっ!? な、泣くほど、みんなと一緒に温泉に入りたかったのですか!」

 アリーシャは余程驚いたのか、瞳を大きく見開き動きを止めた。

 「俺だけ、男だからというのは分かるんだ。でも、俺も同じ仲間じゃないか……」

 この言葉は本当だが、別の気持ちもある事は口にしない。

 アリーシャは俯き哀しむ俺に、視線を左右に動かして困っていたようだが。

 意を決したかの様に、俺を見つめて動きを止めると、

 「……そ、そうですが、さっき入ったばかりですし、みんなに相談しないと……!? も、もし良ければ私と二人で入りませんか? ふ、二人だけでは不満かもしれませんが……」

 頬を赤く染めて顔逸らす。

 「へっ!? い、いいのか!? 本当だな……」

 アリーシャは顔を真っ赤にして頷き、俺は涙を流しながら笑った。


 ――二人だけの混浴。

 アリーシャの了解を得て、二人で温泉に入ることになった。

 アリーシャは恥かしいから先に入るので、後から来て欲しいと言った。

 勿論俺は同意して、今は脱衣所で服を脱ぎ、腰にタオル一枚を巻いただけの状態でいる。

 「……ア、アリーシャ? も、もう入っても良いかな……?」

 「は、はい! 良いですよ……」

 俺の上擦った声に、アリーシャの返事も恥かしそうである。

 「じ、じゃあ、これから入るからな。入るからな……」

 俺は緊張してか、二度確認してしまう。

 そして、声がない様なのでゆっくりと中に入る。

 相変わらず、外がヒンヤリしているせいか湯煙が凄くて視界が悪い。

 繊細な事なので、ここでも念のため確認の声を掛ける。

 「じ、じゃあ、失礼しまーす……」

 掛け湯をすると、ゆっくりと湯船に足を入れた。

 「は、恥かしいので……あまり近くには来ないで欲しいです……」

 俺は温泉に浸かって少し落ち着いたのか、先程とは違い力強く答える。

 「お、おう、分かった!」

 俺の声に安心したのか、アリーシャが静かに回想を口にした。

 「……な、何だか、カザマがモーガン先生の家に居た頃、夜に二人で本を読んでいたのを思い出します」

 「ああ、そうだな……俺もあの時は嬉しい気持ちもあったが、何だか気恥ずかしい感じだったな……」

 モーガン先生の家に下宿し始めた頃は、文字を読むことが出来なかった。

 そのため、アリーシャがベッドの上で、本の読み聞かせをしてくれたのだ。

 二人とも初めは照れたり、緊張したりと懐かしい。

 「そ、そうです。そんな感じなのです。うふふふふ……」

 アリーシャも、その時の事を思い出して笑っているのだろう。

 「そう言えば、さっきも同じ様な話をしたが、良い思い出になったな……ところで、アリーシャは、お、俺の事を、どういう風に思っているかな……とか? 混浴もしてくれたし……」

 重要な事なので話すタイミングを計っていたが、緊張で言葉に詰まりつつも、最後まで口にしてしまった。

 俺はドキドキしたまま、アリーシャの返事を待つ。

 「…………」

 返事に困っていると思ったが、

 「……!? ア、アリーシャ?」

 アリーシャの返事がなくて慌てる。

 たまたま見えないとはいえ、好きでもない異性との混浴はあり得ないと思う。

 (アリーシャを大事な妹の様に思っていたが、アリーシャは一体俺の事を……)

 だが、アリーシャの返事が一向に返ってこない。

 「……えっ!? もしかして、何か気に触ることでも言ったか? 何か言ってくれないと流石に……!?」

 幾ら何でもアリーシャの様子が変だと思い、慌てて近づいた。

 「ア、アリーシャ! おい、大丈夫か!」

 アリーシャは逆上せてしまったのか、全身を真っ赤にして気を失っている。

 急いでアリーシャを湯船から出して、脱衣所まで運ぶ。

 その際に、少しでも肌を隠す様に自分のタオルも使った。

 脱衣所でアリーシャを横にして、出来るだけ身体を見ない様にして拭き、服を掛ける。

 それから冷たい水をタオルで濡らして、頭と首筋辺りを冷やす――。

 

 しばらくアリーシャを見守っていたが、外から声が聞こえてきた。

 これは非常にマズイと思いどうするか悩んだが、ビアンカとアウラだと分かる。

 この二人なら後を任せても良いと、自分の服を持って外に移動した。

 念のため、二人がアリーシャを見つけてくれるか確認すると、安心して木の壁を飛び越えて外へ走る……。

 (今日はこれで二度目だな。アリーシャ……俺のために無理してたのかな……)

 途中で服を着ると複雑な思いを残したまま、先程と同じ様に自分の部屋に戻った。


 ――異世界生活一ヶ月と一日目。

 その後のアリーシャが心配だったが、どうして良いか分からず、ほとんど眠っていない。

 本当は様子を見に行きたかったが、下手に様子を見に行く事でみんなに誤解されて、益々アリーシャに迷惑を掛けるかもしれないと思った。

 そして朝食の席でみんなと顔を合わせたが、アリーシャは普段通りの様子だ。

 「ア、アリーシャ、おはよう……」

 みんながいる前で、アリーシャにだけ声を掛けてしまい。

 みんなが怪訝な表情を浮かべる。

 「何ですか? みんながいるのに、アリーシャにだけ……初めに、私に挨拶するのが筋だと思うのだけど……」

 カトレアさんは、俺に対して疑ったのではなく、不快な反応を示した。

 この反応を見て、昨晩のことを知られていないと理解する。

 「い、いやー……すみません。いつもの癖なんです。最近、初めに会うのはアリーシャなので、つい……」

 俺は頬を掻きながら言い訳をしたが、問題はない筈だ。

 しかし、ビアンカの耳と尻尾がピンと立った。

 「あっ!? 何だか怪しいっす! カザマは何かを隠す時、そんな仕草をするっす!」

 普段はあまり俺の話に突っ込んでこないビアンカが、どういう訳か疑っている。

 「ど、どうしたんだよ。急に……」

 「昨日の夜に、アリーシャが温泉の服を着替える所で倒れていたっす! 誰かに介抱されたみたいだけど、周りに誰もいなかったっす! フロントに聞いても知らないと言われたっすよ!」

 怪訝な表情を浮かべ声を荒げるビアンカに、俺は穏便に話を済ませようと誘導する。

 「へー……そうか。誰か、親切な恥かしがり屋さんでもいたのかもしれないな……」

 俺たちの話を黙って聞いていたカトレアさんが口を開く。

 「カザマ、そうじゃないのよ。昨日、カザマが捕まえた変質者たちは賊だったのよ。しかも、東の砂漠から来た密偵らしいの……幾ら尋問しても、イマイチ要領を得ない事しか言わなくて……」

 カトレアさんの尋問がどのようなものか気になったが、それよりも想像以上に昨晩の賊の素性が大きくて驚かされた。 

 「えっ!? 今、東の砂漠から来たと言いましたよね? 昨日の賊ですが……少し違和感を覚えました。曲刀というこの国では珍しい武器を使っていたのですが、使い慣れていないというか……もしかしたら、東の砂漠から来たと見せかけて他の国……。例えば、この国と東の砂漠との間の国からの密偵とか……」

 「そ、そう……カザマはその様に感じたのね。確かに、あんな遠くから宿場街に……不自然だわ。その可能性が高い気がするわ」

 カトレアさんはかなり驚いたのか、形の綺麗な口が開いている。

 だが、取り乱すことなく、すぐに思考を巡らせたようだ。

 俺は続く情報をカトレアさんに尋ねる。

 「それで、その人たちはどんな事を話したのですか?」

 「何でも山脈の近くの村から重要な貴人と、その近くの街から有力な護衛が動いたとか……」 

 「それって、カトレアさんの事じゃないんですか? 護衛というのは、俺たちのことでしょうか? まあ、俺は御者の扱いなのでしょうが……」

 「そうね……でも、昨晩アリーシャを助けてくれたという人も誰か分からないわ。これからも、何があるか分からないから気をつけて頂戴」

 「分かりました……」

 カトレアさんの話しを聞いて、みんな静かに頷いた。

 (アリーシャの体調が気になっただけなのに、昨日の男たちのせいで大事になってしまった。でも、あの男たちは、いったい……)

 カトレアさんに返事をした後でアリーシャを見たが、薄っすら頬を染め俯いている。

 その様子を見て、誰もいない時に話をすることにした――。


 俺たちは朝食を済ませると旅の支度を整え、再びベネチアーノに向かう。

 今日も俺の隣にはビアンカが座り、ふたりで周囲を警戒しながら進んだ。

 しかし、特に変わったことはなかった。

 午前中は下り坂が多かったが、午後からは平坦な道が続く。

 そして段々遠くの方で、空とは違う青い景色が近づいてくる。

 「……はっ? なんすか? 変わった匂いが近づいてると思ったら、目がチカチカするっす!」

 ビアンカは時折、尻尾を逆立てながら落ち着かない様子だったが、声を上げた。

 「ビアンカ、海を見るのは初めてか? あの青く見えるのは全部水だぞ。どこまでも続いていて俺の国も海で囲まれている……しかも舐めると、塩辛いぞ!」

 「えっ!? あれが全部水っすか! しかも塩の味がするとか……嘘っすよね?」

 ビアンカは期待以上の反応を示してくれた。

 さっきまで時折逆立っていた尻尾は左右に揺れている――。

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