2.亜人種…
――異世界生活一年二ヶ月と二十八日目。
俺とアレスが朝食を済ませ、異様に大きなソファーでくつろいでいると。
アウラの転移魔法でアリーシャも合流して、俺の部屋に入ってきた。
アレスは寝そべったままだが、俺は身体を起こしてみんなの方に顔を向ける。
「アリーシャ、リヴァイ、おはよう。昨日はみんなで街の観光をしたんだ。アリーシャも一緒に行きたかったな。ビアンカとアウラは凄く楽しんでいたぞ」
「おはよう……一昨日も言いましたが、私は政務で忙しいのです。今日も無理をして時間を作ってきたのに、会って早々に嫌味ですか?」
「おい、お前、アリーシャはお前と違って忙しいんだ。それに、ブリュンヒルデとジャンヌも来たがっていたではないか。不謹慎だと思わないのか。あまり調子に乗るなよ」
決してそんなにつもりで言った訳ではないのに、アリーシャとリヴァイは気分を害してしまう。
俺は誤解を受けてしまったが返す言葉が見つからず、口元を引き攣らせる。
そこへ扉が叩かれ、城から衛兵がやってきて王宮に招かれることになった。
――アーグラ城。
衛兵に案内された俺たちは、玉座の間に入り国王の前に膝を着く。
俺はアリーシャがまだ怒っているか気になったが、そんな素振りを見せないのでひとまず交渉に専念することにした。
俺の右側から順にアリーシャ、ビアンカ、アウラが膝を着こうとするが。
俺が両足を綺麗に揃えて床に着けている姿勢に余程驚いたのか、俺の方を見て中腰の姿勢で固まっている。
「みんな、無礼だぞ。早く膝を着かないと……俺の綺麗な正座に見惚れるのは分かるが……」
俺はみんなを注意したが、少し得意気であった。
みんなは互いに顔を見合わせたが、アリーシャがいつも通り片膝を着くと、ビアンカとアウラもそれに倣う。
ちなみにアレスは俺の左側に立っており、リヴァイはアリーシャの後ろにいつも通り偉そうに腕を組んで立っている。
周りにいる偉い人たちはアレスの姿勢だけではなく、リヴァイの姿勢にも驚いたのかざわめき出す。
俺は何かと俺に楯突いてばかりふたりのために口を開こうとするが、
(あれっ!? この前、アレスは何も言われなかったのに、幾ら偉そうに腕組みしているからといって、どうしてリヴァイの時だけ騒ぎ出すんだ……)
心の中で疑問を口にしつつも、あまり騒ぎが広がっては面倒だと判断する。
「王さま、アレスの時はご理解頂いたようですが、リヴァイも少し特殊な子供なので、無礼かと思いますが、ご理解頂きたいと思います」
俺がリヴァイのためにお願いしているのに、右後ろから威圧的な視線を感じた。
「極東の男、貴殿は何か誤解していないか? 周りが騒々しいのは、貴殿が連れている従者のことだ」
「へっ!? 従者……」
俺は王さまの思いも寄らぬ言葉に唖然とするが、俺の右側にいる三にんは俯いてはいるが、身体を震わせて怒りを堪えているようだ。
「あ、あのーっ……王さま、誤解があるようです。三にんは、俺が信頼している仲間で従者ではありませんよ」
俺の言葉を聞き、周囲が一層ざわめき出した。
俺は周囲の不可解な様子に訝しさを覚える。
(アレス、可笑しくないですか? どうして、アリーシャたちが俺の従者ではないと聞いて、周りが余計に騒がしくなるんですか? それに俺は賓客の筈ですが、失礼ですよね)
(ねえ、君、自分の価値観だけで他人のことを決めつけない方がいいよ。以前の君なら気づいただろうに、臆病なくせに警戒を緩めるとは情けないね)
俺はアレスに念話で問い掛けたが、相変わらず容赦ないことを指摘され身体を震わせる。
「極東の男、三人と言ったが、一人であろう? 身体を震わせているし……トイレを我慢しているのか?」
王さまは俺の様子を見ながら首を傾げていたが、トイレという言葉を聞き周囲から笑いが漏れた。
俺は周りにいる偉い人たちの礼儀を欠いた態度に腹を立てて、とうとう我慢出来なくなる。
「おい、お前たち! この部屋にいるということは、国の重鎮なんだろう。非力なお前たちに代わって、この国のために戦ったのに……さっきからその態度はなんだ! 失礼にも程があるぞ!」
アリーシャが俺の服の裾を引っ張っているが、俺は止まらなかった。
反対側ではアレスが嬉しそうに笑っており、リヴァイも怒りが収まったのか表情が緩んでいる。
ビアンカとアウラは、何を話しているのか分からないのか困惑しているようだ。
周りの偉い人たちは、俺に直接言い返さずに仲間うちでひそひそ話しているが、
『……亜人……悪魔を……玉座の間に……』
この様な言葉が聞こえてきた。
俺は、王さまのさっきの返事も合わせて考える。
(王さまは、アリーシャを見て一人と言ったよな……。亜人というのは、亜人種のことだろうか? この国には色々な人種の人間たちがいるが、亜人種は見ていない……もしかして、亜人種たちは差別の対象にされているのだろうか……)
今のユベントゥス王国は、グラハムさんが王さまになり差別がなくなったが、以前はそういうのがあったと聞いていた。
周辺諸国でもロマリア王国以外では、亜人種が目立った地位にいるのを見ていない。
この地方に一番近いオスマン帝国では虐げられもしていた。
それらのことから、俺は亜人種たちに対する差別を推測する。
俺は、王さまの方に視線を移すと恐る恐る口を開く。
「王さま、お訊ねしたいことがあるのですが……」
突然王さまが立ち上がり、俺の話が遮られる。
「貴様たち、先程から賓客相手に失礼であろう! 極東の男の言う通りだ! 貴様たちが役立たずだから、極東の男に戦いを依頼したのだ! 貴様たちは目障りだ! 今すぐ、出ていけ!」
王さまが部屋にいる偉い人たちを怒鳴りつけると、
『ドォォォォォォォォォォォォォォォォ――!』
王さまの怒りと連動する様に、王宮に雷が落ちる。
「ヒィイイイイ――!? イッテー! ああああああああああ――!」
俺は驚き悲鳴を上げるが、雷とほぼ同時に左手首のブレスレットから電流が流れて床の上で転げ回る。
偉い人たちは王さまに怒鳴られて渋々と退出しようとしていたが、いきなり雷が王宮に落ち、驚きと恐怖で立ち竦んだ。
俺の左隣では、アレスが嬉しそうに笑みを浮かべている。
俺の右隣では、落雷の直前にリヴァイがアリーシャの服を引っ張り、アリーシャは俺から離れて腰を抜かしていた。
「おい、お前、いきなり何をする……」
リヴァイは腕組みしたまま、王さまを睨みつける。
この様子を見ていた偉い人たちは硬直が解けて、我先にと部屋から逃げ出してしまう。
「おっ!? すまん、つい向きになってしまったが、貴殿は余程雷に縁があるようだな。この城にも、私が建てた雷をいなす避雷針というのがあるのだが、貴殿の方に流れていった」
「もう……他人事みたいに言わないで下さい。俺でなければ危ないレベルの電流でした……!? 前にも同じことを言いましたよね?」
「ほうーっ、あれ程の電流を浴びて、涼しい顔で話すことが出来るのか……」
王さまは、俺が怒っているのも咎めずに目を丸めて俺を見つめた。
俺は決して涼しい顔をしてない。
俺は寧ろ痛がっているが、王さまは宿の時からずっと誤解したままのようだ。
リヴァイが一瞬切れ掛けたが、アリーシャに宥められて大人しくなっている。
「王さま、先程の続きですが、この国では色々な人種の人がいますよね……でも、俺が見たのは人間だけです。もしかしたら、人間以外の種族に偏見というか差別があるのでは……」
俺はデリケートの問題なので、王さまの表情を見ながら慎重に訊ねた。
「極東の男、この国には人間しかいないが、東の大森林には人間以外の種族がいる。嘗て何度も侵攻しようとしたらしいが、すべて返り討ちにされたらしい。勿論、私には興味がないので、私がこの国の王になってからは東に進軍していない。私の敵は西にあるからな……」
俺は、王さまからこの国と東の地域の関係を聞いて、何となく事情を把握した。
アリーシャは初めて聞くことに驚いていたのか水色の瞳を丸めているが、ビアンカとアウラは困惑しているようだ。
「王さま、何となく事情を理解しましたが、さっき『悪魔』という言葉を耳にしましたが……!?」
俺の言葉を聞くと、俺の周囲の雰囲気が変わる。
いつもは微笑みを絶やさずにいるアレスの顔から笑顔が消え、リヴァイは険しい表情の上に殺気を放つ。
俺は、悪魔という言葉をこの世界に来てから聞いたことがなかったが、つい最近ブリトラに言われた。
その時は問い質す暇もなく、何故そんな反応をするのか理解出来ずに狼狽する。
「悪魔というのは、亜人種のあまりの強さに人間たちが勝手につけた呼称だ。私からすれば、西にいるあの男の方が悪魔だと思うが腹立たしい……」
「あ、あのーっ…ということは、俺の仲間たちが悪魔だと言われたのは勘違いによるものなのですか?」
「極東の男の言う通りだ。現状でこの国に害がないので見過ごしているが、あちらの地方にとっても恐れられていた方が、都合が良かろう」
俺は自分の仲間たちが悪魔呼ばわりされて不満はあるが、その考えには納得して頷く。
アレスとリヴァイは王さまの話を聞くと、何故か緊張が緩みいつもの様子に戻った。
アリーシャは政治に関係することで、何かしら考えているのか眉を寄せている。
ビアンカとアウラは恐れられていると聞いて、腑に落ちたのか落ち着きが戻ったようだ。




