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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第六章 水の街へ向かう
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2.旅行の前

 ――夕食後。

 ヘーベは佇まいを改めて、先程までの花が開く様な笑顔から凛とした表情に切り替える。

 「……さて、美味しい食事を頂いたところで、二つ話があります」

 俺も背筋を伸ばして真っ直ぐにヘーベを見つめた。

 「まずは、明日冒険者ギルドに行って、レベッカさんから報奨金をもらいに行って下さい。まだ騒ぎになる前でしたから金額は少ないそうですが……。二つ目は明後日、カザマがこの世界に来て一ヶ月になりますね。それから、あなたの十六歳の誕生日です。私から旅行をプレゼントするわ」

 俺はヘーベの言葉を聞き、みるみる喜びが溢れる。

 「へっ!? りょ、旅行ですか! ヘ、ヘーベと一緒にですか?」

 この世界での生活に夢中で、自分の誕生日のことをすっかり忘れていた。

 だが驚いたのは、報奨金の事でも誕生日の事を言われたからでなく、旅行に誘われたことである。

 「えー……それも魅力的ですが、私はこの街から離れることができないから……。そこで、モーガンさんに話しておきました。お友達のお弟子さん仲間を誘うと良いわ」

 「えっ!? 本当ですか!!」

 俺はヘーベと二人の旅行だと思い、心が震えた。

 しかし、アリーシャやビアンカたちと一緒に旅行と想像しただけで、天にも昇る気分である。

 落胆から一気に精気が満ちるが、気づいてしまう。

 「はっ!? でも、俺が旅行に行くと、ヘーベが独りになってしまいます……」

 「大丈夫です。私は慣れていますし、話し相手くらいはいますから」

 ヘーベとの生活にもすっかり慣れて独りにするのに気が引けた。

 話し相手がいると聞いて安堵するが、相手が誰か気になってしまう。

 何故なら、ヘーベは頬を染めながら言ったのだ。

 (だ、誰だよ? そいつ、男じゃないよな……)

 「話し相手って、女の人ですよね……」

 「何かしら、心配しているの? あっ!? もしかしたら、ヤキモチですか? でも、大丈夫です。女の人もいますし、そういう関係ではありません」

 「そ、そうですか……」

 俺はその話を聞いて安堵し、肩を上下させる。 

 「旅行先は『ベネチアーノ』という水の街です」

 「おーっ!? もしかして、俺の世界のあそこと似た様な所ですか?」

 俺は似た様な地名を知っていた。

 もしかしてと思っても可笑しくはないであろう。

 「あそこというのが、何を意味しているのか分かりませんが、そこです」

 ヘーベは俺の興奮とは裏腹に落ち着いた口調だ。

 俺は、これまでの経験から怪訝な表情を浮かべる。

 「それから少し言い難いのですが……そこには『愛』の感情が秘められたピンク色の宝石があります。おそらく所持しているのは、マーメイドです」

 ヘーベの話に案の定だと、うな垂れつつも念のため訊ねる。

 「……お、俺の誕生日のお祝いではないのですか……」

 「い、いえ、確かにカザマのお祝いよ! でも、折角だから一緒にと思って、効率的ですよね……」

 初めの真剣な表情はどこへ行ったのだろうか。

 今のヘーベはそわそわしながら、視線の先が泳いでいる。

 初めて街から村へ向かった時のように、俺のテンションはダダ下がりした。

 「いや、大丈夫です。気にしないで下さい。もう慣れましたから……」

 「えっ!? その言われようは、私にとって随分心外なのだけど……でも、少しカザマに悪いわね。他にお祝いは考えておきますね」

 ヘーベは話を終えると足早に席を離れる。

 俺は、しばらくテーブルに頬杖を突いて呆けていたが。

 部屋に戻り、酒場に行く時間まで休んだ。


 ――酒場。

 「グラッド! 聞いてるのか!」

 「ああ、聞いてるよ……気持ちは分かるが……今日は良いこともあったんだろう。刀だったか? 凄い切れ味だと聞いたぞ!」

 俺は先程のことを思い出して、ノンアルコールのソーダ水で悪酔いした様になっていたが、グラッドに愚痴を聞いてもらっている。

 「おっ!? グラッド。お前……刀の事を知ってるのか?」

 「まあな、俺はかなりの情報通だからな……」

 「そうか……日本刀は、この世界でも、知ってる人は知ってるんだな……」

 俺は思わず故郷である日本の事を思い出した。

 まだ、この世界で一ヶ月も経ってないが、日本での日々は遠い過去に感じる。

 「大分落ち着いて来たじゃないか……カザマ、マーメイドだったか? 歌には気をつけろよ! 人を……特に俺たち、男たちを魅了するスキルを持っている。分かっていても低レベルだと取り込まれるぞ」

 グラッドは俺の様子を見て、旅行先の情報を教えてくれた。

 俺は日本の思い出に浸っていたが、グラッドの話に食いつく。

 「何? そんなにヤバイのか?」

 「ああ、俺は高レベルだから耐性がある。だが、もし低レベルだったら、俺にとっての天敵になり兼ねない相手かもな……」

 グラッドはそう言うと、思い耽った様に眼差しを遠くに向けた。

 (格好付けているが、要するにスケベの天敵ってことだろう。俺には関係ないな……)

 俺はグラッドを見ながら軽く頷いたが、その様子が視界に入っていたのかグラッドは満足そうに笑みを浮かべる。

 グラッドは勘違いしているようだ。

 俺はグラッドと話をして気持ちが落ち着き、教会に帰った。


 ――異世界生活二十九日目。

 朝食の準備をしていると、ヘーベが起きてきた。

 ちなみに、女神さまだけに眠っているかは分からない。

 「お、おはよう。忘れずにレベッカさんの所に行ってね……」

 「おはようございます。大丈夫です。ちゃんと覚えてますよ」

 「あらっ!? もう怒ってないのかしら?」

 俺はヘーベの言うように怒っている訳ではない。

 ただ気まずくて、今朝は顔を合わせ辛かったのだ。

 「べ、別に俺は怒っていませんよ。少しガッカリしたというか……そんな感じです。そもそも、俺の考えは分かる筈でしたよね?」

 「えっ!? まだ、今の私では大体しか分からないわよ。そもそも普段のカザマは分かり易いですから。破廉恥なことばかりで……」

 俺は顔を赤く染め、口を開けたり閉じたりして声を出せなかったが、

 「……も、もうこの話は止めましょう! 過ぎたことじゃないですか……ねっ!」

 強引に話を遮り、頬を引き攣らせてお願いする。

 「うふふふふ……カザマがいつも通りになってくれて良かったわ。私も昨日のことは反省したわ。何か埋め合わせをするから、楽しみにしてくれて良いわよ……」

 ヘーベは小さく笑みを溢すと、腰に手を添えて胸を張って語り出した。

 俺は首を傾げたが、あまり深く考えずに朝食を済ませると村へと向かう。


 ――モーガン邸。

 アリーシャに対して、どの様に話したら良いかと戸惑った。

 自分の誕生日のお祝いとか……恥かしくて言い辛い。

 「昨日の夕方、モーガン先生から、みんなで旅行に行って来なさいと言われました」

 アリーシャの方から話をされて、驚く反面安心してしまう。

 「えっ!? な、何だよ……もう、聞いてたのか……何だか照れるじゃないか」

 「どうして、カザマが照れるのですか?」

 俺はアリーシャの言葉を聞いて身体の動きを止めた。

 「えっ!? りょ、旅行に行く理由は、聞いたよな……」

 「はい、 何でも、ベネチアーノにマーメイドが現れたそうです。日頃の修行の成果を試すために、自分たちで考えて出来る事をするようにと言われました」

 アリーシャは力強く俺に語り、小さな握り拳を見せて鼻息を荒くしている。

 俺は動きを止めたまま、小さく呟く。

 「……それだけ?」

 「はいっ? 旅行を楽しむように……と言われましたが?」

 俺はてっきりヘーベとモーガン先生が、俺のために話を進めてくれたと思っていた。

 だが、実際はマーメイドの調査と対応がメインで、俺の話題は出なかったみたいだ。

 ヘーベが誕生日のお祝いと言ったのは、嘘だったのだろうか。

 俺を見つめているアリーシャに、口元を引き攣らせて返事をする。

 「い、いや、俺は遠い国から来ただろう。ベネチアーノという街を知らなくてな。何か必要なものはないかなと思って……早めに準備したいだろう?」

 「そ、そうですね。お昼にみんなで相談しましょうか……」

 アリーシャは俺の様子に違和感を抱いたのか、首を傾げた。


 ――昼食。

 いつも通り魔法の練習に狩りと格闘練習を終えて、俺たちは四人で食事をしている。

 「みんなも当然行くよな?」

 アリーシャから詳しい事を聞いていなかったので、みんなから話を聞くことにした。

 ちなみに、魔法練習の前に話をしなかったのは、カトレアさんが暴走した時を考えてである。

 「アタシは考え中っす。正直、街とか人の多い所は苦手っす……」

 「そんな事を言わずにビアンカも一緒に行こうぜ! 別に、街とか、人とかは関係なしにさ! 森とは違う自然の中で、遊ぶのも楽しいと思うぞ!」

 「そうかもしれないっすが……」

 「何でも、水で囲まれた街らしいぞ。もしかして、ビアンカは水が苦手な人ですか……」

 俺は、顔を背け興味がなさそうに話すビアンカを説得しようと、巧みな話術を行使する。

 「そ、そんなことはないっす! 決して得意とは言えないけど、カザマには言われたくないっす!」

 (近い! 近い! そんなに詰め寄らないで……)

 「そ、そんなにムキにならなくても……俺はただ、ビアンカとも一緒に遊びに行きたいと思っただけだ」

 ビアンカは小麦色の肌で分かり辛いが、頬が赤くなり幾分俯いた感じで黙ってしまう。

 (よし! ビアンカは落ちたな……)

 俺はビアンカが、何となく森から出たくない気がしていた。

 そのため、事前に説得の心構えをしていたのだ。

 次に俺は、アウラに視線を向ける。

 「……アウラは、行けるよな?」

 「私は、村で……その、凄く恥かしい思いをしたから……」

 アウラは村に行った時を思い出したのか、俯き加減の上目遣いで弱々しく話す。

 「大丈夫だ! また、俺が全力で盾になるし……!? もしもの時のために、顔を隠せる様なフード付きのローブを用意したらどうだ? 何だったら、俺がプレゼントするが……」

 俺はアウラが安心するようにと力強く、男らしいセリフを嘯く。

 アウラは花が開く様な笑みを浮かべる。

 「えっ!? 本当にプレゼントしてくれるの?」

 「ああ、もちろんさ!」

 「だったら行くわ! でも一応、家族に相談してみるわね」

 アウラは手を胸の前で合わせて、顔を突き出す様に答えた。

 (はあーっ!? ち、近い! ビアンカもだが、アウラは特に緊張する……)

 俺は気を取り直して、みんなに告げる。

 「……よし、これで全員参加だな!」

 「いえ、私は行けませんよ」

 何とか皆を説得して気持ちを昂らせていたが、そんな思いを否定するかの様にアリーシャは素っ気無く言い放った。

 俺は驚愕し、顔を歪めて叫ぶ。

 「はあーっ!? な、何で! お前がいなくて、誰がこんなにアクガ強い……!? こ、個性豊かな面々を纏めるんだ!」

 「キャーっ! カザマ、ツバを飛ばさないで下さい!」

 「カザマ、今アクガが強いって言ったわよね? もしかして、私たちが我がままだと思っているのかしら?」

 アリーシャが悲鳴を上げて、アウラは興奮して俺に問い詰めて来た。

 「お、落ち着け! みんな! まずはアリーシャ、少し興奮してしまい済まなかった。それからアウラ、違うぞ。聞き違いだろ? お、俺は個性豊かと言ったぞ! それに、今はアリーシャの話をしてるんだろう?」

 これまで順調に話しが進み浮かれていたのだろうか。

 まさかアリーシャが行かないとは、想像もしてなくて動揺を隠せなかった。

 「カザマ、落ち着くのはあなたですよ。私は行きたいのですが……モーガン先生の食事とか、お世話をする人がいなくなります」

 アリーシャは話の途中から俯き出して、最後は口篭ってしまう。

 俺は動揺しつつも、説得を続ける。

 「そ、そんなの大人なんだから、数日くらい独りで何とかするだろう。仮にも名の知れた賢者なんだから……」

 「だから問題なのです。私たちは仮にもその賢者の弟子なのですよ。師匠のお世話をせずに、遊びに行っても良いのでしょうか?」

 「あっ!? いや、その……」

 (アリーシャは、本当に健気で良い子だが、少しは融通を利かせて欲しい……)

 アリーシャの正論に返す言葉がなくて、色々と思うことはあったが……。

 「わ、分かったよ。モーガン先生のお世話は、俺が考えてみるよ」

 アリーシャの話を聞いて、ヘーベを置いて遊びに行く俺は……と居た堪れない思いがした。

 

 ――青空教室。

 「事情はカザマから聞いたわ。私が必要な物をすべて用意するから安心して頂戴」

 俺は、玄関前でカトレアさんが来るのを待ち構え、予め事情を説明していたのだ。

 「あのー……モーガン先生のお世話は……」

 心配するアリーシャを余所にカトレアさんの話は続き、アリーシャの表情も明るくなる。

 「アリーシャ、心配しなくても大丈夫よ。私の家の使用人にお願いしておくわ。それから、アウラのローブもカザマが変な物を買って来るといけないから、私の物をあげるわ」

 「えっ!? 良いですか? カトレアさんのローブって、結構高いものだと思うのだけど……」

 「遠慮しなくても良いのよ。使ってないローブが何着もあるから」

 「そ、それなら遠慮なく頂きます。でも、カザマのプレゼントも……」

 カトレアさんの話を聞いてアウラは驚いたが、落胆している様に見えたのは気のせいだろうか。

 「アウラ、今、何か言ったか? 俺のプレゼントとか……」

 「いいえ、別の機会にしておくわ」

 アウラは頬をほんのり赤くして、俯き加減の上目遣いで話した。

 「ちっ! その手があったか……」

 「えっ!? 今、カトレアさん、舌打ちしませんでしたか? 何か問題でも?」

 「あらっ!? カザマ、何を言ってるのかしら? 私がそんな下品な事をする筈ないわ」

 「はあー……そうですよね……」

 カトレアさんの雰囲気が一瞬変わった気がして、訝しさを抱きつつ返事をした。

 俺は、今回も何も言わず、こちらを見つめるエドナに声を掛ける。

 「ところで、エドナは行けるよな?」

 「私は一応、家族に相談しないと分からないけど……行きたいな」

 「エドナも何かあったら私に言いなさい。明日は朝の魔法の練習時間に集合して出掛けるわよ。勿論、馬車は私が用意するわ。今回の旅行は、みんなで楽しく過ごすわよ!」

 俺がカトレアさんに相談したのだが、何故ここまで精力的なのか理由が分からなかった。

 それでも色々と問題を解決して、馬車の手配までしてくれて多いに助かる。

 そんな俺にカトレアさんは、念を押すように言った。

 「明日の朝は、早めにジャスティスを屋敷に連れて来て頂戴」

 俺は留守の間、ジャスティスの世話してくれるのだと思い。

 「分かりました。俺は、今日は用事があって早く帰るから、そろそろプリンを作って来ます。アウラとエドナは、昨日の続きをしてくれ」

 アウラとエドナに自習するように促すと、プリン作りのために台所に向かった。


 ――お菓子作り。

 台所でプリンを作り始めると、森に出掛けていたビアンカが帰ってきた。

 「わー……やってるっすね」

 尻尾を左右に振りながらビアンカが近づいて来る。

 「ああ、これは簡単に作れるが、固まるのに少し時間がかかる。冷やさないといけないが……」

 途中まで言い掛けて、以前から考えていた事を思い出した。

 「なあ、お前の納屋に冷凍室を作ったら、肉をもっと長期間保存出来ないか? それに、大きい肉は獲り立てよりも、何日か置いておいた方が美味しくなると思うが……」

 ビアンカは瞳を大きくさせ、尻尾もピンっと上を向く。

 「えっ!? そんなことは考えこともいなかったす……本当っすか?」

 余程驚いたのか棒立ちになり、尻尾の動きも止まっている。

 俺はビアンカの様子を見て、更に説明を続けた。

 「ああ、今度、納屋に土魔法で地下を作って氷結魔法で冷凍室にしようぜ! 俺は土魔法が苦手だから、アウラかアリーシャにお願いしよう」

 「わー……楽しみっすね!」

 ビアンカは尻尾を左右に振り、放心状態になる。

 「垂れてるぞ……ヨダレ」

 ビアンカは慌てて口元を拭った。

 「それじゃあ、プリンは後一時間くらいしたら食べられるからな。俺はみんなにも伝えてから帰る。明日は楽しみにしてるぞ」

 俺は話し終えると台所を離れ、教室でみんなに説明すると、少し早いが街へ向かった。

 ちなみに、モーガン先生の分も作ってある。

 独りだけないと、後から色々と問題になりそうだからであった――。

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