5.波乱の日々の予感
――昼食。
昨日と同様に、俺はアリーシャと二人きりで食事をしている。
「カザマ? 今日はビアンカと一緒ではなかったのですか? ……アウラは?」
アリーシャは俺の顔色を伺うように、慎重に訊ねているみたいだ。
「い、いや、さっきまで一緒だったんだが……」
「も、もしかして、まだ、仲直りしてないんですか?」
「えっ!? お、お前、何でそれを……なるほど、ちゃんと仲直りはしたぞ」
どうやら俺が留守の間に、アウラはアリーシャに相談でもしたのだろう。
「それなら良いのですが……」
アリーシャは取り合えず、仲直り出来たと分かり安心したのか、それ以上は聞いてこなかった。
「今日は勉強が終わったら釣りに行ってくるぞ。この前、ピーノから魚釣りを教わったんだ。もし釣れたら、今日の夕食は俺が作ろう」
「えっ!? 本当ですか! それは楽しみです!」
アリーシャは花が開く様な可憐な笑みを溢し、昼食の雰囲気も和やかになる。
――青空教室
俺が顔を出すと普段見ない顔があった。
アウラがカトレアさんと話をしており、その様子をエドナがちらちらと見ている。
近寄り難い雰囲気を感じ、アウラに会うのも気まずくて帰りたくなったが、
「ア、アウラ! さっきはごめんな! 本当にわざとじゃないんだ!」
アウラの前に立つと、腰から綺麗に四十五度曲げる謝罪をした。
アウラも気まずいのか俯いて身体を捻らせていたが、
「こらっ! アウラ、しっかりしなさい! 貴方、午前中も相談しに来たのに、一体何やってんの!」
カトレアさんに頭を叩かれた。
「い、いったーい! う、うー……あっ、あの、色々と本当にごめんなさい!」
(おやっ? 珍しいというか、初めて見る光景だ。アウラも相談相手がいなくてカトレアさんを頼ったということか? しかし、俺はまたもや魔法で、パンツを見てしまったのだが……)
「!? い、いやー……死ぬかと思ったけど……俺も悪かったんだ。もう、お互いに謝るのは止めないか?」
俺はパンツのことが気になり、この話題は早く終わらせようとする。
「……そうね。二人とも、これで手打ちよ!」
間からカトレアさんが入り、俺の頭を叩いた。
「イ、イッテーっ! 痛いじゃないですか……」
「さっきアウラから聞いたわ! カザマは、しばらく魔法は禁止だった筈よ! キラーアントの時は目を瞑ったけど……少なくとも、使う前に相談して欲しかったわ! それから、貴方の風魔法は『破廉恥魔法』と銘々してあげたわ。喜んで頂戴!」
「す、すみません……その名称も勘弁して欲しいのですが……」
俺の風の障壁魔法は『破廉恥魔法』と、またしてもカトレアさんに名付けられてしまう。
俺には兄弟がいないが、アリーシャは小さいがしっかり者の妹。
ビアンカは男の子の様に活発な妹。
ふたりのことをそう思っている。
カトレアさんに対しては美人でキレルと怖いが、頼りになる姉。
その様に感じているのかもしれない。
「それでは、二人とも反省したところで勉強よ! エドナが落ち着かない様ですし……」
先程から、ちらちらこちらを見ていたエドナが慌てて下を向く。
俺はいつもの簡単な本を見ようとしたが、カトレアさんから借りた難しい本を思い出す。
「あの、カトレアさん。以前借りた本ですが、二冊読みましたが……内容が偏っているというか、マニアック過ぎると思うんです……出来ればもう少し、普通の内容の本はありませんか?」
「あ、貴方……もう二冊も読んだの! そ、それなら、大分文字も読めるわよね?」
「はい、多分……それで本をもう少し普通のに……」
「貴方にとって中々共感できる内容だったでしょう? 大丈夫よ! 貴方なら多分……」
カトレアさんが何を言いたいのか分からない。
だが、興奮して顔を近付けるカトレアさんには、話が通じなかったと理解する。
(ち、近いです! それより俺は、本当に文字が読めているのだろうか? 空気は読めていない様だが、残りの本を読むことにしよう……)
俺は本当に大丈夫なのかと心配になったが、取り敢えず勉強を始めた。
「ね、ねえ、カザマ……さっきの魔法の事だけど、どういう事か教えてくれないかしら?」
「あ、ああ……さっきの話しの続きか? ……いいか、俺たちの周りには、空気があるだろう……」
「ち、ちょっと難しいわ。もう少し分かり易く教えてくれないかしら?」
恥かしそうに頬を染めたアウラは柳眉を顰め、首を傾げる。
「それでは……この世界は、大地、海、空があるだろう? それで空は、俺たちの周りからずっと高い所まで、境なく続いているよな? それを大気とか空気と言うだろう。空気は、俺たちが息をする時に吸ってるから、何となく分かるだろう? その空気だが、厳密には、空気と言う一種類の物ではなくて……窒素、酸素、水蒸気、アルゴン、二酸化酸素とか複数の物から構成されてるよな。それを考えてだ……」
俺の話に三人が釘付けになっていたが、首を傾げたり怪訝な表情を浮かべている。
「ど、どうしたんだよ?」
「な、何を言っているのだか分からないわ? 空がどうとか言っていたけど、精霊の加護で満ち溢れていると思うの……」
アウラは、またもメルヘンなことを言い始めた。
「カザマ、アウラが分からなくても仕方ないわ。私も少ししか分からないもの……!? あ、貴方は、やっぱり貴族の家系よね? 庶民に魔導師の知識がある筈ないわ!」
カトレアさんは、これで何度目であろうか。
俺の事を貴族と勘違いし始めたが……。
「……い、いや、だから俺は貴族じゃなくて……!? カ、カ、カトレアさん? な、何して、何してるんですか? どうしたんですか? まずいと思いますよ? 色々と背中に当たってます。お、おっ、胸とか……」
カトレアさんは困惑する俺を、後ろから抱きしめている。
俺は嬉しい気持ちを感じつつも、精一杯の理性で言葉だけは躊躇の格好を示す。
「そ、そう……それでは、これは御褒美だと思って頂戴」
カトレアさんは大人の笑みを浮かべ、俺から離れた。
(一体何だったんだろう? 色々と嬉しかったが……アリーシャの小さくても、何となく感じる柔らかさも良かった。だが、ボリュームのあるカトレアさんのは……身も心も蕩けそうな感じだった。でも、何か嫌な予感がするのだが……俺はどこかでフラグ管理を誤ったのだろうか……)
俺の脳内は大混乱する。
「そ、そうだ! 今日は釣りに行く約束をしていたんだ! すみません。今日は、ボチボチ失礼しますね」
俺は色々と思い浮かぶ感覚に嫌な予感を懐き、この場を後にした。




