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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第四十二章 伝道師
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6.オリンポス山

 スエズ運河の建設の際に出来た港街で、クルーたちは休息をとっている。

 俺は、港街の酒場を貸し切りにしてクルーたちにご馳走をしたが、今回は顔を出さずに艦長にすべて任せた。

 俺たちは、シェルビーの集落で技術指導を兼ねながら過ごしている。

 実際に指導したのは俺だけだが、アリーシャやブリュンヒルデさんは栽培の様子を熱心に見学して、為政者としての姿勢を垣間見えた。

 シェルビーだけでなくジャンヌも畑仕事を手伝っていたが、ジャンヌは元々農村で育ったので、フランク王国流のやり方を教えて賑わっている。

 ビアンカは船の上でゴロゴロしてばかりだったが、陸に上がると途端に元気になり、あれこれと動き回わり久しぶりに白い歯を見せていた。

 みんなはそれぞれに有意義な時間を過ごしていた様だったが、そんな時間が経つのはあっという間である。

 三日目にはやるべきことを終えて出航することになった。

 シェルビーは久々の里帰りという事と、栽培しているジャガイモとサツマイモの様子を見るために、しばらく集落に残ることになる。

 勿論、アウラの集落でも栽培の様子を見ているので、転移魔法で移動する予定だ。

 ちなみに同じエルフでも、シェルビーは転移魔法を使えないらしい。

 こんな便利な魔法が使えるのは、それなりに経験と資質が必要でシェルビーが使える様になるには、もうしばらくかかるらしい。

 大魔導師として乞われているアウラが特別ではあるが、シェルビーは何でもこなす器用さを持ち合わせて、俺と似たようなタイプである。

 兎も角、そんな訳でシェルビーは乗船せずに残ることになった。


 ――異世界生活一年一ヶ月と二十七日目。

 スエズ運河の港を出航した俺たちの船は、そのままベネチアーノに寄港せず別の港に向かった。

 以前も一度入港したオリンポスの港である。

 アリーシャからの言伝でヘーラさまに謁見するためだが、アリーシャもヘーベから話を聞いたらしくイマイチ要件が分からずに不安を覚えた。

 俺たちは以前と同じ様に、エルフの迷いの森にも似た距離に関係ない道を歩き、ふと気づくとオリンポス山の神殿エリアに入っている。

 神さまの結界らしいが許可を得た者しか入ることが出来ず、許可のない者は通り過ぎてしまうようだ。

 下から上へ進むに連れて神殿が大きく立派になっていくが、神さまの格付けで違うらしい。

 ヘーベの神殿がどこにあるのか気になったが、以前はそれどころではなかった。

 「アレス、以前も通った時気になったのですが、ヘーベの神殿はどの辺りにあるんですか? アレスの神殿は十二神だけあって立派でしたが、ヘーベはそれ程有名な神さまじゃないから、下の方ですかね」

 アレスの微笑みが引き攣った気がしたが、アレスより早くアリーシャが口を開く。

 「カザマ、何て罰当たりな事を言っているのですか! 最近、称号が増えたり神々から声を掛けられて調子に乗っていませんか? 私は街の教会に帰ったら、今のカザマの言葉をヘーベさんに伝えますから……」

 アリーシャに叱られて狼狽する俺であったが、アリーシャは告げ口をするだけでこれ以上怒らないみたいだ。

 きっと神殿が並ぶ聖域だけに気を使ったのだろうが、アリーシャが告げ口をしなくても、ヘーベはどうせ俺の口にした言葉を知っているだろう。

 だが、アレスも黙っていなかった。

 「ねえ、君、また不遜な言葉を平然と口にしたけど、反省するどころかアリーシャが場所を弁えて怒らないことに安堵したよね。かなり問題だと思うけど、僕のお仕置きでは効果がないし……!? そうだ、いいことを思いついたよ」

 「おい、お前、本当に懲りないやつだな……何度殴っても効果がないと思ったら、防御力だけ成長して竜族と同等になってしまったし、本当に面倒だぞ」

 「うむ、全くだ。貴様は何も注意しても、その場限りの調子の良いことを言ってごまかす。ニンジャではなく、最早商人だな」

 アレスの言葉が気になったが、リヴァイとコテツにまたも嫌味を言われてイラっとする。

 アリーシャは眉を顰めて俺を睨んでいるが、アウラは頬を膨らませて笑いを堪えているようで相変わらず俺を馬鹿にしているようだ。

 ブリュンヒルデさんとジャンヌは神々の神殿を見てから落ち着かず、俺に構っている余裕はないようだった。


 ――ヘーラさまの神殿。

 オリンポス山の最上部に並び立つ二つの神殿は、相変わらず他の神殿よりも大きく風格を感じる。

 俺たちは、ヘーラさまの方の神殿に足を運んだ。

 俺は何度か入っているので落ち着いているが、ブリュンヒルデさんとジャンヌは益々そわそわして落ち着きをなくしていた。

 ジャンヌは兎も角、ブリュンヒルデさんは神話形態が違うので不安だと分かる。

 「ブリュンヒルデさん、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。普通にしていればヘーラさまは何もしませんよ。寧ろヘーベやアレスと仲良しですし、歓迎してくれると思います」

 「そ、そうかしら……私だけ違うから心配だけど……こういう時、極東の男と呼ばれて名を馳せているカザマの言葉は重みを感じるわ」

 俺はブリュンヒルデさんの言葉に照れて頬を掻く。


 ――礼拝堂。

 今回も案内役の女性は一番奥の間で立ち止まると扉を開け、頭を下げた。

 アレスに続き、俺はみんなを安心させようと礼拝堂に足を進める。

 そして中に入ると、みんなはハッと息を呑む。

 ブリュンヒルデさんとジャンヌだけでなく、二度目のアリーシャとビアンカも何度も見ても壮観に感じるのだろう。

 これまで見てきたどの礼拝堂よりも天井が高く、広いばかりか豪奢な造りであった。

 決して金銀を使った煌びやかな感じではなく、色づいているのはステンドグラスの窓のみで、外から見た様に大理石と思われる素材で覆われた部屋は一切の無駄がない清楚さを感じる。

 礼拝堂の奥の祭壇には、ヘーラさまそっくりの石像が佇み、その前にはヘーラさまが立っていた。

 この登場の仕方は今回もヘーベと同じで、流石は親子だと考えそうになるが我慢する。

 あまりあれこれ考えると、ヘーベと同じように心を読まれてしまうのは体験済みだ。

 俺たちはアレスに続いてヘーラさまの祭壇前まで足を進め、アレスが足を止めると俺たちは膝を着いた。

 とはいえ膝を着いているのは俺の隣から順にアリーシャ、ビアンカ、ジャンヌの四にんだけである。

 アレスは俺の左側に、ブリュンヒルデさんはジャンヌの右側に、リヴァイはアリーシャの後ろで立っており、コテツはビアンカの後ろで寝そべっていた。

 俺たちの姿を順に眺めると、ヘーラさまが口を開く。

 「アレス、案内ご苦労さま。それから、カザマ、久しぶりね、会いたかったわ」

 ヘーラさまの言葉を聞きアレスは微笑を湛えたままだが、ブリュンヒルデさんとジャンヌ目を丸めて俺の方に視線を向ける。

 「光栄です。俺もヘーラさまに再び拝謁出来ることに感激しています……!?」

 俺が饒舌にヘーラさまに挨拶しているのが気に入らなかったのか、アリーシャが肘で俺を突いてきた。

 「あら、何か落ち着かないみたいですが、何か言いたいことがあるのですか?」

 「へっ!? ち、違います。アリーシャは……は、初めて拝謁する仲間もいましたね。俺の隣から順にアリーシャとビアンカ、そして今回初めて拝謁するジャンヌ・ダルクとブリュンヒルデさんです。ジャンヌはフランク王国で濡れ衣を着せられ不当な扱いを受け、亡命しました。ヘーラさまからも叱ってもらいたいですね……そしてブリュンヒルデさんは立っていますが、立場がありますのでご理解を頂きたいです」

 俺が紹介するとふたりとも頭を下げるが、立っているブリュンヒルデさんだけでなくジャンヌも恐縮しているようである。

 俺はヘーラさまに失礼な態度を遠回しに質されて、言い訳する前にみんなの名前を教えたのだ。

 「そういう事は分かっているから、余計な事は結構よ。それより何かしら? 私の従者に対して、私の前でイチャイチャするのは止めて頂戴」

 ヘーラさまは双眸を細め不快を顕にするが、俺に対する扱いが相変わらずである。

 ブリュンヒルデさんを咎めることはなかったが、ジャンヌに対しても感心が薄いのか反応がなかった。

 俺は隣にいるアリーシャの視線を肌で感じながら、以前ウインクされたりご褒美でトラブルがあったのを思い出す。

 「はい、すみません。今回は南の方の国でジャガイモを広めることにしましたが、ご挨拶を兼ねて献上に参りました。それから、ぜひ料理を食べて頂きたいと思います」

 「まあ、それは楽しみだわ。それでは早速神殿の厨房へ案内させましょう……」

 ヘーラさまは礼拝堂の出入り口付近に視線を向けた。

 俺は誰か案内役のひとが来るのかと見つめていたが誰も現れる気配がなく、隣からアリーシャの肘が脇腹を突く。

 どうやら俺に厨房へ行き、料理しに行きなさいという意味なのだろうと察した。

 俺はヘーラさまに断って膝を上げたが、アレスも俺に付き添う様に移動する。

 みんなは俺とアレスの姿を見ると、慌ててヘーラさまに断って膝を上げた。

 俺とアレス抜きで、その場に残るのが恐れ多かったのだろうか――

 部屋の外で案内係の女性に厨房まで案内されると、早速料理を始める。

 料理と言っても今回はおやつ程度のもので手軽に食べられるもの。

 前回のフライドポテトとポテトチップスに、今回は蒸したジャガイモを潰して形を整えた芋もち。

 それからアリーシャ経由でヘーベから聞いたさつまいもを追加しての芋もち、蒸したサツマイモ、焼き芋を用意した。

 みんなは前回試食した時に覗いていたので、和気藹々と俺の手伝いをする――。

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