6.手荒い歓迎
――異世界生活一年四ヶ月と七日目。
翌朝、俺とアレスはクレアに見送られて旅立った。
アテナポリスから交戦中の敵地までの移動は可能だろうが、俺はまず情報収集を優先させることにした。
そのためモミジ丸に向かうことにする。
だが新型のモミジ丸は、この時代の船の中では足早の船。
そろそろアラビア海に入る頃だろう。
流石にアラビア半島の端までは、アーラといえども夕方までに到着は出来ない。
俺とアレスは、情報を得る目的も兼ねてスエズ運河の要塞で一泊した。
――異世界生活一年四ヶ月と八日目。
俺とアレスは今日も早朝から飛び立ったが、モミジ丸は四日前にここで補給を終えて出航したらしい。
既にアラビア海に入り、戦闘が始まっているかもしれない。
俺はアーラの速度を速めるが。
「ねえ、君、やけに情報情報と周りの様子を気にしているけど、今回はコテツとリヴァイを頼らないのかい?」
「アレス、俺は現実世界に戻されたのですよ。コテツとリヴァイも俺が戻された瞬間に消えてしまった筈です。何せ、俺が召喚したのですから」
普段は俺に嫌がらせばかりしてばかりのふたりだが、ここでアレスに主従関係を示しておこうと俺は胸を張った。
「ねえ、君、前回はコテツもリヴァイもいたよね。君はよく一度見たり聞いたりしたことは忘れないと言ってるけど、あれも嘘なんだね」
「へっ!? 何を言ってるんですか……嘘じゃないですよね……」
俺はアレスが意地悪を言っていると思ったが、前回は色々とやることが多過ぎてコテツとリヴァイを再召喚した記憶がない。
記憶がないということは、アレスの言う通りだと思うが。
「ねえ、君、君が一番良く分かっているよね。無理は良くないな」
「……ああああああああああああ――! どうして俺は肝心なことに気づかなかったんだ! あれこれ情報集めに苦労しなくても念話でコテツとリヴァイに聞けば良かったのに……アレスも気づいていたのなら、もっと早く教えてくれれば良かったでしょう」
俺が頭を抱えて悔しがる姿を見て、アレスは幼い子供の相貌で笑顔を湛える。
「ねえ、君、君はいつもコテツとリヴァイを頼り過ぎているから、たまには自分の力で何かを成し遂げるのは大切なことだと思うよ。それに、じかに見た方が良いとクレアに言ったのは君だったよね」
「アレス……アレスって、本当に神さまだったんですね。今まで俺が困っている姿を見て喜ぶだけのドエムだと思っていましたが、すみません!? イッテー!」
俺が心底アレスに感動したのに、凄まじい電流が左手首から流れてアーラにも伝わる。
そのまま墜落しそうになるが、アーラは体勢を立て直した。
グリフォンは高圧電流に対する耐性まで高いのかと思ったが、アレスも平然としている。
「ねえ、君、ヘーベに電流を流した時は初めてだったから、ああなったんだよ。僕やアーラも君程ではないけど、慣れてきたからね」
俺のアレスに対する尊敬はすぐに霧散し、コテツとリヴァイに念話を送った。
(コテツ、俺です。今、どこにいますか? それからどういう状況になっているか教えて下さい)
(うむ、誰だ、貴様は……)
「へっ!? アレス、今コテツが俺の事を他人のように……」
「ねえ、君、君って商人ではなくニンジャだと言ってるけど、どうしてそんなに狼狽しているんだい」
いつもなら俺の慌てふためく姿に笑みを浮かべるアレスが冷ややかな視線を向ける。
(うむ、冗談だ。貴様は反省ということを知らない様なので……予想以上に効果があったのか?)
(……なんだ、冗談ですか、コテツでも冗談を言うのですね……俺は決して狼狽した訳ではありませんよ。それより今、どこにいて、どういう状況ですか?)
(うむ、モミジ丸で紅海を抜けてアラビア海に入るところだが、途中で貴様がこちらに向かっているのが分かったので、船の速度を落として貴様たちを待っているところだ)
(……なんだよー! もう! やっぱり何だかんだ言っても、コテツは俺の事を頼りにしているんですね)
俺は自分の動揺を悟られまいと念話に集中したが、コテツの思わぬ気持ちを知って舞い上がった。
(うむ、何を言っているのだ?)
(コテツ、今のは、無骨なコテツが俺に対する歓迎ですよね)
(うむ、だから何を言っているのだ。ブリュンヒルデから頼まれただけだぞ)
俺の束の間の喜びは一気に消沈する。
「ねえ、君、大丈夫かい? さっきからひとりで表情をころころ変えて、やっぱり中二病という病気なのかい?」
「もう、放っておいて下さい。どうせ、コテツの念話も聞いてましたよね。俺はリヴァイとも連絡しないといけないですから……」
俺はアレスに恥ずかしい突っ込みを受けるが、我慢してリヴァイに念話を送った。
(リヴァイ、俺ですけど、今アリーシャと一緒にいますよね? そちらの状況はどうですか? 俺は今、モミジ丸に向かっています。コテツと合流したら、コテツと変わってもらえませんか?)
(おい、お前、また勝手にふらふらと抜け出して、戻ってきたと思ったら調子の良い事を……虫が良過ぎるぞ)
(えっ!? リヴァイも知ってますよね。確かにムンバイに入る前は、みんながあまりに酷い事を言うので飛び出しました。でも、今回はウーラヌスさまとゼウスさまに返品されたんですよ。俺が悪い訳ないですよね。それより今の状況を教えて下さい)
(おい、お前、あまり調子に乗るなよ。それくらいのことは当然知っている。だが、お前は俺のことを馬鹿にしただろう。お前は、俺が陸地でコテツより劣ると思っているだろう)
俺はリヴァイのことだから、どうせいつもの癇癪だろうと思っていたが違ったらしい。
まだ若いドラゴンのリヴァイは、コテツと比較されて拗ねてしまったようだ。
(そんなこと思ってる訳ないですよ。ですが、適材適所という言葉がありますよね)
(おい、お前、また口先で誤魔化そうとしているだろう。アリーシャは動かないと言っているぞ。だから、俺も当然動かない。それにアリーシャは、すぐに癇癪を起していなくなるお前よりビアンカを当てにしているみたいだぞ)
俺はまだ子供のリヴァイに対して大人の対応をしていたが、もしかしたら下手に出過ぎていたのだろうか。
リヴァイに対する接し方を間違えたのではと不安を覚えた。
「ねえ、君、移動しながら連絡しているとはいえ、何を呆けているのさ。いい加減、次の事を考えたらどうだい。幾ら君がリヴァイを召喚しても、必ずしも従う必要はないからね。君の普段の行いを悔い改めることだね」
リヴァイに続いてアレスまで酷い事を言ってきたが、正論なので文句を言えない。
そもそもリヴァイを召喚した時の条件で対価を与える契約をしていた。
最近は何も求められなかったので、ツンデレとして俺に敬意を払っている。
俺は勝手にリヴァイの事をその様に思っていた。
昨日のクレアとは違い、ふたりの態度が腑に落ちなかったが先を急ぐ――。




