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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第四十四章 南アジアへの進出
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3.王都アーグラ

 ――異世界生活一年三ヶ月と十二日目。

 紹介の顔役の人が手配してくれたキャラバンに便乗させてもらい、俺とアレスは安全な馬車の旅を終えて王都に着いた。

 港街のムンバイも大きな街だったが、流石に王都だけあってムンバイにはない風格を感じる。

 王都はこれまで訪れた王都と同じく外壁が重厚であった。

 外壁を越えると、これまで訪れたどの王都よりもたくさんの人が活動しており、露店などが並び活気に溢れている。

 ビアンカや特にアウラがいれば卒倒しそうな程の熱気であろう。

 そして中心に向かう程建物が立派になり、特に目を引く建物があった。

 俺はあまりの感動に興奮を抑えきれず、隣にいるアレスに声を上げる。

 「アレス、アレス! あれって……『タージマハール』ですよね!」

 「ねえ、君、突然どうしたんだい? あの奇妙な形の建物がどうかしたのかい?」

 「えっ!? アレス……あれを見て、何も感じないのですか……」

 アレスの冷めた反応に、興奮している自分が可笑しいのかと混乱してしまう。

 しかし、他の街から来た人たちだろうか、俺と同じ様にタージマハールの建物を見て歓喜している。

 「アレス、ほら、見て下さいよ! 普通はああいう反応をするものですよ。俺が可笑しいのかと、びっくりしたじゃないですか……みんなにも見せたかったな」

 「ねえ、君、そんなことを言われても困るんだよね。他の国の伝統的な建物を見て、僕に喜べというつもりかい。そんなことをしたら、僕の街で僕を信仰している民衆がどう思うだろうか。この建物に負けない様な立派な建物を建てようとするかもしれない。それに、君はみんながどうこう言ったけど、逃げ出して来たんだよね」

 俺はアレスの話に返す言葉がなく、口を開け閉めしてしまう。

 タージマハールは霊廟として建てられたので、宗教的な意味合いはないと思う。

 アレスは民衆に対して過剰に意識していると思うが、神さまの考えることは分からない。

 俺はそもそもこの世界の人間でもないので、物の価値観が違うのかもしれない。

 (みんなは……面倒だから……エリカがいたら、分かってくれただろうに……)

 俺は以前まで考えもしなかったことを心の中で呟いてしまい、自分でも驚く。

 そして、慌ててアレスの顔に視線を向ける。

 「ねえ、君、僕に失礼なことを言った反省は終わったみたいだけど、面白いことを想像したみたいだね。君の仲間に会ったら、早速報告しないといけないね」

 「はわわわわわわわわ……そ、それだけは勘弁して下さい。ただでさえ誤解し易いひとが多いのに、その上エリカにまで知られたら面倒です。もう余計なことは言わないので、本来の目的地に向かいましょう」

 俺は自分が歓喜したこともあるが、アレスにも喜びを共有しようと声を掛けたのだ。

 それなのに言いくるめられてしまい、落胆しながら足を進めた。


 ――アーグラ城。

 タージマハールも凄かったが、アーグラ城は周囲を重厚な城壁で覆い驚かされる。

 これまでの城も街の中から更に城壁で隔離されていたが、アーグラ城の城壁の規模を一番に感じた。

 ヨーロッパの方よりも建築技術で上をいっている気がする。

 しかし、文明レベルがどちらが上かは、文化にも起因するので判断は出来ないだろう。

 俺はアレスに声を掛けようとしたが、先程不快な思いをさせられたばかりなので我慢した。

 俺たちは城門の前に移動すると、守衛の兵士に紹介状がある旨を伝える。

 街の商会の顔役の人は王都でもそれなりに知られている人らしく、兵士が慌てて中の衛兵に取り次いでくれた。

 それでも流石に王さまに会うには、アポイントメントがある訳でもない。

 それなりに待たされて後日の時間を知らされるか、後から謁見についての連絡を受けるのかと思って待った――。


 しばらくして、意外にも衛兵に城の中へと案内されて驚く。

 商会の顔役の人が事前に知らせの馬を走らせていたが、これ程効果があるとは思わなかったのだ。

 俺とアレスは途中で何度か、身分の高い兵士へと案内を交代されて城の上部へと向かう。

 城の階層を十階に満たない程、上に進むと大きな扉の前に出た。

 城の階層がはっきりしないのは、途中で何度も方角を変えたり、上るだけでなく下りたりしたので階層がはっきりしない。

 もしかしたら騙されているかもと警戒したが、アレスが顔色を変えず不満の声を漏らさないので心配ないだろうと思った。

 そして扉の前に立っている近衛兵だろう兵士によって、大きな扉が開けられる。


 ――玉座の間。

 俺とアレスは、中の近衛兵に案内されて国王の前に案内された。

 他の国と同じ様に玉座は数段上にあるが、国王は椅子ではなく大きなクッションの様な床の上に胡坐を組んで座っている。

 俺はこれまでの国では片膝をついて頭を下げたが、ここでは勝手が違う様に思い正座して国王の前で頭を垂れた。

 アレスはいつも通り俺の左側に平然と突っ立っているが、何をしても無駄だと分かっているので、叱られた時に何とかしようと思う。

 「よくぞ参られた極東の男。貴殿の噂は耳にしている」

 「へっ……!?」

 俺は驚きのあまり間抜けな声を漏らしてしまい、慌てて両手で口を押える。

 「貴殿の様な英雄が、意外にも慌てたりするのだな……」

 「いえ、英雄なんて……俺は商人に間違えられたり、卑怯者扱いされたりと場所によって噂が違うただの冒険者ですよ……」

 「ほうーっ!? 冒険者……意外にも平凡なことを言うのだな。貴殿は貿易をしたいとこの国に来たと聞いたので、商人だと言い売り込むと思っていた……」

 「へっ!? い、いえ……確かにそうですが、困ったな……」

 俺は目の前の高い位置にいる国王に先手を衝かれて、返す言葉なく言葉通り本当に困ってしまう。

 本当ならここで国王から国や周辺諸国に対する情報を聞き出した後で、上手い具合に貿易の話に移行しようと思っていたのだ

 だが、国王の方から俺のことを見透かした様に話しかけてきて、お手上げ状態になってしまう。

 勿論、本当に手を上げた訳ではない。

 「何か言いたいことがあるのであろう。貴殿が噂通りの英雄であれば、我が国にも利益があるかもしれない。思ったことを素直に口にするとよいだろう」

 俺は国王の言葉に完全にお手上げ状態になり、思わず下げていた頭を上げて国王の方に目を向けてしまう。

 「はあっ!? インドラさま? 何故……」

 俺は一度も会ったことがないのに、目の前のひとが何故か神さまであると分かり驚愕する。

 周りにいた近衛兵たちは、俺の言葉を聞くと本人たちも知らなかったのか戸惑いの様子を見せるが、以前から不自然に感じていたのだろうか。

 兎も角、俺の言葉で周囲の雰囲気が一変する。

 「ほう……何故、そう思ったのだ? いきなり神の名前を上げるとは、神に対して無礼であろう。貴殿はそれを知った上で問いかけたのか?」

 「はわわわわわわわわ……め、滅相もありません。ただ、何となくそう思ってしまい、声に出してしまいました。無礼をお許し下さい」

 俺の言葉を聞くと先程まで緊迫していた室内の空気が弛緩して、近衛兵たちの溜息が聞こえてきそうであった。

 「そうか、流石は噂に名高い極東の男だな。言葉ひとつで、この玉座の間の雰囲気を二転させた。まさに人間とは思えない所業だな……」

 「いえ、俺はその時を必死に生きているだけですよ……」

 俺の隣でアレスが微笑を湛えたまま、双眸を細めた気がする。

 俺は訳が分からず、国王の話に合わせながらアレスの服の端を引っ張った。

 「では、そろそろ用件を聞こうではないか。何かしらこの国に用事があって参ったのであろう……」

 国王の声が低く、その双眸が細くなり緊張が伝わってくる。

 「えーっ……は、はっきり言いますよ。貿易で利益を上げたいのは分かります。でも、一部のひとたちが利益を独占するのは、俺としては……!? いえ、俺の立場で言えたことではないのですし、俺としては自分が依頼を受けた貿易が出来れば良いのですが……俺の国は、小さな島国ですが貿易で世界でも有数の富裕国家となったので……」

 「ほう……それは、興味深い。極東の男の祖国がどこにあるか気になってはいたが、まさかその様に栄えた国であるとは……だが、変だな? 世界にその様な国はあったかな……」

 またも国王の双眸が細くなるが、その表情は笑みを湛え口端が吊り上がっていた。

 俺はさっき神さまだと口走ってしまい、会話の中で狼狽して後手に回ったことに気づく。

 自分の失言から上手く誘導されたことに気づき、一旦俯き表情を悟らせない様にして態勢を立て直す。

 「と、隣にいるアレスの国ですよ。アレスの種族は珍しい小人族という……!? イッテー!」

 俺はアレスから電流を浴びて大声を上げてしまい、周囲の近衛兵が緊張した様子で武器に手を掛ける。

 「待て! 今のは何かな? なかなか面白い力だな……」

 「ねえ、国王、そういう詮索はいいから、そろそろ話を進めてくれないかい。僕はいい加減、君と違って退屈だよ」

 「ア、アレス……」

 俺は痛みと痺れが抜けきれず、アレスの服を引っ張ったまま声を漏らし、何とかこれ以上の問題発言を止めようとする。

 「……まあ、良いだろう。滅多に出来ない楽しい話も出来たし、そろそろ本題に入ろう。先程の面白い話の報酬は、これから話すことを成し遂げたら一緒に渡すことにしよう。それで異論ないか」

 国王の言葉で、再び緊張が走った国王の間の空気が和らいだ。

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