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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第五十一章 悪魔と天使
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5.天使

 俺はパズスを警戒しつつ、ビアンカを気に掛ける。

 「ビアンカ、大丈夫か?」

 「うーん……大丈夫っす。カザマ、敵が燃えているっすよ。燃える男っすか?」

 ビアンカは立ち上がると、パズスの姿を見て両目を見開いた。

 ビアンカは俱利伽羅剣の力ではなく、俺の魔法だと勘違いしているらしい。

 「ビアンカ、あれは魔法ではなく、この剣の力だ。パズスに魔法は通用しないようだが、魔法とは違ったスキルは有効なようだ。さっきのビアンカの攻撃もダメージを与えていた」

 「本当っすか? それなら次はアタシが戦って、敵を倒すっす」

 「はあっ!? お、お前、また勝手な事を……」

 ビアンカは自身の攻撃がパズスに通用すると知ると、またしてもパズスに向かって駆け出した。

 俺は今度こそビアンカに、じっとする様に注意するつもりだったが。

 またしてもビアンカの独断専行に頭を抱える。

 ビアンカは先程と同様に加速した。

 空気を切り裂き、風を取り込むように。

 そして右腕を振るい、渾身の一撃を放った。

 

 『エア ボル ハンマ!』


 コブシを包む様に風の渦が球状を形どる。

 ビアンカがバハムートとの戦闘で編み出した最速最強の一撃。

 ビアンカの一撃がパズスを捉えようとした時。

 俺はパズスの変化に気づいた。

 先程は業火の中でもがいていたが、今は身構えたまま微動だにしない。

 「ビアンカ、読まれているぞ! カウンターだ!」

 「オオオオオオオオオオオオ――!」

 俺の声は間に合わず、パズスの雄叫びに掻き消されるようだ。

 先程の攻撃でパズスはビアンカの攻撃を見切ったのか。

 回避しつつ、右のカウンターをビアンカに浴びせた。

 ビアンカはまともにカウンターを浴びて、一直線に壁に叩きつけられる。

 パズスは鎮火しつつある炎の中から、ゆっくり歩き出した。

 「わはははははははははははは……。久しぶりにダメージを受けた。――だが、この程度か。その剣の力がその程度とは思えないが……極東の男、お前はその剣に宿る上辺の力しか引き出させていない。この程度の炎では、我を倒すことは出来ないぞ」

 パズスは全身に軽度の火傷を負っているが、厳つい顔を緩ませこちらに向かってくる。

 俺はパズスの言葉に思い切り動揺した。

 もともと俱利伽羅剣はいつも所持しているが、滅多に抜けることがなく。

 この剣の力がどの程度なのか、分かっていない。

 全然俺の言う事を聞いてくれず、本当の力が分からないのは、俺が召喚した仲間たちと同じといえる。

 俺はどの様に戦えばいいのかと困惑しつつも、こちらに向かっているパズスに剣を構えた。

 だがパズスは、俺からビアンカの方に視線を変える。

 「まだ魔獣の娘は、息があるようだな……。先程からの攻撃と防御力は目を見張るものがある。しかし、二度も我と勇者との戦いに水を差した。万死に値する。次こそは跡形も残らぬように……」

 パズスはビアンカに対して、敵意を剥き出しにすると。

 話の途中からふわりと宙に浮き、夜空に停止した。

 背中に羽があることから飛べることは分かるが、羽を羽ばたかせた訳ではない。

 重力に反して浮かぶ姿は、飛行するというより。

 自在に空を移動出来るように窺えた。

 パズスの力は圧倒的な上、本気を出している様に見えない。

 そんな相手にもかかわらず、空まで自由に移動出来るとは、

 (チート過ぎる……)

 俺は異世界召喚されて、初めてまともに戦えると思ったことを後悔した。

 しかし、パズスは俺には目もくれずビアンカを睨み、

 『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――!』

 咆哮を発した。

 夜空でも分かる程のどす黒い渦が、ビアンカに迫る。

 「ビアンカ!」

 俺は気絶して動かないビアンカに駆け寄り、剣を構えた。

 間一髪でビアンカの前に立ちはだかったが、パズスの咆哮が俺を襲う。

 対抗策を講じる暇はない。

 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――!」

 俺は我武者羅にパズスに負けない雄叫びを上げ、剣で受けた。

 炎の刃はどす黒い渦を切り裂くが、咆哮の威力を相殺出来ない。

 ビアンカは俺が盾となり守っているが、床が削られ。

 ビアンカの傍にある壁は衝撃で吹き飛ばされる。

 全身が焼ける様に熱い。

 風の刃が容赦なく俺の全身を切り裂いていき。

 切り裂かれた傷口が疼き、感覚が麻痺していく。

 パズスは灼熱の息吹を注ぐだけでなく、サソリの尻尾を持つ。

 このどす黒い渦には、猛毒が混ざった瘴気を含んでいるのだろう。

 俺の雄叫びはパズスの咆哮を弾く他に、苦痛に耐え感覚の保持に費やされた。

 全身から出血し、意識が朦朧とする――

 俺はパズスの咆哮を辛うじて防ぎ、ビアンカを守ることが出来た。

 「ビアンカ……」

 ビアンカの無事な姿を霞む視界に捉えると、そのまま意識を失くした――。


 パズスは倒れた俺の姿を見つめたまま宙に浮いている。

 そして強烈なパズスの一撃の余波でビアンカが目覚めた。

 「!? ……カザマ、カザマ大丈夫っすか? ボロボロになって……お前か!」

 俺の無残な姿にキョトンとしていたビアンカの相貌が、みるみる険しくなった。

 パズスはそんなビアンカを見下ろしたまま口を開く。

 「野獣の娘、我に対して無礼であろう。お前は二度も我と勇者との戦いを邪魔した。そして、その報いを受ける筈であった。しかし勇者が、お前を庇ったのだ。お前の軽率な行いのせいだ。逆切れするとは、まさに知性なき野獣」

 「な、な、なんすか! アタシのせいだと言うんすか! カ……カザマ……」

 ビアンカは牙を剥き出しにして、怒りに震えていたが視線を落とす。

 俺の姿を見つめ、次第に全身の緊張が緩まっていき。

 力なく俺の傍らにしゃがみ込んだ。

 ビアンカの頬からポタポタと大粒の涙が落ちて、俺の顔を弾く。

 「カザマ、死んでは駄目っすよ……」

 俺は朦朧とする意識の中で、ビアンカの声と頬に触れた冷たい滴。

 それだけは伝わる。

 (ビアンカ、泣いているのか……力が入らない……。俺はビアンカを守る事が出来ないのか……俺は本当に無力だ……)

 身体の損傷と毒による麻痺のため、俺は動く事も目覚める事も出来なかった。

 だが、奇跡が起こる――。


 俱利伽羅剣と一緒に父親から譲り受け、母の形見だと嵌めていた指輪。

 誰にも気づかれず、姿を消すと――

 俺の身体が無意識の内に輝き出す。

 「カザマ!? カザマ、どうかしたっすか? カザマ……!?」

 ビアンカは俺の身体を揺さぶるが、驚いて手を離した。

 俺は力のない人形の様に起き上がる。

 そして、頭上には光の輪、背中には純白に輝く羽が浮かび上がった。

 「カザマの頭が、またピカッと光っているっす!」

 頭上に光の輪が現れたのは、オスマン帝国との戦争の際。

 クロノス神と戦った時以来。

 その時は意識があったが、背中に羽は現れなかった。

 ただ、俺自身にその自覚はなく、近くにいたビアンカが目撃していた。

 俺の異変に気付いたパズスは、急にガタガタと震え出したが、

 「ま、まさか……ただの人間ではないと思ったが……天使。しかも、その姿は……」

 夜空を掻き消すような光を受けて、両目を左手で覆った。

 一瞬の出来事である。

 ほんの僅かな時間、パズスが目を外した隙に。

 俺はパズスの背後を衝いた。

 「!?」

 パズスはかろうじてその気配に気づくが、俺が振り下ろしたコブシを受ける。

 『ドォォォォォォォォォォォォ――!』

 パズスは為す術がなく最上階の床に叩きつけられ、そのまま床を貫通して姿を消す。

 「やったっす! カザマが敵を倒したっすよ!」

 ビアンカは、その場で飛び上がり喜びを顕にするが。

 「ビアンカ、まだパズスは生きています。その場を離れて下さい」

 「カザマ……!? 誰っすか?」

 「ビアンカ、もうじきあなたの仲間がやってきます。空中に避難を」

 俺は微笑を湛えビアンカを見つめるが、勿論俺にはそんな自覚はない。

 ビアンカは茫然と俺の姿を見上げた――


 ――モミジ丸艦橋ブリッジ

 俺たちがバベルの塔に潜入する前、コテツとリヴァイに念話で連絡をした。

 だが、コテツとリヴァイに冷たくあしらわれ、俺は苛立つ気持ちを抑えた。

 リヴァイは感情を表に出すタイプで、孤高を気どっているのはドラゴンの性質ともいえるだろう。

 コテツはリヴァイとは違い忍耐強く、賢く面倒見が良い。

 しかし、そんな性格が災いしてか、問題児を抑えきれなくなっていた。

 「コテツさま、今一瞬上の空になっていたわ。私のお願いを聞いているのかしら」

 「うむ、聞いている……。ところで、今日は家に帰らなくて良いのか? ブリュンヒルデは兎も角、アウラは帰った方が良いのでは……」

 「あーっ! コテツさまが誤魔化したわ!」

 「うううううう……」

 コテツは愛らしい虎の子供の姿で、顔を顰めた。

 アウラが先程から、コテツに我がままを言い続けているからである。

 アウラは一度、転移魔法で帰宅した後。

 ブリュンヒルデさんと共にブリッジに戻ってきたのだ。

 「コテツさま、私をカザマの所に連れっていって欲しいの。ビアンカだけ狡いわ」

 「うむ、しかし、今回はあの男ひとりで戦わせたいのだ。アウラがあの男と一緒になると、調子に乗って手助けをするであろう」

 「な、なんですって! 幾らコテツさまでも、あんまりだわ……」

 アウラは柳眉を顰め、コテツを抱き上げる。

 「うむ、アウラよ。私を勝手に……!? 揺するな」

 「アウラ、少しは落ち着いて頂戴。コテツ殿、アウラがこれ程頼み込んでいます。それに船の方は離れても問題ない様に思います。我ら三にんが居なくとも、船長がいれば問題ないと思います」

 ブリュンヒルデさんはアウラを庇いつつ、ちゃっかり自分も同行すると言い放った。

 「うむ、ブリュンヒルデまで……」

 困惑するコテツに、これまで静観していた艦長が口を開く。

 「コテツ殿、現状こちらは落ち着いています。逆にこれ以上アウラ殿に駄々を捏ねられる方が、クルーの負担が大きくなると思いますが……」

 艦長が口篭ったのは、アウラに睨まれたからだ。

 「うむ、確かにそうかもしれん。アウラは勝手に攻撃しないと約束出来るか?」

 「コテツさま、私を一体何だと思っているのかしら。私は争いが嫌いなのよ。無暗に攻撃することはないわ」

 「コテツ殿、勿論私も同行します。いつも私だけ留守番では、不公平ですから……」

 とうとうコテツはアウラに押し切られて、どさくさに紛れてブリュンヒルデさんも同行することになる。

 「うむ、では船長、後を任せる。この辺りは大丈夫だと思うが、何があるか分からないので警戒だけは怠るな。どうもあの男が向かった先から不穏な空気が漂っている」

 艦長はコテツの言葉に頷くが、何を言っているのか理解出来ずに眉を寄せた。

 だが、アウラとブリュンヒルデさんは互いに抱き合い、喜びを顕にする。

 こうしてコテツは、アウラとブリュンヒルデさんを背に乗せて、王都バビロンへと向かった――。

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