2.二度目の返品
ふと気づくとカーテンの端から光が漏れており、ゲーム画面を前に寝落ちしてしまったことを理解する。
俺は何か大事なことを忘れている気がするが、それが何なのか分からない。
こういう場合は大体夢を見て、夢の中の出来事を思い出せないのが大半である。
俺はすぐに考えるのを止めるが、自分の服装が不自然な事に気づき混乱した。
「はっ!? な、な、何だ、これ……」
訳の分からない紺色の服を着て、腰には皮で出来たポーチに棒手裏剣や細々した物が入っている。
部屋の中でゲームをしていた筈なのに、靴まで履いていたのだ。
更に棒手裏剣の他にもクナイを何本か所持しており、最も驚いたのが背中に日本刀を背負っている事であった。
恐る恐る日本刀を抜こうとするが、
「あれっ? あれっ?」
何度引っ張っても刀が抜けず、首を傾げる。
それに日本刀の柄の部分の形状があまりに独特であった。
爬虫類の蛇かトカゲを模した様な不思議な模様に肌触り、形も歪である。
(もしかして、俺は夢遊病なのか……)
俺がこの状況に対して、自身の事をこの様に分析したのは可笑しくはないであろう。
慌てても事態の解決にはならず、そもそも最近は学校にも通っていない。
俺は部屋から出て、最も頼りになる家族に相談することにした――。
まだ早朝なので、部屋にいるだろうと父親の部屋の前に立つ。
最近学校に行っていないが、多忙な父とは滅多に顔を合わせることがない。
他に家族は、独りっ子なので兄弟はなく。
母親は物心付く前からいないが理由は不明だ。
離婚や他界した形跡もなく、問い質してもはぐらかされるので最近は話題にもしない。
祖父母が離れに住んでいるが、食事を一緒にするだけだ。
学校に行っている振りをしているので、俺の事は気づかれていない筈である。
それよりも自分でも分からない状況をどの様に説明しようかと思いつつ、扉を叩く。
「と、父さん、相談があるんだけど……」
「入りなさい」
恐る恐る声を掛けた俺に対して、父親の返事は即答だった。
俺は扉を開けて、父親の部屋に入る。
書斎の様な作りの部屋に足を踏み入れると、デスクを前にパソコンと向き合っている父の姿があった。
そして、やけに返事が速いと思ったら、父親は俺と同じ様にゲームをしていたのだ。
「父さん、今日も仕事だよね? 徹夜でゲームしてて大丈夫なの?」
「正義、父さんは子供じゃないぞ。もうそんなにタフじゃないから、三時間きっちり眠って、ついさっきゲームの続きを始めたところだ」
俺の父親は若い頃、俺よりも遥かに優れたオタクでゲームやアニメなど幅広く知られていたらしい。
今は第一線から退いたと聞いていたが、密かに楽しんでいるとは知らなかった。
そもそも公務員で多忙な仕事をしていると聞いているが、仕事が忙しいせいか帰宅しない日も多く、最近はまともに話した事がないので知らない事が多い。
もしかして、趣味が原因で母親がいなくなったのではと脳裏を過ぎる。
「……ああ、そうなんだ……!? いや、そうじゃなくて、相談があるんだけど」
「どうした? 珍しいな、正義が相談……!? エリカちゃんのことか?」
「違うよ! そうじゃなくて、ちょっとゲームを中断して、俺の方を見て欲しいんだけど……」
俺の父親である正純は温厚な性格で頭脳明晰なだけでなく、極めて高い身体能力を持ち、ここ数代の当主の中で最強と祖父から聞いたことがある。
しかし何かに熱中すると、周りが見えなくなるという欠点があった。
日常生活に影響しない範囲であり、周囲の人たちは欺かれている様だが、俺は騙されない。
何故ならエリカを許婚にする様に、積極的に進めたのが俺の父親であり、俺は幼少の頃から迷惑を被っていたからだ。
そんな俺の父親がキリの良い所だったのか、しばらくして俺の方を振り返った。
「……正義、コスプレ?」
「違うよ! 忍者の子孫が、こんなコスプレする訳ないでしょう! 朝、目が覚めたら、この格好をしてたんだよ! それで、何が何だか分からなくて……」
俺が身振り手振りで訴える姿に、父親も理解してくれたのか腕組みして頷く。
「……うん、なる程な……夢遊病みたいだな」
「違うよ! い、いや、そうかもしれないけど、もう少し真剣に考えてよ!」
「真剣に考えているつもりだけど、突然そんな事を言われても手掛かりが少な過ぎて、推理が出来ないな……何か、思い当たる事はないのか?」
俺は父親に訊ねられて、突っ込むのを止めて目を覚ましてからの事を思い出す。
「そういえば、目が覚めてから何か大事な事を忘れた様な気がするんだ……」
「そうか、正義……こういう場合は大体夢を見て、夢の中の出来事を思い出せないのが大半だぞ」
「違うよ! そんなの真っ先に自分で考えたよ! 父さんが考えそうな事は俺も考えたから、もう少し真面目に考えてよ!」
真剣に相談しているからであろうか。
最近はほとんど父親と話したことがなかったが、会話が弾む。
「いや、今のは一応の確認だから、それより背中に背負っている刀はどうしたんだ? 父さんが大切にしている刀じゃないか」
「えっ!? そうなんだ……でも、俺もどうしてこんな格好をしているか分からないんだ」
「……分かった。取り敢えず父さんには手に負えないという事が分かったので、他の頼りになるヒトにお願いすることにする。すぐに出掛けるから準備をするように……」
俺の父親は俺の姿を見てすぐ刀に気づいていたのだろう。
手際よく準備を済ませると、俺を連れて車に乗り込む。
俺は出来るだけ目立たない様に蒸し暑い季節にも関わらず、フード付きのコートを羽織った――。




