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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第四十五章 ブリトラ
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3.岩山を攻撃

 ――異世界生活一年二ヶ月と二十六日目。

 翌朝、甲板から俺たちはガンジス川中流に向けて飛び立った。

 今回同行してくれるメンバーは……アウラ、ビアンカ、ブリュンヒルデさん、シェルビー、コテツ、アレスである。

 アリーシャは今回同行すると意気込んでいたが、結局全体の指揮を取る者がいなくなるので留守番となった。

 アリーシャが留守番なので自動的にリヴァイも留守番だが、リヴァイは元々戦いに参加してないと言っていたので妥当な配置だ。

 リヴァイの賢さはイマイチだが、同族同士の戦いになるので遠慮したのであろうか。

 相変わらず空気を読んでか、自分基準の気遣いをしたのであろう。

 ジャンヌも同行したがっていたが、船の護衛を兼ねて残ってもらうことにした。

 カラチという街は、この国と敵対関係にある西の国の国境付近にあるため警戒したのだ。

 俺とアレスはアーラで、ビアンカとアウラはルーナで、ブリュンヒルデさんとシェルビーとコテツはペガサスで目的地までの空を移動する。

 船から飛び立った際、街の人たちが俺たちを見て驚いていたが、王さまから支援を受けている俺たちは、警戒されることはなかった。

 九月の中旬になり、幾分暑さが和らいだインダス川上空を飛行する。


 ――インダス川中流。

 俺たちは岩山に辿り着くと、上空で岩山周辺を旋回する。

 山の向こうの上流側に塞き止められた水が溜まり、ダムの様になっていたが。

 「丁度川を塞ぐように岩がありますね。この不自然さは、俺の国の『富士山』のようです」

 「ねえ、君、『フジサン』というのは誰のことだい? 君の知り合いなのかい? 何か今回のことに関係あるのかな。相変わらず君は仲間たちがいると、余裕ある態度に変わるね」

 「アレス、違いますよ。富士山というのは、俺の国の独立峰の山のことです。単独で存在する綺麗な形の山で、俺の国ではその美しさだけでなく信仰の対象にされているんです。それから、単独で存在する山なので自分の国を思い出しただけです」

 「ふーん……そうなんだ」

 俺は気分を害されながらも答えたのに、アレスの反応は冷めていた。

 ぐるりと山の周りを旋回して、山の麓である川の東側に着陸する。

 そして俺がみんなに説明しようとすると、着陸して早々にビアンカが駆け出した。

 「ビアンカ、待て! 毎回毎回、お前はどんだけ堪え性がないんだ!」

 俺の言葉が届いている筈なのに、ビアンカは加速していく。

 「久々っすよ! バハムートのおじさん以来っすよ! これだけ大きいなら、遠慮なく使うことにするっす! カザマ、コテツの兄ちゃん見ているっすよ!」

 「ああ、ビアンカ、ずるい! 私が一番に攻撃しようと思っていたのに……」

 俺はアウラまでふざけたことを言うので、頭を抱えてしまう。

 流石にブリュンヒルデさんとシェルビーは、常識的で俺と同じ様にビアンカの言動とアウラの言葉に驚いている。

 だが、俺たち普通の人たちとは違う感性の方々がいた。

 「うむ、貴様は敵を前にして情けない。それに、何もしないくせに大声を上げて、敵に感づかれたらどうするのだ」

 「ねえ、君、ビアンカとアウラがやる気になっているのに、当事者の君が尻込みしてどうするんだい。やっぱり君は、自分は何もしないでいつも通り仲間を頼ろうとしているのかい?」

 コテツとアレスは、いつからこんなに仲良しになったのだろうか。

 俺は事前に建てたプランを説明しており、作戦通りに行動しないビアンカを止めようとしただけなのだ。

 「ふたりとも、ちょっと黙っていて下さい。確かにみんなを頼るつもりでした。でも、何もしない訳ではありません。俺もちゃんと戦いますよ。適材適所があるじゃないですか。俺はみんなと効率良く戦って、少しでも被害を出さない様にと考えているんです。昨日のブリーフィングでも説明したじゃないですか」

 「うむ、それはもしや、貴様がシェルビーに頭を下げた後の話のことか……」

 俺が注意したのが堪えたのか、コテツの声が小さくなるが。

 「ねえ、君、何を偉そうに屁理屈を抜かしてくれてるんだい。君が戦うのは、最後の止めを刺す一番美味しい役回りじゃないか。君が本当に仲間のことを気にかけているのなら、君がひとりで戦うべきじゃないのかい」

 「うううううう……」

 俺がアレスの突っ込みに唸っていると。

 ビアンカは、山の周囲を移動して攻撃の機会を窺っていたが、山から距離をとった。

 「行くっすよ!」

 そして一声上げると、山に向かって一直線に加速する。

 ビアンカは風の力を操り、コブシを振り被った。


 『エア ボル ハンマ!』


 ビアンカのコブシは、激しい空気の渦を巻きながら岩山を捉える。

 『ドォォォォォォォォォォォォ――!』

 その強烈な一撃により、岩肌が砕け飛ぶ。

 俺は凄まじい破壊力に茫然と、ビアンカと山の様子を見つめたが……。

 この攻撃をもってしても、山の表面の一部分を砕いたのみ。

 山は健在である。

 ビアンカは相当自信があったのか、攻撃の後しばらく硬直していたが、こちらに引き上げてきた。

「駄目だったっす。硬いっすよ……」

 いつもなら意気揚々と尻尾を左右に振っているが、今回はビアンカなりにショックだったのだろう。

 しかし、俺は以前も注意したが、指揮官らしく厳しく接する。

 「ビアンカ、勝手な行動をして! 初めに今回の作戦について……!? イッテー!」

 「うん、残念だったね。自分は何もしないくせに文句を言う卑怯者がいるけど、気にしなくていいよ。ビアンカは勇ましく攻撃を仕掛けたのだからね」

 「うむ、アレスの言う通りだ。こういう敵もいるから、戦い方に工夫が必要なのだ。今回の攻撃は悪くなったぞ」

 俺が痛みに耐えている間に、俺の苦言が流されていく。

 「次は私の番ね。ビアンカ、私がビアンカの仇を討ってあげるわ」

 アウラは胸を張って、みんなの前に歩き出す。

 ビアンカは倒せなかっただけで、何らダメージを負っていないのだが。

 「お、おい! アウラ、お前まで勝手なことを……」

 俺の言葉が届かないのか、アウラは歩みを止めない。

 そして、例によって大魔法を行使する時の光を全身から放つ。

 周囲にいる精霊の力を借りているとアウラは言っている。

 だが、俺は周囲にある何かしらの力を取り込んでいると推測している。

 メルヘンなアウラは一向にそれを認めないが、今はそれどころではない。

 アウラの大魔法は凄まじい威力を誇るが、リスクも大きいと踏んでいた。

 アウラはみんなから離れた所で足を止めると、両手を天高く掲げて全身の輝きが増す。


 「風よ! 激しく! 渦巻き切り裂け!」


 アウラの言霊に呼応する様に巨大な竜巻が発生し、岩山へ迫る。

 その竜巻は、先日俺が起こした竜巻よりも遥かに大きく威力も上であろう。

 俺は、初めてアウラと出会ったキラーアント駆除の時を思い出す。

 その時は、その美しさと強大な力から女神さまではないかと思った程だ。

 それが、今では問題ばかり起こしているのだが……。

 俺が一瞬、そんな回想をしていると、巨大な竜巻が岩山にぶち当たった。

 『ガガガガガガガガガガガガガガガガ――!』

 岩山より高くまで巻き上げる竜巻は、激しく岩肌を削っていく。

 それでも岩山を覆う程の規模ではなかった。

 本来の川幅が数キロに及ぶ川幅を竜巻で覆いつくすのは物理的に不可能なのだ。

 そんな規模の竜巻があれば、高さは成層圏まで届いているだろう。

 岩肌の表面が削れて、ビアンカの攻撃よりは威力を発揮したが、岩山はびくともしない。

 「アウラ、早く戻ってこい! だからお前には無理だと言っただろう!」

 「な、なんですって! 見てなさないよ!」

 俺は今度こそ叱りつけようと声をかけたが、アウラは向きになったのか顔を真っ赤にして身体を震わせた。

 「ねえ、君、余計なことを言ったね。アウラは君の言葉に敏感に反応するのに、何が指揮官だよ……まったくしっかりして欲しいものだね」

 「うむ、アレスの言う通りだ。あれだけの魔法を行使したのだ。労って次善の策を練るのが得策だろうに、戦闘中に仲間を追い詰めるとは、貴様は何もしていないのに情けない」

 俺は、またもアレスとコテツに文句を言われて怒りを堪えていると。

 アウラの身体が再び輝き始めた。

 「あっ!? 今度はさっきより輝きを増しているわ。流石アウラと言いたいけど、大丈夫かしら……」

 シェルビーが同じエルフとしての感想を口にしたので、俺も不安になってきた。

 アウラは両手を天高く掲げたまま、更に光り輝いていく。


 「……風よ! 大きく! 渦巻き吹き飛ばせ!」


 アウラの言霊に呼応する様に巨大な竜巻が発生し、岩山へ迫る。

 その竜巻は、先程アウラが起こした竜巻よりも遥かに大きい。

 俺は再び、初めてアウラと出会ったキラーアント駆除の時を思い出す。

 あの時も、この魔法でキラーアントを吹き飛ばしたのだ。

 今度は先程よりも巨大であったが、幾分風の濃度が薄いというか威力が下がっている様に見えて、あの時も同じだった気がする……。

 俺が一瞬、そんな回想をしていると、巨大な竜巻が岩山にぶち当たった。

 『ドドドドドドドドドドドドドドドド――!』

 先程より巨大な竜巻は、激しく岩山にぶつかり岩肌を削る様に吹き飛ばしていく。

 しかし、今回も岩山を破壊することは出来ずに、先程と同じく表面を僅かに削った程度であった。

 竜巻が通り過ぎたのに、ビアンカの時と同じ様にアウラも動かずにいる。

 流石のアウラもショックで動けずにいるのだろうと、叱り方を変えようと考えていると、

 「マナ切れだわ……凄く疲れたわ。私はしばらく魔法を使えないから、みんなに任せるわ」

 全く反省した素振りも見せず、充実した疲労感を漂わせるアウラが戻ってきた。

 そもそも周囲の精霊から力を借りている設定の筈なのに。

 マナ切れで動けなくなるというのは、どういう原理なのか突っ込みたいところだ。

 しかし、それどころではない。

 「お、お前は、折角心配したのに、先走って何やってるんだ! お前の攻撃は直接岩山に通じなくても、後々使いどころがあったかもしれないだろう! あーっ! もう!」

 俺は、我慢出来ずにアウラを叱り飛ばしたが、またもふたりが邪魔をする。

 「ねえ、君、後々使いどころってどういう意味だい? また調子のいいことをいって、アウラを利用しようと考えていたのかい?」

 「うむ、全く貴様というやつは、恥を知れ! 先程注意したばかりだとういうのに、どうして他人ばかり当てにするのだ」

 俺は、またもアレスとコテツにいいように叱られ困ってしまい、ブリュンヒルデさんの方に視線を向けた。

 「えっ!? 急に何? そんなに熱い視線を向けられても……」

 先程から無言でいたブリュンヒルデさんなら分かっていてくれると思ったが、俺が立案した作戦の指示を守って静観しているだけだったようだ。

 だが、失敗に終わったビアンカとアウラの行動も、俺の予想の範疇にある。

 「シェルビー、悪いが……」

 「カザマ、何だか地面が揺れているみたいっすよ!」

 俺がシェルビーに指示を出している最中にビアンカが声を上げた。

 確かに地面が揺れているが、揺れているのは地面自体ではなく、山が動いて振動が伝わっているからであった。

 「カザマ、山がこちらに近づいているみたいだけど、あなたの指示にそんな説明はなかったわ。神を相手に私はどうすればよいのでしょう」

 「ブリュンヒルデさん、落ち着いて下さい。神さまではなくドラゴンですから……。だから、俺は闇雲に攻撃するなと言ったんですよ。それを寄りにも寄って、こちらの神さまたちが邪魔をして……!? イッテー!」

 俺はここぞとばかりに自分の正当性を訴えが、神さまは基本的に自尊心も高いのだろうか。

 「ねえ、君、ちょっとしたトラブルで大袈裟過ぎるよね。しかも、君の言葉は不遜だよ。一体、君は何度同じことを言わせるつもりかな」

 「うむ、まったくだ。この国の神にちやほやされて浮かれているのかもしれん」

 「ああ、もう! シェルビー、出番が遅くなって悪いが、お前の魔法で岩山の地質を変えてもらえないか」

 「えっ!? やっと出番だと思ったけど……流石にあそこまで大きい物の地質を変える程、私の力は強くないわ。アウラが特別なのよ……」

 暴虐な神さまたちとは違い、シェルビーの言葉は謙虚で清らかに聞こえてしまう。

 「シェルビー、大丈夫だ。恐らく、硬いのは表面だけだ。頼む!」

 「分かったわ。でも、ちょっと時間がかかるわよ。時間稼ぎをお願い……」

 俺はシェルビーに拳を向けて、親指を立てた。

 「……カザマ、それはどういう意味かしら? 何だか、イラっとするから止めてもらえるかしら……それから、早くお願いするわ」

 俺は『了解』という意味でジャスチャーしたつもりだったが、やはりこの仕草はこの世界では通用しないのだろうか。

 「お、おう、分かった……コテツは、アウラを乗せて退避して下さい。ビアンカは、以前の様にアレスをおぶってくれないか。ブリュンヒルデさんは、シェルビーの護衛をお願いします。俺が何とか時間を稼ぎますから……」

 色々と不満もあるが、俺は当初の予定通り作戦を実行する。

 本来は俺が敵の注意を引き付けるのではなく、敵である岩山は動かない筈であった。

 しかし、結果的にアレスとコテツの望む通りに事態が進行しているのは、神さまたちの気まぐれのせいであろうか。

 俺は陽動のために、自身も魔法を使うことにした。

 みんなのように威力は高くないが、俺の魔法は発動が速い上、魔力量が多いという強みがある。

 他のみんなを巻き込まないために、ひとまず移動を始めた――。

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