2.インドラ神からの依頼
みんなは俺の王さまからもらった宝石が羨ましかったのか、茫然と俺を見つめる。
「……えーと、そんなに羨ましそうに見ないで下さい。それから、俺とアレスはインダス川の蛇を討伐するために現地に赴きました。そこでインダス川を見ましたが、俺が知っている情報とは程遠い程干上がっていました。王さまが、頭を悩ませているのも納得しましたよ……ですが、問題は討伐する筈だった蛇です! 目的地に到着した俺とアレスは、あまりの光景に驚きました。蛇なんてどこにいなかったのです。目の前には周囲の地質とは明らかに違う、硬い鉱石の岩山がそびえていたのです。あまりに大きく硬い岩山に、流石の俺も唖然として対策を立てるために引き上げようとしました。しかし、アレスが駄々を捏ねるので仕方なく、俺の中で最も威力が高く広範囲に及ぶ竜巻の魔法を放ちました。……ですが、全く歯が立ちませんでした。仮にアウラの魔法でも無理だと思いますよ。――分かりましか? 俺は敵を前に怖くて逃げた訳ではありません。相手が敵ではなく大自然だったので、独りでは無理だと思って戦術的に撤退をしたのです」
俺は時折身振り手振りを加えながら、俺の話に聞き入っているみんなに説明をして胸を張った。
「ねえ、君、言いたいことは済んだのかい。途中で僕に対する不遜な言葉もあったので、都合が良くなったよ」
アレスの顔から微笑みが消えて双眸が細くなる。
「ヒ、ヒィイイイイ――!? アレス、どうしたんですか? 電流も流れなかったし、怒っている訳ではありませんよね。俺はありのままの出来事を報告しただけですよ」
「ねえ、君、さっきみんなに叱られたばかりなのに調子に乗って、よくもペラペラと長いだけの話にアドリブをつけて、自分の滑稽さをみんなに披露しているみたいだったよ」
「カザマ、アレスの言う通りだわ。私を真似て格好をつけるだけでなく、私の悪口まで言って、幾ら私が好きで意地悪なことを口にするにしても聞き捨てならないことも言ったわ」
「うむ、まったくだ。アレスの言うことも聞かずに勝手に余計な真似を……そもそもインドラから、倒す相手が蛇だと聞いたのであろう。目の前にあったのが、何故蛇……ドラゴンだと気づかなかったのだ」
「へっ!? ドラゴン……」
アレスとアウラに文句を言われて、俺は気分が良かったのを台無しにされて身体を震わせていたが、コテツの言葉を聞き固まってしまう。
(そういえば、日本の竜も蛇の様に細長かったな……。それに、バハムートさんの身体も岩の様な鱗で覆われていたような気がする……)
「ねえ、君、やっと気づいたようだね。簡単に倒せる相手なら、国王も自分の力を宿した力を分け与えたりする筈ないよね」
「へっ!? インドラさまの力……」
「ねえ、君、何を呆けているんだい。ついでに言えば、ムンバイで色々と手配してくれた女のひとも人間ではなかったよ」
俺はまたもアレスに突っ込まれて返す言葉もないが、
(インドラさまがいたくらいだから……!? ヴィシュヌ神だったのでは……)
白い肌が青白く見えたことなどから、違和感に気づいた。
幾ら力を持った街の商人とはいえ、俺だけでなく船のためにしてくれた事は不可解であったのだ。
「……ど、どうしましょう……」
「カザマ、調子に乗ってアレスの言うことを聞かなかったからですよ。この国の王さま……インドラさまでしたか? この国の神さまなんですよね? しかも、途中で女の神さまを相手に、どうせヘラヘラしていたのでしょう。全くあなたという人は……」
俺が困って言葉を詰まらせていると、アリーシャが口を開いたが途中で顔に手を当てて口篭ってしまった。
「おい、お前、また厄介ごとを……ブリトラを相手にお前のちゃちな風魔法が通じる訳ないだろう。俺は手を貸さないからな……ダメージを与えるには、まず擬態して身体を覆っている岩を破壊する必要がある……分かったか」
いつもはアリーシャの話の後に嫌味しか言わないリヴァイが珍しく有益な情報を教えてくれて、俺は驚いて口を開けたままリヴァイを見つめる。
「うむ、何を呆けているのだ。折角リヴァイから戦い方のヒントを得たのだ。他人ばかり当てにしてないで自分でどうにかしろ」
「えっ!? そ、そうですが……」
「ねえ、君、何を他人事の様に呆けているんだい。今、リヴァイからヒントをもらって、コテツから注意を受けたばかりだよね」
俺は、アレスとコテツから久々にコンビで小言を言われたが、あまりに突拍子がなくて返答出来ずにいた。
「ふたりとも、止めるっす! カザマは弱いからアタシがやるっす!」
「アレスとコテツの言葉はもっともだと思います。前金代わりに、神さまからご褒美をもらったそうですし……。でも、カザマはビアンカの言う通り、そんなに強くありません。みんなで手伝ってあげましょう。たまには、私も戦いに参加しますよ」
「アリーシャ、私もカザマを助けるわ。カザマは、私の魔法でも無理だと言ったけど、無理でないと教えてあげないと……」
ビアンカの言葉で、アリーシャとアウラまでも俺を庇ってくれて風向きが変わる。
ブリュンヒルデさんとジャンヌも同意する様に頷いた。
俺は途方に暮れていたが、頬が緩んだ。
「みんな、ありがとう! 実は、俺なりに対策を考えてあるんだ」
「ねえ、君、さっきまでの沈んだ表情は何だったんだい。君の得意な演技かい? そういえば、ムンバイの酒場でも『芸人』と呼ばれて浮かれていたよね」
アレスの鋭い突っ込みが俺に突き刺さり、俺は口元を引き攣らせるがみんなも唖然として会話が止まってしまう。
「――ねえ、インドラさまは何かカザマにくれたのよね? アレスの話を聞いて、戦いに役立ちそうだと思ったけど、どういう物なの? それに、わざわざ忙しい私を呼び寄せたのは、何をして欲しいのかしら?」
シェルビーがここまで静観していたが、一番に口を開いた。
「うん、シェルビーはなかなか良いことに気づいたね。彼は僕が何度も促したのに、頑なに相手の正体を認めなかったので知る事がなかったよ。でも、彼はその身にインドラの力を受けて気づいている筈なんだよね」
「アレス、何ですか、何度も何度も……いつもなら気に入らないことがあれば電流を流すくせに……今日はやけに嫌味な発言が多いですね」
「うん、君はどれだけ電流をあげても順応するからね。独りの時に言うよりもみんながいる前で言った方が、効果があると思って我慢していたんだ」
「うううううう……」
俺は悔しくて顔を歪めながら、拳を強く握ったがいつも通り我慢する。
「ねえ、君、やっぱりこういうのが一番堪えるみたいだね。君は宿で雷を浴びただろう。君の雷の魔法は格段に強くなっている筈だよ。上手く事を運べば、ブリトラを倒させるくらいにね」
アレスは微笑みから口端を吊り上げ俺を見つめた。
「えっ!? な、何でそんな大事なことを黙っていたんですか! 俺の攻撃でも、あんな山みたいな反則的な相手にも通用するのですね」
俺が興奮してアレスに歩み寄ると、
「カザマ、インドラさまのご褒美のことは分かったけど、私は何のために呼ばれたのかしら? 私、こう見えても忙しいのだけど……カザマが私にあれこれお願いしたの、分かってるわよね」
シェルビーが途中で放置されたのを怒っているのか口を尖らせ剥れている。
俺はジャガイモとサツマイモの普及のために、土のスペシャリストであるシェルビーに栽培指導の指揮を任せていたのだ。
「ああ、悪い……実は、さっきリヴァイが教えてくれた件にも関わりがある。俺は山だと思っていたけど、あの硬い鉱石が邪魔だと思ったんだ。結局、あれが擬態して表面を覆っているだけのものだと分かったけど……。そこで、シェルビーの魔法で硬い鉱石を何とかして欲しいと思ったんだ。土魔法のスペシャリストであるシェルビーにしか頼めないことなんだ。どうか、よろしく頼む」
俺は、日本人らしく久々に九十度に腰を曲げて頭を下げた。
「ふーん……良く分かっているようね。何だかよく分からない頼まれ方をされたけど、不思議と悪い気はしないわ。そこまで言うのなら、私も協力してあげてもいいわよ」
久々に会ったシェルビーは照れ隠しなのか、俺の仲間の中ではリヴァイしかいないツンデレキャラの様な仕草を見せてくれた。
この様子を見たアウラとビアンカとブリュンヒルデさん、何故かアリーシャまでそわそわし出すが、口を挟むと面倒なので無難に話を進めていく――。




