3.ホームへの帰還
――ヘーベルタニアの街。
朝にトリーノの街を出発した俺たちは、夕方にヘーベルタニアの街に到着した。
今回は普通の馬を借りて速度は然程出なかったが。
この時期は陽が長いので、陽が暮れる前には十分時間があった。
俺とレベッカさんは、ギルドに馬を預けると教会に向かう。
教会の中に入って気づいたが、ヘーベに会うのが気まずくて遠征に行ってばかりいたので、最後に顔を出したのはシェルビーを連れてきた時であろうか。
六月の初め頃にはオスマン帝国の侵攻に備えて街を出たので、一ヶ月半以上経過している。
俺はどんな顔をしてヘーベに会えば良いのかと、そわそわしてきた。
緊張で足が重いが、レベッカさんは道中の緊張から解放された様に先に進んでいく。
アレスは、俺の横を歩きながら嬉しそうにこちらを見つめている。
――礼拝堂。
レベッカさんに続いて礼拝堂の中に入ると、グラッドの他に先に帰還した仲間たちが祭壇の脇に並んでいる。
俺は途中でレベッカさんと前後を入れ替わるとヘーベの前に膝を着き、続いてレベッカさんが俺の右隣で膝を着いた。
アレスは相変わらず俺の左側で立ったままでいる。
そして祭壇の前には、自身と同じ姿をした女神像を背景にヘーベが佇んでいた。
「ああー、良く帰って来ましたね。我が従者カザマ! アナタの活躍は聞いていますよ……!? おやっ? 今回はどの女神にも会っていない筈ですが……誰かにお仕置きでも受けたのかしら? それとも最早腫れた顔が素顔なのかしら……」
『!? ぷふふふふふふ……』
みんなが一斉に頬を膨らませ、笑いを堪えたが声が漏れている。
ヘーベは最後に会った時の事をまだ根に持っているのか、いきなり俺の悪口をみんなの前で言って場の空気を和ませた。
勿論俺には、以前にも聞いた言葉だと分かっている。
「ヘーベ、いきなり酷いじゃないですか! 俺も色々大変だったんですよ。ジャンヌを助けて叱られるし……アリーシャを怒らせて、リヴァイには殴られるし……」
俺は隣にいるアレスと祭壇の脇でいつも通り格好をつけているリヴァイをちらりと見て、頬を膨らませ剥れてしまう。
ヘーベは、そんな俺からジャンヌに視線を向ける。
「フランク王国で英雄クラスの聖女と称えられている……ジャンヌ・ダルクでしたね……という挨拶は、カザマが戻ってくる前に済ませましたよ。すっかりみなさんと打ち解けて何よりです。今後はアレスに会うため、ボスアレスの街に行くと聞いています。――レベッカさんは、カザマの面倒を見て付き添ってくれましたね。これからも私の従者のカザマを助けて下さい。それから、私の従者が言い掛かりをつけて困らせてしまい申し訳ありません。後から叱っておきますので、これからも仲良くしてあげて下さいね」
ヘーベは微笑を湛えながら、ジャンヌとレベッカさんに声を掛けた。
ジェンヌもヘーベに声を掛けてもらい興奮したのか、
「は、はい。勿体無い言葉を掛けて頂き、感謝致します」
顔だけでなく耳まで赤くなり高い声で返事をして、俺が来る前に挨拶を済ませたのではと首を傾げる。
だが、久しぶりに教会に足を運んだ俺は、その場に留まっているのが落ち着かない。
「では、挨拶も済ませましたし、船員たちも早くベネチアーノへ帰りたいと思います。俺はこれで失礼しますね」
俺はヘーベに一言伝えると、嫌な予感がしたこともあり早々に立ち上がった。
「カザマ、お待ちなさい。勝手に退出することは許しませんよ。カザマには、まだやるべきこともありますし、久しぶりに教会に帰ってきたのにつれないではありませんか」
ヘーベは相変わらず微笑を湛えてはいるが、双眸が細くなっている。
俺は久々だが、自分が何をしたら良いのか身体が覚えていたようだ。
自分で悪いことをした自覚がないまま、その場で両膝を着いて正座をした。
「……コホン。それなりに自覚があるようですね。今回は長かったので、何から話せばよいでしょうか……。戦いに関しては他の国の神も関わっていることですし、何も言いません。――先月のことですが、私が召喚して丁度一年が過ぎ、自分のお祝いを自分でお金を払いみんなにしてもらいましたね。その際、高級食材を調達したのに思った程喜ばれず、またアウラに暴力を振るおうとしましたね。そして普段乱暴ばかりするくせに、アウラが近づこうとするとストーカーと中傷して悲しませましたね。そしてジークフリートに襲撃を受けた際、ビアンカに助けてもらったにも関わらず、ビアンカに文句を言って非難しましたね。それから、北海ではブリタニアの艦隊から逃げられたにも関わらず、カザマの好奇心のせいで戦闘になったと聞いています。あなたの些細な思い付きでどれだけの犠牲が出たか……また敵艦に乗り込んだ際も、いつもの様に格好をつけて英雄クラスの敵に対して幾度も挑発して要らぬ怒りを買いましたね。それから帰りの道中では、結構な商人っぷりを発揮して大量のジャガイモを仕入れてきたようですね。流石は……『北欧随一の商人』ですね。フランク王国でも、敵の貴族に対して不要な挑発をしたようですが、あなたは敵を怒らせなければ我慢出来ないのでしょうか? 怒らせると言えば、アリーシャに対してもでしたね。適当なことを言って誤魔化して乙女の純情を傷つけるとは……ジャンヌのことは伺っていますが、あなたという人は、どうしてこうも色々と問題ばかり起こすのでしょう。アレスが罰を与えても効果がないと嘆いていますよ……」
俺は嘗てない程長いヘーベのお説教を聞いていたが、ヘーベの口から次々と俺が行ったことを暴露されて耐えられなくなる。
「イヤ――っ!! も、もう止めて下さい!! ごめんなさい! ごめんなさい……」
ヘーベが話を続ける途中で発狂して、謝り続けた。
「ほ、本当は、今度こそビンタのひとつもと……私の従者として恥かしいわ……ま、まあ、今回も、このまましばらく反省してもらいましょうか……」
ヘーベはそう言うと、みんなを連れて礼拝堂を後にする。
また、いつも通り俺だけ取り残されたと思ったが、
「おい、お前どんなだけ不器用なんだよ。それにお前がいないと困ると言っただろう。今晩も酒場で待ってるからな」
グラッドが俺の肩を叩いて声を掛けると礼拝堂を後にして、独り取り残された――
――酒場。
「グラッド、俺が悪い訳でもないのに酷いと思わないか? 俺は好きで金を儲けた訳でもないし、みんなのためになればと色々と投資しているんだ。それなのに、人が気にしてる商人扱いして……」
「おい、もう分かったから……商人扱いされるのが嫌なんだろう……でも、それだと不思議なんだよな。カザマは騎士ではないんだよな? 普通一端の商人として扱われるのは、それなりに大変なことで名誉なことだと思うが……」
「あっ!? グラッドまでそんなことを言って、全然分かってくれてないな。俺は好きで金儲けしている訳じゃないんだ。みんなのためにと思って行動した結果、金持ちになっただけなんだ。俺はニンジャというエージェントが本職なんだよ……」
俺はツェペシュやジークフリート、ブリタニアの艦隊やロビン・フットといった道中に戦った相手に関することをグラッドに話した。
そしてヘーベの仕打ちに対する愚痴を一通り言い終えると、レベッカさんにも抗議したニンジャ職に対する世間の認識や、俺が商人と誤解されて迷惑を受けているという愚痴に変わっている。
「おい、もう分かった……奢ってくれると言ったし、明日も護衛を代わってくれると言ったから話を聞いていたが、お前の話は長すぎるぞ」
「あっ!? グラッドまでそんな酷い事を言うのかよ! みんなして俺の話は長過ぎると言うが、必要があって話しているだけなのに……」
「おい、俺が悪かったから、いつまでも気にするなよ。俺もそんなつもりで言った訳ではないんだ……アレス、コテツ、こいつは何でここまでストレスを溜め込んでいるんだ。どうにかしてくれよ……」
流石のグラッドも酔っぱらった俺に散々絡まれて、困り果てた。
「ねえ、君、船の上では散々船員たちはビアンカのストレスに対する……コーピングだったかな? 得意気に考えていたけど、一番ストレスを蓄えていたのは自分だと気づかなかったのかい? ニンジャという職業が理解されないとぼやいていたけど、自分自身も分かっていなかったようだね。でも、僕にはどうでもいいことだよ。強敵と戦っている姿だけでなく、君が苦しんでいる姿も好きだからね」
グラッドは口元を引き攣らせて言葉を失くしていたが、俺もアレスのドエスっぷりに酔いが醒める。
「アレス、色々と愚痴が多かったと反省するから、そのくらいにしてくれないかな……」
俺が謝罪すると、アレスは嬉しそうに言葉を続けた。
「ねえ、君、それは僕に懺悔をしていると理解していいのかな。でも、君はヘーベに幾ら叱られても懲りなかったから、どうせ言葉だけだよね」
俺は、この突っ込みには流石に返す言葉がなく、グラッドと静かにビールを飲んだ。
コテツは、結局何も言わずに大人しくている――。




