4.十七歳の誕生日
――異世界生活一年一ヶ月と二日目。
俺は夜明け前に目覚めると、モーガン先生の家に向かって移動を始めた。
昨日はモーガン先生にこれまでの報告を出来なかったので、多忙な先生が出かける前に訊ねるのだ。
勿論へーべには伝えてあるが、こういう行動も恒例になっている。
俺はアーラに跨り僅かばかりの空の移動中、昨日のことで忘れていたことを思い出す。
昨日は俺の十七歳の誕生日だったが、誰にも祝ってもらえなかった。
昨年はアリーシャに混浴という至高のプレゼントをもらったが、今年はアリーシャを怒らせたままである。
それに、やられねばならないことが三つあった。
これまでの報告を国王であるグラハムさんに報告すること。
アウラの集落やゴブリンとオークとオーガの集落でジャガイモを栽培してもらうこと。
これはいきなり国に広めるより、まずは自分の知っている場所で様子を伺いながら行った方が良いだろうという俺の判断である。
そして、最後にジャンヌのことだ。
ジャンヌをボスアレスに連れて行く前に、一応グラハムさんに知らせた方が良いと思った。
近隣諸国まで名前が広まっている英雄が亡命してきたのだから、国王が知らなければ立場的に不味いだろう。
以前からたまに強調している報連相である。
あれこれと考えていると、あっという間に村に辿り着いた。
――オルコット村。
まだ辺りは暗くて夜が明けるまで、もうしばらく時間がある。
俺は先生の家の納屋にアーラを入れると、ビアンカがいるだろう森の中の中に入った。
久々の森だが毎日の様にビアンカと駆け回ったので、どの辺りにビアンカがいるのかすぐに分かる。
幾つかあるポイントの一つで、ビアンカが気配を消して獲物が現れるのを待っているのを見つけた。
俺も気配を消してビアンカの背後に着くが、ビアンカは後ろを振り返ることはない。
だが、ビアンカは気づいていない訳ではなく、尻尾が左右に揺れていた。
船旅の途中、度々自由に行動出来ないストレスで問題を起こしたが、すっかり気持ちが落ち着いた様に見える。
少しずつ周囲が明るくなり、獲物が現れるとビアンカは音もなく移動し狩りを終えた。
「おはようっす。久しぶりに森で狩りをしたっすね。やっぱり、この森が一番落ち着くっすよ」
「ああ、おはよう。確かにホームは落ち着くし大切だと思うが、何だか年寄りみたいなセリフだな」
「う、煩いっす!」
俺は一言多かったのか、眉を寄せたビアンカにお尻を蹴られてしまう。
ビアンカはあまりこういった突っ込みをしたことがないので、まだ旅の疲れが残っているのだろうと思った。
――モーガン邸。
久しぶりに先生の家にやって来たが、既に夜が明けておりアリーシャがいつも通り朝食の準備を終わらせている。
街の領主さまで、幾つもの国から国王になって欲しいと乞われている人を小間使いしているみたいでどうかと思うが、そもそもこの家の住人は普通の人がいない。
モーガン先生は賢者という称号以外に伯爵という貴族の位を持ち、ビアンカは隣国のロロマリア王国の王女さまだ。
他にも今は北欧のワルキューレの中でも中軸であるブリュンヒルデさんと、フランク王国の英雄であり聖女のジャンヌもいる。
シェルビーは同族であるアウラの家に招かれて留守であるが、錚々たる面子だ。
俺だけが貴族ではないが、ニンジャという職柄目立った地位は邪魔になる。
テーブルにみんなの食事が用意されると、いつもなら『いただきます』と言うところだが、今日はいつもと違った。
「カザマ、一日遅れましたが、誕生日おめでとう!」
「カザマ、誕生日おめでとうっす。アタシの誕生日の時は、お祝いしてくれなかったすが……」
「カザマ、十七になったのか……お前もそろそろ色々と落ち着いて欲しいものだな」
「カザマ、十七の誕生日おめでとう。モーガン殿の言った様に、私も……」
「カザマ、誕生日おめでとう!」
アリーシャ、ビアンカ、モーガン先生、ブリュンヒルデさん、ジャンヌの順にお祝いの言葉をかけられる。
アリーシャは怒りが収まったのか笑顔で祝ってくれたが、ビアンカは口を尖らせた。
モーガン先生は意味ありげに途中で口篭り、ブリュンヒルデさんもモーガン先生の言葉に乗っかる様に何か言おうとしたが聞き取れない。
昨日亡命したばかりのジャンヌは素直に祝いの言葉を掛けてくれる。
「みんな、ありがとう! 俺はみんなに忘れられていると思ったが……!? ビアンカ、俺は忘れていた訳ではなくて、その頃はアテネリシア王国に潜入していて会ってなかっただろう。モーガン先生も何が言いたいか分かりませんが、素直にお祝いの言葉をかけてくれた方が嬉しいですよ」
俺のお礼の言葉は主にアリーシャとジャンヌに向けられて、ビアンカとモーガン先生には取り敢えず突っ込んでおいたが、ちょっとした照れ隠しもあった。
「お、お前というヤツは、ちょっと最近影の英雄とか、勇者とか、賢者とか言われて図に乗って……ワシと肩を並べたつもりでいるのなら調子に乗り過ぎだぞ」
「えっ!? そんなつもりはないですよ! 寧ろ、そんな大層な称号は迷惑に思っているんです……」
「う、嘘をつくな! アリーシャから昨日話を聞いたが、キャラバンでは隊長と呼ばれ調子に乗って……行先を自分の気分で変えたり、周りの迷惑を考えない言動が多かったと聞いたぞ」
「ア、アリーシャ、もう怒ってないと思ったら酷くないか……」
俺は、自分の知らないところで勝手な解釈を加えられて告げ口をされ、悲しくてアリーシャを見つめるが。
「おい、お前、自分が悪いのにアリーシャに八つ当たりするとは、黙って聞いていたがいい加減にしろ」
「うむ、リヴァイの言う通りだ。貴様は昨晩、アレスに懺悔して何度も謝罪の言葉を口にしただろう。もう忘れて調子に乗っているとは、アレスの言った通り言葉だけで、相変わらず貴様は口先だけの男ということか……」
「ねえ、君、やっぱり反省していなかったみたいだね。でも君の場合は、コテツが言った様に口先だけの男というか、口が立つ商人だからね。やっぱり北欧随一の商人は伊達ではないらしい。こちらでも大商人の称号を何度も与えようとしたけど、頑なに拒否したから与えなかったけど、もしかして本当は欲しかったのかい?」
先程までいつもの場所にいて大人しくしていたリヴァイとコテツとアレスが順に口を開いたが、アレスの言葉が一番響いた。
「ヒ、ヒィイイイイ――! それだけは勘弁して下さい。ロキさまが怖くて逆らえなかったのもありますが、北欧へは行く機会が少ないので放置してもいいと思ったんです。ここでも、その称号をつけられるとニンジャとしての尊厳に……」
俺は俯いて身体を震わせる。
「もう、このくらいにしませんか。カザマも反省しているみたいですし、誕生日のお祝いをしている最中です。食事も冷めてしまいますしね」
アリーシャがみんなに声を掛けて場を和ませるが、そもそもの切っ掛けはアリーシャがモーガン先生に告げ口をしたせいであった。
俺は何とも歯がゆい思いをしつつ食事を再開する。
「――カザマ、道中でジャガイモを買い付けたと聞いたが、どこかにジャガイモの花壇を作るのか? ジャガイモの花はあまり有名ではないが、お前のことだ。何かしらの企てがあるのだろう」
モーガン先生が俺に訊ねてきたが、口端を吊り上げて悪そうな笑みを浮かべた。
「先生、企てというのはどうかと思いますが……それなりに自信があります」
俺は先生と同じように口端を吊り上げ、笑みを浮かべる。
「ああ、カザマが悪党の顔をしてるっすよ!」
「ビアンカ、悪党は言い過ぎたと思うけど……顔が腫れているから……」
ビアンカが俺を指さして声を上げると、アリーシャが諫めようして口篭った。
ブリュンヒルデさんとジャンヌは、俺から顔を背けて身体を震わせている。
「もう、いいよ。顔の事を言われるのはいい加減慣れたし、俺が何とかしようとしてもどうにもならないからな……」
俺はちらちらとリヴァイの方に視線を向けるが、リヴァイは眼中にないのか相変わらず無駄に偉そうにしたままだ。




