表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第六章 水の街へ向かう
38/488

5.宿場街ボルーノの名物

 ――宿場街ボルーノ。

 夏の陽射しは高く、盆地の気温は高い。

 御者台に座る俺は、照りつける陽射しに全身から汗を流している。

 隣にいるエドナも同じであった。

 俺たちの馬車は、ボルーノの街の入り口へ向かっている。

 この街もオルコット村と同じ様に木の壁で覆われていた。

 但し街というだけあって、規模は村より大きい。

 街の入り口では、カトレアさんから預かったオルコット家の家紋を見せて、あっさり通してもらった。

 俺の冒険者のブレスレットでも良かったのだろうが、貴族さまの立場があるようだ。

 街の入り口を通ると、その時に教えてもらった貴族様たちの御用達の宿に向かう。

 街の中央付近は、人種以外のヒトだけでなく見慣れない服装の人も見掛ける。

 俺はエドナと一緒に街の様子を話していたが、目的の宿に着いた。

 宿の入り口にはお店の従業員がいて、俺が馬車から降りなくても皆を宿の中へ誘導してくれて、俺は独りで馬車を厩舎へ移動させる。

 ジャスティスとカレッジを厩舎の人に任せ、独り遅れて宿のフロントに話すと、部屋へ案内してくれた。

 部屋の扉を開けてもらい中に入ると、狭い部屋に独りだけである。

 この部屋は貴族の従者用の部屋らしい。

 俺たちの馬車はジャスティスたちの足が速くて、予定より早く着いた。

 夕食まで時間があり、俺は特にすることなくベッドに横になる……。

 (楽しみにしていた旅行なのに……)

 人は些細な行き違いで、こうも変わるものなのかとシミジミ感じながら、天井を見つめている。

 しばらく呆然としていたが、このまま横になっていても仕方ないと身体を起こし、独りで街の散策に出掛けた。

 エドナを誘おうか迷ったが、まだ他のみんなと顔を合わせるのが気まずい。

 

 ――ボルーノの街中。

 露店を見て気づいたのは、この街から温泉が出る事だった。

 (中世ヨーロッパ風の設定の世界で温泉はありなのか? いや、この世界に来てからシャワーはあったが、風呂には入ってない……これはアリだ!)

 俺は自問自答して納得する。

 温泉は宿にもあるだろうと思い、変わったものを探して散策した。

 すると、馬車の上からも気になった服装の人たちが目につく。

 黒い布を巻いた様な帽子を被り、黒い服に褐色の肌をした人たちである。

 俺は思い切って話し掛けることにした。

 「やあ、俺は旅の者だが、あなたたちも遠くから来たのですか?」

 男たちは訝しげに俺を見つめ互いに何か話している。

 「……はあっ? お前の服装は確かに見慣れないが、この国の冒険者だろう?」

 その中の一人が返事をしたが、俺のことを怪しんでいるようだ。

 返事をしてくれた男にブレスレットを見せながら言った。

 「えっ!? これですか? 俺は一ヶ月前、この国に来て仕事を紹介してもらったんですよ」

 俺は親しげに答えたつもりだったが、男たちの表情が険しくなる。

 「はっ!? 一ヶ月前? 嘘つくなよ! 一ヶ月前に冒険者になったヤツが、何で『レベルⅣ』の冒険者なんだ! もしかして、俺たちを騙して何か企んでるのか?」

 「えっ!? 『レベルⅣ』って、何時の間に……墓地の後かな?」

 俺は拳に顎を乗せて記憶を辿るが、男たちの表情が益々険しくなった。

 「何、独りでブツブツ言ってるんだ!」

 「……スミマセン、自分でも自覚がなかったもので……」

 「お前、無自覚でレベルⅣになったのか? お、俺たちは何も疚しいことはないんだ。悪いが、そっとしておいてくれないか?」

 「はあ……スミマセン……」

 俺はここでも悪くないのに謝ったが、余程怪しかったのだろうか……。

 怪しい感じの人たちに怪しく見られて心が痛んだ。

 最近はステータスを見る必要性を感じずに忘れていた。

 だが、いつの間にか、『中級ニンジャ』で『レベルⅣ』になっていた。

 ステータスは……体力『C』、力『D』、素早さ『A』、耐久力『B』、賢さ『A』、器用さ『A』、運『B』、魔法『A』となり、素早さと耐久力と器用さと魔法が上昇。

 スキルは『各種アシ』と変わりなし。

 (……これって凄いのかな?)

 後でアリーシャに聞いてみようと思ったが、今は微妙な雰囲気だった。

 知らない人に話し掛けるのは止めて、再び街の散策を始める――。


 しばらく露店を回り、変わった服ばかりを扱っている衣類店に目が留まった。

 「お、おじさん! これは!?」

 店の中に入り、置いてあった物を見ると思わず訊ねてしまう。

 「はい、これは、この街の温泉を作った方が紹介された服の様ですが、残念な事にどの様に着るのか分からなくて……」

 「俺、それ買いますよ!」

 俺の迷いのない言葉と笑みを見て、店員さんは怪訝な表情を見せた。

 「えっ!? 良いのですか? もしかして、お客さんの着ている服も変わってますが、この服をご存知なのですか?」

 「ああ……これは、俺の国にある伝統的な服で『ユカタ』と言うのです。男性用と女性用で着方が違いますが、良かったら教えましょうか?」

 「はあーっ!? な、なんですと……」

 おじさんは余程驚いたのか、大声を上げると、しばらく口をぱくぱくさせる――。

 俺はおじさんと他の店員に、実際に着せて帯の巻き方まで丁寧に教えた。

 「あ、ありがとうございます! この街の新たな名物になるかもしれません! 今回はお礼と言うことで……一着分のお値段で、適当に何着でも持って行って下さい!」

 (街の名物になる程なら、随分安くないか……)

 冷静に価値観を分析したが、もう面倒はゴメンだと、二着くらい手にして動きを止める。

 (みんなの分も……もしかしたら、喜んでくれるかもしれない。それに、みんな良く似合いそうだ)

 自分の分は適当に選び、みんなの分は色々と吟味して選び出す。

 お店の人は六着も持っていかれると思わなかったのか、顔を引き攣らせた……。

 ユカタを大事に抱えて、陽が傾き薄暗くなった街路を足早にし、宿に戻る。


 ――宿の中。

 フロントでみんなの部屋を聞いた。

 女性は五人なのでカトレアさんが個室、アリーシャとエドナ、ビアンカとアウラの部屋割りだった。

 さっきのことが気になり躊躇われたが、無難に話が出来そうなアリーシャとエドナの部屋のドアを叩き、一度深呼吸する。

 「……お、俺だけど、今いいか?」

 「俺とは誰のことでしょう?」

 俺の呼びかけに、アリーシャの返事は冷たい。

 アリーシャの意地悪な返事に、少しムキになり言葉を返す。

 「アリーシャの仲良しのカザマだよ! もういい加減に許してくれないか?」

 しばらくして扉が開いたが、扉の隙間からアリーシャが顔だけ出した。

 「さっきエドナから話を聞いたので、もうみんな怒ってないですよ。それより、今まで何処に行っていたのですか?」

 アリーシャは、含みのある笑みを見せる。

 「ちょっと、な……」

 アリーシャは、小首を傾げる。

 「何か、気になりますね……」

 「ああ、気にしてもらえる様に話したからな……実は、みんなにプレゼントがあるんだ」

 俺はそう言って、自分の分も含め六人分のユカタが入った大きな袋を見せた。

 「さっきから何を話してるの……」

 エドナも俺たちの話が気になったらしい、俺はやっと部屋に通される。

 「これは俺の国の伝統的な『着物』という服の中のひとつで……『ユカタ』というものだ。今はユカタの様な着物を着る人は少なくなったが、伝統的な行事とかで……今でも着る習慣がある。それで、これはこうやって羽織って、前を重ねる時も左側が上に来る様にと……色々と決まりがある……男性と女性では、特に帯が違う」

 俺は自分のユカタを出して、実際に羽織ながら説明した。

 アリーシャとエドナは呆然と眺めていたが、俺が羽織ってみせると瞳を輝かす。

 「何だか、とても複雑な服なのですね。さぞかし身分の高い人が着る服なのでしょうね」

 アリーシャは、他国の民族衣装に知識欲を刺激されたようだ。

 俺は、それに対して分かり易く解説をする。

 「ああ、確かに着物には色々種類があって、昔は高貴な身分の人が着るものもあったみたいだ……だが、今俺が持っているのは、庶民が着るものだ」

 アリーシャの瞳が大きく開いた。

 「えーっ!? 庶民が着るということは、メイドがいる訳ではないですよね? カザマの国は服を着るのに、これだけ時間を掛ける程の拘りがあるのですか?」

 余程驚いたのか、手に取ったユカタを引き裂きそうな勢いだ。

 アリーシャは賢く、気遣いが出来るしっかり者だが……。

 (メイドが着替えを手伝うという発想は、貴族の娘ではないか……)

 思わず脳裏を過ぎったが、遠く離れた日本の文化のついての説明を続ける。

 「いや、そうでもないらしい。俺は滅多に着ないから時間が掛かるが、慣れると速く出来るみたいだ」

 口を半開きにして呆然と眺めていたエドナが、我に返った様に口を開いた。

 「えー……そうなんだ。でも、何で急にそんな服を持って来たの?」

 俺はエドナの言葉を聞き、尤もだと頷く。

 「ああ、たまたま露店を見て回っていたら、衣類店でユカタを見つけてな……懐かしくて話を聞いた。何でも、この街に温泉を広めた人がユカタも教えたそうだ。ただ、ユカタの着方だけは、広まることがなかったらしい。着方が分からずに衣類店で眠っていたそうだ。俺が店の人に着方を教えたら、この街の名物になるかもしれないと言ってたぞ。全く大げさな話だが……」

 説明している内に、久々に日本の事を思い出し懐かしくなった。

 そんな俺を二人は怪訝な表情で見つめ、アリーシャが話し出す。

 「……カ、カザマ。たまにカトレアさんが口にする言葉ですが、あなたは何者ですか? この街の温泉は有名ですが……これを広めた人は東の砂漠よりも、遥か東の果てから来たと聞いた事があります」

 俺は戸惑いつつも口にしてしまったことは仕方ないと、

 「……アリーシャ。初めて会った時に言ったよな。俺は遠くから来たと……いつか話せる時が来たらな……」

 アリーシャに小さく笑みを溢した。

 「そ、そうでしたね。お互いに国の事とか聞かない約束でしたね。でも……私の秘密の方が、小さく感じる様になって来ましたが……」

 アリーシャは硬い表情が少しずつ崩れて、笑みを浮かべる。

 俺とアリーシャは笑顔で見つめ合っていたが。

 「……え、えーと……お二人さん、アタシもいるんですが……何だか、さっきから雰囲気が……カトレア先生に知られたら……」

 エドナは途切れ途切れに話し、顔が強張っている。

 俺は瞬時に反応するが、最後の言葉は聞き捨て出来ならない。

 「えっ!? おまっ!? そ、それだけは止めてくれー!!」

 エドナの両肩を掴んで、揺すりながら必死に頼んだ。

 「な、何するのよ! そ、そんなにムキにならなくても……ツバが……」

 エドナは驚いて顔を背けるが、俺は掴んだ手を離さずにいた。

 「ああ…スマナイ! 兎に角、カトレアさんには言わないでくれよ。本当にあの人はヤバイから……」

 それから一気に空気が重たくなった――。


 俺は、黙々とアリーシャとエドナに女性用のユカタの着付けを教えている。

 「……ところで、ビアンカにも着せてあげたいが、尻尾の部分はどうしようか? 尻尾を通す穴を加工してあげたいが、実際にサイズ合わせをしないと……」

 「わ、分かった! アタシが呼んで来る!」

 エドナはここぞとばかりに、足早に部屋を出て行った。

 「なあ、エドナとビアンカって、仲が悪かったんじゃないのか?」

 「へっ!? それは、私も聞いた話なのですが……もう良いかもしれませんね。エドナが青空教室に通い始めた頃、ビアンカも当時は勉強していた様です。ただ、勉強が嫌いなビアンカは良くサボったりして……エドナは真面目な性格なため、何かの拍子にビアンカを馬鹿にしてしまったそうです。私も実際に見た訳ではないのですが――。それが切っ掛けで険悪な雰囲気になり、その空気に耐え切れなくなったエドナの幼馴染の男の子たちも、通わなくなったと聞きました」

 俺はアリーシャの話を聞いて頷いたが、

 「なるほどな……!? 家の手伝いが忙しいと聞いたぞ?」

 以前聞いた話と違うと気づいた。

 アリーシャは苦笑しつつも、エドナと初めて会った頃と違う事を話す。

 「ええ、どうもそれは建前の様ですね……でもカザマがいない間に、エドナが皆の前でカザマのセクハラの件を説明して、ビアンカにも以前の事を謝りました。急にどうしたのかと、みんな驚いたのですよ。でもエドナは、カザマのためにビアンカに謝ったのかもしれませんね……」

 俺は最近仲良くなった気がしていたが、まさかと驚愕する。

 「えっ!? 俺がいない間にそんな事があったのか? そう言えば馬車で話してる時に色々と説明したが、まさかそんな事があったとはな……エドナは俺が思っている以上に、面倒見の良いヤツなのかもしれないな」

 俺とアリーシャがそんな話をしていると廊下から賑やかな声が近づき、扉が開いた。

 「連れて来たわよ!」

 エドナがビアンカの手を引いて戻って来た。

 「もうー、いきなり何っすか。凄い力で引っ張って……」

 次いでアウラが部屋に入って来る。

 ビアンカは先程の事があってそわそわしていたが、俺とアリーシャが着ているユカタに気づいたようだ。

 「な、なんっすか、その服は?」

 「わー……変わった服ね? とても綺麗だわ!」

 ビアンカの尻尾は左右に揺れ、アウラは花が開く様な笑みを浮かべる。

 「俺の国の伝統的な衣装でユカタというものだ。今は夏祭りとかそういったイベントで着るが、普段から着る人は少ないかな……ちなみに、みんなの分も用意してある」

 ここぞとばかりに、俺は腕を組んで誇らしげに説明した。

 アウラは両手を口に添えて、瞳を大きく見開く。

 「えっ!? 私たちの分もあるの……でも、それって高価なものではないのかしら?」

 「アウラ、それは大丈夫だ。詳しくはアリーシャに説明したから後から聞いてくれ。それより、ビアンカが着れるように、少しユカタを加工したい。二人とも着方を教えるから着てみてくれ」

 「ア、アタシの分もあるっすか?」

 「ああ、だから、ちゃんと着られるように尻尾を通す穴を作りたい」

 俺の話を聞くと、今までに見たことがないくらい激しく尻尾が動きビアンカは大輪の笑みを溢す。

 それから、俺はビアンカとアウラにも着付けを教えて、ビアンカのユカタには尻尾が通る穴を加工した。

 俺は、皆にユカタをプレゼントして部屋を出る前に、アリーシャにお願いする。

 「後でカトレアさんにもプレゼントしたいんだが……その、何だ……俺が貴族のお嬢様に着付けとか、色々とマズイだろ……」

 俺が頬を掻いていると、アリーシャは溜息を吐いた。

 「はーっ……分かりました。要するに、私がカザマの代わりにすれば良いのですね」

 「す、すまない……その、いつもアリーシャには、世話になってばかりだな」

 申し訳ない気持ちで話し始めたが、段々恥かしい気持ちに変わり目を逸らしてしまう。

 「ま、まあー、そういうことなら仕方ないですね」

 アリーシャも初めは不満そうに眉を寄せていたが、満更でもなそうに小さく笑みを浮かべる。

 俺はみんなと仲直り出来た気がして安堵したが、それとは別の何かを感じた。


 ――夕食。

 カトレアさんが初めに上座の様な席に着くと、それに合わせる様に俺たちは席に着く。

 夕食は貴族さまの御用達の宿だけあって豪勢である。

 みんなは会話を弾ませながら豪華な夕食を堪能した。

 食事も満足だったかが、みんなの機嫌が良くなってくれた事が一番嬉しい。

 ユカタを喜んでくれたからか、エドナの話が効いたのか、食事が美味いからか……理由は、どうでも良い。

 このメンバーの中で、唯一テーブルマナーを気にしてか、終始笑顔を浮かべたり小さな相槌などで、言葉を発しなかったカトレアさんが俺に話し掛けてきた。

 「カザマ、私たちは食事が終わってから温泉に入るわ。あなたは、寝る前に入りなさい。私たちが使う温泉は、貸し切ってあるから遠慮なく寛いで頂戴」

 「えっ!? 良いんですか……ありがとうございます!」

 俺は、久々に入る風呂が温泉で、しかも貸し切りと聞いて飛び上がりたくなる程嬉しかった。


 ――幸せの回想。

 夕食が終わり部屋に戻った俺は、温泉に入る時間を待ち遠しく思いつつ、ベッドで横になる。

 結局、今日は俺の誕生日なのに、俺からみんなにプレゼントをあげてしまった。

 それに、今日も色々な事があった。

 みんなを怒らせてしまったが、夕食までには誤解も解けた。

 結果的にみれば、エドナとビアンカを仲直りする切っ掛けにもなった……。

 (祝ってもらった訳ではないが、今までで一番楽しい誕生日だったかもしれない)

 しばらく素朴な幸せを感じていたが、お風呂まで待ちきれなくなり、少し散歩することにした――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ