6.ダウン
阿修羅の六本の腕から繰り出される連続攻撃は、速いだけではない。
六本の腕から繰り出されることで、左右だけでなく、上中下段のどこから攻撃がくるか予測し対応しなければならない。
フェイントがないので、身体の動きから左右のうち、どちらがくるかは予測出来る。
しかし、六本腕の相手との対戦経験は当然なく、経験による判断がつかない。
更に六本腕があることにより、同じ段の腕以外で二本以上の攻撃や左右同時の攻撃が時折雑ざっている。
二本腕の普通の人間の場合、左右同時のパンチは力が入らない上、打ち終わりの際に完全にガードが空いてしまい、無防備になる。
だが、六本の腕の阿修羅は、複数の腕の攻撃は若干威力が落ちるものの、無防備になることはない。
俺は機関銃の様に連射される攻撃に、攻めあぐねていた。
(何とかしないとじり貧だ。神さま相手にスタミナ切れは期待出来ない……)
強引にでも、前に出なければならない。
と分かってはいるが、阿修羅の攻撃はコブシ以外に力士の突きの様な型もあり、前に出る事が出来ない。
(足技を必要としない理由が、何となく分かった気がするが……!? そういえば先程から正面に対しての面制圧ばかりだが、左右に揺さぶったらどうだろうか……)
俺はガードの姿勢まま、身体を左右に揺すり始めた。
「想像以上に丈夫で驚かされたが、貴様の取り得は恐らくタフなことであろう。重戦士並みの硬さだな……。だが、これだけの攻撃を受け続け、流石に貴様も限界のようだ。人間にしては我慢強いと認めてやろう」
阿修羅が攻撃を続けながら語り出したが、俺がダメージを蓄積させふらついていると思い、自身の勝利を確信したのだろう。
俺にとっては好都合の筈が、俺が気にしていることを指摘されて苛立つ。
俺は更にムービングの幅を広げる。
そして左に身体を大きく振り、振り戻しの反動で左フックを放つ。
「グフっ!」
阿修羅の身体がくの字に曲がる。
俺はこの隙を逃さず、再び右のアッパーの体勢に入る。
しかし、流石は戦いの神さまだ。
先程の攻撃を身体が覚えたのか、顎を守る様にすべての腕を身体の中心に寄せ、下からの攻撃に備えている。
俺はこの攻撃を止め、別の攻撃に切り替える。
阿修羅はフェイントを使わない。
つまりフェイントという概念を知らないということ。
阿修羅は来ると思っていた攻撃が来ないため、硬直する。
それはほんの僅かな時間である。
だが、その一瞬は最大のピンチとなり、俺にとっては最大のチャンスとなる。
俺は渾身に左ストレートを、阿修羅のがら空きの顔面に浴びせた。
阿修羅は後方に吹き飛び、またも背中から地面に転がる。
二度目のダウンである。
ラウンドがないので、テクニカルノックアウトはないが、このダウンは大きい。
「カザマ、やったっすよー!」
「カザマ、信じていたわ!」
ビアンカとアウラが、飛び跳ねながら俺に声援を送った。
(あっ!? 馬鹿! ふたりとも、何言ってるんだ! フラグになる言葉を……)
俺は口元を引き攣らせつつ、小さく拳を上げてふたりの声に応える。
正確には先程からも声援を送ってくれたが、戦いに集中していたので応える余裕がなかっただけだが。
先程と同じ展開に嫌な予感がして、当然俺は気を緩めていない。
それにブリュンヒルデさんの表情は硬いままで、神さまたちもアレス以外同様だ。
俺は警戒をしつつも、倒れた阿修羅にカウントを数え始める。
「ワン、ツー、スリー――」
俺のカウントは続き、セブンで阿修羅はゆっくり起き上がる。
定石通りで偶然だと思ったが、これで二度目。
益々嫌な予感がするが、阿修羅の怒りの形相が険しい。
「貴様、油断をしていたのは認めるが……またもふざけた掛け声は無礼であろう」
「ヒィイイイイ――!? 誤解です! さっきも言いましたが……俺の世界では、格闘技でダウンした相手にカウントを数えるんです。カウントテン、つまり十秒以内に立ち上がらなければ、相手を倒したことになるんです。本当はレフェリーがいて、カウントを数えるのですが……」
俺は自分の正当性を訴えたが、
「何をふざけたことを……やはり、インドラが言った様に、私を油断させようとしたな。訳の分からぬ言い訳をするとは……」
阿修羅は怒りの形相で身体を震わせた。
俺は誰かに誤解を正してもらおうと考えるが、先程アレスに裏切られたばかり。
「コテツ、誤解されているみたいなので、代わりに説明してくれませんか」
「うむ、貴様、何故私がその様なことを……!? 貴様が何を言っているのか分からない。それより戦いの最中に余所見をして、余裕があるのか。相手に失礼ではないか」
アレスと同じセリフを口にするコテツに裏切られたと思ったが。
視線を戻すと、阿修羅は顔を真っ赤にして怒りを顕にしている。
(コテツ、わざとですね。酷いじゃないですか……)
俺は悔しさを堪えられず、念話で文句を言ったがコテツからの返事はない。
阿修羅との戦いが再開されるが、またも阿修羅の方から仕掛けてくる――
先程と同じく阿修羅の連続攻撃が繰り出された。
先程は初見で戸惑ったが、今度は対策まで立て実行したので余裕がある。
俺は同じ様にガードを固めたまま、身体を振った。
そして右に身体を大きく振り、振り戻しの反動で右フックを放つ。
「グフっ!」
阿修羅の身体がくの字に曲がる。
阿修羅も予想はしていただろうが、正面ばかりに意識がいく癖は修正が利かないようだ。
俺の見立て通り、阿修羅は立体的な攻撃に弱い。
だが、俺は何か腑に落ちなかった。
ビアンカとジャンヌは兎も角、ブリュンヒルデさんは全方位からの攻撃を凌がれたのだ。
それでもここは、攻撃するしかない。
先程と同様に右アッパーの体勢に入るが、やはり四本の腕がガードを固めている。
左ストレートの体勢に入るが、上段の二本の腕がガードを固めている。
(戦う度に学習して、強くなっている……)
不意にこんなことを思うが、この好機に今度こそはと昂った。
フックが効果的なことから、更に左右、後方へと攻撃方向を切り替える。
そのためにパンチを繰り出すのは、フェイク。
阿修羅を中心に反時計周りへと、移動を始めた。
これは俺が得意とするニンジャとしてのスキル。
動きの止まった阿修羅に対して、緩急をつけながら移動を始める。
阿修羅に俺の術が通用するか分からず、初めの段階では用心して使用しなかったが。
今は二度ダウンを奪い、それなりにダメージを負っている筈。
阿修羅は硬直を解き、防御の体勢から俺の動きに反応を示す。
俺は阿修羅を中心に反時計回りに緩急をつけながら移動して、時折攻撃を仕掛ける。
左のジャブが面白い様に、阿修羅の顔面を捉えた。
(効いている! 俺の術が通用するようだ!)
俺は、学習能力が高い阿修羅が対応を始める前に、勝負に出る。
前に突進する威力を活かして、左ジャブから右ストレート。
所謂ワンツー。
単純な攻撃だが、単純なだけに力のある攻撃を容易に放ち易い。
阿修羅は、尚も俺の残像を追いかけている。
左ジャブから、俺の渾身の右ストレートが阿修羅を捉えようとした瞬間。
余所見をしていた阿修羅が、俺の方に視線を向けた。
そして上段の左腕で、俺の右ストレートをいなし、右コブシが俺の顔面を叩きつける。
「アチョー……オウオウオウ……」
阿修羅の咆哮が響く。
(何が起きた……)
俺は前のめりになって地面に倒れた――。




