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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第六章 水の街へ向かう
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6.露天風呂を巡って

 ――散歩。

 宿を出ると、辺りはすっかり暗くなっている。

 この街も山脈に近い村のように、夜風が気持ちいい。

 最近の習慣で、夜に外出すると酒場に行きたいと思う様になっていた。

 酒場は何処だろうかと思い、宿に戻ってフロントで聞こうかと、宿の周りをふらふらしていると、聞き覚えのある声が微かに聞こえる……。

 (ビアンカの声がしたような……)

 足が自然と声が聞こえた方へ向かう――。


 宿の裏の土手を越えると、声がはっきりした。

 「いやっす!」

 「だめですよ! ビアンカ、ちゃんと洗わないと……」

 ビアンカとアリーシャの声が聞こえた。

 俺は凄い場所へ来てしまったと息を呑み、動きを止める。

 (温泉とは聞いていたが、露天風呂なのだろうか? 色々と気になるが、さっき許してもらったばかりで……)

 自分の若い衝動を必死に抑えようとする。

 だが、こんな機会は二度と来ないかもしれない。

 その場で右往左往しながら悩む……。

 (何処から近づこうか? 何処か覗ける場所はあるのだろうか? 俺よりも気配の察知に敏感なビアンカに見つかったら? またみんなに怒られたら?)

 自問自答の末、俺の心は自分に素直になる方向に傾いた。

 そして、露天風呂に近づけそうな通路を見つけてしまう。

 気配を消しながら細心の注意を払い、移動し始めて人の気配に気づいた。

 (誰だ!? 覗きか?)

 俺は覗きの犯人を見つける事に専念する。

 (……四人。素人の動きじゃないな! 覗きのプロか?)

 俺は覗きの現行犯を捕まえようと四人の背後に回り、以前ピーノからもらった縄を確認した。

 四人は周囲を警戒しながら慎重に素早く、露天風呂の近くに移動している。

 (全く怪しからん奴らだ!)

 俺は、自分が覗きをしようとしていたことを忘れて、どのタイミングで捕まえようかと考えた。

 (……!? 俺が捕まえなくてもビアンカに見つかって、四人は俺が普段味わっている以上に、袋叩きにされるのでは……ダメだ! 俺以外にみんなの霰もない姿を晒す訳にはいかない! でも、一度に四人をどうやって捕まえようか……)

 どの様に捕まえるか考えている間に、四人は露天風呂を覆っている木の壁の前まで辿り着いてしまう――。

 

 俺は結局何も考えず相手に突っ込み、

 「な、何だ、コイツ! いきなり後ろから……」

 声を出した男の背後から殴って気絶させた。

 続いて隣の男をと思った瞬間、男たちは互いに距離をとって俺を囲む様に移動する。

 そして、この国では見たことがない刃物を出した。

 (曲刀か? それにこの動き、覗きのプロじゃないのか?)

 相手は俺にいきなり背後を衝かれ、俺は相手の目的と技量を勘違いして、互いに虚を衝かれた格好となる。

 お互いに動きが止まる……。

 「……お、お前、昼間、俺たちに声を掛けて来たヤツじゃないか?」

 「あっ!? そう言えば……痴漢だと思って気づかなかった!」

 その場の男たちは目を開いて驚き、

 「お、俺たちは痴漢じゃない! お前が痴漢じゃないのか?」

 互いに責任転嫁ならぬ、痴漢転嫁を始めた。

 「ち、違う! は、初めに、少しだけ考えただけだ! 誰かの気配がしたから後をつけたんだ!」

 「やっぱり、痴漢じゃないか! 静かにしないと、誰かに気づかれるぞ!」

 四人のうちの三人が俺を囲みながら、まるで俺の方が悪者の様に問い詰めてくる。

 賊の話に翻弄され、もたついていたからであろうか。

 いきなり別の場所から声が響いた。

 「痴漢だから容赦しないっすよ!」

 ビアンカが服を着て現れたと思ったら、先程から俺に話し掛けていた賊を蹴り飛ばす。

 そして、ビアンカの華麗な蹴りで衣類が舞う。

 「ビ、ビアンカ! お、お前、ユカタで来たのか!」

 ビアンカが飛び出してきて驚いたが、ユカタを着て現れた事にもっと驚いた。

 「そうっすよ! ヒラヒラして動き難いっす……でも、涼しいっすよね」

 ビアンカは賊との戦いの最中だというのに、尻尾を揺らしている。

 暗いから分からないが、頬を染めていたかもしれない……。

 (俺が作った尻尾用の穴のお陰で、日本のマニアな人が見たら喜びそうな程似合っている……)

 俺は一度首を振って、邪念を払うと叫んだ。

 「ビアンカ! 駆けつけてくれて悪いんだが……俺がヤル! その……ユカタで激しい動きをするとだな……色々と見えてしまうんだ」

 「へっ!? そ、そうっすか!」

 ビアンカは、更に恥かしそうになって後ろに下がる。

 「……お前ら、戦いの最中にイチャイチャと……」

 俺とビアンカの心ときめく会話に、残り二人になった賊が怒り出す。

 「悔しかったら賊なんか辞めて、俺の様に可愛い彼女を作るんだな……オジサン」

 俺の言葉を聞いて賊は、益々怒りを顕にする。

 しかし、俺は怒りで冷静さを失くした隙を見逃さない。

 賊の一人を、曲刀で防ぐ間を与えずに顔面を殴って気絶させる。

 「や、やってくれたな……」

 残り一人となった賊は、急に静かになったと思ったら、懐から何かを出して地面に叩き付けた。

 すると、そこからケムリが辺りに広がる。

 「ビアンカ! 離れろ! ケムリを吸い込むなよ!」

 何のケムリか分からないが賊を逃すまいと、

 『ウインド!』

 得意の破廉恥魔法で周りのケムリを吹き飛ばす。

 最後の賊は、来た道から逃げようとしていたが、すぐに追い着く。

 賊は振り向き様に曲刀を振るったが、刀で曲刀を受けるのでなく、刀で曲刀を切った。

 「な、何だと!?」

 驚き身体を硬直させている賊を蹴り飛ばして、最後の一人も気絶させる。

 (さっきの曲刀を振る動きは……)

 何となく違和感を覚えたが、気絶させた賊を縛って拘束し一箇所に集めた。

 「ビアンカ悪いけど、戻ってカトレアさんと宿の人に、賊を捕まえた事を知らせて……」

 ビアンカに指示を出している最中に、カトレアさんと他のみんながユカタを着て現れる。

 「カザマ、ご苦労様、後はこちらで片付けておくわ……」

 ちなみに、カトレアさんは愛用の皮のムチを手にして柳眉を吊り上げていた。

 アウラは既に魔法を発動中なのかキラキラと光っている。

 アリーシャとエドナは汚い虫を見る様な冷たい視線を送っていた……。

 (もしかして、賊じゃなくて痴漢と間違えているのでは……)

 俺は、みんなの殺気に首筋から汗が出て寒気を覚える。

 そして、この面子を相手に自分は必要ないだろうと思い、この場を離れた――。

 しばらくして、男たちの叫び声が響いた。


 ――露天風呂。

 宿に戻った俺は先程の騒動もあり、早く温泉に入りたい気持ちが高まっている。

 さっき皆は全員ユカタを着て、温泉から出た後の様だった。

 一応フロントの人に確認してもらい、露天風呂に誰もいないことを確認する。

 「今から俺が露天風呂に入りますので、誰か入ろうとしたら一言注意して下さいね」

 念のためフロントの人にお願いして、万一の際の正当性を確保した。

 (お約束の展開も嬉しいが、昼間の事を許してもらったばかりだ。しかも、さっきはあんな騒動があった……)

 ユカタとタオルは持って来ていたので、そのまま露天風呂に向かう――。

 

 脱衣所に入って周囲を見渡すと、日本の作りと似ている。

 この街に温泉を伝えたのは間違いなく日本人だろう。

 そうなると、当然温泉のマナーも日本と同じ筈である。

 俺は着ていたニンジャ服を籠の中に入れて、念のため他の籠が空なのも確認した。

 「良し!」

 独り頷き、腰にタオルを巻いて露天風呂がある方に歩く。

 

 湯船に浸かる前に当然髪と身体を洗う。

 本当はニンジャ服も洗いたかったが、マナーに反するので、後で別の場所で洗うことにした。

 身体を洗った後、移動の際に腰に巻いていたタオルを頭に載せると、ゆっくりと温泉に浸かった……。

 「はあーっ……生き返るようだ! 久々の風呂は良い……」

 オジサンみたいなセリフを吐いて、目を閉じて肩まで浸かる。

 久々の入浴を何も考えず、ただ呆然と温まり温泉を満喫した。

 

 しばらく湯船に浸かったままでいたが、脱衣所の辺りで何となく人の気配がする。

 (貸し切りだと聞いたが、誰か間違えてたのか? 一応フロントの人に言っておいたが、独り占めしたい訳じゃないからな……)

 温泉に浸かって、いつも以上に心も温かくなっている。

 足音が近づいて来たが、心地良い気持ちのまま夜空を見上げていた。

 「チャプン、チャプン……」

 俺のいる場所と反対側の方から湯船に浸かる音がする。

 (おいおい、掛け湯もしないで入ったのかよ! まあ、この国で俺のように温泉のマナーを知ってる人間もいないか……)

 俺はこの国に来て性格が変わり、普段なら注意していたかもしれない。

 ただ今は温泉に浸かり、いつもより心も温かくなっていたので、敢えて気にしないことにした。


 しばらくして、再び脱衣所の方で人の気配がする。

 (……あっ? 脱衣所が騒がしくなってきたな……一人や二人なら、気にしないつもりだったが……)

 静かに温泉を楽しんでいたのを邪魔されて、段々腹が立ってきたが、

 「ビアンカ! 待ちなさい! まだパンツを履いたままよ!」

 そこへ何故かアウラの声が聞こえた。

 (えっ!? ど、どうして……もしかして、ビアンカとアウラが入って来るのか? 俺はちゃんと確認したよな? 悪くないよな? い、良いよな? 一緒に入っても……はっ!? 今、俺の他にも誰か入ってるぞ! と、止めないと……ビアンカとアウラの裸を俺以外のヤツに見られてしまう……)

 突然のアウラの声に動揺したが、今は緊急事態だと認識する。

 今まで黙認していたが、湯煙で見えない人に話し掛けようとした。

 「アウラ! ビアンカ! 静かにして頂戴!」

 俺が声を出す前に、相手の方が声を上げて……カトレアさんだった。

 (……はっ!? 何で、俺は気づかなかったんだ? 俺のニンジャのスキルや普段の訓練は、何のためにあるんだ! い、いや、それより、何かヤバイ状況じゃないのか……)

 俺は自分と一緒に湯船に浸かっていた相手がカトレアさんと知り、気づかなかった自分にショックを受けたが、それよりも今は脱出しなければならないと直感する……。

 (幸いな事に湯煙で視界が悪く、まだビアンカは脱衣所にいる。しかし、それも時間の問題だ。脱出経路は……)

 魔法を使うとカトレアさんにバレルと思い、湯船のお湯を水鉄砲の要領で、自分から離れた場所へ飛ばす。

 そして、すぐに木の壁を飛び越え、外に逃げた。

 腰にタオル一枚を巻いて、肌寒い外を無心になって走る。

 宿の裏手から再び中に忍び込み、その後も周囲の気配を警戒しつつ、何とか自分の部屋に戻ることが出来た。

 部屋に戻った俺は、一応用意していたラフな服を着てひとまず安堵する。

 (あ、危なかった……でも、どうしてこうなった! フロントの人に話した筈なのに……ひと言文句を言いに……)

 俺は動きを止める。

 今俺がフロントに行き怒ったら、逃げた意味がなくなるのに気づいたのだ。

 (俺は悪くないのに、後から脱衣所に置いた服を取りに行かないと……。忘れたことにして、出た時には誰にも合わなかった事にすれば、大丈夫な筈だ……)

 俺はベッドの上に横になった。

 (折角、気持ち良く温泉に浸かっていたのに、台無しだな……)

 疲れていたのか、そのまま眠ってしまう――。

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