5.第一艦隊の初戦闘の裏
――第一艦隊と敵船団との距離が十五キロ程までに接近した頃。
第一艦隊が左方向に向きを変える。
俺とアレスは、アーラで敵船団の上空を旋回し偵察していたが。
「ねえ、君、船が向きを変えたけど、また逃げるつもりかい? 敵の兵士が嬉しそうな顔をしているけど」
「アレス、逃げると思ってくれたのなら、作戦通りです。まあ、黙って見ていて下さい」
首を傾げるアレスに、俺は誇らしげに胸を張った。
大型艦であるモミジ丸を先頭に向きを変えているが、敵の船団も艦隊を追跡し左に向きを変える。
互いの距離が狭まり艦隊は右への旋回を止め、東へと進路を固定させた。
これはムガール王国のボンベイに向かう方角であるが、敵船団からは艦隊が以前と同じ様に逃げている様に思われた。
――第一艦隊と敵船団の距離が十キロ程に近づいた頃。
モミジ丸の主砲が火を噴いた。
轟音が響き、振動が上空にまで伝わる。
敵船団手前に着弾したが、その攻撃は激しく海水を敵船にぶちまけた。
敵の船団の中でも艦隊に近い船が海水に塗れ、
「ヒィイイイイ――! 敵国の神がお怒りになった!」
「か、神ではない! あ、悪魔の仕業だ!」
「悪魔が攻めてきたぞ!」
敵兵士たちは大混乱に陥って、この様な言葉を叫んだ。
俺は安全高度を保ちながら、高度を下げていたが想定通りの状況に満足して頷く。
「ねえ、君、何をヘラヘラしているんだい。敵の兵士が僕のことを不遜な呼び方をしているんだけど……それに、攻撃をわざと外したよね?」
アレスは自分が悪魔扱いされたのが不満なのか、可愛らしい相貌を顰め剥れている。
「アレス、確かにアレスはモミジ丸に乗船している神さまですが、ユベントゥス王国の神さまはヘーベですよね。それに以前、悪魔のことを知らない様に言っていましたが、どうして不遜だと思うんですか?」
「ねえ、君、性格悪いよね。愛着のある人々を導いているんだから、国は関係ないと思うけど。それに質問に質問で答えるとは、君の言動も不遜だよ」
俺は久々にアレスを言い負かした気でいたが、アレスの開き直り的な言葉に返す言葉がなかった。
(アレスのやつ……普段、神さまらしいことは何もしていないくせに、こういう時だけ……)
だが、気持ちが収まらず、心の中で細やかな文句を呟いた。
モミジ丸の主砲が計二十四発の艦砲射撃を行うと、艦隊は左に向きを変える。
一見、それは反転し敵船団に突っ込む様に見えた。
敵船団では先程のモミジ丸の攻撃に混乱が広まり、指揮系統が麻痺し始める。
本来であれば敵艦隊を包囲する様に反転させなければならないが、統率の取れない船団はそのまま東へと進む。
艦隊が船団に対して右側のスペースに入る様に突き進むと、敵の船団に右舷を向ける様な形で進路を固定した。
そして、その間に艦隊からの一斉攻撃が始まっている。
艦隊の進路上に近い船団の右側面に攻撃が集中した。
今回の攻撃ではモミジ丸の主砲からは攻撃されていないが。
駆逐艦の主砲といえども、木製の帆船は紙切れを突き破る様に破壊され轟沈していく。
「ヒィイイイイー! 敵国の神ではなく、悪魔の攻撃だ! 慈悲深い神ならば、もっと楽に倒してくれる筈だ!」
「そうだ! 悪魔だ! 悪魔が大群で攻めてきた!」
敵船団からはこの様な叫び声や悲鳴が響き、アレスの微笑が引き攣る。
「ねえ、君、敵の兵士から不遜な言葉が聞こえるんだけど。さっきより酷くなっているよね。これはどういうつもりだい」
「アレス、まず初めに第一艦隊が向きを変えたのは、こちらが前回と同じく逃げると見せるためのフェイクです。敵は完全に油断し追跡をしました。しかし、モミジ丸の主砲の威力を目の当たりにした敵は、初めて目の当たりにする近代兵器の威力に恐れ戦いたのです。俺はチートな攻撃で人の命を奪うような人間ではありません。こちらの強さを知って、そのまま逃げて欲しかったのです。ですが、積極的に逃げる訳ではなく惰性で動いている様だったので、やむを得ず敵船団の一部に犠牲になってもらいました。そして統制が取れなくなり、船団の右側面が薄くなったところを突いた訳ですね。これでもう俺たちに攻撃をすることはないでしょう」
俺の作戦説明を聞いたアレスは感心したのか、苦笑を浮かべたまま茫然とするが。
「……ねえ、君、相変わらず話が長くて分かり難いよ。それに敵を倒したくないと言っておいて、倒しているよね。しかも中途半端にね。君はとても残忍な人間だよ」
「ア、アレス! 聞き捨てならないですよ。俺は今後のことも考えて、敵側に対しても出来るだけ被害を出さない様に作戦を立案したんです。そもそも神さまだって、優しいだけでなく怖い側面がありますよね。俺は女神さまたちから気に入られていると思われています。しかし、その実、女神さまたちから暴力を受け、ウーラヌスさまには二度も元の世界に返品されたんですよ。俺ほど神さまのことをよく知っている人間はいないですよ」
「ねえ、君、君は何かい? 神々の真似事をしているつもりかい? 君の言動は青天の霹靂と言っていい程、不遜だよ」
「アレス、それは言い過ぎでしょう。それに俺は神さまの真似事をする様な畏れ知らずではありませんよ。俺はただ、人々に崇められている神さまでさえ、怖い一面を持っているのだから、俺たちを畏怖して二度と攻撃を仕掛けてこない様に認識してもらっただけです。逃げ帰った兵士はあまりに多いので情報統制も取れず、きっと瞬く間に俺たちの噂が流れる筈です」
俺は懇切丁寧に説明をしたが、アレスの表情から笑みが消える。
「ねえ、君、さっきから話が長くて分かり難いばかりでなく、肝心な事に答えていないよね。僕が人々に不遜な言葉を浴びせられたんだよ。君の中二病のせいで……病気だと分かってはいるけど、憤りを抑えられないよ」
「アレス、俺はそんな病気ではないですよ。エリカが勝手に言った言葉で、みんなが面白がって信じただけです。それにさっきも言いましたが、第一艦隊はヘーベの国の艦隊ですよ。アレスは乗船しているだけだから関係ないですよね。そもそも敵の兵士たちが叫んでいた……『悪魔』とはなんですか? コテツやリヴァイもですが、アレスも教えてくれませんよね。俺の世界でも名称は誰もが知っていますが、実在している証拠がありません。火のない所に煙は立たぬと言いますが、存在しないものを言葉にする筈ないですよね」
「ねえ、君、エリカが中二病に罹っている人は、みんな自分が病気ではないと思っていると教えてくれたよ。君の仲間たちは、その言葉に納得して疑っていないよ。それに何度も同じことを言わせないで欲しいな。君は凄く不遜だよ。――悪魔とは何かと前から訊ねてくるけど、君のことじゃないのかい」
「……………」
「うん、やっと大人しくなって反省したようだね」
俺はあまりに酷い事を言われて固まってしまうが、アレスはいつも通りの微笑を湛える。
「……お、俺は中二病では!? それは後にして……俺が悪魔とはあまりに酷いですよ。悪魔とは狡猾で残忍な存在だと俺の世界で認識されているんですよ」
「うん、それ……君だね」
俺は悲しくて悔しい気持ちに溢れたが、返す言葉もなく我慢した。
その間、モミジ丸が主砲で敵旗艦を撃沈し、艦隊は敵船団を後にして北上する。
敵船団は旗艦と全体の三・四割程を失い、今は味方の兵たちの救助を行う者もいれば。
正気を保てずに可笑しな言動を取る者、茫然とする者、様々な様相を見せた。
俺は戦闘の傷跡を見つめつつ、心の中で自分の正当性を訴える。
(俺はニンジャとして、父さんから言われた様に徹しただけだ。それなのに、アレスは俺を馬鹿にするだけでなく、悪魔とは……)
自問自答して平静さを取り戻そうとしたが、この言葉が耳に残ったまま離れなかった――。




